080 レジとドルナでレジドルナ

 俺の雇用話に対して、まさかの決闘を申し出てきたグレックナーに場の空気は凍りついた。


「おいグレックナー!」


 ワロスがグレックナーを静止しようとした。おそらく職のないグレックナーに対し、いい条件だから受けろ、と言いたいのだろう。だが、グレックナーは違うことを考えている。


「そもそも商人は戦えないぞ」


 シアーズもグレックナーをさとす。だが、グレックナーの反応は全くない。俺はグレックナーに聞いた。


「どうして俺なんかのような商人と?」


「いや、俺よりアルフォード殿、君の方がレベルが高いのでな。それで」


「おい、グレン・・・・・ レベルが高いとは・・・・・」


 これには幾多の修羅場を越えてきたはずのシアーズも驚いている。グレックナーの指摘は事実だが、この世界の常識からは離れたもので、にわかには信じられないだろう。一方、ワロスの方は固まっていた。俺は仕方ないので淡々と「よし分かった、いいだろう」と、グレックナーの申し出を受けた。いや、受けないとグレックナーはこの話を確実に蹴る。


「アルフォード殿は学園の生徒だという。手合わせの場は学園の闘技場でお願いしたい」


「借りられるかどうかは・・・・・」


 今は休学中。申し込めるかどうかも分からない。


「大丈夫だ。借りることはできる。リングの上であれば安全だ。結界で守られている」


「詳しいですね」


「ああ卒業生だからね」


 なるほど。それなら確実だ。


「あと魔法術師ヒーラーも一人用意してくれ。相当激しい手合わせになると思うからな」

「この際だ。アンフェアになっては困るので先に取り決めしておこう。時間は無制限。リング外に出れば失格。装備制限なし。魔法は可。体力が尽きたら負け。ハイポーションは五つ。これでどうだ」


「異論はありません」


 魔法術師ヒーラーとの日程が決まり次第、手合わせを行うことになった。散会間際、話が纏まる過程を見たシアーズが言った。


「グレンよ。お前、本当に大変な立場にいるのだな」


 こうして俺はつぶらな瞳の元殺し屋、スキンヘッドのダグラス・グレックナーとの決闘を行うハメになってしまった。俺はヒーラーの確保をどうするべきかについて色々思案したが目処はつかない。今は学園は休学中で殆ど人は残っていない訳で、どうするべきか。


 昼、人気のないロタスティでそんなことを考えていたら、レティが声をかけてきた。


「明日の朝、いいかな」


 ああ、例の話だな。あれだ。リッチェル子爵家出入り商人のドラフィルとの面会話だ。


「大丈夫だ。時間は任せよう」


「ありがとう」


 レティは礼を言ってきた。気にすることなんてないのに、と思ったら、ふと思い出した。レティもヒーラーだったことを。


「すまんレティ。ヒーラーになってくれないか」


「はぁ?」


 突然のことで何の事か分からないという感じのレティにグレックナーの件を話した。


「貴方、自分を狙った殺し屋と決闘するっていうの? バカじゃない!」


「いや、まだ人は殺してないそうだ」


「なっ。なにそれ! 本当にふざけているわね」


 レティは呆れ返っている。だが、こちらが雇用しようと思っているグレックナーが決闘を望んでいる以上、その望みを叶えるしかない。俺はレティを説得し、なんとか同意を取り付けた。


「しょうがないわねぇ、もう。やってあげるわ」


 渋々受けた事を強調するレティに俺は言った。


「今度、ここで飲もうや。もちろん俺のおごりでな」


「ええ、頂くとするわ。闘技場へは三日後の十時ね」


 俺は早馬を出し、早速グレックナーに決闘日程を伝えた。


 翌日、俺は鍛錬を早めに切り上げ、商人服を身に纏い、学園の馬車溜まりに立って客人を待った。しばらくすると一台の馬車が到着し、壮年の商人服を着た中肉中背の男が下りてきた。ドラフィルで間違いない。


「レッドフィールド・ドラフィルです」


「グレン・アルフォードだ」


 お互い名乗りを上げた後、俺はドラフィルを学食「ロタスティ」の個室へと案内した。

 

「リッチェル子爵家のレティシア様に無理を申しましての面会、お受けいただきましてありがとうございます」


 個室に入るなり、頭を下げてくるドラフィルに俺は言った。


「誼を結んだ者としましては、レティシア嬢の体面を傷つける訳にはいきませんから」


「誼を!」


 ドラフィルは驚いている。娘とは言え貴族と平民、それも商人とが「誼を結ぶ」などといった事などありえない話だからである。しかしそれは事実な訳で、言うべき事は最初に言っておいた方が良い。その上でドラフィルは今日は相談事のために来たと説明した。


「実は『金融ギルド』に加盟したいのですが、私の属するレジドルナギルドでは加盟できるような空気ではなく、どのようにすればよいかと思案しておりまして・・・・・」

「アルフォード殿のお知恵を借りることができればと」


 予想を超える相談内容に驚いた。俺が思っていたのはせいぜい斡旋や便宜供与程度の話だと思っていたからである。これならば切り口が多い。今度は俺の方が口を開いた。


「レジドルナギルドの実際の空気感はどのように」


「皆、『金融ギルド』には大いに興味があるようなのですが、トゥーリッド商会に気を使って誰もこの話を切り出しておりません」


「それは何故?」


 知っている事を敢えて聞いた。


「レジドルナギルドの会頭であるトゥーリッド殿がフェレット商会と結んでおるのは周知の事実。そのフェレット商会に対抗している形である三商会の息がかかっている『金融ギルド』に対し、魅力的ではあっても入りづらい空気となるのは、レジドルナでは当然のことで・・・・・」


「この件に関してご相談は?」


「誰にもしておりません。いえ、洩れると困った事態になりかねないので、できません。現実はお互い遠回しに探り合いをして、興味があることを認識する程度の話でして」


「レジドルナギルドでのトゥーリッド商会のシェアは?」


「四割程度かと。しかしこの四割、普通の四割ではありません」


 ドラフィルはレジドルナの事情を説明しだした。レジドルナという都市はボルド川という大きな川の対岸にあるレジとドルナという二つの街が一つになって生まれた都市で、経済的優位なレジに本拠を置くトゥーリッドが、このレジで高いシェアを握っているがゆえに強い発言力があるのだという。これは内部の者でなければ知り得ない話だ。


「それでドラフィル殿はどちらの街に拠点を?」


「私の方はドルナの街に本拠を」


「ドルナ側の商会に不満はないのですか?」


「表明できるどころではない・・・・・・・のではと」


 レジの街にはトゥーリッドという圧倒的な商会がデンとあるが、ドルナの街の方は中小ひしめく群雄割拠。イニシアチブを取ることができるような規模の商会はないため、不満を表明する者など現れない、と。


「それでは誰も話が切り出せないだろうな」


「はい。ですので私も全くモノを言えません」

「私も色々考えまして、レティシア様との手紙のやり取りを行う中で、よく名前の出るアルフォード商会の子息グレン・アルフォード殿であれば、なにがしかの手立てを考えて頂けるのではと思い、顔繋ぎをお願いした次第で」


「だからレティシア嬢は色々知っていたのか」


「アルフォード商会に関する話なら、些細な事でも伝えて欲しいとのご依頼で、私もささやかなツテを足がかりとしてお伝えして参りました」


 レティめ。出入りを使ってそこまで探らせていたとは。俺は内心苦笑した。


「事情は分かったが、どうして『金融ギルド』に興味を」


「やはり取引先への融資優先保証がある点ですよね。焦げ付きの有無に直結しますから」

「ところがみんな利点を理解し、興味を持っていても中々言い出せない。これはギルドの弊害ですな」


 ドラフィルは自嘲した。いくら自主自立を重んじる商人であろうとも、ギルドの束縛から逃れられるような者は限られている。商人精神を守るという建前の元、その口を封ずるという矛盾についてドラフィルは指摘した。全くその通りだ。俺はドラフィルに言った。


「ムファスタのギルドに加入するというのはいかがか」


「つまりレジドルナギルドから抜けろと?」


「違います。レジドルナギルドに加盟したまま、ムファスタギルドに加盟するのです」


 ドラフィルは驚いている。そんな事ができるのかと。対して俺は、トゥーリッドもアルフォードも既に王都ギルドでやっている、と答えた。

 なるほど、と頷いたドラフィルに俺は説明した。ムファスタギルドの会頭ジグラニア・ホイスナーはアルフォード商会の人間であること、ムファスタギルドはモンセルギルド、セシメルギルドと共に近くギルドごと『金融ギルド』に加入することの二点である。俺の話を聞いたドラフィルは目を輝かせた。


「我が商会、是非にもムファスタギルドに加盟したいと思います」


 ならばホイスナーに推薦状を書こう、と俺は応じた。合わせて早急にドラフィル商会のムファスタギルド加盟への手筈を整えることも約束した。


「トゥーリッドの手前もある。今後はレティシア嬢を通じたやり取りで連絡を取り合いましょう」


「では私めの方はレジドルナの内情について、レティシア様を通じ、情報の提供を」


 俺の意図をドラフィルは察した。それができるのが商人だ。魚心あれば水心あり。相手は『金融ギルド』への加入、俺はレジドルナへの尖兵をそれぞれ得たのである。会食の後、俺とドラフィルは固く握手を結んだ。

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