第十三章 対決

148 異変

 王都に入った高速馬車は、繁華街近くにある『常在戦場』の屯所にある馬車溜まりで停車した。実は『投資ギルド』周辺で大型馬車が停車できるのはここしかないのである。ここで俺とアーサーは下車した。高速馬車はフレディとリディアを載せて学園に向かう。


「フレディ、リディア。ありがとう。先に学園に戻ってくれ」


「ああっ」

「二人とも交渉頑張ってね!」


 高速馬車が走り始めたとき、俺が声をかけると、リディアが声援を送ってくれた。俺とアーサー、フレディとリディアは共に手を振って別れた。


「誰かと思えば『おカシラ』じゃありませんかい!」


「お、おカシラ・・・・・」


 豪快に声をかけてきた警備隊長フレミングにアーサーが戸惑っている。まぁ、見たことがないタイプだろうからな。俺がお互いを紹介すると、フレミングが感心した。


「『おカシラ』はやっぱり顔が広い! だからここのカネを全部持ちできるって訳だ!」


「え、ええええ!」


 フレミングの話にアーサーが仰け反ってしまっている。こりゃいかんと、俺はフレミングに今日は『投資ギルド』に用があるのでまた後日顔を出す、と伝えてアーサーを屯所から連れ出した。


「お前、さっきの貸金業者の話といい、とんでもないことをしているんじゃないのか?」


「いやぁ、全部成り行きなんだよなぁ、これ」


「それは何となく分かるがビックリだ!」


 まぁ、この件は落ち着いたらゆっくり話すと言いながら、アーサーを『投資ギルド』へと案内した。応対に出てきたのはもちろん責任者のワロス。ワロスにアーサーを紹介すると「ボルトン家の嫡嗣様をお連れされるとは」と驚いていた。というか、ワロスが驚いた方がビックリするよ。ふてぶてしいワロスが驚くのを俺は初めて見たからな。


 ボルトン伯爵領内にある鉱山の状況については、アーサーに話してもらった。キコイン仕込みの一夜漬けだったが、要所を抑えたしっかりとした説明だったと思う。放心状態だったが、頭にはしっかり叩き込んでいたのだと感心した。俺はそのままワロスとの交渉に入ることができた。


「ルビー鉱に出資してもらいたいと思っている」


「如何ほどに?


「三割程度でどうか」


「やぶさかではありませんが、どのような用途に?」


「鉱山の設備更新と精錬所建設費用」


「精錬所?」


 ワロスの声が裏返った。何を言っているのかと言いたいのだろう。俺はミスリル原石をミスリル鉱石に精錬する精錬所の建設だと説明した。ワロスが「ミスリルではないのですな?」と念を押してきたので、「そうだ!」と返すと相手は何度か頷いた。了解したと取って良さそうだ。


 結局、『投資ギルド』がルビー鉱に三〇%、銀鉱に一五%、ミスリル鉱に五%、合わせて九二五〇万ラントの出資が決まった。また未開発の銀鉱山については開発費用の調査を行い、後日出資割合を協議することも合わせて決まり、いよいよ開発に向けて話が動き出すことになったのである。


 俺はボルトン伯爵領内であった幾つかの『金融ギルド』案件、優先的貸付枠の付与であるとか、チョンオン金融から回収した返済であるとかの諸々一式をワロスに頼み、処理を依頼して『投資ギルド』を後にした。


 俺たちはレストラン『ミアサドーラ』に立ち寄り、夕食を摂ることにした。今日は馬車に乗っていたので、ろくに食事をしていなかったからである。「ミアサドーラ」は以前、アイリとレティの二人と共に寄って以来、久しぶりの来店。俺とアーサーはここでコース料理を頂いた。


「あんなに投資額を確保できるとは思わなかったよ」


 アーサーは興奮気味に語った。これで鉱山の設備更新とミスリル鉱石の精錬所の建設費用が賄える。それが嬉しかったのだろう。だがそれは権利の一部を『投資ギルド』に譲渡してのもの。収入割合は減るのは事実なわけで、それを忘れてはいけないと諭すと、アーサーは顔を引き締める。


「ああ、再建は始まったばかりだもんな」


 俺とアーサーは他愛もない話を語らい合った。お互いに忌憚なく話せたのは本当に久しぶりではないか。話なんか本当はお題があるよりもないほうがいいのだ。お題があるというのは、何らかの思惑があるということなんだから。結局、俺たちは閉店時間まで『ミアサドーラ』を出ることはなかった。


 ――ボルトン伯爵領の強行軍が祟ったのか、俺は朝起きて鍛錬することが出来なかった。だからロタスティに入ったのが七時半と、俺比ではダントツの遅さ。こんな時間に来たことがなかったので、混雑に驚いているとフレディと遭遇。一緒に朝食を摂ることになったのである。こんなことは初めてだ。


「グレン、交渉の方はどうだったの?」


 食事中、『投資ギルド』の件を聞いてきたので上々だったよ、と伝えると「良かっね」と喜んでくれた。今回のボルトン伯爵領での仕事。慣れないのによく頑張ってくれたよ。あんなもの滅多な人に見せられるものではなかったから、フレディとリディアの協力のおかげで伯爵家の名誉は守られたのである。


 朝食後、一旦寮に戻るとフレディが言うのでロタスティで別れ、一人教室に向かうと、従者トーマスと出会った。というか、俺を待っていたのか?


「グレン、大事な話がある。こっちに来てくれ」


 いきなり俺の腕を掴んできたトーマスは、普段あまり通らない廊下に俺を連れて行く。脇からチラ見するトーマスの表情が真剣だ。一体どうしたのだろう、と思っていたら、見覚えのある場所、貴賓室の前に連れてこられた。


「グレンを連れてきました」


 トーマスはノックした後、そう告げると、ドアが開いた。開けたのはシャロン。中にはクリスがいるのか。しかしなぜ朝、どうして貴賓室なんだ。疑問に思いながらも、二人に促され室内に入る。そして主室には二人の女子生徒が並んで椅子に座っていた。


「アイリ・・・・・」


 どうしてアイリがここにいる? しかもクリスと一緒に? 俺は混乱した。どうなっているのだ? 何があった? 正直疑問しか湧いてこなくて、言葉も出ない。顔を俯かせているアイリと、真剣な面持ちで直視してくるクリス。この光景が何を表しているのか、あまりに突然の事で俺には皆目見当がつかない。


「昨日、取り囲まれていましたアイリスさんを保護致しました」


 静かにゆっくりとメゾソプラノの声で事を説明するクリスの言葉に、血の気が引いていくのが分かる。思わずアイリを見た。なんで? どうして? 約束したじゃないか!


「囲んでいたのはコルレッツの取り巻きだ!」


「トーマス!」


 後ろから聞こえる男従者の声をクリスが静止した。


「ご、ごめんなさい・・・・・ グレンの言うことを聞かなくて、ごめんなさい・・・・・」


 アイリは下を向きながら俺に謝ってきた。実は俺はアイリに言っていたのだ。「俺が帰ってくるまで授業に出るな」と。あの時アイリは頷いてくれた。なのにどうして・・・・・


「体調も悪くないのに休むことができなくて・・・・・」


 なんてことだ! 真面目なアイリは俺との約束を反故にして授業に出てしまっていたのである。俺はアイリに思わず聞いた。


「何を言われたのだ?」


「グレンはどこにいる、って。絶対言わないって思ったの」


「その場をお嬢様が通りかかられたのです」


 後ろにいるシャロンが状況を説明してくれた。もう詳細は言わなくても分かる。俺が居ないことを察知した『ソンタクズ』が、俺と親しい女子生徒アイリを狙って取り囲み、弱みを掴もうとした。しかしアイリは一切話さず、相手が一方的に詰め寄ってきた。そこにクリスと従者が通りかかって『ソンタクズ』を蹴散らした。ということだろう。


「念の為、アイリスさんには退避していただきました」


「クリスさんのお部屋でお世話になっていました」


 こんなことならアイリもボルトン伯爵領に連れていけばよかった。それをしなかったのは、俺がアイリとクリスに向き合いたくなかったからだ。なのにアイリにこんな思いをさせ、クリスに俺の至らなさを助けてもらった。そして二人は一緒にいる。一体俺は何をやっているのだ。気がおかしくなりそうだ。そんな自分の不甲斐なさが無性に腹が立つ。


「クリス。みんな。アイリを助けてくれてありがとう。どうお礼を言えばいいか分からない。この責任、キッチリ取らせてもらうぞ!」


 俺は本室から出ようと体を反転させる。


「待って!」


 アイリが俺の右手を両手で握りしめ、俺を引き留めにかかった。


「グレンとの約束を守らなかった私が悪いの。だから私が抑えれば・・・・・」


「ダメだ!」


 俺はアイリに向き返し、一喝した。


「ダメなんだ、それじゃ! アイリ、自分だけが我慢すればいいなんて考えはやめるんだ!」


 アイリはハッとした顔を向けた。アイリが我慢すればするほど犠牲が出る事になるのだ。あいつのやり方はそういうやり方。だからそんな考え方はしてはいけないのだ。それは自分にとっても他者にとっても不幸にしかならない。


「アイリ、アイリが我慢すれば次はクリスだ! そしてレティだ! 自分が犠牲になったつもりが他の人間まで犠牲を強いることになるんだ! だからそんな考えはするな!」


 握力がないアイリの手を振りほどくと、一気に部屋を出て、その勢いで廊下を走る。途中、「グレン!」というメゾソプラノの声が聞こえたが、あえて聞こえぬフリをした。今聞いたら止まってしまう。行くところはあそこだ、あそこしかない。俺は脳からあらゆる事を消し去りながら目的の場所まで一気に走り、ドアを力いっぱい開けた。


「こらっコルレッツ! 詫び入れんかい!」


 俺は全力全開で低音を発して、コルレッツを睨みつけた。


「こっちがいない間によくもアイリに仕掛けてくれたな!」


「何よそれ、知らないわよ!」


「なんだお前は!」


 コルレッツを守るように三人の野郎が間に立った。邪魔だ、邪魔!


「『ソンタクズ』! ゴラァ、どけや! お前らはすっこんでろ!」


 俺は『ソンタクズ』を睨みつけた。出てきたクセに後ずさりする『ソンタクズ』。何しに出てきたんだ、お前ら!


「『ソンタクズ』の罪はお前の罪! 詫び入れろや!」


「何でもこっちのせいにしないでよ。元はアイリスと仲が良くなっているのが悪いんじゃない」


 こ、こいつ・・・・・ 分かった、もういい。いちいち考えるのも面倒だ。こいつが残るか、俺が残るか二つに一つ。この世界にモブ外が二人も要らぬということ。それしかないじゃないか。俺は【収納】でイスの木を取り出し、片手で棒を持つと、枝先をコルレッツに向けた。


「サルンアフィア学園の規則に則り、我がグレン・アルフォードは、貴様ジャンヌ・コルレッツに決闘を申し込む!」

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