166 鉱山を買おう

「え!」


 俺が言った「鉱山を買おう」という話に、ハンナが目が点になっている。隣に座っているグレックナーがビックリして、つぶらな瞳を俺に向けてきた。


「おカシラ。悪いがそんなカネ、ウチにはないぞ」


「カネならある」


「何処に?」


「『信用のワロス』に」


 俺が言うと、夫妻ともに仰け反ってしまった。周囲を見ると、クリスもレティもアイリもポカーンとしている。二人の従者トーマスとシャロンは無表情。こちらは別世界の十人だ。リサだけがニコニコしている。まぁ、なんだ。人の金庫を指差して「カネならいくらでもある」と言っているように聞こえるのかな。


「『投資ギルド』は使わないの?」


 リサがニコニコしながら言ってきた。


「もちろん『投資ギルド』にも出資してもらえばいい。いや、出資してもらう。だが、ハンナにも買ってもらう」


「どうして? 『投資ギルド』に出資してもらえれば、『投資ギルド』を通じて高値で卸してもらえるのでしょ」


「ハンナが出すことが重要だからだ」


 俺は断言した。リサから微笑みが消え、困った顔になっている。おお、珍しい。まぁ、だからハンナと共に俺のところに相談を持ちかけているのだろうからな。


「カネの問題なら『投資ギルド』に出資してもらえばいい。卸値を上げたかったら『投資ギルド』を通して売却すればいい。だが、それでは解決しない」


「私が家の鉱山の権利を持てば解決するのでしょうか?」


 ハンナが聞いてきたので、「そうだ。その通りだ」と断言した。


「分かりました。アルフォードさんの言われる通り、買わせていただきます」


「ハンナ! カネはないぞ」


「ダグラス。アルフォードさんにお任せしましょう。家を守るためには、それが最適解だと思いますの。貴方も普段おっしゃっていますでしょ。「おカシラは間違いない」と」


 グレックナー。お前、家でそんなことを言っていたのか。


「グレン。どうしてそこまでしてハンナさんが出さなきゃいけないの?」


 リサが珍しく真剣な面持ちで聞いてきた。これはいつもの謎掛けでは納得しそうにないな。


「ハンナが買うことが重要だからだ」


「どうして?」


「ハンナにはブラント子爵領内の鉱山開発組合の代表者になってもらわなければいけないからな」


「!!!!!!!」


 俺の言葉にリサが固まっている。まだ意図がわからないようだ。グレックナーは呆気にとられてしまって口が開いたままだ。クリス、レティ、アイリに至ってはもう空気の状態。だから俺の仕事話なんか聞いてもつまらないだろうに・・・・・


「私が・・・・・」


「そう、ハンナが鉱山運営の代表者」


「ですが私にそのような知識や経験が・・・・・」


「貴方には既に備わっていますよ。貴族社会の知識と経験。これが重要」


 俺は流れを説明した。『投資ギルド』とハンナがブラント子爵領内の鉱山に投資し、それぞれ権利を取得する。次にブラント子爵と『投資ギルド』、ハンナの三者で鉱山開発組合を設立。ハンナが鉱山開発組合の代表者に就任する。そしてハンナの名前でランドレス派の互助会に取引停止を通知、代わりに『投資ギルド』を介して鉱石を卸す。


「分かったわ! グレン、凄いわ!」


 リサがニコニコ顔で俺の肩に手をやって、揺らしながら言ってきた。


「ランドレス派に断る名分を立てる為なのね。考えたわねグレン!」


 えらい興奮しているな、リサ。どうやら、そこで詰まっていたようだな。だが、この話。狙いはそれだけではない。


「ハンナが借りたカネで権利を買い、入ったカネを使ってブラント子爵家の債務の中で高利なものを消す。『投資ギルド』のカネは開発費用に回せばいい」


「父が派閥にどう言えば・・・・・」


「カネがないので鉱山を売ったと言ってもらえばいい」


 おたくらのせいで鉱山を売るハメになりましたと、意趣返ししてやればいいのだ。


「・・・・・しかしそれでは、我が家はランドレス派には・・・・・」


「居ればいい。好きなだけ居座ればいい。追い出せるものなら、追い出してみろって話だ」


 心配するハンナに俺はそう言った。出る必要はない。今出て中間派にでもなれば、ボルトン伯が言うように、あちらの派にもこちらの派にも顔を立てなきゃいけなくなるから、カネがかかるだけ。だから堂々と居座ればいいし、居座る方法を考えたのだ。すると、いきなりメゾソプラノの笑い声が部屋に響いた。


「ご、ご、ごめんなさい。グレンの話があまりにもひどすぎて」


 クリスは人がいる前でウケ笑いをしてしまっていた。そのように躾されていることもあるのだろうが普段、クリスはこのようなことはない。しかし何かの拍子でタガが外れてしまったのだろう。


「『居座れ』というのがもう酷くて。派閥の盟主たる派閥領袖りょうしゅうのランドレス伯は絶対に追い出せないわ」


 クリスが笑いながら言う。子爵には鉱山を売ったと言わせながら、娘ハンナの名前で互助会への取引停止を通知する。派閥内取引はしないのに、派閥には居座る。ここが面白いというのである。


「もし、そのような状況でブラント子爵を閥から追い出せば、互助の精神を放り出して「カモ」にしていましたと認めることになりますわ。ですので絶対にできません」


「どうしてですか? 令嬢」


「家が苦しいので仕方なく鉱山を娘に売りました。子爵家がそのような状況なのに、娘がたばかったからと派閥から追い出しにかかったら、ブラント子爵のような立場の方が一斉に離反されるからです」


「まぁ」


 クリスの説明に、ハンナの顔はパッと明るくなった。


「派閥から構成員が抜けられて一番困るのはどちら様なのかしら」


「もちろん派閥領袖の方ですね。第五派閥なんかに転落した目も当てられません」


 クリスとリサが掛け合う。そういうことなのだ。本来ならば世話をしなければならない立場の人間が、構成員を食い物にして懐を暖めるなんて論外の話。だからその懐を寒からしめ、その上で構成員を減らせるのかどうかを試してやればいいのだ。


「その話じゃブラント子爵に抜けられて、一番困るのはランドレス派よねぇ」


「だから、好きなだけ居座ればいいんだよ。今までならカネを取りながら嫌なら出ていけ、と言ってたような奴が、これからはカネが取れないのにお願いだから居て下さいに変わるんだ。その変わり身、面白いじゃないか」


 レティの感想に対して俺は答えた。これまで従業員を絞って威張っていたブラック企業の経営者が、逆にカネを払わせられて米搗こめつきバッタに変わるようなものだ。するとまたクリスが笑い出す。


「ね、ヒドイでしょ。グレンがやると、いつも相手は踏んだり蹴ったりなのよ」


 クリスの言葉にみんなが一斉に笑い始めた。


「でも元は自分が悪いのよ」


「自業自得ってこのことですよね」


「まさに身から出た錆」


 レティの言葉にシャロンとトーマスが追従する。君たち、今日は傍聴人だったはずだろ。


「グレンは本当に容赦がありませんね」


 アイリが微笑みながら言ってきた。


「だってランドレス派互助会がヒドイからな。これでは互助会じゃなくてドロボーだ!」


「いやぁ、全くだ。おカシラの言う通りだ」


 グレックナーが笑いながら賛同した。俺はリサにブラント子爵家の借入状況を鑑みつつ、ハンナの適正な出資額を算出する事。収入を予測しつつ、ハンナの返済計画を立てる事。そして鉱山の採掘量を増やすためにどれほどの投資が必要なのかを調べるように頼んだ。するとリサは「ええ、任せて!」と声を弾ませる。


「私も父に申します。この話であれば父も受け入れる事でしょう」


 ハンナは頭を下げてきた。これでブラント子爵家の話の方は動きそうだ。こちらの方の課題が終わったので、俺は遅ればせながらグレックナーに礼をした。


「グレックナー。遅れたが決闘の指導ありがとう。おかげで道が拓けた」


「いやいや、礼ならお嬢さんと御令嬢に言ってくれ。『屯所』に二人で頼みに来られたからな」


 え! 屯所にレティとクリスが? 二人を見るとどちらも下を向いている。言いたくないのか?


「お嬢さんも御令嬢も泣きそうな顔で来られたからな。これは絶対におカシラを勝たせないといけないと」


「な、泣きそうな顔までは・・・・・」


「そ、そうですよ、グレックナーさん」


 グレックナーの言葉をクリスとレティが否定しにかかっている。しかし否定する力が非常に弱い。先ほどまでの勢いが全くないのはどうしてなのか。


「おカシラも、お嬢さん、御令嬢の以外にもう一人別嬪さんがいるなんて・・・・・」


 グレックナーよ、何か勘違いしてないか?


「俺じゃ三人同時なんて絶対に無理だよ。さすがおカシラ!」


「何いってんだよ! 違うからそれ」


「そ、そうですよ。グレックナーさん」


 俺の言葉にレティが追従してくれた。だが、クリスを見ると無表情なのに顔が真っ赤だ。俺の言葉に賛同してくれたレティも、顔を赤らめ恥ずかしそうにしている。対してアイリの方は微動だにせず、実に堂々と前を向いていた。しかし何という絵面だ。


「皆さん、グレンが大好きなのですよね」


 お、おい! リサが突然、メガトン級の爆弾を投げつける。お前、どうやって収拾をつけるつもりだ! クリスが身体を縮こまらせながら真っ赤な顔で俯いてしまった。クリスよ、もしかして俺のことが・・・・・


「はい!」


 そのとき、アイリが淀みなきソプラノの声で返事をした。我一点の曇りなし、という感じの堂々とした姿勢。キリッとした表情で大きな青い瞳を見開き、胸を張って答えるアイリ。他を寄せ付けないオーラを放っている。対して隣のレティは、恥ずかしそうにしながら何かを考えているようだ。この態度をどう解釈するべきなのか、本当に考えてしまう。


「アルフォードさん、私達はそろそろいとまをさせていただきたく存じます」


「これから実家ですね」


 ハンナが頷く。いやぁ、助かった。リサのせいで微妙な空気が流れる中、いい間合いで話してくれたよ。内心感謝していると、去り際にハンナが声を掛けてきた。


「噂によりますと『貴族ファンド』なるものができますとか。私めにはよく分かりませぬが・・・・・」


 一体誰が、何の目的で作ろうとしているのか? グレックナー夫妻が個室を去る中、俺は『貴族ファンド』について思案を巡らせた。

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