139 ボルトン城の憂鬱
ボルトン家の借金額は予想以上に多いものだったのだが、それ以上に俺を驚かせたのは、借入業者の多さと口数だった。借金の総額は四億五四七六万一二九三ラント、貸金業者は二十三、そして口数は二百十一。なんでこうなった・・・・・
「お金が足りなくなる毎に借り入れをしていたら、このようになっておったのだ」
俺の問いかけ対し、事も無げに話すボルトン伯。借金に対して、ボルトン伯はあまり気にしていない様子。対してアーサーの方は明らかに苛立っている。親子なのに対照的だ。
「親父! それは計画性がないって事だろう! どうするつもりだ!」
「うむ。実はワシも困っておるのだ。どうすればよいのかと」
責める息子に首を傾げて困惑するボルトン伯。だが、借金しているのはボルトン伯自身なのだ。なんなのだ、これは。
「費用をかけぬよう、色々考えてはおるのだが・・・・・」
ボルトン伯はこれまで取り組んできた経費削減策について語り始めた。四頭立て馬車を二頭立て馬車にするとか、家族一緒に食事を摂るとか、宝飾品や調度品は買わないとか、狩りは控えるとか、様々な取り組みについて説明し、すべき努力は行っているという。そして今、ボルトン伯が領地に引きこもっているのも、経費削減策の一環であると話した。
「王都にいては、付き合いにカネがかかるのでな」
なるほど。それは一理ある。貴族と貴族と会えば、カネがかかる。そりゃ体面を保つ費用がかかるのだから当たり前だ。俺は経費削減と言うのであれば、人員削減を行ったのかと問いかけた。
「それはできない。いかに苦しかれど、これまで我が家に仕えてきた者を粗略には扱えない」
それまでの他人行儀とは打って変わって真顔になった。なるほど。こういう部分、アーサーと似ているな。おそらく義理堅さはボルトン家の血筋だ。ただ借金に対する意識が、エレノ貴族のスタンダードなのが困る。困るが、それはアーサーに肩代わりしてもらうしかなさそうだ。
俺は続けて、収入の部の資料を通読した。収入は昨年で三億六一一三万八一三二ラント。一見収入が高そうに見えるが、借金額を見るにおそらく収入の七割相当が借金の利払いだけで消えてしまっているだろう。つまり使えるのは一億ラント程度。普通に考えて伯爵家の図体を支える費用としては心許ない。
収入のうち六割強が鉱山収入、二割が農業収入、残りが住民税収だ。ただでさえ鉱山収入の割合が高いのに、それを更に高めるのはリスクだが、借金自体もリスクな訳で借金払いの為の一時凌ぎとして割り切るしかないだろう。ボルトン伯爵家の領国経営は問題山積である。
「ところで鉱山の事についてお聞きしたいのですが・・・・・」
「それなら鉱山代官のキコイン男爵に聞くがよかろう」
「鉱山代官・・・・・?」
ボルトン伯の話に戸惑っていると、アーサーが補足してくれた。ボルトン伯爵領では、鉱山をキコイン男爵が、農業をルナールド男爵が、それぞれ代官として管理をしているのだという。そう言えばボルトン家には三つの男爵家が陪臣として仕えていたな。もう一つの男爵家、シェルマン家はボルトン家の飛び地を
「では明日の朝にルナールド男爵と、昼からキコイン男爵と話をさせてもらってよろしいでしょうか」
「ああ構わぬ。すぐに手配しよう」
ボルトン伯は呼び鈴を鳴らし、執事を呼ぶと俺が話したままに用件を伝えた。動きが速い。また伝え方が非常に丁寧なのが印象的で、伯は気質的には悪い人物ではないのだろう。まぁ、そうでなければアーサーがあんな感じに育つ訳もないか。
「近隣の貸金業者を呼び出すことは可能ですか?」
「ああ、使いを出せば明後日にはこちらに来てもらう事ができるだろう」
ボルトン伯は再び呼び鈴を鳴らす。この辺りの仕草が貴族風味である。やってきた執事に「ケンプを呼ぶように」と伝えてしばらく、ブラウンの
「勘定方のケンプでございます」
そのナイスガイは頭を下げた。ボルトン伯によると、このケンプなる勘定方が借り入れの手筈を組んでいたとの事で、あれこれ事情を聞いてみた。
「何分、この条件でないと貸せないと相手方が申すもので、それに従い今日のように・・・・・」
話を聞くうちに分かったことだが、このケンプという勘定方。交渉をしたり、経理的な技術を駆使したりする人物ではなく、指示されたことを忠実にこなす事務屋であるようだった。つまり悪意はないのだが、能で仕える類の人物ではないということである。つまり勘定方には、ボルトン伯の無頓着さを止める機能が皆無。それを求めるのは酷というもの。
自分で言うのもなんだが、属性としては社畜路線であり、俺に近い。まぁ、その生き方もアリな訳で、主を止めないケンプを咎める必要性は皆無である。むしろケンプは主人に忠実であるが故に、相手の意をそのまま受けただけなのだ。だからケンプの責は主人の責。ケンプは何も悪くない。
「近隣の貸金業者は合わせて九ございます。明後日に来城をと、使いを出します」
そう述べた後、立ち去ろうとするので俺は引き留めた。
「ここにある帳簿はケンプ殿の手によるもの。ならば分からぬ点等あらば、お尋ねしてもよろしいですか?」
すると主様の意であるならばと返答したので、ボルトン伯がしっかりと答えるように申し付けた。これならば分からぬ点を尋ねるのは容易だろう。俺は早速、近隣九業者のリストを出すように求める。するとケンプは明日以降も城に出仕しますので何なりと、と一礼をするとそのまま部屋を退出した。
これで大体の下準備はできた。予定ではアーサーと共に鉱山周りをするつもりだったのだが、鉱山を把握している代官と会えるということで、代官に期待してこの部分は思い切って省く。時間が少ないので、ボルトン城に籠もって対策を考えることに専念する事にしたのだ。俺は人に頼み、別室に控えていたフレディとリディアを呼び入れた。
「伯爵閣下。この仕事の請負にあたって、一つ条件がございます。私も商人。タダでは仕事は出来ませぬ。かといって、成果が上がっておらぬのに費用を頂くわけにも参りませぬ。よって成功報酬を頂きたく存じます」
「うむ。その報酬とは」
了解したという事だな。ボルトン伯の振る舞いを見てそう判断した俺は、詳細を説明した。まず借入業者と協議して払いを減らしつつ、資金の調達を行うこと。次に鉱山開発を通じて歳入増を行うこと。この二点を重点に置いて対処法を立案することを伝え、俺は資金調達の五%分を成功報酬として頂戴したいと申し出た。
「よかろう。アルフォード殿にお願いする」
「条件があります。五%の報酬の内、各一%をこちらにおりまするデビッドソン、ガーベル、そしてボルトン卿への報酬としていただきたい」
「あ!」「い!」「う!」「え!」
ボルトン伯、フレディ、リディア、アーサーがそれぞれ声を発したので、俺もそれにつられて「お!」と言ってしまったのだが、同級生から白い目で見られてしまったので、お白州に座らさせられているような心境になってしまった。
「アルフォード殿がよろしければこちらは構わぬが、本当に良いのか、それで」
「はい。私めは一向に構いませぬ」
「二人は仕事を委嘱されての事だから報酬を受け取るのは当然だが、俺はボルトン家中の者。受け取るわけにはいかん」
「アーサー。これからお前はボルトン伯の名代として立ち会い、場合によっては決断を迫られる事もある。その対価を貰い受けるのは当然。今カネが要らぬのであれば母堂に預ければ良いだろう」
するとボルトン伯が朗らかに笑った。
「アーサーよ。アルフォード殿の言が通っておる。ここは素直に従うべきであろう」
「親父!」
「お前は、友人であるアルフォード殿にお願いをした身であろう。ならば係る話で求められた事を受け入れる義務がある」
口調は軟らかいが、毅然とした言葉で息子を窘めている。アーサーは黙って引き下がった。借金に関してはダメダメなのに、対人関係には優れているなボルトン伯は。フレディとリディアが、そんなには貰えないよ、というので成功するかどうかは不透明なのだから、まずはしっかり仕事をして、成功するように働いてくれ、とはぐらかして納得させた。
俺は【収納】で用意していた契約書を出し、全員にサインを求めた。ボルトン伯、アーサー、フレディ、リディア、そして俺がサインをして「ボルトン伯爵家再建計画」が正式に始動することになったのである。ボルトン伯との協議を終えた俺たちとアーサーは客間に戻り、そこで用意してもらった夕食を摂りながら、明日の仕事について聞いてもらった。
「フレディとリディアは金利計算をして欲しい。結構な分量だから頑張ってくれ」
二人はこちらを見て頷く。各業者、各口数によって金利がすべて異なる。一番高いもので金利五五%、安いものでも金利三七%。割高な事に変わりがない。ボルトン伯と勘定方のケンプが言うには『金利上限勅令』を受けて、二八%のものに借り換えようと貸金業者と協議したが、手元資金がなく断念したのだという。要は業者に言いくるめられたのだ。
貸金業者からしてみれば、金利が安いより高いに越したことはない。例えば金利三八%であったものを二八%に引き下げられると、一〇〇〇万ラント貸していたとして、年間三八〇万ラントから二八〇万ラントへ、一〇〇万ラントの利子が飛んでしまう。貸金業者は黙っていても一〇〇万ラント損するのだ。人間誰しも自分から損になるような事はしない。
「グレン。俺が思っていた以上に深刻だった。本当に解決できる方法なんてあるのか?」
「ないと言ったら終わりになるだろう」
「しかし・・・・・ 俺はどうすれば」
まぁ普通に考えたら絶望的。おそらく現実世界の会社だったら間違いなく飛んでいる。というか、既に潰れてしまっているだろう。だがここはエレノ世界であり、会社ではなく貴族家。こちらの問題なのだから、こちらの尺度、こちらの流儀で解決していく方法しかないし、その方がずっと可能性がある。
「アーサーは俺と共に代官達との協議と、伯爵家の資産や収支の把握だ。次期当主として最も大切なこと。アーサー以外にできる者はいない」
「俺にできるのか・・・・・」
「できるも何もやるしかない。頼むぞ」
「貴族ってこんなに大変だったなんて・・・・・ 優雅にパーティーって思っていたけれど・・・・・」
俺たちのやり取りを見ていたリディアが呟いた。リディアがそう思うのは無理もない。学園における貴族の振る舞いを目の当たりにすれば、きれいな服を着て楽しくパーティーというふうにしか見えないだろうから。しかし現実は大きく異なる。年々ギャップが激しくなっているのだ。しかもそれは、殆どの人間が気付かぬ間に進行している。
「その内実は火の車なんだ。ボルトン家の場合は気付いている家だけど、それに気付いていない家だっていっぱいある」
「僕たちなんかじゃ想像できない話だよ」
フレディの言うことはもっともだ。何しろ貸金業で生きてきたワロスでさえも読み違えるような有様だからな、貴族の内情ってのは。しかし、それを知ったところでどうしようもないし、それを考えても仕方がない。俺は明日に備えて休もうと皆に言った。
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