168 決闘仕置

 アーサーから王都の貸金業者全てが、ボルトン家から提示した諸条件を承諾したとの話を聞いたのは、ロタスティでの昼食時。アーサーは例によって厚切り肉を頬張りながら、成り行きを説明してくれた。


「全ての業者が送った書面だけで了承してくれたんだぜ。信じられないよ」


 書面は俺が作ったもので、借金を一本化、金利二八%。三年繰延、二十五年返済。加えて新規融資を求め、代わりに新規融資の五倍額の『金融ギルド』貸付枠付与すとの条件。これはボルトン伯爵領近隣の貸金業者と同じものである。


「しかし返事もすごく早かった」


 そりゃそうだ。すぐに手筈した方がメリットが大きいからだ。渋ればロシア帽ウシャンカの男、『金融ギルド』との取引を剥奪したチョンオン金融のようになりますよ、と暗示する書面が入っていれば尚更のこと。チョンオンは王都で役に立ったのである。


 王都で予定通り一億五八〇〇万ラントの新規融資を獲得し、ボルトン家は合わせて二億七〇〇〇万起債できた。まずは当面の間の資金を確保できたのである。


「成功報酬の方はどうすればいい?」


「王都の屋敷に取りに行こう。アーサーは報酬二七〇万ラントを受け取っておいてくれ」


 フレディとリディアが各二七〇万ラント、俺五四〇万ラントの計一〇八〇万ラントを引き取りに行くと約束を交わした。二人には事前に寮の受付でカネの受け取りができるようにしておこう。


「後な、学園側から俺の方に決闘の条件について、連絡があった」


「は? どうしてアーサーなんだ?」


「例の詰問状を出しただろ。あれの筆頭だったからだ。あそこで名前を出したヤツ全員、お前の代理人という扱いになってしまっている」


「なんだって!」


 人に言うなよ。俺に言えよ、俺に!


「要はな。お前が出した条件の、学園執行部及び全教官の百叩きの刑を何とかしてくれ、ということなんだ」


 何処までヒドイ連中なんだ。自分たちが不利になったと見るや、有力貴族子弟の袖に隠れるようなマネをしやがって! あいつら絶対に許さん!


「放課後、みんなが集まる話し合いの場を持とうと思っている」


 ドーベルウィン、カインにフリック、そしてスクロード。詰問状に名を連ねたメンバーである。四人には既に学園側から文書で通知が回されているらしい。そんなしょうもない事だけは素早い。全くもってふざけている。


「では放課後、ここロタスティの個室で会合を持とう」


 俺はアーサーに提案すると、すぐに受け入れてくれた。全く、アーサーには面倒ばかりをかけてしまう。これはボルトン家の窮地を救うことで返せる類の借りじゃないよな。そんな事を思いつつ、後は放課後でな、と声を掛けて俺はロタスティを後にした。


「アルフォード。決闘勝利おめでとう」


 教室に入ろうとすると、ディールに呼び止められた。


「今度は取ったぞ!」


「決闘相場か?」


 ディール「ああ」と返事した。実は朝の鍛錬場で、いつも鍛錬している面々からも同じ話を聞かされた。前よりオッズが上がって四倍程度のレートだったらしい。


「どうしてレートが上がったんだろう」


「賭け方が変わったからだよ。きっと」


 ディールが言うには俺の勝利かコルレッツの代理人勝利かという賭けではなく、俺の勝利か代理人何人残ってコルレッツ側勝利かというもので、選択が八種類あったため、賭金が分散した結果だったようである。しかしこれは・・・・・ 数理に強い奴が考えてるな。俺の脳裏には一人の顔が浮かんだ。が、それは置いておきディールには別の質問を振った。


「ところでクラートは?」


「シャルか? もちろん取ったよ。あいつ全財産を掛けていたからな」


「いやぁ、勝って良かった。危うくクラートの財産を失わせるところだった」


「いやいやお前こそ。お前とローランさんか、あの女子生徒の退学が懸かっていたじゃないか!」 


「まぁ、そうなんだけどな」


 あの退学という条件がいかに理不尽なものなにかと、改めて実感する。あんなものを許した学園の連中には徹底制裁しないといけない。それはそうと、ディールが言うにはクラートがすごく喜んでいたようなので、期待に応えられて良かった。


「しかし電光石火での勝利。オルスワードが色々言っていたが、あれはどう見てもお前の勝ちだ。会場の沈黙。あの雰囲気はお前の勝利に異論はないって事だよ」


 嬉しいことを言ってくれるじゃねえか、ディール。俺は礼を言って、機嫌よく教室に入った。


 ――放課後、男子寮でフレディの、女子寮でリディアの報酬を受付で渡す手続きをした後、学食『ロタスティ』に向かっていると、突如魔装具が光った。何事かと思って見ると、ファーナス商会の若旦那アッシュド・ファーナスから。いよいよ来たか、と思いつつ、俺は応対した。


「まいど」


 商人式挨拶を交わすと、早速ファーナスが話し始める。


「毒消し草、確保できる目処が立ちそうだ。そちらの方はどうなっている」


「モンセル、セシメル、ムファスタとレジドルナも順調だ」


 各都市で毒消し草の調達が順調に進んでいるのは、封書からの知らせで把握できており、嘘ではない。が、ファーナスが知りたいのはそれではなく、もっと別のこと。だが、俺ははぐらかしたのだ。


「そ、そうか。で、売る方の話は・・・・・」


「ラスカルトとの交渉は纏まったが、ディルスデニアの交渉の方が大詰めでな。近々ザルツが帰ってくるから、その時に・・・・・」


「分かった。その時は連絡をくれ」


 これで乗り切って欲しい。そう思っていたら、次の矢が飛んできた。


「ところでな。小麦の出来が悪いらしいんだが、何か聞いているか?」


 あああ、いよいよファーナスの耳にも届いてしまったか。もうタイムリミットだな、これは。


「どうも各地方でそのような状況にあるらしいな」


「小麦を買い付けておいた方がいいかな、これは?」


 やはりそう来るよな。どうすればいい。どうやったら若旦那ファーナスを納得させられる・・・・・ そうだ! ザルツを使おう。


「そう言えば、小麦の件でザルツが何か言っていたな」


「アルフォード殿がか」


「もう少ししたら帰ってくるから、毒消し草の件と合わせて話を」


「おお、そうだな。今ならまだ待てるからな」


 そう言うとファーナスは魔装具を切った。ふぅ、乗り切ったぞ。いやぁ、先日のウィルゴットといい、ホントにもう持たない。一度、噂が立ったら一気に広がる。凶作話が広がるのも時間の問題だ。帰ってきてくれザルツ。俺はザルツの早期帰還を願いながら、ロタスティに向かった。


 ロタスティの個室には俺の決闘の件で、学園に出した詰問状に署名した貴族子弟が集まった。集まったのはアーサー・レジエール・ボルトン、フリック・ベンジャミン・マクミラン、ジェムズ・フランダール・ドーベルウィンの三人の伯爵嫡嗣。カイン・グリフィン・スピアリット子爵嫡嗣、マーロン・デルーサ・スクロード男爵嫡嗣の五人、そして俺。


 まず口を開いたのはスクロードだった。コルレッツがずっと休みらしい。全員、そりゃそうだよな、という顔をした。やっぱりチビっちゃたのがショックだったのだろうか。まぁ、あんなとこであれはないよな。


「みんな学園からの通知書。読んだか」


 アーサーが問うと皆「なんだあれは?」「情けない!」「恥を知れ!」「彼奴等はダメだ」という。学園はどんな通知書を出したのか?


「・・・・・決闘の条件は学園の伝統と格式に則り、品格に釣り合うものでなければならない。よって学園としては本決闘の条件を再考すべきであると考える」


 なんだこの文章は。通知書を見せてもらった俺は心底呆れた。要は決闘条件の仕置を止めにかかっているのだ。仕置とはこの場合、条件の履行のことを指す。つまり俺が決闘に勝利したことで履行しなければならなくなった「教官百叩きの刑」の仕置を全力で止めにかかっているのだ。


「条件に対して異論があるなら、決闘前に申し立てるのが筋であろう」


「終わってから言ってくるのは、コルレッツ側が勝つと高を括っての事。全く以て浅ましい」


 フリッツが正論を述べると、カインがこれ以外言いようがないという分析をした。


「みんなは学園側の意向を汲んで決闘条件を変えるべきだと思うのか?」


 スクロードが聞くと口々に「突っぱねろ」「変える必要はない」「ルールには従ってもらおう」と言う。まぁ、そうなるわな。素直に「百叩きだけはお許しを」と許しを請うならまだしも、「再考しろ」だもんな。誰だって馬鹿じゃねえの、ってなる。その時、ドーベルウィンが声を上げた。


「ちょっと待ってくれ」


 ドーベルウィンが再考してもいいのではないか、と言い始めた。みんなギョッとした顔でドーベルウィンを見る。だがドーベルウィンは意に介さず、俺に聞いてきた。


「あの地面に立てた木、いっぱい用意できるか?」


 立木か? イスの木は製材所へ行ったらいくらでもあるぞ。俺がそう答えるとドーベルウィンはみんなに提案してきた。


「教官達にアルフォードと同じやり方で打ち込みを百回やってもらうんだよ」


 それぞれに自分が打ち込む立木を立てさせて、その木に打ち込みをさせる。それでどうかと。話を聞いたカインは言った。


「少し甘いのではないか? 打ち込み百回というのは」


「いやぁ、あれは結構キツイぞ。アルフォードがやっているのを見たら簡単に見えるが、実際やってみると五回でも大変だった。枝が重くて腕が痺れるんだよ。あれだったら模擬剣の素振りの方がずっと楽だ」


 そう言えば、ドーベルウィン。父伯にかされて立木打ちをやったことがあったな。キチンと作られた木製の模擬剣と持ち手のないイスの木の枝。どちらの方が持ちやすく、振りやすいかといえば、模擬剣なのは明らか。模擬剣に慣れた者は、イスの木の枝は持ちにくく振りにくいということのようである。


「ジェムズの言う通りかも。グレンの使う木の枝、重いし」


「グレンのトレーニングを体験してもらうのも悪くはないか」


 スクロードの意見を聞いて、アーサーも追従する。日頃から立木打ちをやってるから気が付かなかったが、騎士のそれとは異なる商人剣術のトレーニング法は、慣れぬ者にとっては中々キツイのかもしれない。そう言えばアイリが百叩きの刑について、あまり良い顔をしなかったな。俺が百叩きをやるのが嫌だって。


「教官達に『再考』したと思ってもらった方が良いのかもな」


 正嫡従者フリックが言う。フリック曰く、今重要な事は教官達に呑ませる事であって、誰が見ても『再考』したものとなれば、呑まざる得ないだろう、と。


「まずは教官達に呑ませることが重要か・・・・・ 後は呑んでもらってから料理する、と」


「グレン、お前が言うと「呑んだ」後がありそうだな」


「いや、絶対あると思う・・・・・」


 アーサーとスクロードが俺の話に笑いながら返してきた。なんで勘繰るんだ、君たち。そのやり取りを見てのことか、カインが口を開いた。


「だったら、教官たちには「呑んで」もらおうじゃないか。その方が面白そうだ」


 面白そうとはなんだよ、カイン! 俺がそう思っている間に話が進み、ドーベルウィンが提案した「打ち込み百回」が採用されることになった。カウント方法とか打ち込み強度、開催方法など詳細については、教官が受け入れした後に再度検討するとの事。大体、話が纏まった感じである。その頃合いを見計らったかように、フリックが俺に聞いてきた。


「グレン。実は前から聞きたかったのだが、君は公爵令嬢についてどう思っているのか?」

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