163 七対一
平日最終日の放課後。遂にコルレッツの代理人である二人の攻略対象者、悪役令息リンゼイと天才魔道士ブラッド、そしてコルレッツ
「そろそろ時間だな」
『常在戦場』団長のダグラス・グレックナーが俺に声を掛けてきた。
「行きましょう」
クリスの従者トーマスが、闘技場への出発を促す。
グレックナーとトーマスは共に俺の稽古に立ち会ってくれていた。稽古の場所は黒屋根の屋敷裏にある砂場。本来ならば厩舎に併設されているものなのだが、学園の鍛錬場で俺の稽古を見せるのはどうかということで、急遽ここを使うことになったのだ。
昨日、俺は貴賓室でクリス達が講師として招聘したグレックナーを見て唖然として言葉も出なかった。そこを突いてクリスとレティが「指導を受けて勝て」という指令を下し、グレックナーに稽古をつけてもらうことになったのだ。また、クリスは従者であるトーマスに稽古に協力するよう指示を出し、昨日から三人で稽古を続けていた。
「まだやっていたの?」
リサが砂場に顔を出す。昨日、二人を伴って砂場に現れた時、何をするのかと驚かれたのだが、事情を話すと「まぁ、楽しそう」と、なんとリサも稽古に加わってしまったのである。これには最初グレックナーもトーマスもビックリして引いてしまっていたのだが、リサの技倆を見るなり「なかなかやる!」と、二人揃って逆にやる気を出してしまった。
今日は遅れている屋敷工事の打ち合わせで参加できなかった。しかし「闘技場の決闘は絶対見るからね!」とニコニコしながら言ってきたのには、さすがの俺も閉口するしかなった。いくら何でも、そりゃ無いだろ。そう思いながらも時間がないので、魔導回廊を抜けて学園に入り、急ぎ闘技場に向かう。途中、リサは観客席に座るため別れ、俺とグレックナーとトーマスとはフィールドに続く通路に入った。
「いいな。
グレックナーのアドバイスに大きく頷くと、【装着】で歩きながら黒装束に身を包む。対ドーベルウィン戦でも付けた黒の道衣上下に、頭は黒い布で現代かぶり、靴は履かずに裸足という出で立ち。だが前のときと違って得物は商人刀『隼』。名前は俺が勝手につけた。歩いていくと通路からフィールドが見えてきた。
(ここはもうあの曲しかないだろ)
俺は意図的に選曲した。ベートーヴェン作曲ピアノソナタ第十四番『月光』第三楽章。これしかないだろう。脳内に地を這う旋律が響く。
「よし! いくぞ!」
俺はリングめがけて全力疾走で走った。
「ギィィィィィィヤァァァ!!!!!!!!」
砂地であるフィールドより一段高い台座「リング」に立つ七人。その中で剣を握って立っているリンゼイに向かって一気に襲い掛かる。
「チェェェェェイイイイイイイイ!!!!!!!」
奇声を全開で放ちながら、リングに駆け上がった俺は『隼』を瞬時に抜いて、両手持ちでリンゼイが握る剣身の元を全力で薙いた。
「ギュワァァ!」
奇声とも何とも言えない声を発するリンゼイ。その手に握られていた剣はそのままリング外に投げ出された。まずは一人。
「デュュュュュワァァァァァ!!!!!」、
そのまま俺は黒騎士のロイドに照準を絞り、「
「ドォォォォリャァァァァ!!!!!!!!」
下りた『隼』を大上段の位置に振り上げ、白騎士のヘイヴァースに狙いを定めた。怯えた顔を見せるヘイヴァースに、奇声を発して近づき、大上段の構えから『隼』を剣身目指して振り下ろす。剣は無残にもヘイヴァースごと石畳に叩き落とされた。三人目。
「ダァァァァァァ!!!!!!!!!」
再び『隼』を大上段に戻し、間者属性のハイドンに襲いかかった。恐慌状態のハイドンは何か喚いていたようだが、俺は気にすることもなく間合いを詰めて『隼』を剣に向かって振り下ろした。剣はハイドンの手元から
「キィィィィィヤァァァァ!!!!!!」
俺は『隼』を大上段に戻すと、賢者ケンドールを次の獲物と見定めた。震えるケンドールに間合いを詰め、ケンドールが握る剣めがけて『隼』を振り下ろす態勢に入った。そのとき
「り、り、両者、決闘の・・・」
「要らぬわ! いくさは
進行役の教官が決闘の開始を宣言した。俺は奇声を発して、そのままケンドールめがけて刀を振り下ろす。ケンドールは一瞬にして崩れ落ちた。体力はゼロ。戦闘不能だ。これで五人目。
「ウォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!」
俺はケンドールを倒した場所で刀を大上段の位置に戻し、そのまま槍剣士ソリメノに向かって突進した。そして奇声を発して振り下ろす。だが一撃では倒れない。素早く大上段に戻した刀を振り下ろすと、今度はソリメノが崩れ落ちた。剣を持たせると賢者よりも弱い槍剣士ってツライな、と思ってしまう。
これで六人が倒れた。リングに残っているのは剣技最弱のブラッドのみ。魔法が使えぬ天才魔道士なぞ、恐れるにも値しない。『月光』の第三楽章はまだ途中。俺は『隼』を大上段に構え、奇声を発してブラッドに襲いかかった。
「トゥイィィィヤァァァァァ!!!!!」
会心の一撃。手応えがある。『隼』がブラッドの足元まで一気に振り下ろした感覚。俺は元のポジションに戻り、『隼』を大上段に構えに戻した。ここでブラッドのターン。だがブラッドは動かない。【鑑定】するとステータスが混乱となっている。俺の先制攻撃で他が全滅した事がよほどショックだったのか。
「ドォォォォリャァァァァ!!!!!!!!」
俺は瞬時に間合いを詰め、奇声を発しながら『隼』を振り下ろし続けた。そして四刀目、遂にブラッドも崩れ落ち、コルレッツの代理人七人全員を倒した。だが足りない。全く足りない。俺はコルレッツに照準を定めだ。
「オラァ、コルレッツ。リングに上ってこいや!」
稽古で火を付けた俺の身体と心には闘気が燻っていた。
倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!倒す!
コルレッツを直接倒す! お前のせいでアイリがどうなってると思っているんだ! 正嫡殿下やカイン、フリックという攻略対象者がどんな思いをしたと思ってやがる! クリスを何だと思っている! 家族がどんな思いをしてると考えてんだ! コルレッツの家族から話を聞いた俺は、コルレッツに対する怒りを更に増幅させていた。
「上がれ! 上がれや! 上がらんかい!」
こっちはストレスが溜まってるんだ! 俺は思いっきり喚いてやった。コルレッツは地面にへたり込んでいる。厚化粧の顔は引きつっているが、全く気にもならない。いいじゃねえか、人間立木なり好きに使わして貰おう。こっちは速攻で決闘が終わり過ぎて、全然物足りない。この際コルレッツを叩き斬り、串刺しにして憂さを晴らしてやる!
「上がらなかったら、こっちが降りてやろうか、おい!」
俺はコルレッツのいる方に歩を進める。コルレッツは身じろぎ一つしない。いいだろう、こちらから降りて叩き斬ってやる。そう思って襲おうとしたその時、俺の両脇が拘束された。
「やめろ、グレン!」
「ダメだ!」
気がつくと右腕をアーサー、左腕をトーマスがそれぞれ掴んでいる。俺が動けない。
「おい、離せ! 離してくれ!」
「やめるんだ!」
「やめてください!」
振り払おうとする俺と押さえつけようとするアーサーとトーマス。二対一では振りほどけない。まして屈強なアーサーにサブキャラのトーマス。モブ以下の俺と力の差は歴然。身体を左右に振っても離せない。だがコルレッツには、コルレッツには一撃を喰らわせないと俺の気が済まん!
「やらせてくれ! やらせろ!」
そのとき、目の前にレティが突然現れた。
『バシーーーーーーーーン!』
静寂に包まれた会場に乾いた音が響き渡る。その瞬間、俺の頬に衝撃が走った。何が起こったのか全く分からない。それと共に俺の脳内で鳴る『月光』の第三楽章も止まった。
レティが右手を身体の前に出し、サファイアの瞳でこちらを睨んでいる。ビンタされたのか、俺? なぜだか分からないが一気に身体の力が抜けてしまった。なんだこれは。痛さはないが、筋肉が脱力した感じとなってしまったのである。説明し難いのだが戦闘意欲を奪われてしまった感覚なのだ。これもヒロインの力だというのか・・・・・
「グレン! アイリスはどうなるの! 今やったら貴方もアイリスも退学よ!」
「分かった・・・・・」
戦意を失ってしまった俺は、レティの話を受け入れた。受け入れる以外の選択肢しかなかったのである。結局、このエレノ世界ではヒロインに楯突くことなど不可能なのだ。俺の身体に力が抜けたので、アーサーとトーマスが手を離す。危険性なしとの直感が働いたのだろう。
教官か係員か分からないがリングに上ってきて、俺に倒された七人を撤収させ始めた。ケンドールとブラッドは担架で、後の五人は誘導されてリングを降りていく。気付かなかったがリンゼイ達は今まで呆然と立ち尽くしていたようだ。リング外のコルレッツも二人の男に両脇を抱きかかえられて撤収していく。が、よく見るとスカートが濡れている。
「コルレッツ、チビッたんかいな」
それを見た俺は思わず口に出してしまった。振り返ったレティが見るなり「あっ、ホントだ!」と言ったので間違いない。おそらくコルレッツは恐怖のあまり失禁したのだろう。
「あれでは、出てこれられないのでは・・・・・」
トーマスが呟いた。そりゃそうだよな。決闘にビビって漏らしちゃったとか、どんな目で見られるか分かったもんじゃない。まして女。好奇な視線に晒されることは間違いないだろう。そんな事を考えていると、コルレッツへの闘志は雲散霧消してしまった。終戦模様のリング上。ここに向かって一人の男が、慌てて駆け寄ってくる。
「決闘が始まってもいないのに相手に襲いかかるなんて卑怯な手口、絶対に認められぬ」
駆け寄ってきて俺を指差し、
「グレン・アルフォードは失格だ! 判定を下すべきだ!」
メガネを掛けたオルスワードは、進行役の教官、壮年とおぼしき小太りの男に迫っていた。男はオルスワードに頷く。
「・・・・・決闘開始を宣言する前に仕掛けたグレン・アルフォードの行為は失格に値・・・・・」
「ちょっと待ったぁ!」
フィールドと外に繋がる通路から出てきた、スキンヘッドのつぶらな瞳の男が、小太りの教官に待ったをかけたのである。
「よぅ、イザード! 久しぶりだなぁ」
「・・・・・グ、グレックナー・・・・・ 何故・・・・・」
進行役の教官はグレックナーの突然の登場に動揺している。この二人、知り合いなのか? 決闘の結果の成否は思わぬ方向に向かっていった。
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