152 潜入!レジドルナ

 リッチェル子爵領のほど近くにあるノルデン王国第二の都市レジドルナ。レティとリサは子爵領で様々な案件を処理した後、そのレジドルナに向かった。向かった先は川の西側に広がるレジの街。ではなく、その対岸にある東側に位置するドルナの街。そのドルナの街に商会を構えるドラフィルの商館。訪問したレティとリサはドラフィルからの歓待を受けた。


 レットフィールド・ドラフィルは、ノルデン第五の都市ムファスタでリサと意気投合し、「ムファスタ三悪」を結ぶほどの肝胆相照かんたんあいてらす仲。ここに馴染み客であるレティが加わればどんな化学反応が起こるのか。こんなに想像しやすい話はない。三人は密議を楽しんだようである。そして一つの行動を起こした。


 なんとレティの提案に従い、コソコソやっていた毒消し草の買い占めを一気に行ったというのだ。気脈通じたドルナ系商会が姿を変え、一斉に買い占めに動く。こうしてレジドルナの街から一夜にして毒消し草が消えたことで、トゥーリッド商会が色めき立ったというのである。街には見た目ならず者のような輩が街を徘徊しだしたというのだ。


「誰なんだ、そいつらは!」


「冒険者ギルドの連中よ」


「なんだって!」


 リサの回答に思わず声が出た。冒険者ギルド。まさかトゥーリッドが冒険者ギルドを飼ってるなんて。そういえば『常在戦場』も冒険者ギルドといざこざを抱えていた。どうやらウチらと冒険者ギルドとが衝突するのは時間の問題かもしれんな、これは。


「それでレティシアさんと一緒にトゥーリッド商会に観光しに行ったの」


 リサが事もなげに言った。いやいや、そんな遊び感覚の話じゃないから。そう思っていたら、とは言っても、馬車から降りるのはさすがにどうかという話になって、馬車でトゥーリッド商会前を通過するだけとなったらしい。俺は一安心した。


「ならず者がタムロしていたわ」


「ゴロツキ商会よ、あれ」


 レティとリサがトゥーリッド商会を外から見た感想を述べている。イメージとしては最悪だ。ただドラフィルから聞いたという話では、そんな状況になったのはつい一ヶ月ぐらい前からなのだということで、何か大きな動きがあったのかもしれない。


 他にもレジとドルナには三本の橋が架かっており、二本は石造り、一本は木造であるとか、レジドルナ行政府はレジに置かれているとか、街の規模はウチの本拠セシメルの倍以上であるとか、様々な話を伝えてくれた。実際、現場を見ないと分かりにくい話。中でも興味深かったのはアウストラリス公爵領の位置だった。


「レジの街とアウストラリス公爵領。隣接しているのよ」


 リサの話によると、レジの街の北西部がアウストラリス公爵領と境界線が隣接しているらしい。それも馬車で見てきたというのだから、実にバイタリティーがある。


「だって、そうそう見に行けないわ」


 リサの言葉にレティが頷いている。確かにそうだが、その場でスッと決めるのは中々できたものではない。話が終わるとリサは「はいお土産」と一通の封書を差し出してきた。ドラフィルからのものだ。俺は後で見ようと【収納】でしまった。


「グレンの方はどうだったの?」


「アーサーの方はなんとかなりそうだ。ヤマは越えたよ。あと、ザルツとロバートが帰ってくるぞ。封書が届いている」


 パッとリサの顔が明るくなった。なんだかんだと言ってもやっぱり家族の一員なんだな、りさは。そんな事を思っていたら、アイリが口を開いた。


「グレンが・・・・・ 決闘を申し込みました」


「!!!!!」


 沈んだトーンで話すアイリの言葉にレティもリサも硬直してしまった。


「だ、誰に・・・・・」


「コルレッツに決闘を申し込んだ」


「そ、それで・・・・・」


 レティが動揺している感じがする。一体どうしたのか? レティらしくない。


「実はそれから何もないんだよ」


「どうして?」


「オルスワードに一任することになったから」


「なんですって!」


 レティが立ち上がった。一体どうしたんだ。俺とアイリはレティの動きにビックリした。さっきからレティの様子がおかしい。


「相手が悪いわ!」


「あのおばさん式の紫の髪がか?」


 レティは俺を一瞥した。なぜそうなる?


「グレン。あいつ陰湿よ。オルスワードは黒魔法の研究みたいなものをやってる奴よ! ナメちゃダメ」


 黒魔法? なにそれ? そんなのゲームに出てきてないよ。


「何でも人を操る術らしいのよ。禁断の術だとか」


「誰から聞いたんだ、それ」


「・・・・・う、噂よ、うわさ!」


 なに、今の間合い。まあいい。だがオルスワード。何らかの仕掛けをしてくる可能性が高そうだな。しかも黒魔術って・・・・・ なんだそれ。なにか最近『エレノオーレ!』で描かれていない設定が多すぎるぞ。人を操る術なんて普通にヤバいだろ。


「・・・・・私がグレンとの約束を守らなかったから・・・・・」


「アイリ。それは違う。遅かれ早かれこうなることは決まってたんだ」


「でも・・・・・」


 アイリが俯いてしまった。それを見たレティが決闘に至る事情を話すよう俺に促したので、アイリとリサが出立した後に起こったことを時系列に沿って話す。コルレッツ派と俺、カイン、フリックとの対立。コルレッツ派が俺の不在中にアイリを取り囲んだ件。それを助けたクリスの話。聞き終わったレティは、汚いものを見るかのような目をした。


「結局、あの厚化粧が手あたり次第にやってきた訳だ。本当に嫌な女ね」


 レティは吐き捨てるように言った。


「アイリス。負けちゃダメよ。自分が悪いなんて思っちゃダメ! 本当に何も悪くないんだから」


「うん」


 レティの強い言葉にアイリは頷く。そうなのだ。アイリは本来無関係。それを連中が勝手に絡んできただけの話。レティの言うことは正しい。レティが励ましてくれたおかげでアイリも少しは楽になったようだ。こういうとき、レティは本当に頼りになる。


 話も一巡したので給仕に頼んでコース料理を出してもらった。今日はレティ達が帰ってきたばかりなので、ワインは嗜む程度に抑えるようにしたのだが、レティが「ええ、飲めないの~」と悪態をついてしまい、みんなから苦笑されてしまっていた。まぁ、平常運転のレティらしい。俺たちは結局ロタスティの閉店時間まで、思うままにあれこれ話した。


 ――オルスワードに一任した形となった俺とコルレッツとの決闘話だが、四日経っても詳細が伝えられることはなかった。後続の情報がないため、一部では決闘自体が流れるのではという話が囁かれるような有様。だが、俺の方から「決闘どうなりましたか?」と聞くなんて、そんな無様な方法が取れるわけもなく、俺は待つ事に以外の選択肢はなかった。


 ただ全く情報が入ってこないという訳ではなかった。コルレッツと同じクラスのスクロードや、同じクラスに従兄妹がいるディール、あとアーサーから、悪役令息リンゼイが助太刀に入ったとか、コルレッツは代理人を立てるとか、代理人にボガード、アトキンソンという誰だそれ、みたいな奴が名乗りを上げた、などといった話が流れてきていた。


 そんな折、魔装具が光ったので出るとリサで、ロバートが今日の昼過ぎに『グラバーラス・ノルデン』に到着するという連絡だった。早馬によれば明日の朝にはザルツも王都に着くということなので、明日の昼『レスティア・ザドレ』で再び家族会議を行うことになったという話。さて隣国交渉どうなったのか。俺は教室に向かいながら考えていた。


「おいグレン!」


 教室近くの廊下でフレディが血相を変えて俺に駆け寄ってきた。決闘のことか? と思っていたら俺の耳元で囁いた。


「すぐにコルレッツの実家に向かおう!」


「え!」


 いきなりのフレディからの提案に俺はビックリしてしまった。一体何があったんだ? 俺はフレディを人気がないところに連れて行った。


「お父さんからコルレッツの件で手紙が来たんだよ。そうしたら・・・・・」


 フレディは、自分の父親からの手紙を差し出した。俺が目を通すと、そこには思いも寄らない話が書かれていた。


「コルレッツ家が破産?」


 手紙にはコルレッツ家が六〇〇万ラント近い借金を抱え、破産状態に追い込まれていると書かれていた。フレディの父はこの借金が地域の司祭への賄賂と見ているのだという。何故だ?


「横行しているからだよ」


 フレディは俺の疑問をすんなりと打ち砕いた。フレディの見立てはこうだ。まずコルレッツに喜捨を要求し、そのカネを足がかりに司祭の教会での心象を良くして、これを自身の実績とする。次に工作費用を要求し、心象を良くしたところにカネを使って働きかけをする。そして謝礼を受け取って懐に入れる。


「それが六〇〇万ラントか・・・・・」


「ヒドイ話だよ。コルレッツは自分が学園に入るため家族も売ったんだよ、絶対」


 半ば怒りに任せながらフレディは断言した。確かにフレディの言わんとすることは分かる。流れとしてその解釈が一番合理的なのも分かる。しかしコルレッツの家族、アイツなんかにどうして騙されるんだ? いくら人をたぶらかす能力があると言っても、安直過ぎる。


 詳細はフレディの父からの手紙だけでは分からない。やはり直接行くしかなさそうだ。だが・・・・・ 


「決闘の詳細が決まってないのに動けないよな」


 家族会議もある。フレディの言うことは理解できるが、今すぐという訳にはいかない。


「・・・・・確かに・・・・・ そうだよね。決闘の内容が決まってないのに・・・・・」


 フレディは俺の危惧に理解を示してくれた。


「決闘の詳細がわかったら動こう」


「その方が確実に対処策を考えることができるよね」


 俺とフレディは決闘の内容が判り次第行動に移すことを確認した。

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