137 強者たち

 そもそもグレックナー率いる自警団『常在戦場』は、冒険者ギルドのやり方に嫌気が差して集まってきた連中。その連中と冒険者ギルドが対立するのは世の必然と言って良いだろう。しかし、それは俺の意図ではないし、正直困る部分でもある。


「冒険者ギルドは何がお望みだ?」


「ハッキリ言って仕事ですわ」


「ないじゃん、それ!」


 俺が真顔で言うと、ディーキンが笑い出した。


「おカシラは本当に面白い。本当のことをズバッと突くんだから」


「でも、それは「無い物ねだり」だよな。こちらに振られたって困る」


 ディーキンが「そうですわ」と大きく頷いた。俺たちが冒険者ギルドの話をしていると、フレミングがダダーンら三人の幹部クラスを連れてきてくれたので、俺はみんなに『常在戦場』への入団動機について聞いてみた。


 まずダダーンことアスティン。旦那と子供二人を抱える家族持ちという事で、お金を稼ぐため冒険者ギルドに出入りしていたが、稼げないところをグレックナーが声を掛けてきたとの事。家のことはいいのか? と尋ねると旦那がやってくれているから大丈夫だとダイナマイトボディを張って言った。なんでも怪我をして仕事ができなくなったそうである。


 次は青年剣士リンド。リンドは騎士団志望だったが、入ること叶わずあぶれていたところ、自警団の募集を見て身を投じたという。確か騎士団自体縮小傾向だったはずで、入るのは限りなく難しいだろう。


 最後に白が混じる口髭が特徴の中年剣士ファリオ。元々貴族に仕えていたが、いとまをもらったので自警団応募に応じたそうだ。聞くと仕えた貴族は三人とのことで、騎士は貴族を渡り歩くのかと驚いた。ファリオが言うには、本来騎士を抱えるのが貴族のステータスだが、年々難しくなっているようだ、との事。


 俺は彼らに『常在戦場』に入ってくれた事に対して礼を言うと、目的の一端について話した。いわゆる「暴動の抑制」についてである。王国の騎士団だけでは難しいから『常在戦場』がその一翼を担って欲しい。ついては貴殿らにはその尖兵として立ってくれと伝えると、皆一様に驚いた顔を見せた。


「それは事実で?」


「ああ。団長からもそう聞かされている」


 口髭のファリオの疑問にディーキンが返してくれた。ダダーンが「どうしてそんなことが分かるのか」と詰め寄ってきたので、俺はワインを飲み干すと疑問に答えた。


「そもそも貴殿らがここに来ているという時点で異変ではないか。本来ならば然るべき場で活躍すべき者達。そうでないのは変異の予兆。違うか?」


 そう話すと全員黙ってしまった。皆思うことがあるのだろう。俺は有事に備えて日々の研鑽を、その前に今日の一杯を楽しもうと伝えると、それぞれが一礼して自分の座っていた場所に戻っていった。


「彼らを黙らせるとは。流石ですな」


「いやいや、本当の事を言ったまでだ」


 そうなのだ。世が世であるならば、彼らはあぶれるような連中じゃない。能力的に見て明らかじゃないか。それがあぶれているということは、社会が硬直し流動性を失っている証。変異が起こらないほうがおかしいのだ。グレックナーと俺は『常在戦場』の人員を増やす方針だが、あの三人を見る限り、こちらが求めるような人材を集めるのは容易だろう。


「ジェドラ商会のウィルゴットと相談して『常在戦場』の拠点を増やさなければならないな」


 俺が話しかけるとディーキンは同意してくれた。現段階では百五十人程度までは受け入れ可能だが、それ以上となると厳しいとの事。ならばグレックナーと共に新たなる場所の確保に動くよう、ディーキンに頼んだ。


「ところで例の件、『セタモーレ』の話ですが・・・・・」


「ん、どうしたんだ?」


 コルレッツ話となると、途端に反応してしまう。


「飲み屋のヤツが知ってるなら教えてくれって。帰ってきて欲しいらしいっすよ」


 はぁ? コルレッツにか! 変わった趣味をしてるな、その飲み屋の親爺。


「売上が減ってるらしいんですよ。客の入りも、客が落とすカネも全く違うって」


 まぁ、人を誑かす能力に関しては右に出る者なしだからな、アイツは。ディーキンが聞いたところでは、コルレッツは在籍中に一〇〇万ラント以上稼いだらしい。それでも店にいて欲しいって言うんだから、相当な売れっ子だったのだろう。なんでも他の女の子を働かせる能力も高かったらしく、是非戻ってきて欲しいそうだ。


「『おカシラ』! 酒が無くなったってよ!」


 ああ、やっぱり来たか! ディーキンとコルレッツの話をしていると、警備隊長のフレミングが俺に向かって大きな声で叫んできた。前の時と台詞、同じじゃないか。俺は【収納】で『シュタルフェル ナターシュレイ』を二ダースを出した。


「フレミング! どうせこのワインだろ!」


「へへっ、察しがよろしいようで」


 隊士それぞれがボトルを手にすると、場の空気が一変した。多分、これも前回と同じだ。リンドやファリオはもちろんのこと、ダダーンまでもが硬直している。


「これが『おカシラ』の実力だ。モノ共、ありがたくいただけ!」


 気勢を上げたフレミングはグラスに注いだワインを飲み干した。それを見た隊士らがフレミングの後に続けとばかり、次々にボトルを開けて、うめえ、うめえ、と飲んでいく。飲んだダダーンもご満悦のようである。このワインで調子が上がったのか、隊士らが「ドンドンパンパン」のあの手拍子と共に歌い始めた。どうして四拍子なんだよ。




カシラ カシラ ご存知カシラ♪


カシラが 酒盛りで 呑み明かす♪




 ま、ま、待てぃ! その歌詞はなんだ! ていうか、なんで曲が「うさぎ」なんだ、おい! どこでその曲を知ったお前ら! 俺は思わず歌っていた隊士に駆け寄った。


「いやぁ、みんな知ってる童謡ですよ」

「昔っから歌われているヤツの替え歌ですわ」


 昔っから・・・・・ このエレノ世界に童謡なんかが語り継がれているとは・・・・・ エレノ製作者め! 著作権まで意識してこんな曲を入れ込むとは、なんという無駄仕事! 俺は四拍子をエレノ世界に埋め込んだ連中の所業に心底呆れ返る。


 だが、呆れたところでどうしようもないので、割り切って『常在戦場』の面々と飲み明かし、全てを忘れる事にした。今はクリスとアイリの事に距離を置きたくて仕方がないのだ。人の心は本当に弱いもの。俺は面々と痛飲した。


 ――翌日。俺は鍛錬ができなかった。昨日の酒量が響いたのである。俺は午前中の授業を欠席し、寮に引きこって酒を抜く事に専念した。全く授業を聞いたことがないだから、出ようが出まいが俺には無意味。たまにはこういう時間の使い方もアリだろう。


 ただ昼休みになって教室に顔を出したので、フレディとリディアに心配されてしまった。それもそうで、今日の夜にボルトン伯爵領に向けて出発するのに何をしているのだ、と怒られるのは当然だ。俺は二人に事情を話して侘び、十九時に出発予定であることや注意事項について話しておいた。


 俺は朝に鍛錬できなかった分、四限目の時間を使って鍛錬した。普段ならこの時間に鍛錬することなんてないのだが、いざ始めると剣技の授業と重なっており、俺が発する奇声と立木打ちに、受講している生徒らからドン引きされてしまった。しかしやると決めたらやらなければならない。俺は全力無視して一人鍛錬を続け、立木を二時間以上打ち込んだ。


 風呂に入ったり、早めの夕食を摂ったり、用意をしているとあっという間に時間が過ぎる。気がつけば出発時刻の十九時に迫っていた。俺は急ぎ学園の馬車溜まりに向かい、フレディ、リディアと共に高速馬車に飛び乗った。


 目的地であるボルトン伯爵領は王都トラニアスの西、ルカナニア地方にある。距離はノルデン第四の都市セシメルよりも少し遠いぐらい。通常であれば三日かかるとされるこの道程を、高速馬車を使って一日足らずで走破する。


 王都からルカナニア地方へ向かうにはシャムル地方を通るのだが、両地方は全て貴族領で構成されており、目立った都市がない。代わりに貴族領ごとに小規模な街が点在している。これは貴族の館を中心に城下町のようなものが構成されているからで、この小規模な街を補給拠点として、ボルトン伯爵領を目指す。


 日が昇り、三度目の馬の繋ぎ変えを兼ねて小休止を行うため停留したのは、クラートという街。もしかして、と思って聞いてみるとやはりクラート子爵領だった。奇遇と言えば奇遇なのだが、学園というところはやはり貴族学園だと思い知らされる。クラート子爵領までがシャムル地方で、その先はルカナニア地方となるそうだ。


 このクラートという街はクラート子爵の居城、クラート城を中心に構成された、文字通りの城下町。クラート城は規模は大きくないが、無骨な石垣と白亜の壁に青屋根で構成された中々趣のある洋城で、茶褐色の屋根を持つ城下町の街並みと非常によく合う。俺たちはここで軽くパンを食べ、一路ボルトン伯爵領に向かって出発した。


「どうだ、リディア。体の方は大丈夫か?」


 俺が聞くとリディアは元気よく大丈夫だと返してきた。リディアは王都暮らしで長距離の馬車移動はこれが初めて、というので気になっていたのだが、今のところ大丈夫のようだ。対するフレディは実家を馬車で行き帰りしたので、そのスピードに驚いている。


「話には聞いていたけれど、本当に早いよ。貸切馬車とは全然違う」


「どう違うの?」


「速さも違うし、衝撃も違う。第一、貨車が大きいし。乗り心地がいいから、寝ることもできる。普通は無理だよ」


 フレディの解説を聞いて、リディアが感心している。夜の間は話さずに休むように言っていたのでみんな大人しかったが、明るくなってくると元気になって、それぞれが話をするようになった。そこで俺は、ボルトン伯爵家での仕事の内容について説明した。


「つまり僕とリディアで計算をしろというのだね」


「ああ。しかし結構な量だと思って欲しい」


 フレディの解釈に俺は答えた。いくつの業者から借金をしているのか、借金の本数がどれくらいなのかが分かっていないため、どれくらい計算しなければならないのか不明なのだ。だから今はあくまで推測でのお話。


「一体どれくらいの借金なの」


「分からない。分からないが億単位なのは間違いない」


「億単位・・・・・」


 聞いてきたリディアが絶句している。まぁ、庶民と貴族では暮らしそのものが違うのだから、かかる費用が違うのは当然。例えば領地なんて庶民は持っていないし、当然ながら領地と王都に城や屋敷なんか持ってはいない。持っている者と持っていない者では、月に出ていく費用は比べるまでもない話。


「グレンは、解決できるの?」


「全ての資料を見ていないから分からないが、いくつかの方法を考えてはいる。見て、話して、それからだな」


 何も見ていない以上、本当にそうとしか言えないのだ。俺はフレディからの質問にそう答えた。予定ではフレディとリディアに計算と書類の精査を頼み、俺はアーサーと共に領内の鉱山を回るつもりである。この計画を事前に二人と共有しておくことは、今回の作業を進める上で非常に重要なことだった。


 ルカナニア地方に入って初めての馬の繋ぎ変えを終えた頃、俺がケルメス大聖堂に行った事を話していた。寄付をして入った先の建物の部屋が祭壇のようなものしかなく、広くてガランとした空間だったと伝えると、フレディが驚くべきことを言ったのである。


「あそこは召喚の儀式をするところだよ」


「召喚だって!」


 フレディの発した『召喚』という言葉に、俺は思わず叫んだ。

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