081 決闘

 元殺し屋ダグラス・グレックナーとの決闘当日の朝。俺はいつものように鍛錬場で打ち込みを続けていた。できるのかと思った闘技場の予約についてはグレックナーの言った通り。事情を話すと難なく予約ができたので、卒業生の知識は凄いなと正直思った。


「ほぅ。商人だというのに殊勝だな、君は」


 その声を聞き後ろを振り向くと鍛錬用の防護を纏った、つぶらな瞳のスキンヘッドの男グレックナーが立っていた。


「まだ時間が・・・・・」


「ああその通りだ。手合わせの前に体を動かそうと思ってな」


 やはり剣に生きる男。調整は怠らないということだろう。


「わざわざ馬車の手配まで頂き痛み入る。今回は喜んで利用させていただくことにした」


 グレックナーはスキンヘッドの頭を下げる。当然ながら天頂部も髪の毛はなかった。俺たちは挨拶を済ませると、それぞれの鍛錬に没頭した。俺はイスノキの枝での打ち込み、グレックナーは真剣での素振り。お互いシンプルだが、気の入った練習を続けた。


「いきなりだが、その木の枝を持たせてくれないか」


 決闘時間間近、練習が終わった頃を見計らってであろうグレックナーが声をかけてきたので、俺はイスノキの枝を渡した。


「やはりな。重い。実戦的な稽古法だ」


 木の枝を返してきたグレックナーは俺に訊いてきた。


「君は戦士と剣士の違いを知っているか?」


 いや。俺は首を横に振るとグレックナーは説明してくた。


「決定的な違いは魔法が扱えるか否かだ。剣士は魔法が使えるが、戦士は使えない。技倆も違う。剣士は早いが、戦士は遅い。だが、力は戦士の方が剣士よりも上。そして俺は戦士だ」


「だからハイポーション五個を条件に入れたと」


「そうだ」


「商人も回復魔法は使えないので安心して下さい」


 するとグレックナーはキョトンとした顔になった。すると、そちらの方は全く考えていなかった、申し訳ないと言い出したので、思わず笑ってしまった。人を殺したことがない殺し屋は、真面目だがどこか間が抜けている。意味が分かったのかグレックナーも苦笑していた。時間が迫ってきたので、俺とグレックナーは身支度を調え、闘技場に向かった。


 俺はこの日のために全装備をオリハルコン製のカスタマイズ品に変更し、『命の指輪』や『守りの護符』といった考えられる全てのアイテムを身につけた。俺がモブ以下とすればプロ戦士であるグルックナーは『モブ外』という存在。映画なら「特別出演」キャラだ。なので俺は商人らしく、カネに飽かして最善を尽くした。


 闘技場のフィールドに入ると学生服を着た一人の女子生徒が立っていた。レティだ。俺はレティにグルックナーを紹介した。レティの方は最初ギョッとしていたが、グルックナーは柔らかい物腰で挨拶をしたので、緊張は若干解けたようである。レティがなにか言いたげにしているので、俺は促した。


「貴方大丈夫なの。絶対強いよ、こちらの方」


「もちろん承知しているさ。本職だし」

「それより終わった後、回復を頼むな」


 俺がレティにそう言うと、グレックナーが聞いてきた。


「審判はいないが、開始はどうする」


「リングに上った時点で常在戦場じょうざいせんじょう


常在戦場じょうざいせんじょう。いい言葉だ」


 俺たちはお互いの間合いでリングに上がる。


(ミファソファミシシシシ  ミファソファミシシシシ)


 俺の頭の中で音楽が流れている。愛羅が小さい頃好きだったアニメの挿入曲だ。そういえば、そのアニメも学園で生徒同士が決闘をするという変なアニメだった。この曲は決闘の場所に向かう時に流れる曲。よく考えたら『エレノオーレ!』と同じじゃないか。おそらくエレノ制作陣にもそのアニメを見て育ったヤツが潜り込んでいたのだろう。


 俺はリングに上がると刀を抜いて大上段に構えつつ、商人特殊技能【防御陣地ディフェンシブ】で防御陣地を構築し、グレックナーに【遅延】を複数回唱えた。おかげで動きが遅くなったグレックナーだったが、ターンは回ってくるわけで当然動いてくる。


「どっりゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃ!!!」


 全身を防具で固めたグレックナーは野太い声を上げながら俺に斬りかかってきた。


(おおおおおおおおお)


 だ、打撃力が全く違う。カインの比じゃない。【防御陣地ディフェンシブ】が効いていないのではないかと思うぐらいの一撃。カインの倍以上の力だ。グレックナーは初剣で剣士と戦士の違いをハッキリと見せつけてきた。『モブ外』の強さはハンパじゃない。


 俺は自身に【機敏】グレックナーに【遅延】をひたすら唱え続けた。グレックナーは動きが緩慢になっているように見えるが、いざ斬り込んでくると圧倒的な打撃力を与え、俺の体力を四桁レベルで一気に削ってくる。こんなの『エレノオーレ!』のレギュラーメンバーであるカインやクリスでも身が持たないんじゃないか。


(ミファソファミシシシシ  ミファソファミシシシシ)


 例のアニメの挿入曲が相変わらず俺の頭の中で鳴っている。何度も聞いていたらヤバい中毒性があるよな、これ。単純だが変拍子入ってるし。そんなことを思いながら俺は自身に【機敏】グレックナーに【遅延】をひたすら唱え続ける。こういうとき、自分が空気の読めないルーチンワーカーなのだと改めて思い知らされる。


「だぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 グレックナーは野太い声を上げ、肉弾攻撃さながらの勢いで俺に斬り込んできた。俺のダメージははたまた四桁台。最強クラスの防具でこれだ。これ以上ダメージを緩めることはできないと思うと戦慄が走る。本当に恐ろしい戦闘力である。


 それでも俺は自身に【機敏】グレックナーに【遅延】を唱え続けた。体力が危なくなるまで忍耐を続けなければならない。この勝負、最大のポイントは「ハイポーション」の使うタイミング。先に使い切ったほうがおそらく負ける。だから相手の体力を削っていかなければならないのだが、俺は下準備ばかりで全く削ることができていない。


「どぉぉぉぉぅぅぅぅぅぅぅ!!!」


 野太い声を上げてグレックナーが俺に斬り込んで来る。俺はまた大きなダメージを受ける。俺の体力は四桁台を切った。三回の剣撃でこれだ。つまり四回連続で斬りつけられたらジ・エンドということになる。これじゃいくらレベルを上げても無意味だろ、もう。


 俺はここでハイポーションを使った。先に俺が使ったということで、不利なのは明白。だが、ここでも俺は自身に【機敏】グレックナーに【遅延】を唱え続けた。そして、遂に限界点に達した。これ以上魔法をかけても無意味。ようやく反撃の下地が出来上がった。


「でぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」


 グレックナーの野太い声は無観客の闘技場に響き渡る。俺のダメージはやっぱり四桁台。圧倒的な打撃力。俺はすべきことが無くなったので、奇声を発してグレックナーの眼前に立った。


「ギィィィヤァァァァァァァ!!!!」


 それまでの鬱憤を晴らすように、奇声を発しながら立木打ちの要領で大上段から左右に思いっきり打ち込み続け、元のポジションに戻った。立木打ちの乱れ打ちである。すると今度はグレックナーが野太い声を上げて斬り込んできた。俺はもちろん大きなダメージを受ける。これはもうゲームのターン制に完全に移行した戦いだ。


(ミファソファミシシシシ  ミファソファミシシシシ)


 相変わらず俺の脳内にアニメの挿入曲が流れてくる。つい音階で呟いてしまう。これも設定なのか? 以降、お互いの斬り合いが淡々と続く。やってる側にとっても、見ている側にとってもつまらないであろう単調な戦い。ドラマ性の欠片もないのは戦っているヤツが『モブ以下』なのと『モブ外』だからに決まっている。


 しかし対戦相手のグレックナーは動きが鈍くなろうが、身じろぎ一つせず斬り込む構えを取っている。プロ戦士はやっぱり違う。人を殺してようと殺してまいと関係がない強さ。プロ戦士にとっては単調な戦いであろうと関係がないようだ。


 お互いハイポーションを三つ使った。グレックナーは俺からの三度乱れ打ちを三度受けた段階でハイポーションを使い、俺はグレックナーから四度の斬り込みを受けてからハイポーションを使った。


 打撃戦に入ってから単調なおかげで先を見通せる。グレックナーは打撃を受けるのとハイポーション補充まで四ターンを五回行い、残三ターンで力尽きる。対して俺は補充まで五ターンを四回行い、残四ターンで力尽きる。


 このままいけば計算上、打撃戦二十三ターン目でグレックナーは力尽きるのに対し、俺は二十四ターン目で力尽きるということになる。ルーチンワーカーの俺らしい仕留める戦略、しかも先行。普通、負けはしないが、その内容たるや本当につまらない戦いだ。俺はグレックナーを二十三ターン目で仕留める事に全力を尽くすのみだ。


 打撃戦開始より二十ターン目。俺の計算通り、お互い最後のハイポーションを消費した。双方もう後がない。体力が尽きたらそれで終わりだ。ふとグレックナーの方を見る。逆境に立たされていることは承知している筈なのだが、その姿勢に全く揺らぎがない。ルールを決めたのはグレックナー、現在の状況を把握している筈。どうするグレックナー。


(ミファソファミシシシシ  ミファソファミシシシシ)


 例のアニメの挿入曲が頭の中で壊れたテープレコーダーのように流れ続けている。愛羅はこのアニメが好きで、再放送を見るのに何度も付き合わせられたものだ。もしかすると『エレノオーレ!』のような戦闘モードみたいなものがある妙な恋愛ゲームにハマったのも、同じような決闘がある奇怪なアニメの影響かもしれない。


「キィィィィィヤァァァァァァァ!!!!!」


 そして遂に二十三ターン目。俺は奇声を発してグレックナーの正面に立ち、大上段より刀を振り下ろし続けた。【鑑定】を使ってリアルタイムで見ると、グレックナーの体力は俺の刀撃でみるみる減っていき、遂に三桁を切った。俺はフラフラになっているグレックナーに最後の一太刀を繰り出す。


「これで最後だ!」


 俺は己の勝利を確信した。

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