124 偶然と必然

「いやぁ、緊張したよ」


 正嫡殿下アルフレッドとの会見を終えたフレディは帰り際、緊張から解放された安堵と、王族と直接言葉を交わすことができた感激を訴えてきた。俺は淡々としたものだったが、おそらくフレディの感覚の方が普通なのだろう。フレディはこちらの人間、俺は他所の人間、この差は本当に大きい。


「フレディ、実はな・・・・・」


 俺はロタスティで起こったコルレッツとの衝突話や、長期休学中に繁華街で呑み屋の姉ちゃんをやっているコルレッツを見た話を伝えた。するとフレディは一気に機嫌が悪くなる。


「コルレッツは何処までも癇に障る奴だ!」


 普段、そんなに喜怒哀楽が激しくはないフレディだが、コルレッツに対する拒絶反応は相当なものだ。多分、アイツが触れてはいけないものに触れているからだろう。人間、どんな世界であろうとも、やって良いこと悪いことがある。


「フレディ。もしかすると親父さんを含めて協力してもらわなきゃならない時が来るかも知れん。それだけコルレッツはヤバい」


「何をすればいいんだい」


「今は分からない。が、そのときは頼むぞ」


 フレディは快諾してくれた。教会で何らかの手を打てる可能性があるのだから、フレディ親子のコルレッツ対策への協力は必要不可欠。フレディが「明日また教室で」と言って駆け出すと、手を上げてその場で別れ、俺はそのままロタスティに向かった。


 ロタスティの個室に入るとレティがまだ来ていなかったので、給仕に頼んで豚肉のピカタと生ハム、チーズ、そしてグラスを持ってきてもらい、一人で飲むことにした。普段、ロタスティで「ひとり飲み」なんてしないので、新鮮な感覚である。俺は出てきたアテで、『シャオネ・ルファッド』という新しく仕入れたワインをチビチビ飲んで楽しんだ。


「あーーーーーー! ヒドイ! 一人で飲んでいるじゃない!」


 個室のドアを開けるなり、俺がチビチビやっているのを見たレティがいきなり喚き出した。


「待っていてくれても良かったじゃない!」


「ゴメンゴメン。ついつい飲んでしまって」


「飲んでしまってじゃないわよ!」


 俺は慌ててレティ好みの料理を給仕に頼み、グラスにワインを注いでレティのご機嫌取りに走った。


「まぁ、遅くなった私も悪いんだけどさ」


 と言いながら、出されたワインをグビッと飲み干すレティ。本当に呑み助だな、レティは。俺は早くも空になったグラスにワインを注ぐと、早くから個室に来た理由、正嫡殿下アルフレッドとの会見の件を話した。レティは「本当に女のクズよね」と言うと、残っていた豚肉のピカダを平らげ、ワインで口を湿らせる。


「あの女は見ているだけで腹が立つの! ホントにイライラするわ」

 

 フレディと同じくレティも生理的に受け付けないらしい。コルレッツは俺周りの人間と本当に波長が合わないようだ。俺はこれまで調べたコルレッツの事をレティに話し、気をつけるように伝えた。あれだけやり込めたのだ。場合によってはレティ自身にまで危害が及ぶかもしれない。


「どこまでも情けない女! それで『セタモーレ』ってどんな由来なの?」


「分からないよ、俺には」


「セタって何?」


 セタセタセタセタ。セタってsetaだよな。イタリア語で絹。モーレってのはmole。イタリア語ならブラックベリー。合わせて「絹のブラックベリー」、または「ブラックベリーのシルク」。イミフだろ。絶対違うよな、これ。


「いや、分からないな、本当に」


 脳内で合成できた謎の言葉は出さず、分からないと言って誤魔化した。俺はコルレッツ話に一区切りをつけると、アーサーの事を聞くべく話題を変えることにした。


「レティは今日から登校だったんだな」


「そうなのよ~。聞いてよグレン!」


 レティは出てきた料理をアテにワインを飲みながら事の顛末を話し出した。エルベール公のパーティーでミカエルがリッチェル子爵位の襲爵を宣言したのは良かったが、その後パーティーの誘いが相次いで、結局昨日まで出ずっぱりだったらしい。ミカエルを領地に返したので、レティが一手に誘いを引き受けた形になった、と。


「そして今日は手紙のお礼。ミルが宣言しちゃって一気に増えたのよ」


「大変だったな、レティ。俺が提案したばっかりに・・・・・ 済まない」


 いきなり襲爵宣言はダメだったか。俺はやり過ぎたと思い、レティに侘びる。しかし本人は首を横に振った。


「ううん。おかげでミカエルの事が一気に周知できたわ。年端も行かない私達にはこれしかなかったのよ」


 俺の言ったことが良かったのならそれでいいが・・・・・。しかしレティの負担を考えると、今回は手法が過激だったか。貴族社会の事が分からない俺には加減が難しい話だ。


「ところで、パーティーでアーサーを見なかったか?」


 さり気なくレティに聞いてみた。


「何度か見たけれど・・・・・ それがどうかしたの?」


 レティは訝しがりながら返してくる。さり気ないフリをしてもやはり違和感があったのか。自身の演技下手を嘆いても仕方がないので、俺は正直に話すことにした。


「いや、あいつ今日も来ていなかったからな。何かあったのかな、と思って」


「そういえば・・・・・ 元気がなかったような・・・・・」


 会話を交わした訳じゃないから、あくまでレティ自身が見た感じだと、注釈付きで教えてくれた。確かに考えれば登校日の期間、何か考え込んでいるような場面があった。今度アーサーが学園に来たら、問い質した方が良さそうだ。


「あのね。一度領地に帰らないといけないの」


 グラスを持ちながら、レティは呟いた。


「子爵領にか?」


「そう。襲爵の件でしっかりダンチェアード男爵と話をしておきたいし、家中の者と息を合わせておきたいの」


「父母兄姉への対応も考えないといけないもんなぁ」


「でしょ。だから連休の時に行きたいの。それでね・・・・・」


 ん? なんだ? 何が来る? 俺は口に持ってきていたグラスを止めた。


「お願いがあるんだけど・・・・・ リサさんに同行して欲しいのよ」


「リサとか?」


 意外な要望に驚いた。どうしてリサ? リサに何を?


「ウチの家の経営を見て欲しいのよ、ドーベルウィン家のように。話を聞いた時、ウチもお願いしようと思っていたの」


 なるほど、そういうことか。


「凶作だというし、ミルが後を継ぐまでに家の方針をしっかりと決めておきたいの。ダンチェアード男爵家の分も含めて見てもらいたいし」


 陪臣の家の事にまで気をかけるレティ。だからレティが小娘、いや、少女であっても家中の結束を促すことができたのだろう。俺は快諾した。


「リサに言っておくよ。一緒に高速馬車で行けばいい。費用は全て俺が出す」


「そこまでしなくても・・・・・」


「いや、誼を結んだ身だ。レティよ、やらせてくれ」


 俺は力強く言った。レティに同情したからやるんじゃない。やりたいからやらせて欲しいのだ。こちらに理解のある貴族に手を貸すのは当たり前じゃないか。


「分かりました。よろしくお願いします」


 レティは姿勢を正して頭を下げた。俺はレティに頭を上げてもらい、グラスにワインを注ぐ。俺たちの関係はこういう関係、これでいいじゃないか。そう言いながら、改めてワインを酌み交わした。


 朝、俺はいつものように部屋でストレッチ運動、ロタスティで朝食、グラウンドで周回、鍛錬場で打ち込み、風呂で汗を流すという、お決まりの定形作業をこなして教室に入ろうとすると、男子生徒に呼び止められた。同じクラスのディールだ。決闘博打で大損した子爵家の三男で、『実技対抗戦』ではディール組を率いて五位に食い込んだ。


「おい、アルフォード。ちょっといいか?」


 ディールがいきなり俺の脇をつかんで廊下の窓際にまで引っ張り寄せた。


「お前、コルレッツとかいう女と揉めているらしいな。あいつはマズイぞ」


 コルレッツの話か。既にディールにまで話が及んでいるようだ。


「アイツのクラスに俺の知り合いがいるのだが、平民なのに取り巻きが凄いらしい。そいつらに向かって『商人風情が!』と言うから、アイツに期待する連中が群がっているんだってよ」


 やはりな。コルレッツは俺に対して対抗心を剥き出しにすればするほど、周りに人が集まってくるのだ。それは元からある商人への差別意識に加え、決闘賭博や『実技対抗戦』へのやっかみからくるもの。俺が悪いと言えば、悪い。


「俺にそんな事を教えたら、知り合いも巻き込まれないか?」


「大丈夫だ。そいつはコルレッツとかいう女が嫌いで、味方集めのような事をしているくらいだから」


「中々のツワモノだな」


「だろ。厄介な相手だからやめておけ、って言ってるんだが・・・・・」


 ディールは苦笑しながら事情を説明した。どこにもこんな話があるんだよな。まぁ、人間だから仕方がないけど。


「まぁ、コルレッツは『打倒アルフォードのヒロイン』って言ったところだろう。気をつけろ」


「ディール。わざわざ知らせてくれてありがとうな。でもどうして俺に・・・・・」


 元々、貴族意識の高いディールがどうして商人の俺に教えてくれるのだろうか。


「借りがあるからだよ。『実技対抗戦』の。アドバイスをもらったからな。まぁ、そんなに力になれることはないが、これぐらいの事なら伝えられる」


 そう言うと、ディールは手を上げ教室の中に入っていった。いいとこあるじゃないか、ディール。まぁ、組のメンバー連れて礼に言いに来たぐらいだから、生来、義理堅いところがあるのだろう。しかし、俺がコルレッツを抑えにかかることで、俺への対抗馬となり、人がより集まるようになったとは皮肉な話だ。俺は一人苦笑した。

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