136 ダダーン!

 当初、ワロスは貴族らからの出資を募って事業拡大を展開しようと考えていた。ところが出資した貴族の数は、ワロスの見込みを大きく下回ってしまったという。何故か? 多くの貴族が蓄財がなく、借金まみれだったからである。


「ワシは金貸し屋なのに、それに気付かなかった」


 多くの貴族が窮乏していたことを見抜けなかったとワロスは嘆いた。しかしそれで転ぶような悪徳商人ではない。ワロスは全く別のアプローチで収益化を図っていた。


 ワロスの考えたスキームはこうだ。貴族が所有する鉱山に権利の五%分の出資を行う。五%の出資だから投資額は少なくて済むが、当然ながら返りも収益の五%しかなく、それでは利が少ない。しかし、それがワロスの狙いではなかった。その鉱山から採掘された原石を独占する契約を結ぶために出資したのである。


 こうして手に入れた原石をこちらの息のかかった精錬所に持ち込み、金属ギルドを通して売却する事で莫大な収益を上げることに成功したのだ。かつて俺がやっていた方法をもっと大掛かりに、もっと組織化した方法でワロスは実践したのである。これで儲からない訳がない。


「少ない投資で大きな返りという訳だ。凄いじゃないか」


「かのグレン・アルフォードにお褒め頂き、有り難い限り」


 ワロスは謙遜する。だが俺は個人技で収益を上げているだけ。ゲーム知識とチート能力に頼ったイカサマ芸に過ぎない。対してワロスは自身が培ってきたネットワークを駆使し、組織的かつシステマチックに収益を上げている訳で、王道であり、正統派。どちらが優れているかは一目瞭然である。


「実はそれだけではないことをワシは知ってしまった」


 ワロスは神妙な顔をして言った。貴族は確かにカネはない。カネはないが、領民を使う事ができる。鉱山の土地を持ち、領民に採掘をさせる。これは商人には難しい。特に人手の確保は容易ではない。ならば少ない出資で原石の独占権を得て、運営一切は向こうに丸投げすれば、こちらは負担なく確実に儲かる、ワロスはそう考えるようになったという。

 

「実際、やってみなければ分からないものですな」


 現在、その方式で出資している鉱山は五十を数え、更に引き合いがあるらしい。貴族は皆カネを求めている。ワロスは独占権を得たい。お互いの思惑が一致するのは想像するに容易だ。ただ、過半の貴族はカネを懐に入れてそれで終わってしまうが、一部の貴族は事業に意欲的で、鉱山設備の投資に使っているのだという。


「そのようなところには出資比率を増やし、設備投資を行っております」


「具体的にどの種の投資を?」


「一つは新規開山。新しい鉱山の開発。一つは採掘設備。掘る道具や掘った原石を外に運び出す装置。そしてもう一つは精錬所の併設」


「併設?」


「精錬所が側にありますと、原石を運び出す手間と費用が省け、鉱石を直接引き取ることができるって寸法だ」


 なるほど。鉱山に精錬所を併設することで、鉱山価値を高めるという方法か。原石よりも鉱石の方が売値は高く、鉱石よりも金属の方がより高い。運搬費用も安く、収益は高まる。ワロスは意欲のある貴族を見極め、そこに集中投下することで、より高い収益率を目指しているという訳か。ワロスの眼に俺は唸った。本当にシアーズは彗眼を持っている。


「俺の友人でボルトン伯爵家の嫡嗣がいるのだが、そのボルトン家が今資金難らしい。鉱山の出資とかできそうか?」


「ボルトン伯爵家といえば名門ですな。流石は『おカシラ』」


 ワロスよ、その『おカシラ』は何とかして欲しいのだが。しかしワロスはボルトン伯爵領内の事情に精通していた。伯爵領には銀鉱山、ミスリル鉱山、ルビー鉱山の三つがあるらしい。


「ワロス。欲しい鉱山はどれだ」


「ルビーですな。貴重ですから」


「よし、分かった。出資とバーターの話をしてくる」


「え? できるのですか?」


 ワロスは驚いている。俺はそれをしようとしているから今日話に来たのだ、と。するとワロスは「是非、是非にも」と大いに喜び、ルビーに関する様々な話をしてくれた。ワロスによるとルビー鉱山はノルデンで五つしかない貴重なものであること、加工のノウハウは宝飾ギルドを通せば良いことなどである。


「金属ギルドといい、宝飾ギルドといい、『金融ギルド』と縁を結んだところばかりじゃないか」


「だから投資ギルドが収益を上げられるのも『金融ギルド』のお陰。『金融ギルド』サマサマですわな」


 ワロスは大いに笑った。笑い方が時代劇の悪徳商人そのものなのには笑いを通り越して呆れの域に達してしまったのだが、ワロスの機嫌が良いのならそれでもいいだろう。しかし、ワロスの暴挙、俺を暗殺しようとしたことから誕生してしまった『金融ギルド』をこうも活用するとは、ワロスも立派な商売人である。


 一方『投資ギルド』に出資した貴族の話を聞くと面白いことが分かってきた。投資した貴族は貴族派第二勢力のエルベール派と第五勢力のランドレス派、国王派の中の宮廷貴族勢力トーレンス派がそれぞれ複数いるのに、貴族派第一勢力であるアウストラリス派と国王派最大勢力ウェストウィック派の人間が一人もいないというのである。


「我が勢力は嫌われておるのでしょうか?」


「おそらくな」


 俺はワロスの呟きを肯定した。というのも双方、カネは持っている貴族、欲目を持っている貴族がゴロゴロいるはず。なのに誰も出さないということは、『投資ギルド』に対して、いや『金融ギルド』勢力に対して良からぬ感情を抱いていると考えてもいい。大体、普通の貴族が商人に対して良い感情など持っている筈もない訳で、そう考えたほうが自然。


「グレックナーの妻室からの情報で随分と貴族の事情が分かってきました」


 ワロスは言う。本当だ。商人の我々が貴族の内情をここまで理解できるようになったのはハンナの情報のおかげ。感謝しなくてはならない。そのハンナから、反宰相派の急先鋒と説明を受けていたアウストラリス公を要警戒として頭に入れていたが、ワロスの話から王妃弟であるウェストウィック公についても、頭の片隅に入れておく必要があるだろう。


(そういえばウェストウィック公の嫡嗣は婚約イベントで婚約していたな)


 見たことはないが学園で俺と同級生。名前はモーリス。ウェストウィック卿モーリス。正嫡殿下の従兄弟で学園序列第二位。第三位がクリスだからな。おっと! クリスの事を考えちゃいけない。無意識のうちについついクリスの事を考えてしまう。気をつけないと。


 ワロスは貴族からの投資を見限り、一般階級からの投資を集める方針に転換したのだが、こちらの方は好調であるという。一口一〇万ラントと一口百万ラントという利率に差をつけた二種類の証券を発行し、既に二千口以上売れたらしい。当初売れないと見込んでいた百万ラント証券が五百口売れた事で、大いに見込みがあるとワロスの鼻息は荒い。


「貴族の時代が変わろうとしているのかもなぁ」


 俺が呟くとワロスは言った。


「もう既に変わっているのかもしれませんな」


 俺はワロスと濃密な意見交換の一時を過ごした後、『投資ギルド』の近くにある自警団『常在戦場』の屯所に向かった。実は前回訪れた際、飲み会を催したのだが出張で参加できなかった者がいたということで、今日はその者達への饗応を行おうと思ったからである。一つの事だけで外には出ない。これは商人の鉄則だ。


「お! 『おカシラ』だ!」


 屯所の敷地内に入ると、警備隊長フレミングら常在戦場隊士達、いや濃厚過ぎる面々が俺を取り囲んだ。何度も思うが、なんなんだこの暑苦しさは。すると皆、口々に前回の礼を言ってくる。こういうところ義理堅い連中だ。フレミングが今日俺が来たのは前回参加出来なかった者達に奢るためだと説明してくれた。


「これが噂の『おカシラ』なの? なんだ、坊やじゃない」


「おい、アスティン! 『おカシラ』になんてことを言うんだ!」


 ふと見ると、アスティンと呼ばれた、体格の良い女性剣士をフレミングがたしなめている。アスティンという女性剣士、年齢は三十代に見える。ブラウンの髪を野生的に束ねており、体格がフレミングに近い。


(ダダーンだ! これはダダーン!だ)


 俺はそのダイナマイトボディを見るなり、心のなかで思わず叫んだ。昔テレビか何かで見た、こんな体型の外国人の女がダダーン!と叫んで現れる内容の映像。まさに今、目の前でそのダダーン!がいるのだ。こんなところまで作り込むのかエレノ製作者! 恐るべしエレノ製作者! 俺は一人、無意味に興奮した。


「俺はグレン・アルフォード。アンタは「坊や」と呼んでいいぞ」


 俺より縦も横も大きな躯体のアスティンに向かって、俺はそう言った。アスティンは少し驚いたようだが、すぐにニヤリと笑いを返してきた。


「その代わり、俺もアンタを「ダダーン!」と呼ばせてもらう。よろしくな、ダダーン!」


 俺の言葉に相手は目を丸くした。横でキョドるフレミングから「ダダーン!」ってなんだ、と言われたので、アスティンのような逞しい女性を古語で「ダダーン!」というんだ、と適当な事をでっち上げて説明したら、フレミング以下隊士達は納得したようで、皆頷いている。当のアスティンも気に入ったようで手を差し伸べてきた。


「よろしくな「坊や」!」


 俺はガッチリと握手したが、ダダーンの握力は圧倒的だった。いやぁ、ダダーンに迫力ある特装服を新調すれば、それだけで映えるんじゃないか。今日は不在のグレックナーと今度相談してやろう。


「『おカシラ』。ようこそ」


 外の喧騒に気がついたのか事務長のディーキンも顔を出してくれた。ディーキンとは封書で何度もやり取りしているので、いつの間にか親近感が湧いてくる。それは相手も同じようで、今日の飲み会にはフレミングと共に参加する手筈だ。


 前回の出張組の中には「ダダーン!」アスティン以外にも二人の幹部クラスがいたという事で、フレミングから紹介を受けた。一人はリンドという優男の青年剣士。もう一人は整えられた口髭が美しいファリオという中年剣士。俺は早速、彼らを初め、前回飲み会に参加できなかった者達合わせて二十名前後と共に、繁華街に繰り出した。


「おい、野郎ども! 今日は『おカシラ』からの奢りだ。有り難くいただけよ、『おカシラ』に乾杯!」


「おぉ! 乾杯!」


 飛び込みで入った飲み屋でフレミングの一声で気勢を上げた隊士らは、例によって飲むわ飲むわで、やはりそうだが、飲み屋の酒を全て飲み干し、お店を飲みつぶしてしまった。相変わらず恐ろしい『常在戦場』の野郎ども。特に圧巻だったのは女性剣士アスティンの飲みっぷりで、やっぱりダダーン! だった。


 当然ながら二軒目の店へと突撃する、むさ苦しい野郎ども。俺は彼らを尻目にディーキンと話した。以前、ディーキンと話した『調査隊』だが、十人程度の規模から始めるそうだ。既に繁華街や歓楽街に根を下ろし、協力者も募って情報網を整備しているというのだから相変わらずの手際良さ。しかし懸念もあるという。


「冒険者ギルドがうるさくなっているんですよ」


 冒険者ギルド! そういえば取引ギルドのエッペル親爺もボヤいていたな、冒険者ギルドの仕事がなくなっていると。やはり冒険者ギルドとの摩擦は強まっているのか。


「団長が今日いないのも、そのせいなんで」


「なんだって!」


 ディーキン曰く、取れた案件が冒険者ギルドと競合していたので、不測の事態に備え、グレックナーが指揮を執っているのだという。それではもう一触即発の状態ではないか。今や『常在戦場』と冒険者ギルドとの対立は、抜き差しならぬものとなっていた。

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