153 成功と失敗

 寮の部屋に帰った俺は一人考えていた。コルレッツ家が抱えているという六〇〇万ラントの借金についてである。今の俺からしたら六〇〇万ラントなんて大した額ではないが、よく考えれば日本円換算で一億八〇〇〇万。大した金額なのだ。フレディはコルレッツが学園に入るために使われたのだという。どうしてそこまでしなければいけなかったのか?


 現実世界でもカネを積んで大学に行ったという話は聞いたことはある。しかしそれは医大とかそういうところの話。将来もあってのことだ。ところがサルンアフィア学園にそんな多額のカネを使ってまで行く価値があるのか? 率直に言って疑問だ。


 価値。確かに人によっては価値のある学園であるのかもしれない。俺自身、現実世界に帰るためのヒントを求めてこの学園に来ている。つまりそこに価値を見出している訳だ。フレディは僧院送り断固回避の為に学園に入った。アーサーのように親に懇請されて入った者もいる。この場合、ボルトン伯が価値を見出していたと言えよう。


 だがコルレッツの場合はどうだ? あいつは一億八〇〇〇万円の費用を投じ、ゲームにない「逆ハーレム」という暴挙を具現化するため学園にやってきた。全く信じられない話だが、日頃の行動とフレディの父が調べた内容によって、それが限りなく真実に近いことが明らかになりつつある。実にくだらないが、実にとんでもない話だ。


 しかしコルレッツはどうしてそこまで学園に固執するのか? 無茶をしてまで男漁りに精を出すのか? 俺には動機も心理もサッパリ分からないし、理解できない。だが、それが俺との対立を生んでいる根源な訳で、今更知ったところで仕方がないだろう。もう決闘でカタをつける以外、道は残されてはいないのだから。


 ――休日初日。俺はリサと共に馬車でホテル『グラバーラス・ノルデン』に向かっていた。ノルデン第五の都市ムファスタから王都が戻ってくるザルツが、家族会議を招集したからである。昨日ディルスデニア王国から戻ってきたロバートは既に『グラバーラス・ノルデン』に逗留している。リサによるとかつてないぐらい上機嫌だったらしい。


「どうして知ってるんだ?」


「魔装具を渡したからよ」


 え? ロバートにも渡したのか。意外な展開に少し驚いた。リサが言うにはザルツにも渡したらしい。だったら、俺も連絡先を交換しないといけないじゃないか。リサはパッパとやるのはいいが、俺に黙っていることが多すぎる。


 『グラバーラス・ノルデン』に到着した馬車から降りると、そのまま集合場所であるレストラン『リスティア・ザドレ』の個室に入った。三商会や家族の会合は皆ここで行っており、今やアルフォードの根城のようになっている。俺たちが一番初めに入り、次に戻ってきたザルツ。そして宿泊していたロバートが何故か最後にやってきた。


「ゴメン。くつろぎすぎたよ・・・・・」


 ロバートは温泉に入って二度寝したらしい。あれは気持ちがいいもんな。気持ちは分かる。ただ、先程まで馬車に揺られていた当主ザルツの手前、全肯定はできないということで、リサから「ちょっと、お父さんが馬車で戻ってきたのに何考えているの!」と叱責されて、しょんぼりしていた。まぁ、ロバートとリサは仲の良い兄妹だ。


「みんな待たせたな。早速話を始めようか。


 ザルツは家族会議の開催を宣言した。この無駄のなさ、飾りっ気のなさが商家らしい。ザルツがそのまま話を始める。ザルツが向かったラスカルト王国との交渉は、予想以上に難航して、結果長引いたそうだ。しかし最終的には毒消し草二束に対し、小麦一袋が取引できるように妥結。交渉が成立したそうだ。


「ラスカルト王国側との取引額は毒消し草一束四八ラント。小麦一袋三四ラントとなった」


 部屋には無言のどよめきが起こった。毒消し草は一束四~七ラント程度で買い占められている。それが四八ラント。ファーナス商会から買って、ジェドラ商会に運賃を払っても三〇ラント以上の利益は確実。対して今の小麦相場は七〇ラント。卸して運賃を含めると、こちらも二〇ラント以上は確実だ。


 しかも小麦の場合、相場が上がってくるので、更に高値で卸すことになる。利益確実どころか爆益商品だ。更に運賃は行き便で「毒消し草」、帰り便で「小麦」を搬送する手筈であるため、運賃は当然ながら下がる。こちらもウチの利益だ。つまりウチは商売に介在する「仲買」に徹すれば、カネと人を動かさず、確実な利を得られるという寸法である。


「ロバート。お前の方はどうだ?」


 ザルツが話を振ると、ロバートは満を持したかのような表情で話し始めた。まず交換比だが、交換比はなく、任意の毒消し草の持ち込みで、任意の小麦を仕入れる事ができるようになったのだという。これにはみんな驚いた。更にロバートの話は続く。


「毒消し草一束五六ラント、小麦一袋二五ラントで妥結した。あっちは毒消し草の需要が多い。高値で売れる。おまけに小麦も豊作だ!」


「お兄ちゃん、凄い!」


「ロバート、大したものだな」


 リサと俺は感心した。ザルツより有利な取引を成立させたことでロバートの鼻息は荒い。


「お兄ちゃん。そんな好条件、どうやって成立させたの?」


「いや、ディルスデニアの首相と懇意になったおかげなんだよ」


 そういえばロバートは言っていたなぁ。ディルスデニア王国の首相イッシューサムに近づきたいと。確かダンスが上手く、そのダンスで国民を魅了して首相になったとかいう、変わり種だったよな。その変わり種に対し、ロバートは百個のメロンを贈呈して懇意になったらしい。なんてあからさまな工作、賄賂わいろなんだ。俺はロバートに聞いてみた。


「どうしてメロンなんだ?」


「いや、イッシューサム首相が「人にカニとメロンを振る舞って今の地位を築いた」と豪語しているという話を聞いてね。カニは手に入らなかったから、メロンを贈ったんだよ。そうしたら会ってもらえて・・・・・


「そのまま交渉が上手く行ったってことなの?」


「ああ、そうなんだ」


 リサの質問に誇らしげに答えるロバート。よほど嬉しいのだろう、ロバートは満面の笑みを浮かべていた。


「ロバート。好条件でよくディルスデニアとの交渉を纏めたな」


「うん、上手く纏められて本当に良かったよ」


 ザルツに褒められたロバートは胸を張っている。ザルツも嬉しそうだ。


「ところでロバート」


「はい」


 ザルツは顔を引き締めた。


「荷受けは何処でやる事になっている?」


「え。そ、それは・・・・・」


 ロバートが返答に躊躇した。どうしたんだ?


「決めてこなかったのか?」


「・・・・・はい・・・・・」


 ザルツの問いかけにロバートの勢いが失速した。ロバートは引き渡し場所を決めてこなかったようである。ロバートは消沈してしまった。それを受けてリサの方も、いつものニコニコ顔も消えてしまい、ガックリとしている。リサは本当に兄貴思いだ。


「ノルデン王国は、ラスカルト王国ともディルスデニア王国とも国交を結んでいない。よってこちらの貨車が両国深くに入っていくことはできない。お前も知っているだろう」


 ロバートは沈黙する。そうなのだ。ノルデン王国は周辺諸国と国交を結んでいない。だからこちらの馬車が入ることができず、一旦降りて、向こうの街で新たに馬車を調達して道を進まなくてはならないのだ。交渉して国境の街にこちらの馬車や貨車を寄せるのが、現状としてできる精一杯の対処ではないか?


「荷受場が、例えばディルスデニアの首都であるなら、国境までの貨車は誰が借りるのだ。ロバート」


 ロバートの顔が青ざめている。さっきまでのテンションの高さは雲散霧消してしまった。ロバートの口から言葉が出ない。


「どうなんだ?」


「・・・・・ウチです」


「だな。つまり、お前が交渉して決めた額に運賃が上乗せされるという事だ」


 ザルツの指摘にロバートは肩を落とした。


「ラスカルト王国で交渉が難航したのは、ワシが国境での取引に拘ったからだ。国境まで小麦を持ってきてもらい、こちらは毒消し草をそこで下ろす。空いたこちらの貨車に買った小麦を積み込めば無駄がない」

「たとえ単価が高くとも運賃がかからぬようにしたのだ。相手国の貨車を使うと相手の事情で値上げされたり、使わせてくれなかったりする可能性があるからな」


 さすがはザルツだ。リスクをヘッジした上であの価格を取り決めた。一見ロバートより高く見える単価だが、相手国の貨車という不確定要素を排除したのである。単価のみを追い続けたロバート、トータルコストを考えたザルツ。この勝負ザルツの勝ちだ。


「ロバートよ、気にすることはないぞ。お前はまだ若い。だから向こうの国の首相に一杯食わされたのだよ」


 そう言うとザルツは豪快に笑うと、相手の国の首相について解説を始めた。イッシューサムはロバートからのメロンを受け取ることで、贈賄ぞうわい側であるロバートの油断を誘ったというのである。メロンを受け取ったイッシューサムは相手に好条件を出して、すぐに話が妥結するようわざと・・・持っていった。何故か?


 それは自国の運送業者が富むようにするためだからだ。これがザルツのような方法でやられると旨味が少ない。対してイッシューサムのやり方であれば運賃は言い値で通る。なぜならカネを払わないと国境に荷が運べないし、こちらの荷を取引場所まで運んでいくにはカネを払うしかないからだ。イッシューサムは最初からそれを見越していた。


「考えてみろ。他国の人間からモノを受け取って相手有利の話をしているのだぞ。人から見れば『売国奴』というそしりを受けかねない」

「だがイッシューサムという首相は、その危険を承知で受けた。国民の暮らしを守るためだ。だからロバート、お前は一杯食わされたのだ」


 なるほど。物事を一面しか見ることができない人間から見れば「裏切り者」。だが息子が嵌められた親から見れば「国民を守る為政者」。人の評価は中々難しい。


「まぁ、相手も一国を背負った人間だということだ。そこを心得ておらんとな」


「・・・・・父さん、ゴメン」


「いや、条件自体は悪くない。特に単価はな」


 うなだれたロバートを慰めるようにザルツは言う。


「だから、これを今から好条件にすればいいんだ、ロバート」


「え!?」


 ロバートは驚いた。というか俺も驚いた。横を見るとリサもハッとした顔になっているので驚いている。


「よし、ロバート。今からワシと一緒にディルスデニアに赴こう」


「えええええええええ!!!!!」


 ロバートとリサだけではなく俺まで声を上げてしまった。


「イッシューサムという男と交渉して好条件を引き出すぞ!」


 兄弟全員ポカーンとしている中、ザルツが一人ハイテンションだ。どうなっているんだ、これ。


「父さん、もしかして、今すぐ?」


「当然だ。ロバート、すぐに準備しなさい!」


 呆気にとられる俺たちを尻目に、ザルツは魔装具を取り出し運行業者を呼び出していた。

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