169 公爵令嬢
「君は公爵令嬢についてどう思っているのか?」
正嫡従者フリックからの唐突な質問に、真っ先に思い浮かんだのが「好きだ」だった。だがそんな事は口が裂けても言えないので、俺は何事もなかったかのように普通に聞き返す。
「クリスのことか?」
「ああ。君は公爵令嬢に対して、よく対等に渡り合っているなと。私には正直、無理だ」
フリックは真剣な面持ちで言う。よく考えたらそうだよな。フリックは正嫡殿下に仕える中でクリスと顔を合わせ、やり込められること度々なのだから、そう思うのはむしろ自然。
「公爵令嬢は綺麗だけど、当たりがキツそうだもんな。決闘後のときも有無を言わせぬ感じだし」
「美人だけれど・・・・・ 触れられないよな」
カインとスクロードがフリックに続く。文字通り高嶺の花と言ったところか。綺麗な花なのは認めるが、咲いている所には近よれぬという感じのようである。俺は思ったことを正直に言った。
「確かにクリスは美人だし、頭がいい。それに思考がシャープだからな、刺々しい部分があるのも事実。でもな、意外にも可愛らしいところがあるんだぜ、これが」
「ええ!!!!!」
俺の言葉にフリック以下全員が仰け反った。君たちはクリスのことを、一体なのだと思っているのだ。
「ど、どんなところが・・・・・ その「可愛い」部分なのだ?」
カインが恐る恐る聞いてくる。みんな興味津々だ。そんなにクリスの可愛い部分が聞きたいのか。
「いや、こんなことがあってな」
俺はノルト=クラウディス公爵領で『
「俺がどこにあるのか知ってるのか? と聞いたら自信たっぷりに知ってるというから、安心して公爵領まで行ったんだ。そうしたら全国地図に×印が書かれていた地図を見せられてな。ビックリしたよ。どこにあるんだって」
「おいおい」「なにそれ!」「ええ!」「あの令嬢が!」「そんな事が!」
みんな仰け反った後、笑い出した。
「ニコニコと可愛らしく「ね、あるでしょ」って言われてしまってな。もう俺どうしようかと」
俺の説明にみんな笑いが止まらなくなってしまった。しばらくの間、五人の笑い声だけが個室に響く。一足早く笑いが止まったドーベルウィンがせっついてきた。
「そ、そ、それから後、どうなったんだ?」
「いや、慌てて冒険者ギルドに行って交渉の上、地図を確保したよ。そうしたらクリス、しおらしく「ごめんなさない」だぞ。従者達からも窘められてな」
「ええええええ!!!」
全員がビックリしてしまった。謝るクリスを想像もできないようである。
「どうだ。可愛らしいだろ」
俺が言うと、みんな信じられないといった顔つきをしている。
「いやぁ、グレン。君はやはり凄いな。公爵令嬢も君にかかれば形無しだ」
フリックから妙に感心されてしまった。まぁ、フリックが十歳年上なら、クリスの良さを知ったりすることができると思うぞ。カインが呟く。
「あの公爵令嬢にそんな隙があるとは・・・・・」
みんなにとってクリスは、地位や容姿からお高く纏った女というように見えるのだろうな。実際は好奇心旺盛で探究心が強いお嬢様なのだが。スクロードが確認するように言ってきた。
「グレンは公爵令嬢と公爵領にまで行ったんだね」
「ああ、本来はこれを探す為に行くだけだったんだ」
俺は【収納】で商人刀『隼』を取り出すと、鞘から刀を抜いた。
「この刀の材料、
みんな刀をマジマジと見ている。決闘の際に使われた刀だよなとか、刃文についてとか、色々な話が出た。そんな中、アーサーが俺に聞く。
「じゃあ、なんで公爵令嬢と一緒に?」
「予定を話したら、「私も帰るところでした」って言い出したんだよ。従者の顔を見たら、ポカーンとしてたから、その場で決めたんだろうなあ、あれは」
「お前、つくづく凄いよなぁ。よく持つよ」
俺の説明に半ば呆れたようにアーサーが言った。みんなも驚いている。予定をその場で潰して変えてしまうなんて、貴族社会ではあり得ないことだからな。まぁ、俺自身も呆れるよ、本当に。
「で、クリスと一緒に玉鋼を取りに行ったんだが、トスという地域を治めている陪臣のアウザール伯という人物が案内してくれたんだ。そのアウザール伯とひょんなことからグレックナーの話をしたら、『ポールの剣』を託されたんだよ」
「『ポールの剣』って、あのグレックナーという人が教官に見せていたあの剣か」
ドーベルウィンが言うので「そうだ」と応じた。あの剣がそんな風に呼ばれていたなんて俺は知らなかったけどな。
「だから決闘の際に、公爵令嬢の家に泥を塗るのかなんて言っていた訳だ。これで繋がった」
フリックは合点がいった、という顔をしている。こんな繋がり方をするなんて俺も思っていなかったよ、ホントに。人生とは偶然の芸術品だ。
「これだからグレンの話は飽きないよな。実に面白い」
カインが褒めているのか、面白がっているのかよく分からない感想を語ると、会合はお開きになった。次集まるのは教官側の返答後。今後の焦点は、教官達が『再考』した条件を呑むかどうかに移った。
――昼休みにロタスティに向かおうとすると女子生徒、いや女子生徒
「お父さんが帰ってくるって、明日」
「そうか!」
ザルツが戻ってくる。連行された甲斐があった。昼食を摂りながら、リサの報告を聞いてホッとする。これでウィルゴットやファーナスに言い訳しなくて済むし、アルフォンス卿に取り繕わなくてもいい。
「どうして分かった」
「封書が届いたの」
封書って。まさかディルスデニア王国から封書が届くのか? リサに問いただすと、どうも高速馬車網を使って届けているようだ。高速馬車の運行は次の駅舎に向け、事前に早馬を出す。その早馬を利用して封書を届けているようだ。どのように打ち合わせ、どうやって編み出したのかは分からないが、流石はザルツである。
「いつぐらいになりそうだ」
「明日のお昼ぐらいじゃないの」
「そうか。だったら明日、昼食後すぐに『グラバーラス・ノルデン』に行こう」
とにかくザルツに早く会ったほうがいい。俺はリサを誘うと同意を得た。すると今度はリサから話を振ってくる。
「モンセルから手代のウッドとスライが来るの」
「ウッドとスライが?」
二人共、番頭のトーレンの元でアルフォード商会の本拠モンセルの足場を守る為に働いてくれている。セシメルのジェラルド、ムファスタのホイスナー、サルジニア公国のロブソン。今はアルフォードだが元は皆独立商。だがウッドとスライはウチの生え抜き。旗本譜代である。
「お父さんが呼ぶって。手配したそうよ」
彼らをザルツが王都に呼び寄せた。手紙によるとスライをラスカルト王国に、ウッドをディルスデニア王国に駐在させるのだという。俺はてっきり副番頭のローチとバーンズを充てると思っていたものだったから驚いた。ただウッドとスライにとっては抜擢人事。頑張るのは間違いない。
「ところで屋敷の工事、どうなっているのだ」
俺は前から気になっていたことを聞いてみた。スケジューリングはリサに任せているが、リサも忙しいので当初予定よりも大きく変わっている。
「三期、四期、五期工事を並立してやっているの。三期は終わって、四期は今週中にカタが付くわ。五期は再来週までかかりそう」
「五期工事ってどこなんだ?」
「最上階よ」
ああ、俺の執務室の上か。何しろ広いからな。手を入れる所がいっぱいある。
「屋根の葺き替えと外壁工事もするからね」
徹底的にやるな。今まで屋敷に注ぎ込んだカネは五〇〇〇万ラント、日本円で一五億だが、まだまだ掛かりそうだ。俺はリサに「おお、やってくれ」と言うと、一足早くロタスティの個室を出た。
教室に入り際、従者トーマスに呼び止められた。もう決まっている。アルフォンス卿の案件に決まっている。そう思っていたら案の定、アルフォンス卿の従者になっているグレゴール・フィーゼラーが来訪するので、放課後に貴賓室に来て欲しいとの事。いよいよアルフォンス卿も我慢できなくなってきたか。
放課後トーマスの言う通りに貴賓室に向かうと、前回と同じようにアルフォンス卿の従者グレゴールが先に来ていた。
「グレン。決闘したそうじゃないか!」
俺を見るなり、嬉々として話してくるグレゴール。何で知ってるんだよ。
「宰相府でさぁ、持ちきりなんだよ。商人が学園で七人同時に倒したって。宮廷でも話題になっているらしいぞ」
アイヤー! 誰だ、そんな話を撒き散らしたのは! エライコッチャやんか!
「いや、あれは決闘開始前に四人の剣を薙ぎ払って参加不能にしたから勝てたんだよ」
「凄いじゃないか! 俺にはそんな芸当不可能だ」
グレゴールが興奮している。学園出身者という生き物はどうも決闘となると燃えるらしい。
「アルフォンス卿も聞きたがっている。他の貴族よりも先に話を仕入れたいらしい」
ダメだこりゃ。二人でそんな話をしているとクリスがやってきた。俺とグレゴールは一列になってクリスに頭を下げる。クリスの次に入ってきたのが長身痩躯の女子生徒・・・・・
(なんでレティがいる?)
俺は呆気にとられた。そして従者トーマス、続いてシャロン、そして・・・・・ 最後にアイリが入ってきた。また行儀見習いごっこか! クリスとグレゴールが挨拶を交わすと、本室に移動する。
真ん中にクリス。クリスより斜め左側の椅子にグレゴール。グレゴールの向かい、クリスより斜め右に俺。クリスの向かい側にトーマス、シャロン、そしてアイリが並んで座る。ここまでは前回と同じ。違うのは、クリスの右隣にレティが座ったことだ。
「お嬢様、失礼ですがそちらの方は・・・・・」
グレゴールは初めて見る人物、レティのことを訊ねた。
「近侍志望の者です」
「リッチェル子爵家が娘レティシアです」
「はっ! 私、宰相補佐官
グレゴールはレティに対し恭しく礼をした。貴族の娘とならば、このような対応をしなければならないのか。というかレティよ、上級貴族に仕える近侍になりたかったのか、君は? しかし悪役令嬢に仕える二人のヒロイン。乙女ゲーム『エレノオーレ!』の設定を全力で叩き潰しにかかる、このシチュエーションに俺の頭はおかしくなりそうだった。
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