162 学院入学
俺はジャック・コルレッツと共に高速馬車に乗り込み、一路、王都トラニアスを目指していた。俺は学園に戻るため、ジャックは学院に入学するため。もしジャックが学院に入れば乙女ゲーム『エレノオーレ!』の状況と同一になり、『世の
「『神の巫女』の話からなんですよ。こうなったのは・・・・・」
車上、ジャックがジャンヌ・コルレッツ、自分の妹のことについて語り始めた。ジャンヌは小さい頃から貴族学園に憧れていたのだという。だが、コルレッツ家が身分的には遜色なく通えるが、経済的に通うのが難しいと悟るや、ジャックの学院行きを羨ましがったのだという。
「ならば一緒に学院に行けば良かったではないか?」
「いえ、妹は成績の問題で行けませんでした」
学院選抜試験には「神学」の問題があり、コルレッツは全く出来なかったそうだ。そんなの初めて聞いたぞ。ホントに謎多き世界だな、エレノは。まぁ、そういう訳でコルレッツの学院行きは不可能。本人も進学を諦めていたそうだ。だから家では弟や妹の面倒を見ることが専らだったのだが、嫌がる素振りを見せたことは一度もなかったらしい。
「カルロとカルラは本当にジャンヌのことが大好きで」
母親であるセシリーよりも慕っていたくらいだったとのことで、聞けば聞くほど学園でのコルレッツとのギャップが激しくなる。そのコルレッツを取り巻く状況が変わったのは一年前、コルレッツ家にナニキッシュ教会のサルモン司祭が突然訪れ、コルレッツの事を『神の巫女』であると宣告したのだという。
これを聞いた両親は家の名誉であると大いに喜び、コルレッツを祝福した。その後はトントン拍子に話が進み、コルレッツのサルンアフィア学園の入学まで一気に決まってしまったという。その過程でジャックの進学話は立ち消えになってしまった。コルレッツの学園入学によって、進学費用が出ないためだった。
「それで良かったのか?」
「父母もジャンヌも喜んでいるのを見ると、仕方がないな、と思って」
そうか。ジャックは家族愛が強かったが故に、学院進学を諦めたのか・・・・・ それをコルレッツのヤツ、踏み台に使ってしまって・・・・・
「・・・・・あの、一つ疑問なのですが、どうして私が学院に行く事をご存知だったのですか?」
「妹と同じだよ。元から知っていた」
ホントのことを言った。相手からの返答はない。暗闇で表情が見えないためジャックがどう思っているのかを予測する事はできないのである。暫しの沈黙の後、ジャックの声が聞こえた。
「何度も言っていました。僕の進学は決まっているって。だからジャンヌが家を出る時、本当は僕が学院に行くはずだったのに、って」
あいつ、そこまで言っているのに、自分の学園行きを強行したのか。我欲に負けたのだろうな、きっと。
「ジャンヌは僕に、学院に行ったら強い騎士になって学園との対抗戦に出ることになるからって言ってました」
「そうだ。その通りだ。だからそれができるように君を学院に入ってもらうのだ」
ジャックからの返答はない。俺は言葉を続けた。
「それは全て決まっている事なんだ。『世の理』というヤツだ。それを変えたからおかしなことになっている。俺は元に戻そうとしているだけだ」
「しかしジャンヌの事を悪くは思えません。家族だし、僕たちは双子ですから」
そうか。いいヤツだな、ジャック。コルレッツとは大違いだ。あいつ、大事なものを見失っている。いくら転生していようと、善意を悪意で返してどうする? 転生で苦労しているなんか理由にならない。話をしている間に夜が明けた。馬車は駅舎に入って馬の繋ぎ変えを行い、馬車はいよいよ王都に入る。俺とジャックはそれぞれ外の景色を見ていた。
高速馬車は王都に入ると、そのまま運行業者の車庫で停車した。二頭立ての普通馬車に乗り換える為である。王都内を走るにはこちらの方が好都合。四頭立ての高速馬車では大きすぎるのだ。車庫で軽い食事を摂った後、俺たちはジェドラ商会に向かった。魔装具でウィルゴットと連絡が取れたからである。
「まいど」
ジェドラ商会前でウィルゴットと商人式挨拶を交わすと、二人で馬車に乗り込んだ。フランクなウィルゴットがジャックに気さくに接してくれたおかげで、車上の雰囲気もよく、そのまま国立ノルデン学院に入り、そのままジャックの入学の手続きをとった。
「何から何までお世話になりましてありがとうございます」
「これからも連絡を取り合わなきゃいけない。学園に俺宛で封書を送ってくれ」
頭を下げるジャックに俺はそう伝えると、馬車から手を振って別れた。これで『世の理』は直した。後は決闘あるのみか、と感慨に耽っていたらウィルゴットが話しかけてきた。
「いきなり学院への入学希望者の話をされてビックリしたよ」
すまんすまん。俺はそう言いながら礼を述べた。ところで毒消し草の方どうなっている、とせっつかれたので、来週にはザルツが帰ってくる筈だから、その時に話をする事になると返しておいた。事実そうだし、タイミングもおそらくその頃になる。
するとウィルゴットは知っているか、と俺に小麦の事について話し出した。各地で不作のようで、あれは確実に値が上がるはずだと力説してくれた。遂に王都で噂されるようになり始めたか。馬車がジェドラ商会で着き、ウィルゴットとはここで別れた。
学園に向かう車上、俺はワロスやディーキンと魔装具で連絡を取った。ワロスにはコルレッツの借金返済の回収業務を、ディーキンにはコルレッツの就職斡旋に関する依頼である。両方とも快諾してくれたので、必要書類を運行業者に届けるように頼んだ。チャーイル教会に出立する高速馬車に載せてもらうためである。動きに全く無駄がない。
そんなこんなで俺を乗せた馬車が学園の馬車溜まりに到着したのは昼休みの終わる前。馬車を降りた俺は【装着】で制服に着替えると、急ぎ教室に向かう。これなら三限目は間に合いそうだ。そんな事を考えていると教室前でクリスの従者トーマスに呼び止められた。
「放課後十六時、貴賓室にお願いします」
いつになく真剣な表情をしているトーマスに俺は理由を尋ねることができなかった。
――貴賓室。最近、この部屋に度々出入りする。今までにはなかったことだ。この部屋どころかこの部屋の周辺は普通の生徒がウロウロするような事もない。だから秘密裡の会合を開くのはもってこいということなのかも知れないが、妙な緊張を強いられるので、長時間の滞在は勘弁して欲しいところだ。
俺は三限目が終わるとすぐに寮の部屋に戻って一睡した。コルレッツ家から王都に向かっている間、ジャックと話していて一睡もできなかったからだ。その前に仮眠をしていたのだが、それだけでは足りないのでこの際寝ようと寮に戻ってきた。そして約束の時間に合わせ、貴賓室にやってきたのである。
貴賓室のドアをノックすると、トーマスが応対してくれた。案内に従い、前室を通り、本室のドアの前に立つ。トーマスがドアを開けると、俺の目の前に信じられない光景が現れた。
(な、な、なんで三人が・・・・・)
目の前のテーブル。俺が立っている前に、クリス、アイリ、そしてレティの三人が並んで座っている。全くありえない光景。何があったんだ。三人揃い踏みもおかしいし、並びもおかしい。普通、上座にクリス。右上席にレティ、次にアイリ。これなら分かる。が、右上席にクリス、次にアイリ、そしてレティっておかしいだろ。
「こちらに・・・・・」
トーマスの案内で左席に座る。位置がアイリと真向かいだ。上座は空いている。下座にはシャロンとトーマス。なんだこの異様な席順は。身分絶対のエレノ世界ではまずあり得ない位置。一体どうなっている・・・・・
「お帰りなさいませ」
メゾソプラノの声が無表情に響いた。声も無表情なら顔も無表情だ。それを言ったら横のアイリも、その横のレティも同じ。二人の従者に至っては目を伏せている。
「今、何処に行かれていたのかは問いません」
問うてもらわないのはありがたいが、それ以上のものを聞かれそうで怖い。俺は防御力を高め、無表情を装った。
「単刀直入にお伺いします。明日の決闘、本当に勝てるのですか?」
「!!!!!」
俺は硬直した。言葉が出ない。クリスの問いに無言で答える以外、手立てがない。場に沈黙が漂う。俺は無表情を維持するのが精一杯だ。
「明日の戦い。負けることは絶対に許されません。アイリスの退学がかかっているのですから!」
クリスの言葉が俺の心臓に突き刺さる。そうだ。そうなのだ。明日の決闘、俺たちの意志とは違う所で俺とアイリの進退、すなわち退学が賭けられてしまっているのだ。目の前のアイリは無表情。だが、肩が小刻みに揺れている。分かる。俺が全力で装っているようにアイリも全力で装ってくれているのだ。
「グレン。正直に言って。明日の戦い勝つ自信があるの?」
いつもより一段低いアルト。レティの声が低く俺の元に響いてきた。まるで裁判所の判事のように居並ぶ三人。俺は被告席、ならば二人の従者は弁護席なのだが、弁護する気はなさそうだ。俺は否応なく本心を話さなくてはならない状況に立たされた。
「ない。ハッキリ言えば無い」
驚いた表情のクリスに対して、やっぱりという表情のレティ。その真ん中で目を瞑るアイリ。これをどうすればいいんだ、俺は。
「やっぱり・・・・・」
レティは呆れるようなトーンで言った。
「七対一で戦い抜ける解法を見いだせていない」
俺は説明した。『剣闘』となった今回の戦い。相手は魔法が使えない分、戦い自体は楽になったが、それでも俺が不利であるには変わりない。これまで俺が有利だったのは、俺のレベルが他よりも高い為、相手のターンより二、三回多く回ってくるから。つまり一対一か、パーティ同士ならば人数互角であり、総ターン数が多い俺が有利になる。
「しかし七対一となると、ターン数は相手七に対して、俺が三、四回。どちらの数字も七より下」
「相手が七回攻撃するチャンスがあるのに、グレンは三、四回しか攻撃できないと」
「そう。これは回復でも同じ。相手は七回回復できるチャンスがあるのに、俺は一回のみ」
仮に一人あたり一個ハイポーションを持てるとすると相手は七個持っているが、俺は一個しか持てない。俺の数が三個になったら、相手は二十一個だ。相手は作戦を立てられるが、俺には全く考える余地がない。
「私は最初からグレンが勝てるとしか思っていませんでした」
「私もです」
クリスの言葉に、アイリも追従する。勝っているのはレベルの高さだけなのに・・・・・ 少し俺を買い被りすぎだ。
「私がコルレッツさんに決闘を申し込んだのは、あんな条件だったので、それが許せなくて・・・・・」
アイリの肩がワナワナと震えている。俺が戦って勝つ事を信じている話と、俺に対する学園の扱いに怒りの表明する心は異なる。そんなのアイリを見ていたら当たり前の話。そんな計算をするアイリな訳がないじゃないか。第一、アイリが決闘を申し込んだ時点では、俺が代理人になってはいない。アイリの左側からサファイアの瞳が俺に迫ってくる。
「どんな事をしても絶対に勝たなきゃダメよ。分かってる?」
「分かっている」
レティからの叱咤に素早く返した。分かっている、分かっている。俺は何度も頷いた。だから後は当日の決闘場に立って考える。それしかない。アイリの右側から琥珀色の視線が俺を突き刺す。
「明日の勝負、確実に勝たねばなりません。ですからグレンが絶対に勝つ為に、講師をお招きしました」
は? 講師? クリスのいきなりの言葉に我が耳を疑った。今、この世界で俺よりレベルが上の人間はいないはず。誰が俺を教える事なんてできるというのか? そのとき、ドアをノックする音が聞こえた。トーマスが立ち上がり、すぐさま対応する。本室の扉の向こうから物音が聞こえた。どうやら一人のようだ。そしてドアが開いた。
(あっ!)
俺は絶句した。
「よっ、おカシラ!」
つぶらな瞳のスキンヘッド。『常在戦場』の団長ダグラス・グレックナーがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます