161 ジャック・コルレッツ
主人ペイジル、母セシリー、長兄ジャックのコルレッツ家の三人と、俺、フレディ、リディア、そしてデビッドソン司祭の四人の間で行われている話し合いは、コルレッツ家からジャンヌ・コルレッツを「絶縁」するという部分で止まってしまった。
コルレッツ家の面々が娘ジャンヌの「絶縁」に躊躇しているからで、教会の人間であるデビッドソン司祭の説得も不発に終わった。厄介なのはコルレッツ家の人々が娘ジャンヌが原因で今の状況に陥っており、それを脱するには「絶縁」以外に道はない事を理解しながら、家族の情で躊躇している事である。ならばと、俺は別の方向から攻めることにした。
「本来であればジャック・コルレッツが国立ノルデン学院に入学していなければならないはず」
「どうして、それを・・・・・」
驚く長兄ジャック。やはりそうだったか。ジャック・コルレッツは本来、国立ノルデン学院に入学する筈だったのだ。俺は話を続ける。
「それが本来の姿だからだ。ところが今、ジャンヌ・コルレッツなる人物がサルンアフィア学園に入り、騒動を巻き起こして問題となっている」
「問題・・・・・?」
主人ベイジルの疑問にフレディが口を開いた。
「正嫡殿下を口説き落とそうと付き纏っていて、我々は内々での対応を委嘱されている」
これにはコルレッツ家の面々が慌てた。口々に「なんてことを」「畏れ多い」「不敬な」と指弾している。この世界で一般的な王室崇敬の念に基づいた言葉だ。三人とも娘ジャンヌの行動にショックを隠せない。フレディは更に話を続ける。
「また正嫡殿下に飽き足らず、他の男子生徒に付き纏ったり、複数の男子生徒を囲ったりして問題になっている」
コルレッツ家の人々は皆、頭を抱えている。三人、誰も想像すらできない話だろう。それを本当に娘がやっているのだから目も当てられない。
「ですので、これを正すためにはジャンヌ・コルレッツに学園から離れてもらうしかないのです」
俺は主人ベイジルに対して暗に「絶縁」するように迫った。
「確かにジャンヌ、娘が悪い。全て娘が悪いことは承知しております。絶縁すれば家も助かる、これも分かります。ですが・・・・・ ですが・・・・・ 娘を簡単には・・・・・」
嘆く主人ベイジルに母セシリーが抱きついた。セシリーは嗚咽している。それを見て「俺も罪深い事をしているな」と思ってしまった。これが愛羅、コルレッツが愛羅だったとしたらこの状況下、俺は、俺たち夫婦はどんな決断をするのだろうか。全く想像できない。俺がコルレッツ夫妻を見ながらそう思っていると、リディアが突然口を開いた。
「司祭様。「絶縁」ができるなら、「復縁」もできるのですか?」
「もちろんできる。「復縁」の意思、理由は必要だが」
「だったらコルレッツさんが借金をしっかり払って、責任を果たした事を確認してから「復縁」したらいいじゃないですか!」
リディアの甲高い声が応接間に響き渡った。その声と共に重苦しい空気がパッと消えた。場が涼やかな風が通ったような爽やかさに変わる。コルレッツ家の面々も顔を上げてリディアの方を見た。
「グレン・アルフォードを信じて下さい。グレンは厳しい人ですが、困った人を助ける人間です。賭けに負けてお金を失くした生徒の為に基金を作ったり、破産しそうな貴族の家を救ったりしてきました。今、コルレッツ家だって同じ状況ではないですか」
俺は黙ってリディアの言葉を聞く。そうか、リディア。君は俺のこと、そんなふうに見てくれていたんだな。リディア。リディアは立ち上がった。
「コルレッツさんに借金は負ってもらいます。本人のしたことなら家族ではなく、本人が責任を負うべきです。違いますか?」
「お嬢さんの言われる通りだと思う。しかし額がとても・・・・・」
主人ベイジルは言葉を詰まらせた。コルレッツ家で負えない借金をジャンヌ一人に追わせる訳には、そんな思いが伝わる。これは親の気持ちだ。だが子供にそれは伝わらない。伝わらないからこんな事態になっているのだ。リディアが言葉を続けた。
「借金の額がすごく大きいので、普通であれば中々うまく行きません。ですが、グレン・アルフォードは商人。それを無理なく、キチンと払えるようにする事を考える力があります。家を、家族を救うため、どうかグレン・アルフォードを信じて下さい」
深々と頭を下げるリディア。不覚にも目頭が熱くなってしまった。俺にはこんな事を言える力はない。本当にいい子だな、リディアは。
「・・・・・分かりました。お嬢さんの言う言葉を信じましょう。娘のこと、宜しくお願いします」
主人ベイジルは俺たちに頭を下げる。リディアの言葉がコルレッツ家の人々の心を動かしたのだ。この瞬間、ジャンヌ・コルレッツの「絶縁」が決まった。
話し合いも山場を過ぎた頃、主人ペイジルより昼食の誘いを受けた。いきなり押しかけた上に食事までとは思ったが、好意を受け取るのがエレノ世界の礼儀であり、俺たちはコルレッツ家の昼食に呼ばれることにした。俺はこの席で長兄ジャックに気になっていた事を聞いてみた。
「学院に通いたい意志は今もあるのか?」
「・・・・・もちろん・・・・・あります・・・・・」
両親をチラ見しながら、そう答えた。やはりジャックは学院に入りたいようである。しかし今の家の状態を考えるに、とてもじゃないが、と言ったところか。
「どうして学院に入りたいと?」
「学院で学んだ後に家を継ごうと」
ジャックによると、コルレッツ家は本来騎士地主の家であったらしい。それが時代とともに騎士の気風が忘れられ、「半地半自」と呼ばれる地主として人に農地を貸しながら自作農を行う家に変わっていったというのである。ジャックはそれを昔の形に戻したいというのである。だからゲームで強力な騎士として登場していたのか。なるほど、分かった。
「だったらどうだ。今から入らないか?」
「えっ!」
ジャックは俺の言葉に目を丸くした。主人ペイジル、母セシリーの両親も驚いている。
「・・・・・そんなことが・・・・・」
「実はウチと懇意にしているジェドラ商会がな、学院の入学枠を持っていて、それを使えば即日入学できるらしい」
「ジェドラ商会と繋がりが!」
主人ベイジルが驚きの声を上げた。聞くとジェドラ商会とは小麦の卸で付き合いがあるらしい。こんなところにまで商売をしていたのか、ジェドラは。俺が人脈を持っている事に驚くと共に、俺への信頼度も上がったようである。
「どうですか。折角のこの機会、入学されては」
話を聞いていたデビッドソン司祭がコルレッツ家の人々に入学を勧めた。
「王都に御子息がおられれば、娘さんの動向を押さえる事もできましょう」
「確かに・・・・・」
主人ベイジルはデビッドソン司祭の話に頷いている。この辺りの話の持って行き方、非常に上手い。これが司祭の能力か。
「私が保証人となりましょう。ジェドラの推薦でアルフォードの保証。いかがですか?」
「本当にそこまでしていただいてよろしいのですか?」
母セシリーが不安そうに尋ねてきた。
「これも一つの縁ですから。「一飯之恩」という言葉もございます」
今日、今、このコルレッツ家に来てジャック・コルレッツと学院の話をするのも一つの縁。『世の理』に従い、本来の形にせよ、という意志なのかも知れない。ならばそれに従うのが、今の俺に求められていること。ならばそれに応じようではないか。
コルレッツ夫妻は最終的にジャック・コルレッツが学院に入学することを了承した。いきなりの話で戸惑いもあっただろうが、学院に進ませることが出来なかった後ろめたさや、絶縁する娘の動向を知っておきたいという心理が働いたことは間違いない。
またジャックはこれから俺たちが赴くナニキッシュの街にコルレッツ家を代表して、同行することも決まった。ジャックは共に貸金業者や教会に回る事となったのである。その仕事が終わってから家に戻り、用意をしてから俺たちと共に王都に向かう。予定が決まったので俺たちはコルレッツ家を発ち、ナニキッシュの街に馬車を走らせた。
ナニキッシュの街に入った俺たちは早速、貸金業者巡りを行う。俺が一括返済したので話自体はすぐに終わったが、デビッドソン司祭からの要望で、払いの条件に「ナニキッシュ教会のサルモン司祭とのやりとりを証言する」旨を入れたため、この説明の方に時間が取られた。とは言っても、三つの業者合わせて一時間程で終わったのだが。
その後、運行業者に向かって高速馬車の御者の交代と馬の繋ぎ変えと、もう一台貸切馬車をチャーターした。もう一台借りたのはデビッドソン司祭からの提案で、教会告発の書類作成に一日かかる事から、司祭とフレディが残って、俺達が高速馬車で先に帰るようにするためである。ただリディアも残りたいとのことで、俺とジャックだけで王都に向かう。
俺たちは馬車二台を連ね、ナニキッシュ教会に入った。まるで乗り込んでいるような感じで、何かワクワクしてしまった。教会に入るやいなやデビッドソン司祭がサルモン司祭を見つけ、「この不正、総本山に告発済みだ。覚悟せよ!」と書類を持って詰め寄り、サルモン司祭が文字通り腰砕けになって、地面に崩れ落ちたのには、内心笑うしかなかった。
「グレン、お父さんが纏めた書類を持ってケルメス大聖堂に向かうよ」
一足先に教会を後にする俺に、フレディは声をかけてくれた。既に手筈は打ち合わせ済み。後はそれに沿って行動するだけである。デビッドソン司祭はジャックの入学に必要な書類をサルモン司祭に揃えさせた後、追及を行っており、その場で別れの挨拶を交わした。
「リディア、ありがとう。フレディと一緒に頼むぞ」
うん、と大きく首を縦に振るリディア。今回リディアが同行してくれなかったらコルレッツ家の人々を説得することが出来なかった。実に大きな役割を担ってくれた事に感謝である。俺とジャック・コルレッツを乗せた高速馬車はナニキッシュ教会を離れ、コルレッツ家に辿り着いたときには、空は夕焼け。既に日が沈もうとしている時間となっていた。
赤い空に舞うトンボが、季節が秋に入ったことを知らせてくれる。その時ハッと気がついた。
(あの漢字、トンボだ!)
『商人秘術大全』に書かれていた難解漢字「
俺とジャックがコルレッツ家に戻ると、なんと御者と共に夕食まで呼ばれてしまうことになった。大家族に囲まれての食事。コルレッツの弟や妹はみんないい子だ。こんないい家庭に育って、
コルレッツ家は子沢山である。長兄ジャックを先頭に次兄ジュリオと次姉ジュリア、末弟カルロと末妹カルラ。何れも双子。以外だったのは、皆ジャンヌ・コルレッツの事を好いており、慕っていた事だった。学園での傍若無人な振る舞いのコルレッツと、兄弟に愛されるコルレッツ。本当に同一人物なのかと思えるぐらいの違いである。
俺はジャックと共に主人ベイジルと共に改めて話し合いの席を持ち、貸金業者への全返済を終えた事と、ナニキッシュ教会での話を伝えた。ベイジルはその早さに驚いていたが、ジャックのフォローも会って納得したようである。その上で、これまでコルレッツ家が業者に支払っていた合計一二六万五三七六ラントを手渡した。
「いや、これは・・・・・」
「受け取って下さい。小麦が不良でしょう」
「なぜそれを!」
主人ベイジルは驚いている。俺は話した。
「全土で小麦が不良です。凶作になります。コルレッツ家でも売れるほど取れない可能性が・・・・・ ですのでこのお金を使って乗り切って下さい」
「これは今までウチが支払ったお金だから心配することはないよ」
ジャックの言葉もあって、主人ベイジルは受け取ってくれた。実は帰り際、ジャックと打ち合わせしていたのである。ジャックも家を出る身、家の事を心配していたので同意してくれたのだ。因みに誰にも言っていないが、このカネを払うのはもちろんジャンヌ・コルレッツである。本人が原因の利払いなのだから、全て本人に払わせるべきである。
ジャックの荷物を一括して【収納】するとビックリしていたが、おかげで荷造りをしなくても良くなったと喜んでいた。実はどうやって荷造りしようかと、移動中ずっと考えていたらしい。食事や話し合い、用意をしても出発までは四時間ほど時間があったため、俺たちと御者はコルレッツ家で仮眠までさせてもらう。文字通り「一宿一飯」だ。
コルレッツ夫妻に見送られながら、俺たちが高速馬車で出発したのは夜中である二十三時前のこと。俺とジャックは馬車で王都を目指した。
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