125 抗争開始

 昼休み。ロタスティで一人スパゲティを食っていると、向かいに厚切りステーキをトレイに乗せた男子生徒が座ってきた。


「アーサー、アーサーじゃないか! 今日まで何をしてたんだ!」


「い、いや。今日から学校で・・・・・」


 努めて明るく振る舞おうとしているが、内心それどころではなさそう、というのはよく分かる。さてどうするか。家の用事で寮に戻ってくるのが遅くなった、と言うアーサーに俺はサラリ訊いてみた。


「パーティーどうだったんだ?」


「いや、普通だよ。義務だからな。あんなもんだろ」


「元気がなかった、と聞いているんだが・・・・・」


「えっ?」


 アーサーはハッとした顔になった。


「どうしたんだ。らしくもない。お前、登校日からちょっとおかしいぞ」


「いや、変わらないぞ」


 厚切りステーキをもぐもぐ食べているが、いつもに比べ勢いがないのは明らか。絶対何かある。まぁ、こちらも考えてばかりでスパゲティを食べる速度がゼロになってしまっているのだが・・・・・ さぁ、どう言ってやるべきか。


「言いたくなかったら別に構わないが、相談にはいつでも乗るぞ」


 俺が言うと、一瞬手が止まった。やはり聞いて欲しい事があるな、これは。


「ああ、分かったよ」


 アーサーはそう返すと、さっさと食べて席を立ってしまった。俺に言いたくても言えない「何か」があると見える。これは待つしかなさそうだ。結局、残ってしまったスパゲティーに手を付けることもなく、そのまま片付けてロタスティを後にした。


「よぉ、『ビートのグレン』さんよぉ」


 アーサーの事を考えながら廊下を歩いていたら、目の前を複数の男子生徒が立ち塞がった。俺が足を止めると、四方八方から取り囲まれる。数を数えると、その数八人。見かけない顔ばかり。遠くのクラスの人間だろう。


「最近、調子乗り過ぎてんじゃないのか?」


 先程声を掛けてきたヤツの隣にいる野郎が、いきなり訳の分からんことをのたまい・・・・だした。


「学園始まって三日目で最近もクソもねえだろ。計算一つもできないのか?」


 俺は手をポケットに入れて全力で嘲笑してやった。前なら学園カースト最下位の商人風情で片付けられた俺だが、今はドーベルウィン戦と『実技対抗戦』で、学園有数の格闘能力を持つ人間だと認識されている訳で、だからコイツらは多人数で俺を取り囲んでいる訳だ。だから上から目線で応戦するのが効果的。相手は怯んだら負けと思い、応酬してくる。


「ビビってんじゃねえぞ!」


「いや、それお前らだろ」


 すぐさまツッコんでやった。俺の一言で空気が抜けたのが分かる。本当の事を言われたら緊張感も萎えるというもの。つかさず二の矢を継いだ。


「俺が恐いから雁首揃えて取り囲んでいるのじゃねか。何なら順番に『人間打ち木』にしてやってもいいぞ」


 俺は【収納】でイスの枝を取り出し、大上段に構えた。そしてニヤリと笑い、目に狂気を浮かべてやると、俺の前にいた三人の足が後ろに下がる。そのタイミングで俺の右足は一歩前に踏み出た。


「や、や、やるのか!」


「やりたいのか?」


「卑怯だぞ! お前!」


 右側面にいた生徒が喚く。いやいやいやいやいや、名乗りもせず多人数で人を取り囲んで威嚇するほうが卑怯じゃねえか。本当にバカに救いはない。コイツラ絶対にアホ貴族だ。少しは見て学習しろよ。あのディールやドーベルウィンですら学習してんだぞ。


「多人数で取り囲んでいる方が卑怯だろ」


「我々は話し合いをしようとしているだけだ! それを君は・・・・・」


 は????? は、話し合い????? これがか? 俺の左後ろにいるバカが謎理論を展開してきた。久しぶりだぜ、この感覚。これぞアホ学園サルンアフィア


「ほぅ、どんな話し合いをだ?」


 俺は【収納】でイスの枝を瞬時にしまい、再びポケットに両手を突っ込んだ。


「君のコルレッツさんへの行き過ぎた言動を注意しようと思っていただけだ!」


「注意! 行き過ぎた言動? お前ら全員「兄弟」にしようって方が行き過ぎた行動だろうが。家に「学園で兄弟いっぱいできました」なんて説明するのか?」


 誰も言い返してこない。首を回して見渡すと全員尻込みしているじゃないか。君等、一応自覚あったんだ。


「お前らなぁ。なんで「俺だけを見ろ!」って言えねぇの? ライバル同士が群れてどうするんだよ!」


 まだ言ってこない。よっぽどイタイところを突かれているのか?


「せめて「自分だけを見てくれる女」にしとけよ」


 佳奈のようにな。俺の人生唯一の大金星だが、コルレッツみたいな毒蛾に引き寄せられているコイツらを見ると、なんだか勝ち組気分だ。


「アイツ、お前らなんか眼中にもねえぞ。目指すは『攻略対象者』のみ。リンゼイ、ブラッドみたいなメジャーどころだ。とっとと引いて別の女を目指したほうが幸せになれる」


「何やってんだグレン!」


 俺の包囲網を破るように近寄ってきたのはカインだった。取り囲んでいる連中はカインの姿を見て怯んでいる。怯む理由はカインが剣豪騎士と呼ばれるぐらい強いことと、スピアリット子爵家の嫡嗣である事の二点。貴族子弟にとって重要な点はそこで、カイン個人じゃないのが貴族らしいものの見方だ。


「いや、俺にコルレッツさま・・への言動を注意したいそうだ」


「どんな言動だ?」


 カインが俺を取り囲んだ連中を見渡す。だが全員視線を逸して何も言わない。だから俺が代弁してやった。


「コルレッツはカインのような『攻略対象者』にしか興味がないって言動を」


「本当の事じゃないか! あれで迷惑してるんだよ、俺」


 俺を取り囲んだ全員が硬直した。まさかカインから俺の発言の全面肯定、そしてコルレッツが完全否定されるなんて思っても見なかったのだろう。皆、腰が引けている。俺はふと浮かんだ疑問を連中にぶつけてやった。


「お前らコルレッツに言われて俺の所に来たのか?」


「・・・・・いや、違う」

「俺たちはお前に注意するために来ただけだ・・・・・」

「・・・・・話を耳に挟んだからだ」


 なんだなんだ、この歯切れの悪さは。自分の意思で来たのか、コルレッツに行ってこいと指令されたのか、はっきりさせてくれよ。そんなことを思っているとカインが呟いた。


「つまりは忖度そんたくしての行動だと」


 忖度! あんなヤツの気持ちを汲んで俺のところに! まぁ、暇な連中だな、ホント。カインの言葉に「自分の意思で動いている」「俺が勝手にやってるだけだ」と言い訳している姿を見て、思わずネーミングが天から降りてきた。


「分かった、分かった。今日からお前ら『ソンタクズ』だ! 今からジェンヌ・ソンタクズとして生きろ!」 


「ソ、ソン・・・・・ タクズ・・・・」


 『ジャンヌ・ソンタクズ』達はみんな戸惑っている。


「『ソンタクズ』!」


 カインは突然、腹を抱えて笑い出した。


「いいよなぁ、『ソンタクズ』」


 カインの笑いは止まらない。これは笑いのツボに嵌まったか。対照的なのは俺を取り囲んでいた『ソンタクズ』の連中で、心当たりがあるのだろう、皆一様に気まずそうな顔をしている。やがてカインの笑い声が響く中、俺を取り囲んでいた連中は包囲を解いて、黙って去っていった。


「いやぁ、ケッサクだったよ『ソンタクズ』」


 たまたま思いついただけなんだよ。それ。カインからそう振られた事で、ひらめきの瞬間を思い返した。あんな事が起こるんだな、天から降ってくるなんて。そんな事を思い返したとき、俺を刺す視線に気付いた。この視線、記憶がある。あのときだ! 俺は視線を追った。


(オ、オルスワード・・・・・)


 鋭い視線の先には第六の攻略対象者オルスワードがいた。現実世界で時折見かけるおばさんが染めているような紫の髪の毛を持つ、眼鏡をかけた青年教師。隠しキャラのオルスワード。ドーベルウィンとの決闘の際、闘技場で俺を探ろうとしていた教官。コイツ、どうして俺を付け狙うのだ。


 俺の視線に気付いたオルスワードは、視線を逸し立ち去った。何がしたいオルスワード。


「どうしたんだ、グレン?」


「いや、何でもない」


 俺の異変に気付いたカインが声をかけてくれたので、オルスワードの事は首尾よく棚上げにすることができた。『ソンタクズ』にウケていたカインは俺に頭を下げてくる。


「俺が頼んだことで、こんな有様になって申し訳ない」


「何を言ってるんだ。間に入ってくれて済まなかった」


 俺たちは互いに謝った。コルレッツの件、頼んできたのは確かにカインだが、激しくしているのは俺なのだ。穏便に済ませたいと思っていたカインに、このような形で意思表明させてしまった事に申し訳ない気持ちとなった。


「俺もスッキリしたよ。今までモヤモヤしていたからな。これで立ち位置がハッキリしたって事だ」


 カインの顔は晴れやかだった。人間ウヤムヤよりも白黒ハッキリした方が精神衛生上はマシだ。コルレッツに対して隠れるように暮らすよりも、戦って生きる方が気が楽というのはある。ただ立ち位置が決まってしまえば、それに対する責任が伴い、逃げることも出来ないから、普段、人はそうならないように振る舞うのだ。


 相場でいうなら、モノを持っていない状態がウヤムヤで、持っている状態がハッキリ。持っていなければ値が上がろうと下がろうとリスクはゼロだが、持っていると値の上下が儲かるか損をするかを決めてしまい、自身の生死に関わってくる。儲かればスカッとするが、損をすればブルーになる。それと同じ。


「カイン。何かあったら言ってくれ。出来る限りの事はする」


「ああ、俺もだよ。何かあったら言ってくれ」


 俺とカインはお互いの手を差し出し、固く握手を交わした。コルレッツと俺との争いは今や、お互いの陣営を構築するような話となってきたのである。

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