126 ジャンヌ・ソンタクズ
ジャンヌ・コルレッツと俺との対立が顕在化したことで、コルレッツの取り巻きである『ソンタクズ』が公然登場したことは、もはや戦いが避けては通れない事を示していた。既にレティ、カイン、フレディはコルレッツへの対決姿勢を明確にしている訳で、俺もその辺りハッキリさせなければならないだろう。
今日も昼、ロタスティでアーサーと遭遇しなかった。あの日以来アーサーを見かけない。一体どうしたのか。コルレッツの件で相談したいのだが、それどころじゃない。実に困った話だ。こういうとき、唯一力になってくれたのはアーサーだった。そのアーサーがいないというのは正直痛い。そんな事を思っていると一番会ってはいけない人物と遭遇した。
「おい! 今日は『ソンタクズ』を率いてはいないようだな」
「またおかしな事を言って絡んでくる。何よ、その『ソンタクズ』って!」
「いやぁ、お前の気持ちを『忖度』して動きました、と言っている連中だ。名付けて『ジャンヌ・ソンタクズ』だ」
「フン! バカバカしい」
コルレッツは話を切ろうと懸命だ。『ソンタクズ』は意を汲んで俺を取り囲んだ訳ではない、つまり忖度ではないって事だな。要はコイツが忖度させた、ハッキリ言えば誘導してやらせたって訳だ。
「男を十人も囲わずに一人に決めてやれよ、お前」
「みんな寄ってきてくれただけよ。アンタなんかと違って、欲通しくないの!」
「フン、何を言ってるんだか」
「大体ねぇ、二人のヒロインを攻略済みっておかしいでしょ、アンタ」
お前、何言ってんだ? 確かにアイリともレティとも仲はいいが、攻略なんて考えたこともないぞ? バカじゃないのか。
「お前、勘違いも甚だしい。俺はお前と違って攻略自体してねぇぞ」
「トボケないで! なんでアイリスと一緒にいたり、レティシアと一緒にいたりするのよ」
「だって普通に仲いいもん。お前のようにストーカーみたいな事したことないし」
「誰がストーカーですって!」
「だからお前」
図星だったようで、コルレッツはうぬぬぬぬ、と呻いている。
「何の騒ぎですか。グレン」
俺の真後ろからメゾソプラノで問う声が聞こえてきた。振り向くとクリスと二人の従者、トーマスとシャロンが立っている。その姿を確認したタイミングでコルレッツが叫んだ。
「悪役令嬢クリスティーナ!」
俺はハッとなった。おいお前! いきなり何を言い出すのだ! 三人の顔が一瞬で変わった。
「おい! お嬢様に向かって何を言う!」
トーマスがコルレッツに向かって一気に駆け寄ろうとする。俺は慌ててトーマスを引き止めた。
「待てトーマス。コイツは俺と同じ転生者だ」
「なんだって!!!」
トーマスの動きが止まった。
「こいつはその知識を使って正嫡殿下達に執拗に付き纏っているんだ。人を誑かして十人以上の男を囲ってな。フリックやカインもターゲットだ」
「穢らわしい女・・・・・」
俺の言葉を聞いたクリスは静かにゆっくりと呟いた。しかしその声は一オクターブ落ちている。俺が知る限り聞いたことがない声色だ。おそらく相当怒っている。
「何よ! 知っている事を使って何が悪いのよ!」
コルレッツがヒステリックに叫んだ。
「だったら一人にしておけよ。既に落としたリンゼイやブラッドで満足しろって」
「アンタにねぇ。アンタに、何が分かるのよ! 乙女ゲームに転生したくらいで知ったフリなんてしないでよ!」
おいおい、何を言っているんだコイツは。トーマスはコルレッツを睨みつけながらも、俺とコルレッツとの話の内容に当惑しているようで、体の力が抜けてしまっている。普段から俺の話を聞いているトーマスでさえこれなら、俺の聞いたことがないヤツにとって、コルレッツが何を言っているのかサッパリだろう。
「こっちはねぇ、美少女ゲームに転生させられて、やっと逃れてこっちに来たのよ! でもせっかく来たのにモブじゃない! モブに転生するなんて意味ないじゃん!」
はぁ? 美少女ゲームの世界から乙女ゲームの世界へって、お前。転生に次ぐ転生を繰り返すなんて・・・・・ そんなフザけた事が起こるのか! 俺なんかエレノ世界だけでお腹いっぱいだというのにコルレッツと来たら二度も転生を・・・・・
「美少女ゲームって言ったって普通のゲームじゃないんだからね! シナリオ回避するのにどれだけ苦労したと思ってるの!」
待てぃ!!!!! 普通じゃないって何だよそれ。まさか・・・・・
「もしかしてそれエロゲーとかいうヤツか?」
「ええそうよ。それが何か?」
「いや、なんだ。お前、そんなゲームまでやってたのかと呆れてんだよ」
コルレッツの顔が火を噴くレベルで真っ赤になっている。大体、ゲームをやっていない、そのゲームの存在さえ知らないヤツが「この世界はエロゲー」って気付くわけがないからな。
「仕方ないでしょ! 知ってるものは知ってるんだから。女だって普通にやるわよ!」
いやいやいやいや。普通の女子がエロゲーをしてるってのは、あまり考えられないだろ。野郎向けゲームなんだろうから、自分から情報を取りに行かないと知ることなんてできないはず。それは自分が重度のオタ、しかも危険なヤバオタでござると自己紹介しているようなもんじゃないか。
「やるわけねえだろ!」
「私はやってるんだから!」
どんどんボロを出すコルレッツ。コイツは色々な意味で真性だ。知れば知るほどヤバいヤツや。
「苦労した分、思ったようにやってるのよ。それのどこが悪いの! そんな体験していないアンタなんかに、私の気持ちなんて分かる訳ないでしょ!」
コルレッツはさらにヒートアップしている。本音の暴露が醜態過ぎて、正直気分が悪い。
「ふざけないで! 貴方の世界でこんな事をやって許されるとお思い? 違う筈ですわ。そうですわね、アルフォード
「もちろんだ!」
クリスの問いにハッキリと答えた。こんなこと現実世界で通るわけがない。
「ならば貴方はこの国の秩序、この国の規範に従う義務がある、違いますか? それを転生者だと言い訳するなんて、本当に恥知らずな人!」
「な、なによ! アンタ悪役令嬢ともヨロシクやってんの! 信じられないわ。私よりもやっている事がヒドイじゃない!」
「黙れ、この下賤者! 控えろ!」
俺はコルレッツの言葉に怒り狂っているトーマスを押さえつけた。今、トーマスに手出しさせたら、今度はクリスに害が及んでしまう。
「アルフォード
クリスはそう言いながら、琥珀色の目で睨みつける。するとそれを見たコルレッツは、流石に怖くなったのか慌てて逃げ出した。トーマスが「待て! 逃げるな!」と叫んだが、相手側が振り向く訳がない。やがてトーマスの力が抜けたので、俺はようやくトーマスから体を離した。
「グレン。詳しいお話、聞かせていただけるのでしょうね」
クリスが刺々しい口調で俺に迫ってきた。体裁は尋ねているが限りなく強制なのは明らか。逃れることは決してできない。俺は今日の夕方にロタスティの個室に向かうことを無条件に同意させられた。クリスの怒りは相当なもの。受け入れる以外の選択肢はなかった。
確かにクリスの怒りは恐いが、それ以上に怖かったのはクリスの脇にいるシャロンが、怒りで身を震わせていた事だ。普段、感情表現を抑えているシャロンが隠さないなんてあり得ない。それほど「悪役令嬢」という言葉は二人の従者にとっては屈辱的な言葉だったのだ。言葉一つであろうと、気をつけなければならない。俺は心の底からそう思った。
「生きてるか! グレン」
光った魔装具からエッペル親爺の声が飛び出してきたのは、ちょうどピアノの練習を終えようとする頃だった。俺は気分を晴らすため、黒屋根の屋敷にあるグランドピアノでいつもより長く練習していたのである。
「死んでなかったようだな、エッペル親爺」
「死んでたら連絡なんて取れねえよ!」
エッペル親爺の機嫌は良さそうだ。今日の連絡は武器ギルドからのもので、刀が出来たので取りに来てくれとの言付けだった。俺が了解するとエッペルが別の話題を振ってきた。
「おい。最近毒消し草が買い漁られているようだぜ」
おっと、いきなりその話題か。
「とは言っても、量の割に需要が少ないから値が上がる事もないんだが・・・・・」
「まぁ、誰かが解毒剤でも欲しいのだろう」
「だろうな、この買い方だったら」
俺の適当な解説にエッペル親爺は納得してくれたようだ。まぁ、エッペルにとっても旨味のある話じゃないだろうしな。
「ところでな、最近冒険者ギルドが暇らしいぞ。誰かが私設警備団か何かを作って、そちらに仕事が回っているとかで、ギルドの連中がブーブー言ってた」
ああこれ、グレックナー達が言っていた話だ。まさかエッペル経由で回ってくるなんて。この業界めちゃくちゃ狭いよな、本当に。
「冒険者ギルドから話を仕入れている事が多いから、暇だったら困るんだ」
なるほど、そう言えば殺し屋ネタ、グレックナーの件も冒険者ギルドからのものだったんだな。商人界から忌み嫌われている冒険者ギルドだが、そのような活用のされ方をしていたんだ。
「で、冒険者ギルドの連中はどうするつもりなんだ?」
「相手側と交渉するとか言ってたな。このままじゃ、やっていけないからって」
どこもかしこも大変だ。俺はエッペルと他愛もない話を幾つか交わし、魔装具を切った。
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