149 決闘宣言

「サルンアフィア学園の規則に則り、我がグレン・アルフォードは、貴様ジャンヌ・コルレッツに決闘を申し込む!」


 俺が言い放つと、ざわついていた教室が静まり返った。静けさで時間が異様に長く感じられる。コルレッツの顔は固まっている。


「決闘~ぅ!」


 クラスの女子生徒だろう。間の抜けたトーンで、キーが高い声を発すると、教室は一気にざわめき出す。目だけを動かして教室を見渡すと、唖然とした顔をしているスクロードがいた。スクロードが何か言い出そうとしていたので、アイコンタクトを送って黙らせていると、コルレッツの前に立っていた生徒、『ソンタクズ』の一人が言葉を発した。


「決闘? 男子が女子にか? ありえないだろう!」


 その言葉に合わせ『ソンタクズ』は笑い出した。その笑いはたちまちのうちに教室内に伝搬する。何故か? 理由なんかはどうでもいいのだ。商人風情の平民、すなわち俺を嘲笑したいだけなのだ。


「ほぅ。そんな規則が書かれているのか? 今すぐ証明してみろや!」


「そんなもの調べるまでもない事だ!」


「だったら調べてやろうか? 書かれていなかったら、この枝で百叩きな。それでいいだろ」


 俺は右手に握りしめているイスの木の枝を、天に掲げて一気に振り下ろしてやった。


『ブォォォォォォォォォン!』


 イスの木の枝が空気を切り裂く音が教室にこだますると、場が凍りついたように沈黙した。


「いいな、おい!」


「な、な、な、なに勝手なことを・・・・・」


「決定だ!」


 俺は【収納】で「サルンアフィア学園規則」を取り出し、第十一章に書かれている決闘条項を見た。


「おい、「男子が女子に決闘を売ってはならない」って書いてねえぞ、この嘘つき野郎!」


 そう言い捨てると「サルンアフィア学園規則」をナメたことを抜かした『ソンタクズ』の一人の顔に投げつけ、そのまま一気に間合いを詰めた。後ろにいるコルレッツの顔が、更に引きつっている。


「さぁ、受けてもらおう。百叩きを」


 俺は枝を握っている右手を高々と上げた。ターゲットである『ソンタクズ』の一人は血の気が引いて死にそうな顔をしている。だが、今の俺には止める選択肢はなかった。手始めに一匹を血祭りにしたくて仕方がない気分。こんな好戦的な気分は初めてだ。


「そこまでだ!」


 背後から俺を止めにかかった声。聞き覚えがある。振り向くまでもない。現実世界のおばさんがやってるような紫の髪を持つ男の声だ。


「オルスワードか?」


「決闘の場でやるべきではないのか」


 背後の男は正論を述べる。だがそんなものはどうでもいい。


「コヤツが自分の言ってる事の正しさが証明できなかったから、是非とも百叩きして欲しいと頼んできたんだよ!」


「そんなこと・・・・・ 俺は・・・・・ 言っていない」


 震えた声で訴える『ソンタクズ』。だがそんなものはどうでもいい。


「黙って百叩きを受ければいいんだよ!」


「やめるんだ! この決闘の話、受理してやろう」


 俺は振り向いた。オルスワードは腕組みしている。


「お前が出した決闘の話。教官である私が受理してやろうと言っているのだ」


 サルンアフィア学園規則の決闘条項によると、決闘は教官が受理する旨が明記されている。裏を返せば教官が受理しなければ成立しないということだ。ドーベルウィンの際には、ドーベルウィンの名前で受理された。


 今回はどうか? 教官らの俺への心象はおそらく「最悪」。進んで受理するヤツなぞ誰もいないだろう。『ソンタクズ』の言うように「男が女に決闘を申し込むなんて聞いたことがない」という前例を持ち込んできて、俺の話を蹴る可能性が極めて高い。


(だが・・・・・)


 オルスワードが信用に値する人物かと言えばノーだ。この男、何かを考えているのは間違いない。オルスワードの話を受け入れた瞬間、陥れられていたという事だって考えられる。というか限りなく高いと見るべきだ。だが、受け入れないと決闘が成立しない。虎穴に入らずんば虎子を得ず。俺は決めた。


「分かった」


 俺は天に向けていたイスの木の枝を下ろした。


「では君が出した決闘の話は一任してもらおう」


 一任。ほぅ、そうか。そういう手で来るか。間違いなく裏がある。裏があるが、今詮索したって仕方がない。詮索したって何もわからないだろうから。俺はオルスワードとすれ違い、黙ってコルレッツがいる教室から出た。


 ――俺とコルレッツが決闘をする。その話が広まったのは昼休みの頃だった。これは俺が教室を出たのが一限目が始まる直前だったことが大きいが、それだけではなかったようだ。


「箝口令?」


 心配になったからだろう、スクロードはロタスティで食べている俺のテーブルにやってきて、それを教えてくれた。俺が立ち去った後、オルスワードが「全てが決まっている事ではない」という理由で、みんなに口外しないように言ったということである。だが人の口に戸は立てられない。それは話が広がる速度を遅くさせる以外の効果はない。


「グレン。戻ってきて早々、とんでもないことをやらかしたな」


 向かいに座っているアーサーが例によって、厚切りステーキをバクバク食いながらそう言った。


「やらかしたのは相手側だ。俺じゃない」


「ああ、そうだ。だが殆どの人間はそうは思わんだろうな」


 言いたい放題のアーサー。完全に元に戻ったようだ。スクロードが遠慮がちにボルトン家のことを聞いてきたが、「グレンのおかげで何とかなったよ」とアーサーが答えるとホッとした顔になった。


「グレン。あの教官、絶対に何か企んでいる。気は許せない」


 スクロードは俺に警告をして立ち去っていった。多分俺にそのことを伝えたかったのだろう。有り難い話だ。前のドーベルウィン戦の時に比べれば、俺を取り巻く学園内の環境はかなりマシになっていると言える。そう思いながら俺はロタスティを後にした。


 教室に戻ろうとすると従者トーマスに呼び止められた。俺は朝の振る舞いを詫びたが、トーマスからは大丈夫ですよ、安心して下さいと言われて正直ホッとする。だが次に発せられたのは以外過ぎる言葉だった。


「放課後、また貴賓室にお願いしますね」


 え、また貴賓室なの? と思っていると、放課後にグレゴール・フィーゼラーがやってくるのだという。グレゴールは現在、クリスの次兄で宰相補佐官であるアルフォンス卿付きの従者となっており、今日はその使いということ。会いたかったがタイミングが最悪だ。


「分かったよ。放課後にな」


「フィーゼラーさんとの話が終わった後、聞かせてください」


 トーマスは報告のためクリスの机へと向かっていった。事情はその時に聞く。多分、クリスもそのつもりだ。とりあえずグレゴールとのやり取りを悟られずやり過ごしてからの話だな、これは。しかし教室の関門はトーマスだけではなかった。


「グレン、本当にやるのか」


 椅子に座るとフレディからの詰問が始まった。俺の前の席のリディアと共に俺を取り囲むフォーメーションが構築されている。ましてボルトン家での仕事を手伝ってもらった側、俺の立場は前より弱い。


「帰ってきてすぐだなんて、急ぎすぎじゃない?」


「仕方がなかったんだよ。早かれ遅かれこうなることは決まってたんだ」


 リディアに突かれたので俺は思ったことを口に出した。コルレッツとはこうなる定めだったのだ。これは逃れられぬ運命。二人には今日の朝に起こったことを話した。前の日にアイリが取り囲まれたこと、アイリが相手側の要求を拒否したことを。


「こっちがいない間に何を!」

「ヒドいいわねぇ」


 フレディもリディアもアイリとはさして面識はないが、自分達がいない間にコルレッツの取り巻きが動いた点について嫌悪感を示した。


「グレン。もうコルレッツを学園ここに居させちゃダメだ。アイツは不正入学してるようなものだからね」


 フレディはコルレッツに対して、露骨なまでに敵愾心を燃やしていた。ある面、俺よりもコルレッツを毛嫌いしている。そこまで「学園推薦枠」の恨みは深いということか。俺は決闘の話はオルスワードという教官に一任された形になっているので、後は教官側からの発表次第だと告げる。二人は不安そうな顔を浮かべたが、待つしかないねと引き下がった。


 ――放課後、約束通り貴賓室に向かうと、グレゴール・フィーゼラーが待っていてくれた。時間が早かったからか、クリスと二人の従者はまだ来ていないようだ。心のどこかでホッとする。前室の椅子に腰掛けていたグレゴールは俺を見るなり立ち上がり、お互い駆け寄って力強く握手を交わした。


「グレン。しばらくだな!」


「グレゴール。元気そうで何よりだ」


 よく考えればクラウディス地方から王都のノルト=クラウディス家の屋敷を高速馬車で駆け抜けて以来。約一ヶ月ぶりの再会だ。近況を聞くと。父フィーゼラーもメアリーも宰相閣下の従者として元気に仕えているとのこと。無理しても連れてきた甲斐があったというものだ。


「どうだ。今の仕事は?」


「ああ。学園時代の従者のときや、クラウディス城での衛士とは違った仕事だよな」


 今、グレゴールはアルフォンス卿に従者として仕えている。しかしその内容は学園時代と異なり、警護や身の回りの世話というより、宰相補佐官の秘書役のような仕事であるそうだ。まぁ、俺としたら信頼で結ばれた関係なのだから、どんな仕事であろうとグレゴールならこなすだろうと思っている。


 グレゴールとあれこれ話していたら、クリスと二人の従者、いやもう一人のお付きの者が入ってくる。あれ? と思ってみたら一番後に入ってきたのはアイリじゃないか。どうしてアイリが? アイリは貴賓室の扉を閉め、トーマスとシャロンの隣に立った。何故そこに立つのだ? グレゴールとクリスが挨拶を交わすと、皆本室に移動した。


 真ん中にクリス。クリスより斜め左側の椅子にグレゴール。グレゴールの向かい、クリスより斜め右に俺。クリスの向かい側にトーマス、シャロン、そしてアイリが並んで座る。おいおいおい、なんでそこに座るんだ? そこは従者が座るポジションではないか!


「お嬢様、失礼ですがそちらの方は・・・・・」


 グレゴールは初めて見る人物、アイリのことを訊ねた。


「最近預かりました行儀見習いの者です」


「行儀見習いのローランと申します」


「私は宰相補佐官つきグレゴール・フィーゼラーです」


 はぁ??????? アイリがクリスの元で行儀見習いだって! 俺は混乱した。

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