164 『ポールの剣』

 俺の試合を通用口から遠巻きに見ていたであろう『常在戦場』団長ダグラス・グレックナー。そのグレックナーが、決闘の進行役である教官のイザードと決闘の判定を巡って対峙している。


「イザード。無効ってなんだ?」


「・・・・・」


 グレックナーが問うと、イザードは沈黙する。


「ここは部外の人間が立ち入るところではない!」


 オルスワードがグレックナーに噛み付いた。だが、グレックナーは意に介さない。


「決闘も知らぬ若造が偉そうな事を言うんじゃねえよ。失せろ!」

「おいイザード。無効にできるののか?」


 グレックナーの威圧に圧され、オルスワードは引いてしまった。一方、イザードの方は問われても答えようともしない。


「だったらよぉ。ポールの決闘どうなるんだよ! お前、そこに居たじゃねえか!」


 グレックナーの声量が一気に上がり、その声は周囲に響き渡る。今日の闘技場はずっと静かだ。しかしポールの決闘ってなんだ?


「お前、無効にするってのはよぅ、そこにおられる令嬢の家に泥を塗るのと同じ行為。知っているだろ。できるのかお前に?」


 イザードという教官は肩を落としている。グレックナーはフィールドに居るクリスを見た。フィールドを見るとクリスの脇にシャロンとアイリがいる。アイリとはすぐに目が合った。お互い頷く。クリスの近くにはカイン、その隣にはフリック。二人の後ろにはドーベルウィンとスクロードもいる。みんな俺のセコンドについてくれていたのか!


「どうだ、言ってみろよ。言えるものなら!」


 しかし教官のイザードは問われても何も言わない。しかしグレックナーの先程の言葉。ポールという人間とクリス、一体どんな関係があるというのか? しかしイザードは口を一向に開かない。しばらく静寂が続いたが、しびれを切らしたのかグレックナーが剣を引き抜いた。


(もしかして襲うつもりなのか、おい!)


「イザード! この剣を見よ! 分かるよな、お前なら!」


 グレックナーは、ガードに大きな赤いルビーが埋め込まれた剣を高々と掲げる。それはアウザール伯からグレックナーへ託された剣。俺がトスから持って帰ってきた剣だ。


「・・・・・ポ、ポールの剣! 何故お前が・・・・・」


 は? ポールの剣? アウザール伯の剣がか? どういうことだ?


「そこにいる決闘者にポールが託したんだよ、俺に渡せって」


「そ、そ、そんなバカな!」


 イザードという教官は進行役という自分の仕事も忘れ、ただただ狼狽うろたえているばかり。どうしてそんなに動揺してるんだ? というか、ポールって絶対にアウザール伯のファーストネームだよな。


「どうなんだ、イザード! 有効だよな、この戦いは」


「・・・・・いや、それとこれとは・・・・・」


「有効だろ! ハッキリ言え!」


「・・・・・それを認めれば・・・・・」


 激しく迫るグレックナーに懸命に抵抗するイザード。グレックナーは剣を高々と掲げたまま、イザードを見据える。対して必死に視線を逸らそうとするイザード。口をつぐんでしまったイザードに、業を煮やしたグレックナーは「よし、分かった!」と首を大きく縦に振ると、剣の謂われを語りだした。


「ならば俺から言ってやる! この剣の持ち主。ポール・ランスロット・アウザールは、かつてこの闘技場で三対一の決闘を行った。その際、ポールは決闘開始前より相手と戦い、最終的に勝利した」


 そうか! アウザール伯はかつて俺と同じようなやり方で戦って勝ったのか! だからグレックナーは強気だったんだ。そりゃ、実例を知ってるんだから確実だよな。しかし、アウザール伯、やはり只者ではなかった。


「そしてこの決闘は今を以て『有効』だ。ポールに倒されたイザード、お前は敗れた身で、この事実を覆せるとでも思っているのか!」


 なんと! アウザールの決闘相手が進行役の教官。しかも敗北者だと。そんなの論外じゃねえか! 誰だ、そんな奴に進行役なんかやらせるのは。一方、敗北者イザードはグレックナーの気迫に押され、苦しそうな表情をする。だが、その口をなおも開こうとはしない。意地でも抵抗するつもりか。そのときメゾソプラノの声が闘技場に響いた。


「アウザール伯は我がノルト=クラウディス家の臣下。もしグレン・アルフォードの戦いが無効であるとおっしゃるなら、それはアウザール伯が無効とされるのと同じ。そのような判定、我が家は絶対に認めません!」


 クリスは琥珀色の瞳でイザードを睨みつけた。


「イザード。宰相家を敵に回すか否か、今すぐ答えよ!」


 グレックナーは天に向けていたポールの剣を水平に下ろし、イザードに向ける。


「・・・・・判定は・・・・・有効だ・・・・・」


 そう言うと、イザードは膝から崩れ落ちた。


「バ、バカな・・・・・」


「馬鹿なのはお前だ!」


 イザードの言葉に震えるオルスワードにグレックナーは一喝する。論評するにも値せず、といった態度だ。それを見た俺は、腹式呼吸で全開の声を発した。


「この決闘。アイリス・エレノオーレ・ローランが代理人グレン・アルフォードが勝利した! もはや誰の異論も許さぬ! 異論あるものはこの闘技場で我と一対一で剣を交えよ!」


 俺の言葉にそれまで静かだった闘技場は一気にどよめいた。それと共に妙なコールが沸き起こる。


「カ・シ・ラ・! オー! カ・シ・ラ・! オー!」


 はぁ? 闘技場を見上げると、どう見ても生徒ではない、むさ苦しそうな野郎どもが、妙なコールと共に拳を振り上げている。


「カ・シ・ラ・! オー! カ・シ・ラ・! オー!」


 周囲の生徒たちは明らかに引いている。どう見ても『常在戦場』の面々だ! なんでこんな所にいるんだ?


「おカシラ~!!!!!」


 異様に響く野太い声でこちらに向かって手を振っているのは、どう見ても警備隊長フレミングだ。どう間違えたって学生には見えない!


「カ・シ・ラ・!」 「ウィーアー!」

「カ・シ・ラ・!」 「ウィーアー!」


 なんだ、後ろの奇声はと思って、フレミングより上の席を見たら、なんとダダーンが吠えているではないか! 肉感的なボディをこれ見よがしに見せつけて、周辺にいる男子生徒の視線を釘付けにしている。しかし、その「ウィーアー!」って奇声は何よ。


「アーア~ア~♪」


 俺と目が合ったダダーンことアスティンは、右手を口に添えて野太く吠えた。なんでここでターザンのモノマネなんかするんだよ!


 ふと、リングを見渡すと、レティが呆然とした顔で『常在戦場』の面々を見ている。俺の後ろにいるアーサーもトーマスも同じだ。よほどインパクトがあるんだな、『常在戦場』の連中。その連中の方に、フィールドを歩いて近付いているのは、スキンヘッドの男。団長のグレックナーだ。


「野郎ども! ロタスティに行きたいか!」    「オオーーー!!!!!」


「野郎ども! おカシラのワインが飲みたいか!」 「オオーーー!!!!!」


「野郎ども! これからロタスティに直行だ!」  「オオーーー!!!!!」


 むさ苦しい野郎どもが一斉に立ち上がり、フレミングを先頭にゾロゾロと移動を開始し始めた。ダダーンことアスティンは呑気にも俺に手を振りながら移動している。ディーキンの姿も見える。もしかして、この数全員が『常在戦場』かいな。人数がエライ増えていないか? 部下に指示を出したグレックナーが今度は俺たちの方にやってきた。


「おカシラ! そういうことですわ。みんなに一杯上げて下さい。さぁさぁ、皆さんも一緒にロタスティで祝杯を挙げましょう!」


 俺どころかセコンドに付いていたアイリやレティ、クリスや従者たち。アーサー、カイン、フリックも、ドーベルウィンとスクロードまでグレックナーに追い立てられている。恐るべしスキンヘッド。みんなグレックナーのペースに巻き込まれ、ロタスティに向かう羽目になった。


「おカシラの勝利を祝って乾杯!」


「オーーーーーーー!!」


 いつもは学生で賑わうロタスティ。今日はむさ苦しい野郎どもの宴席に変わってしまった。俺は【収納】で「マクシミーダ ジェラトル」を十ダース程出すと、野郎どものテンションは最高潮になった。


「おカシラ! ありがてぇ」

「一生、付いていきますぜ!」

「おカシラ、バンザイ!」


 むさ苦しい野郎どもを目の当たりにしたセコンド組は、みんな目が点になってしまった。みんな上流階級の人間、こんなの見たことないだろ。クリスなんかポカーンとしてしまって、意識がこちらにないような感じだ。これではいかんと、全員を個室に入れて待機してもらうことにした。


「凄いものを見てしまった・・・・・」

「迫力が有り過ぎて・・・・・」

「グレンはあんな人達を相手にして、よくやってますね」


 みんな一息ついたのか、それぞれ感想を述べた。俺はみんなに伝えた。


「みんなセコンドにまでついてくれたのに、ロクに挨拶できず申し訳ない。ありがとう」


「いやぁ、勝ってよかったよ」

「よくやった!」

「本当に大変だったな」


 礼を言ったつもりが、逆に労いの言葉をかけられる有様。俺を取り巻く環境は以前とは全く異なる。突然レティが立ち上がった。


「グレン、ごめんね」


「いや、謝らなきゃならないのはこっちだ。あそこで俺を止めてくれなかったら、大変なことになっていた。アーサー、トーマス、レティ。みんなありがとう」


 三人に礼を言うと、アイリに声をかけた。今回の決闘、アイリの戦いだったのだから。


「アイリ、みんなの協力で何とか首の皮一枚繋がった。心配掛けてすまない」


 アイリは目を瞑り、首を横に振った。


「グレン。全力で戦ってくれてありがとう」


 シンプルだが、俺にとって一番うれしい言葉だった。何かとても報われた気がする。流石は女神様。その時、個室のドアが開いた。グレックナーだ。


「おカシラ! そろそろ帰りますわ。皆さん、お騒がせしてすまねぇ」


「ああ。詳しい話は後日な!」


 俺はそう声をかけると個室の外に出て、『常在戦場』の面々に声を掛けた。


「今日はわざわざ俺の応援のために駆けつけてくれてありがとう!」


 皆が歩きながら返事をしてくれている中、白が混じる口髭の中年剣士ファリオが声を掛けてくれた。


「今日の戦い、盾術を扱う者として興味深かった。学園出身者として燃えたぞ! ありがとう」


 ファリオさん、盾術使いなのか。ていうか学園出身だったのね。俺とファリオは固く握手を交わす。ダダーンことアスティンもダイナマイトボディを揺らし、駆け寄って来てくれた。


「できる子だったね、坊やは。かわいいわ!」


 すると、ダダーンは酒の勢いもあってか、俺の頬に思いっきりブチュー、と唇をくっつけてきた。ダイナマイトボディーから逃れられなかった俺。この決定的瞬間、開いたドア越しに驚きながらも睨みつけてくる琥珀色の瞳と目が合ってしまったのである。そんな目で見るな、クリス。これは事故だ! 俺は心の中で思わず叫んだ。

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