090 派閥

 昨日、アーサーを交えて剣豪騎士カインや正嫡従者フリックとコルレッツの件で会合を持ったが、「コルレッツを嫌う会」で終わってしまった。俺たちの間で、意思統一や情報交換こそできたものの、決定的な対応策が決められないまま散会したのだから、そういう解釈になっても仕方がない。


ジャック・・・・・コルレッツへのあの反応の理由すら分からないからな)


 対策を打ちようにも、コルレッツに関する情報があまりにも少ない。というより、まずは男なのか女なのかさえ確定していないのだ。一つ一つ確定させ、コルレッツを締め上げる策を考えなくては。でなければ、奴はこちらにその毒牙を向けてくるのは間違いない。


(戸籍を調べれば何か分かるんじゃないか?)


 戸籍は教会が管理している。そういえばフレディが言ってたな。教会では戸籍を弄ることも不可能ではないと。だったら調べることも可能じゃないのか。ならばということで、俺はフレディを教室の外に連れ出し、相談を持ちかけた。


「この前話していたコルレッツの件なんだが・・・・・ 調べることできるか?」


「ああ・・・・・ できない事はないと思うけど・・・・・」


 さぁ、どうだろうかと微妙な顔をした。出来ない事ではない、つまりはできる可能性はあるが、と言ったところか。俺はダメ元でフレディにこれまでの経緯を話した。


「正嫡殿下も困っているらしい。かといって殿下の側も軽々しく動く訳にも行かず、と言ったところだ」


「そこまでなんだ!」


「問題はできるかどうかだなんだが・・・・・」


「殿下の意向というのなら、話は変わってくるぞ」


「内々でもか?」


「ああ。モノを言える力が変わるからね」


 そうなんだ。王族の名前とか力は半端ないんだ。そういった話とは無縁の世界で生きてきた俺にとっては衝撃的だった。これが権力というものなんだな。実に恐ろしい力だ。


「僕もお父さんにもハッキリ言えるから」


「そうか。だったら一度、殿下の側近と引き合わせる。そのときに手筈を考えよう」


 俺はフレディに正嫡従者フリックとの面会を約束した。その時、ふとグレックナーの妻室ハンナが言っていた事を思いだした。


(そういえば国王派が三派に分かれているとか言ってたな)


 俺は従来、国王派は一枚岩だと思っていた。しかし現実はそうではなく、王妃の実家で二ヶ月ほど前に婚約が発表されたウェストウィック卿が嫡嗣であるウェストウィック公爵家のウェストウィック派、次に内大臣トーレンス侯のトーレンス派、そして国王の大叔父ステュアート公のステュアート派に分かれているのだという。


 このうち最大勢力が王家の外戚であるウェストウィック派。王妃の弟がウェストウィック公、正嫡殿下とウェストウィック卿は従兄弟。ということはこの勢力が正嫡殿下の後ろ盾という事になる。


 内大臣トーレンス候は国王フリッツ三世の側近であるという。宮廷の外は宰相ノルト=クラウディス公、内はトーレンス候という形なのだろう。閥の構成者は典礼長アーレント伯、儀典長フェルスター伯、侍従長ダウンズ伯等々多くは宮廷官僚で占められている。


 問題はステュアート公だ。ローレンス・オーブリー・クリスチャン・スチュアート=アルービオ。アルービオの名が示すように歴とした王族である。国王の大叔父。国王の祖父の兄弟で、現在唯一存在する傍系王族男子である。かつては嫡嗣がいたそうだが既に世にはなく、公爵家には後継者がいない。


 それが理由で現在は屋敷に引きこもり、公式行事に顔を出すこともないという話。ただ、

かつて歯に衣着せぬ直言の士であったという公爵の人柄や唯一の傍系王族という威光、ウェストウィック、トーレンス両派を良しとしない者が集まって閥を形成しているそうだ。そしてこの派閥を取りまとめているのは代表幹事であるステッセン伯という人物らしい。


(貴族の話は人物が多くてかなわん)


 人の名前を覚えるのは得意だが、歴史が苦手な俺にとって、この役職や身分、人脈が入り乱れたワケワカラン複雑な相関関係ほど苦痛なものはない。よくもまぁ、作り物であるはずのエレノ世界で、こんなリアリティーのあるものを創り出したものだ。しかも殆どがモブで構成されている。ただ一人を除いて。


 その一人こそ他ならぬスチュアート公で、ゲーム最終盤、正嫡ルートで重要な役割を担う人物なのだ。どんな人物なのかと言えば「偏屈オヤジ」という一言で説明が付く。この人物を口説いて正嫡ルートは突破できるのだ。だから俺には関係ないし、正直なところ関わりたくはない。


 ロタスティで昼食を食べて教室に戻ろうとするとトーマスに呼び止められた。どうしたのか、と聞くと、クリスからの食事会の誘いであるという。基金を出した『学園交流会』も無事に終わったので話がしたいとの事だった。


「どうなんだ」


「学園におられる間は良い・・です」


 今やトーマスとはこの会話で意志の疎通が図ることができるようになった。クリスの事を聞いたら学園にいる時以外は機嫌が悪い、という返しが来るんだから。これはトーマスのコミュニケーション能力が高いからだろう、大したものだ。


「ですので、是非お願いします。楽しみにされておりますので」


 トーマスはニヤリと笑いながら俺に言ってきた。


「そんなに楽しいのか?」


「楽しいですよ。グレンからは刺激しかありませんから」


 それはどういう意味だトーマス。


「お嬢様からすれば退屈なのですよ。一度グレンを知ってしまえば。ですので是非」


 俺が麻薬みたいな設定になってるじゃないかそれ。


「ああ、分かったよ。明後日でいいか?」


「はい、大丈夫です。みんな楽しみにしていますので」


 トーマスはそう言うと楽しそうに教室に入って行く。その後ろ姿を見ながら俺は思った。


(そんなに俺は面白いのか?)


 自分が面白い人間だと思って生きたことがないので、その辺り全くわからない。だが不思議と嫌な気分にはならない。楽しいのであれば、それもいいかなという気持ちだ。それに俺もクリスとトーマス、シャロンと話すのは楽しいのだから。


 俺は寮の部屋でグレックナーの妻室ハンナが書いてくれた貴族派閥の特徴が書かれた便箋に目を通していた。フレディとの会話で国王派について考えていたので、貴族派についても把握しておかなければと思ったからである。


 国王派が三派あるように貴族派だけで五派もある。これに宰相派と中間派が加わり、全十派。実に多く、実に下らない。だが閥を作り、群れを作るのは人間の本質であり、習性であるという。この宿痾しゅくあからは何人なんびとも逃れることはできない。


 宰相派とはハンナによると、何と言っても盟主であるノルト=クラウディス公爵家の存在が圧倒的で、有力貴族十家でもその力に及ばないと言われているそうだ。その宰相家の力を借りたい寄子と、宰相の威光を借りたい官僚貴族。ゆえに所領を持つ貴族が少ないというのが特徴だという。


 一方中間派とは、特定の派閥に属さず、官僚派閥の宰相派とも貴族至上主義の貴族派とも距離を取りたいという独立志向の強い貴族たちが「中間派」と呼ばれているだけで、派閥的な結集や結合はないという。ただ、全て一人だけでは対処ができないという事で、連絡会のようなものがあり、その世話役がボルトン伯であるとのことだ。


(中間派が思っていたよりも弱い結合だったというのが気になるな)


 ゲーム『エレノオーレ』によれば、中間派は宰相失脚に最後に手を貸す集団と描かれていた。しかしハンナの情報では、集団と呼べるものですらない。この差異はなんなのだろうか。ゲームとリアルが違うのか、それともこれから「集団」として成長していくのか。


 そして最後に貴族派。最大勢力はアウストラリス公率いるアウストラリス派。俺に屋敷を売ったレグニアーレ候もこの派閥にいる。アウストラリス公はノルト=クラウディス公に次ぐ所領を持つ権門であるらしく、反宰相派の旗頭であるそうだ。ハンナ曰く、名だたる貴族が多く名を連ねているらしい。


 エルベール公を領袖とするエルベール派は貴族派第二派閥。三百七十年ほど前に成立した現王朝アルービオ朝以前からの古参貴族を中心とした集団。所領は少ないが、名を誇るグループであるという。


 第三派閥はバーデット侯を担ぐバーデット派。辺境貴族の集まりで、地方部の遠方僻地を所領とする領主が多い派閥。男爵家の比率が最も高いそうだ。


 ランドレス伯をリーダーとするランドレス派は新興貴族が多数入っている貴族派第四派閥で、事業を興したりする者がいたりと、貴族にしては先進的な要素を持っている集団のようである。ハンナの実家であるブラント子爵家もこの派閥に属する。


 そんな貴族派の中で変わり者集団と目されているのが第五派閥ドナート派。故あり貴族、訳あり貴族等々、問題があって爪弾きにされた貴族をドナート候が引き取って、小派閥を形成しているらしい。しかしそういう派閥は結束が強いだろう。


(貴族派だけでもこれだけあるのか。よくもまぁ、こんなに作ったものだ)


 ゲーム知識から考えていた貴族勢力とは大きく違う。俺のイメージはこんなものだ。宰相派と貴族派の対立に国王派が宰相派に寄って、中間派が様子見をしている。こんな感じで、だから貴族社会の均衡が保たれている。そう考えていた。


 しかしハンナによれば、それは正しくもありそうではない。貴族派内でもゴリゴリの反宰相派の貴族もいれば、宰相寄りの貴族もいる。なにより行政機関である宰相府の貴族は全て宰相派。貴族派が政治に参画する余地は全く無いのだという。唯一あって『貴族会議』という機関だけだが、それも国王の開催勅令あってのもの。だから介入皆無だという。


 勅令を出す主導権は宰相が持っている。俺は直接この目で見た。だからハンナの言うことの正しさを俺は知っている。宰相が首を縦に振らない限り、貴族会議の開催は不可能なのだ。つまり宰相派と貴族派は対立しようがない、ということになる。しかしゲーム『エレノオーレ!』では、対立がハッキリと描かれている訳で、この差異は一体なんなのか。


(きっと何かある。何かあるから貴族派の発言力が増したのだ)


 政治的には圧倒的に優位に立つ宰相派。その宰相が『貴族会議』の開催に同意しなければならない状況が生まれたとすれば、貴族派を纏められる状況が作られたとすれば、そこで失脚シナリオも見えてくるのではないか? 同意しなければならない状況とはおそらく「暴動」。貴族派を纏めるのはアウストラリス公。状況から見て、これは間違いない。


 問題はその引き金だ。「暴動」の引き金は食糧難だった。しかし今、食糧は満ち溢れている。が、今年の出来はイマイチだとモンセルに帰った際、耳に挟んだ。食糧事情という問題は今のうちに把握しておいた方がいいかもしれない。明日、ロバートがやってくる。その辺り、一度聞いてみよう。そう思い、俺はベットに潜り込んだ。

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