第九章 クラウディス地方

096 セシメル

 平日最終日二十一時、俺やクリス、二人の従者トーマスとシャロン、そしてノルト=クラウディス公爵家家中・アッカード卿ら三人の衛士を乗せた二台の高速馬車が王都のノルト=クラウディス家の屋敷から出発した。目指すは中継地点、ノルデン第四の都市セシメル。この都市にあるホテル『グランディア・セシメル』で一泊する。


 モンセルの時の行程では二回馬を繋ぎ変えて中継地点トルスデンに到達したのだが、今回は四回馬を繋ぎ変えて目指す。馬の走る距離はモンセルの時に比べて短いが、馬車が走る距離は長くなる。業者によるとサスペンションの改良で乗り換え距離が長くなったとのことで、今では王都トラニアスとモンセル間も一台の高速馬車で運行できるそうだ。


 この高速馬車の座席を巡って、クリスと王都警護衛士長ブレーマーが衝突した事を出発前にトーマスから聞かされた。ブレーマーがクリスの乗る馬車にシャロンと衛士二名を乗せ、もう一台の馬車に俺とトーマス、そしてあと二人の衛士を乗せるという案を出した。もちろんクリスは断固却下して、俺たち四人と、衛士四人という形となったらしい。


(だからなのだろうか・・・・・)


 馬車に乗車しようとすると「グレンはこちら」とクリスの隣に座らせられたのだ。俺とトーマス、シャロンとクリスと向かい合わせで座る予定だったのだが、馬車ではシャロン、トーマスと向かい合わせだからと言われて、クリスの隣に収まることなった。これもブレーマーへのあてつけなのかもしれない。


 夜の出発ということでモンセル行きと同様、車中泊という形。真っ暗な夜道を馬車の走る音だけが聞こえる時間が延々と続く。見るとトーマスとシャロンは寝ている。用意するのに疲れたのだろう。お互いの肩と頭を合わせ、仲良く寝ている。二度目の繋ぎ変えの時、夜が明けた。ここで少量のパンを食べながら小休止を取って、一路セシメルに向かう。


「昨日、父上とはどのようなお話を」


 クリスがおもむろに聞いてきた。やはり俺が宰相閣下に呼び出された事が気になっていたか。


「娘をよろしく頼むと言われたよ」


 クリスの顔がハッとなった。


「俺がクリスに「閣下が娘と会話を持つ努力をしている事を理解するように」と言った話で礼を言われた」


「・・・・・父上がそのように」


「クリスに言われて気が楽になったそうだ。いいことをしたんだよ、クリスは」


 クリスは無言だが微笑んでいる。あまり体験した事がない感覚をどう表現して良いのか分からないのだろう。今度は俺が逆に聞いた。


「どうやって宰相閣下から帰郷の許しをもらったんだ?」


「パーティーよりもアルフォードさま・・に同行した方が学べます、と言いました」


 はぁ? なんなんだそれは。向かいを見るとトーマスもシャロンも目を見開いている。あり得ないだろ、それは。


「以前父上から言われましたので。どうして「あのような者を知らないのだ」と」


 ああ『金利上限策』の時の話だな。あの話を盾にとって交渉をしたと。抜け目ないというか、政治的なセンスを持っているというか。悪役令嬢ってやつが、頭が良くて政治センスを持ってないと務まらないってのは、クリスを見ればよく分かる。


「クラウディス地方のトスに『玉鋼たまはがね』という金属があるそうで、アルフォードさま・・がそれを取得しに我が領地に参られるとの由。この際、私も同行し、領内を見聞したいと思います。と話しましたら父上は許可を下さいました」


 宰相閣下・・・・・ 随分思い切ったことをしたものだ。身分が違うとは言え、年端も行かぬ男だ。中身は五十過ぎだけど。俺が親ならそこまでスパッと決断できただろうか。


「お嬢様はそうやって閣下を説得されたのですね」


 トーマスは合点がいったという感じだ。従者からの言葉にクリスはええ、と力強く首を縦に振り、トーマスの意見を肯定した。ちょうどその頃、高速馬車は三度目の繋ぎ変えを行うために駅舎につけ、次の中継地点を目指す。結局、四回の繋ぎ変えを終え、高速馬車がホテル『グランディア・セシメル』に到着したのは十六時を過ぎてからの事であった。


 ホテルに到着したクリスを待っていたのは、ノルト=クラウディス家の騎士団とセシメル行政府の官僚達だった。騎士団はノルト騎士団で団長のディグレ男爵がクリスを表敬した。次にセシメル行政府のトップであるマティス行政官からの表敬を受けた。そりゃ、クリスがパーティーが煩わしいと言うのも無理はない。


 一通りの表敬を受けた後、クリスらをすぐさま別室に移した。疲れていると思ったからだ。


「ありがとうグレン」


 クリスが礼を言ってきた。


「いつもあんな状態なのか?」


 クリスはコクリと頷いた。まぁ、本当に貴族は大変だ。そんな事を思っているとホテルのバトラーが俺を呼んだので話を聞いた。


「少し席を外す」


「どうされたのですか?」


「ウチの商会の人間が顔を出した。会おうと思う」


「では、こちらにお通しして下さい」


 な、なに、と思う間もなく、トーマスがバトラーを呼び指示を出していた。暫くすると俺たちの前に精悍な褐色の肌を持つ中年の男が立った。


「久しぶりだな、ジェラルド!」


「セシメルによくお越しで」


 挨拶もそこそこにクリスにジェラルドを紹介した。


「ザール・ジェラルド。我がアルフォード商会の者だ。今はセシメルギルドの会頭を務めている」


「ノルト=クラウディス公爵家のクリスティーナにございます」


 ジェラルドは高貴な身分である令嬢に恐縮しきり。俺は気兼ねすることはないと着座を勧め、俺と一緒にソファーに腰掛けた。


「『金融ギルド』出資でセシメルギルドをよく纏め上げてくれた」


「いや、あれはどの商会も喜んで参加するだけのものでしたから」


 俺とジェラルドのやり取りを見ていたクリスが、ジェラルドに聞いた。


「グレンとはどうやってお知り合いに」


 ああ、とジェラルドは話し始めた。ジェラルドがモンセルで独立商人だった頃、年少の俺が訪ねてきて「アルフォード商会に入らないか」と言われた事が始まりで、最初子供の話を簡単に聞けるかと断ったが、何度も訪ねてくる間に大きな事業をやろうという気になり、商売を畳んでアルフォード商会に加わったと。


「その選択はいかがでしたか?」


「良かったです。あの時加わったから、今このようにセシメルという街でギルドの会頭にまでなっております。加わっていなかったら、一独立商のままですから」


 ジェラルドの話を聞くとクリスは嬉しそうに微笑んだ。


「ではジェラルドさまにとって、グレンの誘いは福音だったのですね」


「まさにそうでございます」


 ジェラルドは頭を垂れた。クリスはジェラルドにあれやこれやと俺のことを聞いた。そんなものを聞いて何が楽しいのかとは思うのだが、機嫌よく聞いているクリスを見ていたら止めることはできなかった。二人の従者も何故か楽しそうだ。だが、会話が止まった時、ジェラルドが何か言いにくそうな顔をした。


「どうしたジェラルド。大丈夫だ、なんでも言ってくれ」


「いや、実は・・・・・」


 これは、おそらく・・・・・


「ノルト=クラウディス家は知っての通り別格だ。気にせず話せばいい」


「では・・・・・」


 話によると『金融ギルド』の誕生で踏み倒しがなくなり、商人間取引は大きく伸びているが、一方で支払いが滞りそうな貴族らへの貸付が止められたりしている状況が生まれており、一部の貴族との取引に支障が出始めているとの事だった。


「『貸し渋り』だな」


「『貸し渋り』?」


 クリスが首を傾げた。いくら駆け引きであるとか、政治センスを持っていても商人心理というものは分かりにくいだろう。俺は説明した。


「『金利上限勅令』で二十八%と定められている。だが払いが滞りそうなところは、もっと高い金利でも借りたいはず。だからわざと二十八%の金利で貸さず、音を上げるのを待っている」


「そして相手が跪いて来た時に手を差し伸べる。上限超えの高金利で」


「いわゆる『ヤミ金』というヤツだ」


 俺とジェラルドのコラボレーションによって、クリスらは理解できたようである。


「しかしそれは勅令を破るもの」


「そう。だからそれを借主側から破らせる形で、己に非はないと免責を願い出る寸法だ」


 クリスの疑問に俺が答えると、露骨に不満そうな顔をした。勅令では貸し手側への規制であって、借り手側からの申し出を規制するものではない。俺は法の隙間を突こうとする卑劣さも商人の顔の一つだと諭した。


「分かった、ジェラルド。少し時間をくれ」


 俺は【収納】で紙とペンを取り出し、便箋に事情と対処法を書いて二通の封書を作った。それを見たクリスが、何をしているのかと聞いてきたので内容を話すと、私も書きますと言い出したので、便箋とペンを渡した。


「ジェラルド。早馬でこれを送ってほしい」


 そう言って二通の封書を渡した。一通はシアーズ。一通はリサ宛だ。シアーズの方は俺の手紙だけだが、リサの方には俺とクリスの手紙が入っている。シアーズには事情と対策法を、リサにはそれ以外にシアーズと協議した案をクリスの手紙と共に宰相閣下に届けるようにと書いた。これはクリスと相談して決めた方法だ。


「分かりました。では直ぐに手配を。明日もお早い出立でしょうから、これで暇を」


 ジェラルドはそう言うと、俺達の元から立ち去った。別れ際、俺は元気でな、と声をかけると、ジェラルドは「おおっ」と手を上げてくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る