138 召喚の儀式
フレディが言った『召喚』という言葉は衝撃的だった。俺がこの世界に来て初めて聞いた言葉だったし、乙女ゲーム『エレノオーレ!』でも、召喚にまつわる話なんて一切出てきていない。よくゲームで召喚魔法が出てくるが『エレノオーレ!』ではそのような魔法は存在しないのだ。なのにフレディは言ったのだ。『召喚』の儀式だと。
「それはどんな儀式なんだ?」
「実は神様をお呼びするという事以外、よく分からないんだよ・・・・・」
「神様を呼ぶ?」
フレディが言うには神様を呼ぶのが、召喚の儀式というものらしい。問題はこの神様というものに名前もなく、どんな役割を担っているのかさえ、誰にも分からないという点だ。それじゃアイリに分かる訳がない。それで宗派が成立しているのだから流石はエレノ世界だと言えるのだが、観念ではなく、事象を崇拝の対象としている点が斬新だった。
「ところでその儀式、いつやるんだ?」
「それが分からないんだよ・・・・・」
滅多に行われることがない儀式らしい。ますます謎の儀式だな、召喚の儀式ってのは。まさかケルメス大聖堂に行った話が、召喚の儀式に化けるなんて思ってもみなかった。話を戻すと、そもそも俺がケルメス大聖堂の奥、神殿部に入った事をフレディに話した事から始まったもの。
フレディの家デビッドソン家は、ケルメス大聖堂を総本山とするケルメス宗派に属する教会司祭の家柄。その家の人間であるフレディなら色々と知っているだろうと思って話したのである。するとフレディが寄付をしたのかと聞いてきたので、俺は話したのである。
「ああ、したよ。そうしたらラシーナという人に呼び止められたよ」
「なんだって! 枢機卿
俺の話にフレディの声が跳ねた。横にいるリディアがその声に驚いているじゃないか。枢機卿という人は偉いのか?と聞くと、法王聖下の次に偉い人らしい。現在十人の枢機卿がおり、その内の一人が長い白鬚を付けたこのラシーナであるそうだ。曰くケルメス宗派の論理的支柱とのこと。あぁ、どんな支柱なのかは、フレディでも分からないそうだが。
「一体いくら寄付をしたのだい」
「とりあえず三〇万ラント」
「三〇万ラントも!」
今度はフレディとリディアの声がハモった。男女混声具合がちょうどよいバランスである。この二人、合唱をやらせても相性が合うんじゃないか。
「グレン、それは出しすぎだよ。どうりで枢機卿猊下がお出ましになる訳だ」
フレディは少し呆れつつ、俺に説明してくれた。大聖堂の奥に入る寄付の相場は一〇〇ラントから三〇〇ラントで、それをいきなり三〇万ラントも出したら枢機卿も出てくると。確かに単位の差は大きいのかもな。円換算で一億円と一万円くらいの差だから大きいか。
「その人に「デビッドソン司祭の世話になったので寄付しました」っ言ったら、一発で引いてくれたよ」
「え! お父さんの名前出したの?」
「ああ、相手さんもご存知だったよ」
俺とフレディのやり取りを聞いたリディアが吹き出してしまった。それにつられたのかフレディも笑い出す。俺は本当の事を言っただけなのだが・・・・・
「いやぁ、グレンには参ったよ。今頃絶対にお父さんのところに書簡が回っているよ」
「どんな書簡が?」
「グレンとお父さんとの関係についてさ。グレンが多額の寄付をした理由について問いただされるよ」
名前を出したら迷惑だったか? だったら申し訳ないことをしたと思っていたら意外な答えが返ってきた。
「ちょうどコルレッツの件でお父さんがいろいろ調べてくれているところなんだ。だから協力に対するお礼の気持ちだろう、と返答すると思う」
「ん? コルレッツの話を調べている? フレディのお父さんがか?」
「うん。実は僕が帰った後、色々不審な点があったらしく、コルレッツ家の事について教会権限を使って調べているらしいんだ。近々結果がわかると手紙が届いた」
「そうなのか! フレディのお父さんはそこまでやってくれていたのか!」
ケルメス大聖堂に寄付した価値があった。俺とコルレッツとの対立が際どい状況の中で、この話はありがたい。コルレッツの弱みを掴んで、そこにつけ込む事ができるやもしれない。フレディは父からの連絡が届き次第、俺に教えると約束してくれた。
「しかしグレンはボルトン卿の家の話や、コルレッツという子とやりあったり、本当に忙しいわよね」
「忙しくしたくてやってるわけじゃないんだけどな」
そうなのだ。俺はやりたくてやってるんじゃなくて、気がついたらこうなっていたんだ。その点リディアに呆れられても仕方がない。特にこの学園に入ってからというもの、殺人的なスケジュールに追いまくられ、本来の目的である「現実世界への帰還」がどんどん遠のいてしまっている。そのリディアが呆れついでか、俺に聞いてきた。
「それで大聖堂の奥はどうだったの?」
「奥に入ったんだけど、広いだけでなんにも無かったんだよ」
「何も?」
「うん。椅子も何もなかったよ」
リディアにそう答えると、大聖堂の事情を知るフレディが割って入ってきた。そこで「あるわけないよ。あそこ、儀式をするところだから」と『召喚』の話になったのである。ちょうどその召喚の話が一区切りついたところで、高速馬車が駅舎に入って馬の繋ぎ変えを行った。これが最後の繋ぎ変え。後はボルトン伯爵領に到着するまで馬車は止まらない。
「フレディ。さっき言ってた召喚の儀式なんだけど、最近行われたのはいつなんだ?」
俺はフレディに召喚話の聞き出しに入った。何かヒントになるものがあるかもしれない。俺の直感がそれをさせた。
「ええと、僕が覚えているから・・・・・ 5、6年前の話だったと思う」
「なにっ!」
驚いた・・・・・ 俺がこの世界にやってきた頃じゃないか! 俺はフレディに聞いた。その前の儀式がいつ行われたのかを。だが、フレディはそれ以上の事を知らなかった。
「僕よりもお父さんの方が詳しいから、一度引き合わせるよ」
「え、二人だけずるい!」
いきなりリディアが割り込んできた。どうもフレディの父、デビッドソン司祭と会いたいようだ。
「だったら今度、俺たちと一緒に行けばいいじゃないか」
「ほんと! いいの?」
俺がいいだろ? とフレディに振ると、少し恥ずかしそうに窓の方を見た。おいおい、リディアの方を見てやれよ。
「フレディもいい、ってよ。今度高速馬車でデビッドソン家に行こう」
俺は勝手にスケジュールを組んで、二人に決定通知を出した。フレディは満更でもない顔をしていたので大丈夫だろう。もちろんリディアは大喜びだ。そんな話をしていると、高速馬車はボルトン伯爵領に入る。そして家々に取り囲まれた、幾つかの塔が立つ無骨な城郭が見えた。
「あれがボルトン城か」
来る途中で見たクラート城の優美さとは全く違う、積み上げた岩石色そのままの城。その荒々しさを見るに、まさにアーサーそのものだ、と思ってしまった。整備された城下町を高速馬車が通る。クラートは馬車が入れそうになかったが、ボルトンの街は余裕で通る。この辺り、名門ボルトン家の力か。やがて高速馬車は門をくぐり、ボルトン城に入った。
「ようグレン! 時間通りだ。凄いな、その馬車!」
俺たちが馬車から降りるとアーサーが出迎えてくれた。俺が出した封書は今日の朝に到着したらしい。おかげで色々用意ができたと俺に言ってきた。アーサーはフレディとリディアにも挨拶を交わし、謝辞を述べ、労っている。こういう部分、よくいる貴族らしくない、アーサーの良い部分だろう。アーサーは俺たちを城内に案内し、家族に引き合わせた。
「ステファン・クロード・ボルトンだ。遠路このボルトンの地までよく来てくれた」
アーサーの父ボルトン伯は想像していた人物と異なっていた。アーサーより背が低く、髭をはやした厳めしい人物だと勝手に思っていたのだが、実際はアーサーより背が高く、アーサーより肩幅が狭く、アーサーより胸板が薄く、アーサーより薄味の中年貴族だった。この人物が宰相にトドメを刺すのかと思ったが、ちょっと想像ができない。
次にボルトン伯爵夫人、長女ローラ、次男ケヴィン、次女ジェイミーの紹介を受けた。アーサーは四人兄弟の長男だったのだ。ボルトン伯爵夫人は見た目、ふくよかで家庭的なご婦人だと見受ける。子供が四人いるということで、夫婦仲はおそらく円満だろう。
挨拶を終えると俺たちはアーサーの案内で客間に通され、フレディとリディアにここで休むように話した。馬車で興奮して今は大丈夫であっても、後で疲れが来るからだ。用件がまとまると呼び出すからと伝え、俺とアーサーはボルトン伯が待つ部屋へと向かった。
アーサーに案内された部屋は応接室。ただ複数の机が並べられ、上には山積みの書類があった。借用書等の書類だ。俺の要望を受け、ありったけの書類を用意したのだろう。まずはボルトン伯から話を伺うことから始めることにした。
「お恥ずかしい話だが、もう我が家にお金を貸す業者はおりませぬ。期日の迫る支払いをするお金もありません」
自身に降り掛かっている事態を飄々と話すボルトン伯。何かどこかがズレている。
「して、その費用は?」
「七四〇万ラントと記憶しております」
なに、その言い方・・・・・ どこか何か浮世離れをしているボルトン伯。本当にこの人が宰相の命運を握る人なのか。まぁ、それは横に置いておくとして、俺は期日の迫った七四〇万ラントを調達すればよい話ではなく、累積している借入全体を見た上で資金調達をしなければならないと話した。しかし、ボルトン伯はピンと来ていない感じである。
「して、どのようにすれば」
「一に資金の調達、二に収入の増加、三に返済額の圧縮」
「経費削減は?」
「その次にございます。もちろん経費の削減は重要ですが、経費の削減のみで、借金体質からの脱却は難しいと思います」
ボルトン伯に俺は説いた。明日一〇万ラント支払わなければならない状況なのに、一杯一〇〇〇ラントのワインを我慢して、一〇〇〇ラントを捻出しても、一〇万ラントには届かず、努力をした満足感しか得られない、と。成すべきことは明日の支払いを一〇〇〇ラントに落とし、捻出した一〇〇〇ラントで支払うことである。
「なるほど。まさにその通りである。して、どのようにそれを」
俺は資料を指差し、あれから方法を見つけると説明した。俺はボルトン伯の了解を得て山のように積まれた借用書を通読する。するとそこにはとんでもない数字が記載されていた。
「金利・・・・・ 五五%!」
いやいやいやいや。いくらなんでもあり得ないだろ、この金利。なんでこんなものを借りる。俺は呆れを通り越して、ただ絶句するしかなかった。
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