第十一章 新学期

121 二人のコルレッツ

 コルレッツが二人いる。フレディのその言葉に俺は混乱した。


(コルレッツが二人????? どうして二人?????)


「ジャンヌ・コルレッツもジャック・コルレッツも実在しているんだよ!」


「えっ? なんで? どうしてだ? どうなってるんだ?」


 俺はフレディの言葉が飲み込めなかった。何を言っているのかも理解できなかった。乙女ゲーム『エレノオーレ!』では学院の生徒として登場したジャック・コルレッツ。リアルエレノで学園に現れたジャンヌ・コルレッツ。ゲームでジャンヌ・コルレッツなんて出てこないし、リアルでジャック・コルレッツとは遭遇していない。何なのだ、これは!


「だからジャンヌ・コルレッツもジャック・コルレッツも別の人間として戸籍に載ってるんだよ!」


「ええと、それってもしかして双子さん?」


「ああ、そうだと思う。出生日が同じだからね」」


 リディアの疑問にフレディが戸籍らしき紙を机に置きながら肯定した。俺はここでようやく話が飲み込めた。ジャック・コルレッツとジャンヌ・コルレッツは両方とも存在する。そしてこの二人は双子なのだと。しかし今気づいたんだが、どうしてリディアがいるのだろう? しかしフレディの話が俺にそれ以上の事は考えさせない。


「それだけじゃないんだ。ジャンヌ・コルレッツの二歳下に弟と妹がいる。そちらはジュリオ・コルレッツとジュリア・コルレッツ。七歳下にも弟と妹がいて、こちらはカルロ・コルレッツとカルラ・コルレッツ」


「双子家系か!」


「そんな事があるんだ!」


 聞いたことがある。双子ばかりが生まれる家系があると。遺伝によるものなのか俺はサッパリ分からないが、三組もの双子が生まれるなんて、コルレッツの家はまさに双子家系と言っていいのではないか。母親は大変だっただろうに。子供一人を産むのでも大変なのに、双子を三回も産むなんて・・・・・


「ジャンヌ・コルレッツは六人兄弟ってことだな」


「そうなるよね」


 話がとんでもない方向に向かっている。なんだこれは! しかしコルレッツというヤツ。本当に人を幻惑させるな。もう才能だぞ、これは。


「それでジャック・コルレッツの方は今何処に?」


「それは分からないよ。コルレッツの実家に直接行って確認したわけじゃないからね」


 確かにそうだ。フレディは教会に保管されている書類を当たっているのだから。ジャック・コルレッツはゲーム通りであれば学院に通っている筈。俺は魔装具を取り出し、フレディ、リディア両者の了解を取り付けて、即座にジェドラ商会のウィルゴットへ連絡を取った。


「まいど!」


 商人式挨拶を交わした後、俺は用件を話した。ウィルゴットはジャック・コルレッツなる人物の学院在籍可否に関して、明日の昼には分かるだろうと答えてくれた。そして今度は俺に聞いてきた。


「毒消し草の件どうなった?」


「モンセル、セシメルには封書を送っている。ムファスタにリサを送って、レジドルナ対策の打ち合わせを行うことになっている」


「リサさんまで使っているのか!」


「俺より能力が高いからな。当然やってもらう」


 ウィルゴットがアルフォード商会は人材が厚いと言い出したので、俺は詳しい話は近く会って話そうや、と返して魔装具を切った。そうでなければフレディ、リディアに聞かれたらマズイ話が飛び出しかねない。


「・・・・・グレン、それで会話できるの?」


「そうだよ。使えるのは商人のみで、王都の中だけしか使えないんだけどね」


「遠くの人と話ができるの?! こんなものがあるなんて!」


 リディアのテンションがやたら高い。赤毛のショートヘアーがピョンピョン飛び跳ねているような感じだ。


「毒消し草って・・・・・」


「うん。ウチの親と兄が必要だと言うからな。みんなで手分けして集めているんだよ」


「グレンはあちこちの街に繋がりがあるんだね。ビックリだよ」


 フレディよ、そんなことで驚かれても困るよ、俺。ウチはそこに活路を見出している最中だからな。フレディが続ける。


「ビックリと言えば・・・・・」


 そう言いながら面長の顔つきが厳しくなった。まだ何かあるのか?


「コルレッツ。学園に入る際、教会推薦で入っているんだ!」


「お、おい。コルレッツ、教会関係者なのか?」


「違うよ! 関係者じゃない。なのに教会推薦枠を使ってるんだよ、アイツ!」


 フレディが怒っている。そう言えば以前フレディが教会の子弟はザビエルカットされないため、学園学院入学に決死の覚悟で挑んでいたと言っていたよな。その枠を部外者のコルレッツが何をやったのか奪い取った。そりゃ、フレディも怒るわ。


「教会の推薦枠を使う方法なんてあるのか?」


「お金を積めば・・・・・」


 やはりそうか。それしかないよな。


「父さんが今、誰が推薦枠を使ったのかを調べているよ。分かったら教えてくれる」


「それを知ってどうする?」


「コルレッツと一緒に告発するさ」


 どこに告発するのか? と聞いたら総本山にするという。聞いて分かった事だが、教会にも複数の宗派があるらしい。フレディの父が所属するのは、ケルメス宗派という教会。今回コルレッツに推薦枠を渡したのもケルメス宗派の人間。同じということで、王都にある総本山ケルメス大聖堂にいる総大主教という人に告発するそうだ。


「そのときになったら俺も一緒に行こう」


 教会資料の中に俺が帰る方法が書かれているかもしれない。以前から俺が思っていた事だ。フレディの話は渡りに船。複数の宗派があるというのが厄介ではあるものの、ケルメスで見つからなければ次に当たればいい。


「グレンがついて来てくれるのなら一安心だ」


 フレディは言うだけ言って気が晴れたのか、ホッとしている。そして持っていた鞄よりおもむろに袋を出してきた。


「グレンから預かったお金。これだけ残ったから返すよ」


 フレディは几帳面に明細まで残していた。行き帰りの往復の馬車代、調査の移動費用、寄付等、合わせて八万八七六七ラント。二一万一二三三ラントが残っていた。


「まだ終わっていないよ。もう少し持っていてくれ」


「えっ!」


「コルレッツの件、まだまだ動くぞ。お父さんの元に走ってもらわなきゃいけないかもしれぬ」


 それに寄付の額が少ない。フレディのお父さんには然るべき額を出さなきゃいけないだろう。それはこの仕事の後でもいい。俺はフレディに引き続きお金を持ってもらう事にした。そして先ほどから疑問に思っていたことを聞いた。


「なぁ、フレディ。どうしてリディアがいるのだ?」


 俺が聞いた瞬間、フレディとリディアは顔を真っ赤にした。しばらくの沈黙の後、フレディが言い訳、もとい説明してくれた。


「前に馬車で一緒に帰ったとき、学園に戻る前に立ち寄るからと約束したんだ」


「だからロタスティまで一緒にいたのか」


「・・・・・」


 フレディが俯いてしまったので、慌ててリディアがフォローを入れてきた。


「私が一緒にくっついてきただけで・・・・・」


「それで個室まで入ってきちゃった、と」


「・・・・・」


 フレディに続いてリディアも轟沈してしまった。二人共若いなぁ。まぁ、前々からそうだったが、お互い意識をするようになったという訳だ。いいじゃないか、健全で。俺は給仕を呼んでコース料理とワインを頼んだ。


「まぁ、長い休学も今日までだ。せっかく個室に入ったんだ。ゆっくり食べよう」


 俺が声をかけると、二人は「ああ」「うん」とこちらを向いて答えてくる。運ばれてきた料理を食べながら、休学期間後半にあったことをみんなで語らい、時を過ごした。


 新学期初日。教室に入ろうとするとトーマスに捕まった。トーマスは楽しげに挨拶してくる。話を聞くと、俺が寮に戻った後のクリスは絶好調だったらしい。まぁ、トーマスの明るい表情を見るに十分予測できる事なのだが。


「お嬢様はパーティの席上でもずっと機嫌がよく・・・・・」


「良かったよなぁ、トーマス。頑張って行った甲斐があったな」


「それもこれもグレンのお陰だよ。親にも会えたし」


 授業が始まるというので、喜ぶトーマスと一緒に慌てて教室に入り、席に着いた。クラスの生徒の席がポツポツ空いている。一部の貴族子弟がまだ学園に帰って来ていないようだ。新学期、今日終われば、また休日。だから休む者もいるのだろう。そう言えば、始業式無かったよなぁ。よく考えれば終業式も無かった。変な世界だよな、エレノ世界は。


 昼休み、ロタスティでアーサーと遭遇しなかった。いつも元気な姿を見せるのに珍しい。今日はレティともまだ会っていない。シーズン終了直後ということで、用事が残っている生徒もいるのだろう。そんな事を考えながらロタスティを立ち去ろうとした時、突然魔装具が反応した。ウィルゴットだ。


(昨日の件だな)


 人気がない場所に移動した俺は「まいど!」というおなじみの商人式挨拶を交わすと本題を確認した。


「学院に『ジャック・コルレッツ』という人物はいなかったよ」


「なに・・・・・」


 半ば予想していた事とは言え、こう聞かされると驚きを隠せなかった。ジャック・コルレッツが学院に入っているという『世の理』が動かされているのだから。


「すまないな。あまりいい情報じゃなかったようで」


「いや、今ので十分だよ。ありがとう」


 ウィルゴットに礼を言うと魔装具を切り、俺は一人、目を瞑った。

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