第十四章 決闘仕置

165 ハンナ・グレックナー

 決闘を終えた翌日。俺は何事も無かったように、いつものルーチンを始めた。リサと共に朝を食べ、鍛錬場に赴き二人で立木打ちに励む。今日は休日なので、立木打ちの合間に休憩を取ってリサと喋った。リサは昨日の決闘に大興奮したらしい。で、私も決闘がしたいと、一人息巻いている。誰と闘うつもりだ、リサよ。


「グレン。明日、ハンナさんとの会合よ。分かってる?」


 ああ、もちろん! 俺はリサにそう返した。実は一昨日、トーマスとグレックナーとで、黒屋根の屋敷の裏にある砂場で稽古をした際、リサからハンナと会って欲しいと言われたのだ。ハンナの実家であるブラント子爵家についての相談らしい。夫であるグレックナーも同席するとの事。一緒にいたトーマスはそんな所にまで繋がりが、と驚いていた。


 俺とグレックナーとトーマスの三人での稽古は「決闘が始まる前までの戦いの稽古」だった。グレックナーが言うには、決闘が始まるまではリングに拘束されないという。だから「始まるまで」の間に対決相手を一人でも倒せばいい、と。要は「ターン制バトル」が始まる前に、「リアルタイムバトル」で決着を付けろというのである。


 リングで拘束される、即ち「ターン制バトル」が始まるのは二つの条件があって、一つは両者同意。これは俺とグレックナーの戦いのケース。もう一つは進行役の宣言。こっちはドーベルウィン戦や『実技対抗戦』だ。つまり、進行役である教官が決闘開始を宣言するまでは「リアルタイムバトル」ということだ。


 グレックナーはその「リアルタイムバトル」の中で相手の剣を叩き落とせ、というのである。決闘や『実技対抗戦』では、武器の持ち替えが禁止されており、一度手にした武器を落とせば「持ち直し」は許されない。そしてこれが「剣闘」の場合、剣が手を離れた時点で「失格」となるというのである。


 つまり「リアルタイムバトル」で相手を失格に追い込み、戦う人数を減らせというのがグレックナーの作戦だった。それならば十分に戦える、ということでグレックナーとトーマスが構える模擬剣を打ち払う稽古を砂場で行ったのだ。決闘前日はリサも加わって三対一、当日はトーマスとグレックナーで二対一の同じ稽古を行い、決闘に臨んだのだ。


 グレックナーには大きな借りができた。妻室ハンナの手助けで返せるものだとは思わないが、少しでも返しておきたい。素直な気持ちを言えば、純粋に礼がしたいのだ。明日、話を聞いてできる限りの事をしよう。そう思いながら、リサと共に立木打ちを再開する。


 結局、俺とリサは昼まで立木打ちに没頭していた。俺は昨日の決闘を終えて燻っていたもの、リサは決闘を見た興奮。理由は違えど何かに集中して、内に抱えたエネルギーを発散しなければならなかったのである。風呂に入った後、昼食まで共に過ごす羽目になった。


 昼からは器楽室に籠もって、ピアノの練習。器楽室は久々だ。黒屋根の屋敷では現在、一階部分が工事に入っており、フルコンが弾けない状態。リサ曰く、三期工事と四期工事を同時並行で進めているらしく、最初の頃より工事の人数が多くなっている。リサは住み続けているが、俺の方はしばらく屋敷に立ち入ることを控えた方がいいだろう。


 こうして一日が過ぎていく。平凡が如何に大切なのか、よく分かる。しかしフレディとリディアの方はどうなったのだろか? 全く音沙汰がない。デビッドソン司祭がいるから心配は要らないが、二人にはボルトン伯の件といい、本当に無理を聞いてもらっている。何らかの形で報いたいところだ。


 しかし昨日は大変だった。決闘までもそうだが、決闘が終わった後も『常在戦場』の面々に応対するやらで、追われっぱなし。挙げ句、ダダーンことアスティンが、俺の頬にブチューと口づけなんかするものだから、目撃したクリスが「破廉恥ですわ!」とご立腹して、宥めるのに一苦労した。


「グレン! その左頬を何とかなさいませ!」


 クリスの怒りのとばっちりを受けた形となった俺は、慌てて左頬、おそらくはダダーンことアスティンが付けた口紅をハンカチで拭った。そして、ダダーンには旦那と子供がいることや、動けない旦那の代わりに『常在戦場』で働いている事を説明すると、クリスはようやく落ち着きを取り戻した。


「相手が「坊や」と呼びたい、って言うから、こっちは「ダダーン!」と呼ぶぜ、ってな話になったんだ」


「どうして「ダダーン」なのだ?」


 カインが聞いてくるので、「ダ、ダーーーーーン!」なんだよ、とダイナマイトボディを身振り手振りで説明すると、レティがツボに嵌まったのか大爆笑してしまった。男性陣が皆、目を背けて恥ずかしがっているのは、エレノ世界の仕様なのか。それとも上流階級ゆえの免疫不足なのかは定かではない。


「ではグレンはあのような御婦人がお好きなのですか」


 クリスが無表情に言ってくる。どうしてそんな解釈になるんだよ! 今日のクリスはおかしいぞ。ここは思ったことをハッキリ言ったほうがいいな、これは。


「ああいうガツガツ行く女は、この世界では貴重だからな。旦那に変わって冒険者ギルドで仕事なんて中々のツワモノ」


「冒険者ギルドへ?」


「ああ。でも稼ごうと思ったら仕事がなかったらしい。そこをグレックナーに誘われた、と」


「どうして稼げないんだ?」


「平和だからさ」


 スクロードの疑問にそう答えた。平和で荒事自体が起きないため、依頼が少ない。その割にギルド登録者は多いので、ただでさえ少ない仕事が更に回ってこないのだ。しかも登録者が増えていくのは、騎士団が縮小されたり、貴族付きの騎士が解雇されたりして、腕に覚えのある奴があぶれている事も一因だと付け加えておいた。


「騎士じゃ食えないのか・・・・・」


「まぁ貴族以上に食えないな」


 アーサーの呟きにそう断言すると、なぜか男性陣は皆肩を落とした。みんなにとって騎士は憧れなんだな。皆がガッカリする中、フリックが俺に聞いてきた。


「で、あの者達の給金は如何様に?」


「全てグレンがお支払いになっていますわ」


 俺が喋る前にクリスが答えてしまった。どうしてだ! そこ、俺が言うところだろ。


「『ビートのグレン』にとって、あの者達を雇うぐらい造作も無いことなの。さっきあの人達に振る舞ったワインだって「マクシミーダ ジェラトル」よ。それを十ダース」


「三六〇万ラント」


 レティが話してクリスが答える。そこは俺の話すところじゃないか。カインとフリックは呆気に取られている。片やアーサーやスクロード、ドーベルウィンの方はそれぐらい当然という顔をしているので、こちらの方は耐性が付いたということか。


「いや・・・・・ 俺が・・・・・」


「グレンが話したって、話を微妙に逸らすじゃないの」


「ですから私達が正しい説明を」


 俺がモノを言おうとすると、レティとクリスから心外な指摘を受けた。いやいやいやいや、そんなつもり全然ないから。というか、クリスよ。正しい説明って、なんだそれは。


「グレン。やはり正直に話さなければいけませんね」


 困惑している俺に向かってニッコリ微笑むアイリ。一体これをどう解釈すれば良いというのか。一番怒らせてはいけないのはアイリだよな、どう考えても。俺はとりあえず今、この場、この席を乗り越える事だけを考えるようにした。


 ――休日二日目の昼下がり、俺はリサと共に馬車に乗り『グラバーラス・ノルデン』に向かっていた。昨日と同様、朝一番から半日、リサと行動を共にして過ごす。朝食、鍛錬、風呂、昼食。風呂だけは一緒ではないが、後は全て一緒にいる。最近、リサにあちらこちらと動いてもらった為、そんな機会がすっかり減っていたのを思い出した。


 今日のハンナとの話は、ハンナの実家ブラント子爵家のこと。俺はリサから子爵家の内情を聞き、相談を受けた際には答えられるように事前に準備をする。大まかな話で言えば年々歳入が減っているところを、貸金業者から高い金利のカネを借りて穴埋めしているというお話。形に差はあれど、もうこれはエレノ貴族の十八番おはこだよな。


 リサによると俺達との話を終えた後、グレックナー夫妻はそのまま子爵家に向かうとのことで、そこで話ができるようになる案が出せたらいいなと思った。俺達はホテルに着くと『レスティア・ザドレ』の個室に向かった。


「やぁ、ハンナ。久しぶりだな」


 個室のドアを開けながら声をかけると、俺は硬直した。


「な、な、なんで・・・・・」


 どうしているのだ? 君たちは。グレックナー、ハンナの二人はいい。約束していたのだから。どうしてクリスやレティ、アイリがいるのだ? 当たり前だがトーマスもシャロンもいるし。これは・・・・・


「リサ!」


 俺は後ろを振り向いた。リサはいつものニコニコ顔だ。こいつ、ハメやがったな。


「まぁ相部屋なんて、こんな偶然もあるのですね」


「あるか!」


 理由にもならん理由を平然と言ってのけるリサ。全くコイツは何を企んでやがる!


「グレンのお仕事の話と聞き、後学の為に拝聴させていただければと思い、お願いしました」


 後ろからメゾソプラノの声で俺に説明する。ハッと振り向くとアイリが話しかけてきた。


「グレン、ごめんなさい。グレンがどうやって仕事の話をするのか興味があって・・・・・」


 大きな青い瞳でこちらを見てくる。そんな目で見ないでくれ、アイリ。


「私たちは傍聴させて頂くだけですので、気になさらず、どうぞお話になって」


 アイリの隣に座るレティが楽しそうに言う。・・・・・君がそんな顔でいうと、小悪魔が蠢いているようにしか見えないんだよ。リサが「まぁ座りましょう」と、俺の身体を押して椅子に座るよう促すので、仕方なく着席してハンナに聞いてみた。


「家の話なのにいいんですか?」


 するとハンナに「ご心配なく」と微笑みを返されたので、俺は状況を受け入れるしかなかった。リサが俺の隣に座ると、ハンナが一枚の紙を差し出してくる。見ると子爵領にある鉱山のこれまでの推移が記されていた。各鉱山の産出量と売却額が一覧で書かれている。産出量が多い割に額が少ない鉄鉱。逆に量は少ないが額が多いタヌマリン鉱。


 年間推移を見ると、各鉱山とも産出量はなだらかに下がっている。これは以前、ハンナから聞いた話の通り。しかし問題がある。それ以上のペースで売却額は減っているのだ。要は単価が落ちている訳で、何が原因なのか? 俺はハンナにブラント子爵領で採掘された鉱石をどこに卸しているかを確認する。


「ランドレス派の互助会ですわ」


 互助会? もしかしてその互助会を通じて貴族組合、鉱山所有者相互組合に卸しているのか。単価が下がっているのはそれだ! 鉄は分からないが、タヌマリンは相場で扱っているから分かる。単価を暗算すると、ざっと見て相場の三分の一。こんなのあり得ない数字だろ。


 おそらく形はこうだ。グラント子爵家が「互助会」に卸す。このとき相場額の三掛け程度の額。これを互助会は貴族組合に七掛け程度で卸す。貴族組合は相場で八掛け程度の額で買い叩かかれる。こんな話だろう。つまり「互助会」とやらが四掛け程度ピンハネしている計算。ボッタクリ過ぎだ。片一方しか得をしない、名ばかり「互助会」である。


「原因はそれだ。卸すところを変えれば解決する」


「それが・・・・・」


 ハンナの歯切れが悪い。横にいたリサが俺に言ってきた。


「ブラント子爵が難色を示しているそうです」


 なるほどな。ランドレス派内の顔色を窺っているのか。卸すところを変えたら貴族世界で村八分にされる。嫌なら出ていけ。それを恐れてのこと。しかしだ、搾取されて恐れるなんてありえないだろ。そもそもブラント子爵家は採掘された鉱石を買ってくれるというので、貴族派第二派閥のエルベール派から第四派閥のランドレス派に移ったはず。


 派閥ならば相互扶助じゃねえか。助け合えよ、お前ら。カモにしてどうするんだよ。「互助会」の名が泣くわ! いや、違うんだ。こういう連中は仲間の顔をしてブラント子爵に近づき、カモ化して、ピンハネしたカネを自分たちの収入に変えたのだ。要はタチの悪いマルチ商法みたいなものである。


(ようし分かった、だったらこっちの流儀で、お前らを黙らせてやろう)


 脳内で案が纏まった俺は、ハンナに言った。


「よし、ハンナ。鉱山を買おう」

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