082 ダグラス・グレックナー

 俺はフラフラになったグレックナーに、力の限りを振り絞り、刀を大上段から振り下ろした。【鑑定】でリアルタイムでグレックナーの体力を見る。三桁を切り、二桁も切った。そして一桁に。だが、体力は「一」で止まった。


「は?」

「・・・・・なんだと!」


 俺は思わず叫び、後ずさりした。グレックナーにトドメを刺したはずだ。なのに、なのに、どうして体力がゼロにならないんだ。俺は混乱した。何なんだこれは!


「戦士特殊技能【生命保持ホールドアップ】・・・・・」


 体力皆無のグレックナーが、剣を支えに立ち上がろうとしながら呟いた。なんだよそれ。聞いてないよ。そんなのアリなのか。俺は知らぬ間に震えていた。ここで一撃を食らったら俺の負けだ。勝っているのに何なんだこれは! 俺の足は勝手に後退あとずさりしている。勝利を確信した瞬間から、一気に敗北を悟るなんて事が起こるのか?


 俺の混乱を見切ってか、グレックナーがフラフラしながら助走をつけ、俺の方に向かってくる。ダメだこれは。確実にやられる。今の俺にはグレックナーの一撃を耐えられるだけの体力はない。足がすくんで動けない。逃げることも避けることも無理だ。


「ウォォぉぉぉぉ!!!」


 呻き声に近い声でグレックナーの剣が身動きのできない俺を痛打した。俺は後ろによろけ、仰向けに倒れた。やられる瞬間の、自分の動きを強い意識下、スローモーションでハッキリと体感できた。倒れた瞬間、鎧と地面が当たるドサッという高い音までハッキリと聞こえる。


「グレン!!!!!」


 アルトの叫び声が聞こえる。レティの声だ。足音がどんどん近づいてくる。早い。


「グレン! しっかりして!」


 レティは俺の半身を起こそうと持ち上げた。だが兜鎧が重いため、上手く持ち上がらない。


「レティ・・・・・」


「喋らないで!」


「レティ、違うんだ・・・・・」


「なによ?」


「まだ・・・ まだ戦いは終わっていないんだ・・・・・」


「はぁ?」


 レティが混乱している。


「・・・・・お嬢さん。彼氏はまだ体力が・・・ ゼロじゃないんだ」


「なんですって!」


 グレックナーの指摘にレティが驚き、固まってしまった。俺も言いたい事があるが、言う気力自体が失せてしまっている。クリスが魔力ゼロになったとき、ぶっ倒れたが多分あれもこんな感覚だろう。


「・・・・・お前さんの勝ちだ。次・・・ 俺がやられて終わりだ」


「いや・・・・・、アンタの勝ちだ・・・・・」


「彼女が・・・ お前さんに駆け寄った時点で・・・ 終わりさ」


(はぁ? どういうことなんだ・・・・・)


「そ、そ、そんな関係じゃありませんから!」


 レティの声が闘技場全体に響き渡る。大きな声じゃないのに広がるのはおかしいからな。これはヒロイン補正だ。


「・・・・・でも半泣きだったよ」


「そ、そ、それは・・・・・ ビックリしただけです!」


「彼氏が・・・・・ 倒されてだな・・・・・」


 なんか聞いてたらグレックナーがレティを弄んでいるようだ。俺は間に入った。


「レティ・・・ 済まんが、グレックナーと・・・ 俺を・・・ 回復させてくれ」


 レティは【領域回復エリアヒール】を唱えた。俺の体が充足感に満たされたような感覚になった。みるみる元気になっていくのが分かる。


「レティ、ありがとう。助かったよ」

「お嬢さん、回復させてくれてありがとよ」


 俺とグレックナーは、ほぼ同じタイミングでレティに礼の言葉をかけた。それだからか、何かレティが恥ずかしそうにしてる。


「『命の指輪』が砕け散ったんだ。それで・・・・・」


「『命の指輪』?」


「『命の指輪』だって! いくらしたんだ!」


 俺がレティに事情を説明しようとすると、グレックナーがびっくりした感じで俺に迫ってきた。


「いや一二〇〇万ラントだが、それがどうした」


「一二〇〇万ラントなんて!」

「こんな手合わせに使うようなモノじゃねえだろ!」


 レティとグレックナーが俺の説明に食って掛かってきた。確かに日本円で三億六〇〇〇万円相当がパーになった計算なので、そう言われても仕方がないのかもしれない。グレックナーはレティに事情を説明してくれた。


「俺が最後の一太刀浴びせたとき、君の彼氏は体力がゼロになる筈だった。筈だったんだ。おそらくその瞬間『命の指輪』が砕けて、体力が「一」で踏みとどまったんだ」

「君の彼氏が俺に最後の一太刀を浴びせてきたときに、俺が発動した【生命保持ホールドアップ】と同じ効果を発したのだよ」


 君の彼氏? レティから見ての俺のことか? いや、グレックナー違うから。そう言おうとすると既にレティが言葉を発していた。


「事情は分かりました。ですがグレンは『彼氏』ではありません!」

「私の役割も終わったようですので、失礼させていただきます。用事がありますので」


 レティはそう言うと俺たちに一礼して背中を向けた。俺が「この借りは返すからな」と言うと、右手を挙げて闘技場から去っていく。去り際、レティの顔が少し赤かったように思う。大丈夫かいな。そんなことを考えつつ、俺はグレックナーに言った。


「風呂に入った後、ロタスティで一杯どうだ」


「いいな、それ」


 俺たちもレティに続いて闘技場を後にし、風呂場に直行した。


「変わってないな。ロタスティは」


 グレックナーはつぶらな瞳で学食内をキョロキョロしている。グレックナーは学園出身者。生徒時代を思い出しているのだろう。今は休学中。ロタスティには生徒が誰もいない。なので、個室を使わず、テーブル席で食事を摂った。


「おいおい、いいのか、そんなもの」


 俺は【収納】でワインを取り出すと、二つのグラスに注いで一つをグレックナーに回した。


「夕方にならないとワインが出てこないからな」


「そりゃ、知ってるけどよ。アンタ、凄いな。相当な猛者だ」


 ニヤリとしながらスキンヘッドの男はワインを呷った。いや、今日は馬車帰りだから気にすることもないと上機嫌なグレックナーは、俺からの依頼の件について話しだした。


「結果がどうなろうと仕事は受けるつもりだったんだ。カネも要るしな。だが、今日の手合わせで思ったんだ。是非お受けしたい、とな」


「それは有り難い」


 俺はグレックナーのグラスにワインを注いだ。これほどの男を抱えられるのは実に頼もしい。単なる武者じゃなく、色んな事に精通してそうだ。


「何より「屯所とんじょ」という言葉が気に入った」


 そこかいな! 真面目なのに何処かズレてるよなグレックナーという人物は。スキンヘッドなのにつぶらな瞳だし。


「いい場所を確保しなくちゃならない。三〇人程度までを想定して欲しい」


「よし、それは分かった。ところで一つ頼みがある」

「俺たちの集団の名前を考えて欲しいんだ」


「名前・・・・・」


「必要だろ。頼むぜ」


 これまた難しい課題を。ネーミングセンスなんて俺にはないぞ。出だしから難題を突き付けてくるグレックナー。やはり只者じゃない。


「ところで・・・・・ 今日のお嬢さんと一緒になるのか?」


 俺は思わず口に含ませていたワインを飲み込んだ。何を言い出す、スキンヘッド!


「はぁ? 違うからそれ」


「そうか? お嬢さんはアンタに気があるようにしか見えなかったが・・・・・」


「あれは子爵家の娘だぞ。平民と一緒になるなんてあり得ないだろ」


「あるんだよなぁ、それが」


 グレックナーはワイン片手に語りだした。グレックナーが学園時代、子爵家の娘と恋仲となってしまった。実家が騎士階級ということで身分違いだと周囲が反対、平民と貴族との結婚に抵抗が激しかったが、反対されればされるほど二人の絆は強まったという。そして最終的には、それらを乗り越え結ばれたとの事であった。


「良かったじゃねえか」


「だからお前さんもいけるよ」


「俺はそんなんじゃないから」


 そこはキッパリと否定しておいた。そうじゃないとレティも困るだろう。俺はワインを呷り、話題を変えた。


「それより上手く行っているのか、今も」


「ああ、二人の関係はな。ただ・・・・・」


 ん? 何か問題があるのか。


「カネが続かない」


 そこか! グレックナーが紡ぎ出した、恋物語の意外な展開に俺は唖然とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る