091 サルジニア公国
ロバートが王都トラニアスを通るので、その足で学園に立ち寄るとの連絡を受け、俺とリサは放課後、学園の馬車溜まりでロバートを出迎えた。
「おい、リサ。なんだその格好は?」
馬車を降り立ったロバートは、挨拶より前にリサの学生服に反応した。どう似合うでしょ、とくるりと一周回ってロバートに制服姿を見せるリサ。いやいやいやいやいや、それは違うだろうという顔をするロバートに声を掛けた。
「こっちに連れてきたら、ずっとこんな感じなんだよ」
「リサも困ったヤツだな」
ロバートは呆れてしまっている。まぁ、連れてきた俺も悪い。しかしここまでリサがやるとは思ってなかった。というか、普通はしないだろ。
「まぁ、学食の方に行こう」
俺は二人を誘って、兄弟で学食「ロタスティ」に向かった。ロバートが学園に立ち寄ったのは、王都トラニアスの南にあるディルスデニア王国との間に販路を開設するためである。実はノルデン王国は半鎖国状態の国で、他国との交流や交易があまり盛んではない。
それで国がやっていけたというのもあるが、積極的な交流によって戦争などの災厄を招き入れない為の知恵でもあったようで、ノルデン王国は百年以上戦争のない平和な国となっている。
我がアルフォード商会は、そんなノルデン王国の中にあって、外国との交易を商会の柱に据えようと動いていた。まず本拠モンセルでは以前からあった北のサルジニア公国との販路を拡大し、サルジニア公国の首府ジニアにジニア=アルフォード商会を設立するに至った。
「ジニア=アルフォード商会の責任者はロブソンだ。ロブソンは「俺が北の守りを固める」と言ってくれている。家族と一緒に移住しているよ」
ロブソンがそこまで。ロブソンは元々モンセルでロブソン商会を営む独立商だった。それがアルフォード商会の傘下に入り、後に店を畳んで入ってきた。アルフォード商会に入った最初の独立商がロブソンだったのである。
「ロブソンさんがサルジニアにおられるのは心強いわ」
「全くその通りだ」
アルフォード家の人間にとって、加入してくれた独立商は家族も同じ。これは全員の共有意識だ。アルフォード商会の急伸は俺ら三兄弟の加入もあるが、それ以上にロブソンをはじめ、ジェラルド、ホイスナーといった元独立商の力が凄く大きいのである。それによってアルフォードは拡大を続けているのだ。
そして今、ザルツはホイスナーと組んで、王都トラニアスの西に位置するモンセル第五の都市ムファスタを
「おい。大事を成したな」
ロタスティのテーブルに座るなり、ロバートが俺に声を掛けた。『金利上限勅令』の事だ。モンセルでは驚きをもって受け止められ、ザルツは「グレンはやってくれた」と喜んでいたらしい。
「昨日『踏み倒し禁止政令』も出されたのよ」
リサの話に驚いた。そうだったのか。ロバートも驚いていたが、俺も知らなかったので驚いた。リサの話によれば「借入金ノ返済ニ関スル政令」というもので、踏み倒しを平民貴族に関わらず、一律で禁ずる法律だそうだ。その上で、万が一支払いが滞った場合、借主側は全資産を精算する事を義務付けるもので、従来の無法に比べ、かなり前進と言えた。
「凄いなぁ。長年の悩みがかなり解消されそうだな」
ロバートは上機嫌だ。ロバートは自分が行った北のサルジニア公国にアルフォード商会を設立するまでの話を俺たちに一生懸命話してくれた。そこを人に全部任せる事ができたので、今度は南のディルスデニア王国でも同じように拠点を作りたい、と熱く語る。
「ところで、サルジニア公国との国境には結界が張られているらしいが、出入りできるのか?」
俺はエレノ世界に来てから外国に行ったことがないので、サルジニア公国との間の結界には興味があった。
「ああ、大丈夫だ。検問所は普通に出入りできる。それ以外は無理だけれど」
「無理ってのは・・・・・」
「なんだ。透明の膜みたいな結界があって、見ることはできても、行き来することはできないんだ」
「そうなんだ・・・・・」
「あと、サルジニア公国から入国するのは難しい。事前に両国の許可を取らないと無理だから。ノルデンから出て、そのまま入るならば、そんな許可は要らない」
なんだそれ。実質鎖国に近いじゃないか。まぁ、それで三百年、国の運営ができているんだから凄いよな、エレノ世界、いやノルデン王国は。
「向こうは貴族がいなくて、『ヴァル』とかいう地主騎士ばかりだった。姓名の間に入ってるからすぐに分かる。後、こちらのように授爵できないとか言っていたな」
「よくわからん理屈だな」
「公爵様だから爵位を授ける事ができない事が理由なのでは? それに騎士を増やせば戦いもできるし」
「なるほどなぁ」
「そうか・・・・・」
リサの言葉にロバートと俺は納得した。こういう話は俺たちよりもリサの方が得意だ。
「お兄ちゃん。ディルスデニア王国では疫病が流行っていると言ってたから、これを渡しておくわ」
リサは【収納】で解毒剤を三ダース出してきた。
「お、おお」
ロバートは返事をしたが、なにかおかしい。
「どうした、ロバート」
「い、いや。俺、それを【収納】できない・・・・・」
思わず俺はリサと顔を見合わせた。
「えええ!」
「どうしてだ?」
俺たちの疑問に、ロバートが多分経験不足、と嘆いた。そうだったのか・・・・・ よく考えたらロバートは拠点作りの斬り込みをやっていて、商人本来がやる商いの仕事や巨額のカネをやり取りする事務仕事をあまりやっていなかった。だからレベルが上がってないんだ。
「お兄ちゃん、ごめん・・・・・」
リサは顔を曇らせ、申し訳無さそうに三ダースの解毒剤を【収納】した。
「リサ、ロバートもリサの気持ちは分かっている。後で馬車に乗る時、渡したらいいじゃないか」
「リサ、心配してくれてありがとうな。向こうじゃ気をつけるから」
俺らの言葉にリサは頷いた。異様に大人っぽいときと、異様に子供っぽいときがあるんだよなぁ。リサは「お兄ちゃん、後で渡すから」と言って、にこやかな顔に戻った。
「ロバート。見てきて欲しい事がある」
俺はロバートの顔を直視した。
「まずは疫病の状態を見てきてくれ。どこまで流行っているか、対策が打たれているかを含めて。もう一つは作物の状況だ。出来不出来を見て欲しい」
「それは構わんが、どうしてだ」
「モンセルで耳に挟んだんだが、作物の出来がイマイチらしい。もしかすると不作になるかもしれん」
「なるほどな」
二、三週間かかるかもしれんが構わないか、と聞いてきたので俺も出かけるから不在ならばリサに伝えてくれ、と言った。リサが馬車溜まりで解毒剤を渡し、二人でロバートを見送った。
俺は俺なりに日々に忙殺されながら、ビート相場を中心とする取引を一切止めなかった。一度始めた定型業務は貫徹する。それが俺のルーチンワーカーとしての哲学だ。それが奏して、手持ち資金が遂に二〇〇〇億ラントに到達した。日本円にしておよそ六兆円。十五歳の人間が扱えるはずもないカネを俺は手に入れてしまっている。
一時『金融ギルド』に五〇〇億ラント出資したため、手持ち資金がおよそ四分の一になってしまったのだが、そこから色々な方法を駆使して増やし、この度二〇〇〇億ラントを達成したのである。
収益の源は今や壊れた相場になってしまったビート相場なのだが、一週で三〇億ラントから六〇億ラント程度の収益を上げるのが精一杯となってしまった。そこでビート以外に金属相場のマヌタリンを組み合わせて取引していたのだが、このマヌタリンは五億ラント程度の収益に留まってしまっていた。
そこで目をつけたのがエリクサー相場。エリクサーは週単位では動かないが、月単位でなら動く。資金回転効率は悪いが、カネを寝かせるよりかはいいとエリクサーを根こそぎ買い占める手法で理を出している。
具体的には【値切り】で一本三〇〇〇ラント程度で購入したものを、相場が上がったときに【ふっかけ】で三万ラントぐらいで売り抜けるという方法。これを百万本程度でやると一回あたり二七〇億ラントぐらいの利益になる。これを三回やって八〇〇億ラント程度の収益を得た。
収益額がデカくなっているのは、俺のレベルが上ったことも大きな要因だ。当初一割程度だった【値切り】【ふっかけ】も今や四十%。それだけ割引けたり、割増できれば、儲からない訳がない。よくこんな無茶なスキルが身に付けることができたもんだ。
そもそもエレノ相場はおかしいので、俺がこれだけ無茶をやっても世の中は平和そのもの。仮にこれが現実世界で行えたとすれば、現物相場が不安定になって社会不安が起こるはず。しかしここでは無関係なのだ。どういう理屈で影響を及ぼさないのかは全く謎なのがエレノらしくて笑える。
(こうなったらどこまで増えるのか、ここにいる限り挑戦してやる!)
俺は無意味な挑戦を心に固く誓った。
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