110 王都への帰還

 王都に向かうべく高速馬車がクラウディス城を出たのは早朝四時半の事であった。馬車に搭乗したのは俺とクリス、二人の従者トーマスとシャロン、侍女のメアリー、衛士フィーゼラー一家の計九名。


 俺たちの見送りには、早朝にも関わらずクリスの長兄で領主代行のノルト=クラウディス卿デイヴィッド閣下を初め、家令トラスルージン伯、クラウディス騎士団長スフォード子爵ら文武両官の面々が顔を揃えた。その中にはアッカード卿ら王都より同行してきた衛士の姿も見える。おそらくスフォード子爵からの命令で立ち会わせられたのだろう。


 見送りの中にはトーマスとシャロンの家族の姿もあった。この機を逃せば次会えるのがいつなのか分からない。朝が早かろうと見送りに来るのは、家族としたらむしろ当然なのだろう。


(俺なら、どうなのだろうか)


 愛羅や祐介が家を出たとき、見送った記憶がないし、戻ってきた時に出迎えた記憶もない。あるとすれば佳奈が実家に帰ったり戻ったりした時ぐらいだろう。それを思えばトーマスやシャロンの家族は非常に健全でまともだと言える。こういう光景を見ると、ああ、俺は親失格なのだな、と納得してしまう。


「アルフォード殿、くれぐれも頼む」


 出発間際、クリスの長兄デイヴィッド閣下に呼び止められた。俺は短く「はい」と返事して馬車に乗り込んだ。何を頼まれたのか、それを今詮索しても仕方がなかったからである。俺はこうして10日間も逗留したクラウディス城を後にした。


 二台の高速馬車に分乗した俺たちだが、行きと違ってクリスらの馬車には侍女メアリーに乗り込んでもらうことにした。クリスとメアリーとの関係性を考えた時、王都に帰っても話せる機会が少ないのだから、これを一つの機会にすればよい、との考えたからだ。


 後もう一つ。俺が乗り込む馬車の方は、昨日急遽五人乗りの特装仕様にしたからである。元々、一般の四人乗り馬車に比べて広い、というより六人乗りでも支障のない広さの箱なのだが、五人が安定的に乗ることができるように、入口向かいに座席を設けたのだ。そこに若い俺が座ることによって、他の人の負担にならないようにしようと思ったのである。


「しかし、広い馬車だよな。これ」


 フィーゼラー家の長子グレゴールはこれまでに乗った馬車との違いを語った。


「速いのに走りが安定している。ワシが知っている馬車とは違う」


 一方、宰相の元従者でグレゴールの父、レナード・フィーゼラーは乗り心地に驚嘆している。流石は衛士責任者。この馬車の云われなどを尋ねてくるので、俺の知っている限りの話をすると、なおも驚かれた。


「閣下やお嬢様が一目置くだけのことはある。君は何者なのだ」


「いや、私は商人の次男坊ですよ。移動するのが大変だったので、早く安定的に走る馬車が欲しかっただけなんです」


「普通の人が欲しくて手に入れられる訳がないぞ」


 俺の説明にグレゴールが苦笑気味に言ってきた。まぁ、そうなんだが、たまたま手に入れられる環境があったから、手に入ったんだよなぁ。エレノ世界を知っていたってことで。


「そのおかげで私たち家族まで王都に連れて行っていただけるのですから、アルフォードさんに感謝しましょうよ」


 レナードの妻カミラは男性陣にサラリと言うと、二人共頷いて黙ってしまった。華奢で小柄なこの女性がフィーゼラー家の中心なのは間違いない。ウチが佳奈が中心にあって機能しているように。カミラは昨日のフィーゼラー家における家財一式の【収納】について話し始めた。


「私もあのような能力があったら、全て【収納】して、部屋のお片付けをしなくてもいいようにしてしまいますよ。本当に楽しかったわ」


「だったらお母さんに怒られることもなくなりそう」


「さぁ、どうだか」


 カミラは自分より身長の高い、娘のニコラに向かって悪魔っぽく微笑んだ。その視線にゲンナリするニコラ。やはりこの人がフィーゼラー家の中心だ。しかしどうやらカミラの興味の先は、高速馬車より【収納】だったようである。俺は王都に到着した後のフィーゼラー一家の住まいに家財を置く段取りについて、カミラと打ち合わせをした。


 四回ほど馬の繋ぎ変えをした高速馬車がセシメルの街に入ったのは夜が更けた頃。宿泊先は往路と同じ『グランディア・セシメル』。そして往路の時と同じ様にノルト騎士団の出迎えがあり、クリスは団長のディグレ男爵の表敬を受けなければならなかった。


 ただ行きと違いフィーゼラー父子がいたので、顔見知りだったディグレ男爵が二人に対し「閣下のお側にお仕えできて羨ましい」と、激励か羨望か分からないような声をかけていたのが印象的であった。このホテルで一泊した後、明日十二時に出発し、王都のノルト=クラウディス公爵家の屋敷を目指す。


 予定を往路に比べて大幅に切り詰めているのには訳がある。俺とクリスの方はクラウディス地方を襲っている不作の件について、宰相側は貸し渋り対策について、お互いに意見交換を行わなければならないからで、秘密厳守の為、封書にもその件は一切書いていない。とにかく直接会って話をするしかない訳で、その為に半日ほど日程を早めているのだ。


 予定通り『グランディア・セシメル』を出発した俺たちが、四回の馬車の繋ぎ変えを行って王都トラニアスに入ったのは出発翌日の午前七時のこと。到着場所であるノルト=クラウディス公爵家の王都の屋敷では、執事長のベスパータルト子爵を初めとする家中の者が並んでいる。そしてその真ん中には宰相と次兄アルフォンス卿の姿があった。


「ただいまクラウディス領より戻りました」


 クリスが前に進み出て宰相と次兄に挨拶をすると、宰相が「無事に戻ってきて良かった」という親として無難な返しをしているのが、俺には妙に可笑しかった。だが、クリスが侍女メアリーとレナード・フィーゼラーを紹介すると、宰相の態度が変わった。


「よくぞ、よくぞ来てくれた」


 宰相とメアリー、フィーゼラーは共に駆け寄り、手と手を取り合って握りしめている。その脇に視線を移すと、アルフォンス卿とグレゴールが気安く歓談していた。クリスは俺の方を見ると控え目に微笑んだ。出立直前、無理矢理王都行きを推し進めたのだが、これを見るとやって良かったのだと思う。


 メアリー、フィーゼラー父子、クリスと二人の従者トーマスとシャロンは宰相とアルフォンス卿と共に屋敷内に入っていった。残った俺とレナードの妻のカミラ、娘のニコラの元に執事長のベスパータルト子爵が歩み寄ってきて、フィーゼラー一家の住まいに案内してくれるというので俺も同行し、部屋に【収納】で仕舞ってあったものを置いた。


「まぁ、本当に便利ね。一瞬で元の我が家のようになったわ」


 カミラは凄く喜んでいる。最初クリスから王都行きと言われたとき「なんて大変な事を」と思ったそうだったが、俺の【収納】のおかげで全く気にならなかったと感謝してくれた。一方、娘のニコラは王都にいるなら学園に通いたいと鼻息が荒い。またそれは話し合いましょうと母カミラがたしなめていると、執事が部屋にやってきた。


「アルフォード殿。公爵様がお呼びです」


 お、話し合いが終わったか、と思いカミラとニコラに別れを告げると、俺は執事の後に従い宰相のいる執務室に案内された。


「アルフォード。ありがとう。ありがとう。ワシに対する最高の土産だ」


 執務室に入るなり、宰相が駆け寄って俺の両手を握ってきた。おそらくレナードとメアリーが来たことが本当に嬉しいのだろう。


「事情は聞いたよ。まさかここまでやってくれるとは。本当に嬉しいぞ」


「それは従者のお二方も同じです。何よりも閣下のお話を聞きたがっておられましたから」


「そうかそうか。レナードもメアリーも昔と変わらぬ気持ちでいてくれた事が本当に嬉しい」


 視線を移すと、少し気恥ずかしそうなレナードとメアリーがいた。二人共、王都に来るのに不安もあったろうが宰相の顔を見ると安心したのだろう。顔が和らいでいる。


「ではそろそろ・・・・・」


 応接椅子に座っているクリスが呟くと、レナードとメアリー、トーマスとシャロン、そしてグレゴールが一礼して席を外した。部屋に残ったのは宰相と宰相補佐官で次兄のアルフォンス卿、クリスの三人。俺は宰相の向かいの席を勧められそこに着座した。俺から見て右にアルフォンス卿、左にはクリスが座っている。


「さて。まずは私の方から話をさせてもらおう」


 俺の向かいにドッカと座った宰相は、往路のセシメルで俺たちが送った「貸し渋り対策」についての話を始めた。『金融ギルド』の責任者ラムセスタ・シアーズとリサからの連絡を受けたアルフォンス卿は、この屋敷で宰相とシアーズ、リサとの会談をセッティングし、対応策を協議したそうだ。


 協議の結果出た結論は「借入枠があるのに拒絶された貴族は宰相府に申し出ることができる」旨の政令を出すことと、当該の金融業者の情報を『金融ギルド』から提供し、業者には融資枠の凍結を行う措置を取る、という三点に集約されたのだという。ただ、話はそこでは終わらなかった。


「お前の姉がな、私に「パーティーの席上で声高に発表して下さい」と言うものだから驚いての」


 リサ・・・・・ お前猛者過ぎるだろ。宰相に発表方法を指導するなんて。宰相が言うには「通達を出すより早く広がりますから、宰相の名を最大限活かしましょう」と説明を受けたので、それも一理あると思い、策を実行したとの事だった。


「貴族には絶大な効果があったよ。見事なものだ。お前の姉は大したモノだぞ」


 左右にいたアルフォンス卿もクリスもクスクスと笑っている。君らは笑い事かもしれんが、こっちにとったら大事。生きた心地がしない。


「シアーズという人物といい、君の周りは人材が揃っているぞ。まあ一番驚いたのは君が『金融ギルド』最大の出資者だったということだが」


「グレン! それは一体・・・・・」


 クリスがギロリと琥珀色の目を光らせた。いやぁ、こんな時に・・・・・


「どのくらい出資されたのですか?」


 座っている距離は離れている筈なのに妙に近くにいるかのように迫ってくるクリス。言うしかないのか・・・・・


「三五〇億ラント」


「え!」


「だから三五〇億ラント」


「・・・・・」


「とても十五歳の学生が動かせる額とは思えぬが、事実だからなクリスティーナ」


 硬直しているクリスに悪戯っぽく話すアルフォンス卿。


「実家のアルフォード商会はこれとは別に三〇〇億ラント出資しているそうだ」


 アルフォンス卿はご丁寧にわざわざ補足してくれた。この期に及んで、そのうち半分は俺が出しましたなんてホントの話、言おうものなら何と言われるのか・・・・・ クリスは話の内容が飲み込めたのか、ようやく口を開いた。


「つまりグレン単独でそれ以上のお金を調達している訳ですね。本当に凄いです。さすがはグレン」


「ワシやお前の目に狂いはなかったということだよ。クリスティーナ」


 宰相はワッハッハと一人笑った。

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