109 従者の決意

 ノルト=クラウディス公爵領の領主代行職にあるクリスの長兄デイヴィッドらとの協議を終えた俺とクリス、そして二人の従者は侍女メアリーを交え、居間で昼食を摂っていた。明日には王都に出立ということで、どこか淋しげな雰囲気だ。


「明日でお戻りになりますのね。この度はよくぞお帰り下さいました。立派になられましたお嬢様のお姿を間近に見ることができまして嬉しく思います」」


 侍女のメアリーはクリスに頭を下げた。


「メアリー。変わらずに元気そうで何よりだったわ。また会うことができて本当に良かった」


 クリスはメアリーの手を取り労う。この二人の間には母子とはまた違った絆があるのだろう。しかし、それで終わりにしていいのか。お互い同じ世界に存在しているのに、関係性を過去のものとしていいのか。明日俺たちが旅立てば、クリスとメアリーが逢う日がいつ訪れるのかは分からない。


 現実世界と切り離されてしまった俺には、そこの部分がどうしても納得がいかない。同じ世界におり、大きな障壁があるようでもないのに、どこか諦めて受け入れてしまう。本当にそれでいいのか。出来る事はやればいいじゃないか。俺は意を決して侍女メアリーに言った。


「俺たちと一緒に王都に行きましょう」


 俺の言葉にメアリー以下、一同キョトンとした。


「明日の高速馬車に乗って、王都に行きましょう。そうすればクリスと会える機会も増えます」


 一同まだ固まっている。


「・・・・・ですが・・・・・」


「なんですか?」


「・・・・・ですが・・・・・許可も・・・・・」


「今から取ればいいじゃないですか、なあクリス」


 俺は話をクリスに振ったが、クリスは考えているのか俯いてしまっている。仕方がないので二人の従者に話を振った。


「なぁ、トーマス、シャロン。クリスが王都に、お前らが公爵領にいたならば、王都に行ってクリスに仕えたいよな」


「はい!」

「当然です!」


 二人は胸を張って即答した。


「それと一緒だ。宰相閣下にお仕えした従者は、宰相閣下の元でお仕えする。当然の話じゃないか。あるべき姿、あるべきところに戻るべきだ」


「しかし私に・・・・・」


「宰相閣下の元でお仕えしたくないのですか?」


「行きましょう!」


 煮え切らないメアリーに迫る俺を遮るかのようにクリスは言った。


「メアリー。グレンの言う通り私と一緒に行きましょう。嫌ですか、王都に行くのは」


「ですが私め如き、行くことが・・・・・」


「父上も喜びます。一緒に行きましょう!」


 クリスはメアリーの両手をしっかり握った。その琥珀色の目はメアリーに向いている。


「しかし衛士の者も・・・・・」


「彼らはここに残りたいそうだ。ならば全員残ってもらえばいい」


 なおも迷うメアリーに対し、俺はハッキリと伝えた。


「今、ノルト=クラウディス家に仕える近待きんじにとって一番必要なのは忠義の心を持つ者。忠義ある近待きんじが必要なのだ。クリスにとってトーマスとシャロンが必要なように、宰相閣下にとってはメアリー、貴方が必要だ」


「そうです。グレンの言う通りです。父上の元で仕えて!」


「勿体ないお言葉・・・・・ ありがとうございます」


 メアリーは涙を流し、クリスの胸に顔を伏せて泣いた。クリスは愛おしいとばかりに抱き寄せる。しばらく後、メアリーは本心を吐露した。


「お嬢様と一緒に王都に。王都に行って閣下にお仕えしたいです・・・・・」


「ええ、そうしましょう。任せて下さい」


 クリスはメアリーの両手を握りしめ、声を弾ませた。


「じゃあ、次はもう一人の従者だな」


「レナードですか」


「そうだ。あちらは家族がいる。フィーゼラー家の全員を連れて行こう」


 俺がそう言うと、皆驚いているが異論を唱える者は誰もいなかった。いつの間にか全員やる気になっている。いいじゃないか、こういう空気。では行こうと、みんなでフィーゼラー父子がいる衛士の詰所へ向かった。


 俺たちが衛士の詰所に入ると、詰所の中は混乱した。いきなりのクリスの登場によってどう対処して良いのか分からなかったのだ。まさかこんな所にお嬢様が足を踏み入れてくるなどと、誰も想像していなかったのだろう。俺は衛士にフィーゼラー父子を呼ぶように伝え、全員で詰所近くの応接室で待機した。


「こ、これは何事なのですか!」


 しばらくすると血相を変えたフィーゼラー父子が応接室に飛び込んできた。するとクリスが息を切らした父子に着座を求め、二人はクリスの向かいに座った。


「お二人には明日、私と共に王都に向かってもらいます」


「?????」


 クリスの言葉にフィーゼラー父子は文字通り目が点になっている。


「メアリーも同行します。一緒に行きましょう」


「・・・・・あ、明日ですか・・・・・」


 父レナード・フィーゼラーは戸惑いを隠しきれなかった。息子のグレゴールの方はどこかの一点を凝視して動かない。俺はグレゴールに向かって言った。


「アルフォンス卿の元で仕える気はないのか?」


「あるに決まっているじゃないか!」


「だったら行こうか」


「ああ。俺は行く!」


 意を決したグレゴールは椅子から立ち上がった。俺はチャンスとばかり、グレゴールの腕を掴んで応接室の外に連れ出した。


「済まんグレゴール。ここに家族を連れてきてくれ」


「えっ?」


「みんなで王都に行くんだ! いいな」


 俺の意図を理解するのに数瞬かかったようだが、その意味が分かったのか、グレゴールは慌てて廊下を駆け出した。それを見た俺はすぐさま応接室に戻り、レナード・フィーゼラーの勝手口を塞いでやる。


「グレゴールには家族を呼んでもらった。全員で行きましょう」


「レナード。私と一緒に宰相閣下にお仕えしましょう」


 俺と従者であった侍女メアリーの説得を受けた父レナード・フィーゼラーはううう、と唸った。


「行きたい。今すぐでも行きたいが、女房が・・・・・」


 いやいやいやいや。その厳めしい顔で「女房がぁ」なんて言われたって。フィーゼラー家はカカア天下だったのか。とは言っても、俺だってこんな状況になったときに「佳奈が・・・・・」と言いそうだもんな。男はみんな、こういうときは弱い。


「ま、レナードったら。カミラさんには本当に弱いのね」


「い、言うなよメアリー」


 カミラとはレナードの妻、つまりグレゴールの母の事だろう。メアリーにそう言われて気恥ずかしそうな父レナード・フィーゼラー。多分、若い頃、宰相閣下の従者の頃から二人はこんな関係だったのだろう。同じ従者でもトーマスとシャロンとは全く違う。そんなことを考えていたら、応接室のドアが開いた。


「妻のカミラでございます。お嬢様にお会いできまして光栄に存じます」


 カミラはレナードの萎縮ぶりからは想像もつかない華奢な女性だった。続いてグレゴールと一緒にフィーゼラー夫妻の娘と思われる子が頭を下げて入ってくる。名をニコラというそうな。カミラとニコラは勧められてレナードが座る長椅子に腰掛けた。


「いきなりですが、フィーゼラー家の皆様には、明日私と共に王都について来て頂きます。よろしいですね」


 クリスは断定口調でフィーゼラー家の人々に迫った。すると妻のカミラが、荷造りが間に合うのかどうかが、と言い始めたので、俺が前に出た。


「荷造りは不要です。家財道具一式は私の商人特殊技術【収納】でそのまま運びますから」


 何を言ってるのか分からなそうなフィーゼラー夫妻を見たクリスは俺に目配せしてくる。この場で見せろということだ。俺は要望に応えて応接セットの机を【収納】した。一瞬で消えたのでフィーゼラー一家の者もメアリーも驚いている。今度は机を戻すと、一瞬で現れたので、これも驚かれた。


「いかがですか?」


 俺が問うと二人は観念したらしく、夫妻揃って「よろしくお願いします」と頭を下げた。この光景がメアリーのツボに嵌まったらしく、クスクスと笑っている。俺は全員に明日の早朝四時半に出発する事を告げ、それぞれ準備を促した。


 フィーゼラー家の人々と侍女のメアリーは身支度の為に立ち去り、クリスはフィーゼラー家とメアリーの同行許可を長兄デイヴィッドから得るため、二人の従者とともに執務室に向かおうと応接室を出た。そのとき、アッカード卿ら王都から同行してきた衛士らと遭遇したのでクリスは彼らに言った。


「貴方達は所領に残り、クラウディス騎士団に復帰するように。後はスフォード子爵より通達があるでしょう。今日まで王都の衛士としての務め、礼を申します」


 では、とクリスは従者と共に立ち去った。言い渡された衛士達は全員ポカーンとしている。要はお役御免と言い渡されたのだが、衛士達には安堵しかなかったようだ。俺はそんな衛士達から離れ、箱型車輌を五人乗りにすべく、高速馬車待機している馬車溜まりへ向かった。

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