079 元殺し屋

 長期休学中、相変わらず鍛錬、ピアノ、図書館を行き来する暮らしを送っている俺だが、今日は昼からグレー基調の商人服を身に纏い、馬車に乗って『グラバーラス・ノルデン』に向かっていた。悪徳商人ワロスがセッティングした謎の四者会談に出席するためである。


 ノルデン料理レストラン「レスティア・ザドレ」の個室に通されると、見覚えのある顔が二人、初めて見る顔が一人いる。見覚えがあるのが悪徳商人リヘエ・ワロスと貸金業界の大物ラムセスタ・シアーズ。見覚えがないのは間違いなく元殺し屋だ。元殺し屋はイカつい奴かなと思っていたら、年の頃は中年、つぶらな瞳を持つスキンヘッドの人物だった。


「おお、グレンよ。やってくれたな!」


 入るなりシアーズが立ち上がり大声で俺の背中を叩いてきた。『金利上限勅令』がよほど嬉しかったのだろう。シアーズは座れ座れと、俺に椅子を勧めた。


「いやぁ、仕留めてもらわなくてよかったわい」


 ワロスは悪徳商人らしい表現で喋り、場が湧いた。いやいや、俺が殺されるところだったじゃねかと思ったが、ワロスも上機嫌だったので何も言わなかった。するとワロスがスキンヘッドの人物を紹介してくれた。


「こちらが殺し屋のダグラス・グレックナーだ」


「ダグラス・グレックナーだ。まだ人は殺したことはないがな」


(はぁ?)


 待てぃ! 今なんて言った? 殺したことがないだと。殺したことがない殺し屋って、有りなのか?


「なんだ、未経験だったのか!」


 シアーズが驚き、そして爆笑している。いやいやいや、そこ笑うところじゃないだろ。


「何事も経験と思い、一度やってみようかと」


 つぶらな瞳で大真面目に語るグレックナー。おい、そんなこと真面目な顔で語るなよ。


「それで結局今はどうしているんだ?」


 俺が聞こうと思った話をシアーズが聞いてくれた。


「モンスター討伐が終わったので無職ですよ。平和なので仕事がない」


 淡々と語るグレックナー。そうなんだよな。エレノ世界、ノルデン王国は百年以上平和が続いている。それゆえに腕に覚えのある者は、逆に仕事が少ないのだ。仕事が少ないと言えば冒険者もそうで、異世界物では地位が高い設定多いようだが、エレノ世界では「冒険者?プッ」状態でギルド界でも地位が低いのが現状。もちろん『金融ギルド』にも未加入だ。


「挨拶が遅れたが、グレン・アルフォードだ。貴方の標的だった人間だ」


 グレックナーが一瞬ハッとした顔を見せた。まさか十五歳のガキがそんな不遜な挨拶をするとは思ってもいなかっただろう。しかし、それもあるだろうが、自分が【鑑定】したにも関わらず、見えなかった事の方が大きかったかもしれない。しかしグレックナーはすぐに表情を戻し、俺に言った。


「雇われてすぐに契約が解消されたので、お会いする機会もありませんでした」


「グレックナー。手付けだけで終わってしまって済まなかった」


「ワシが止めるように言ったのだ。グレックナーよ、借りは必ず返す」


 グレックナーの言葉に雇用主だったワロスと兄貴分のシアーズが反応する。その二人の言葉にグレックナーはスキンヘッドを下げた。やはりシアーズが俺の暗殺に待ったをかけたのだ。


「いずれにせよ終わったことだ。いいじゃないかもう」


「契約も結ばれなかった事ですし」


 俺の言葉にグレックナーが続く。なるほど、暗殺の件、本契約にまで至らなかったのだな。そんな事を思っているとシアーズが聞いてきた。


「ところでグレン。どうやって勅令を出すことができたのだ」


 俺は説明した。財務部の官吏を通じ財務卿に工作を仕掛けたら宰相が出てきたと。俺の話が進むにつれ、一同驚愕している。


「いやぁ、敵対せずに良かったですなぁ」


「契約に至らず良かった」


 悪徳商人も殺し屋もどういう訳か嘆息している。シアーズが少し間を置いてから言ってきた。


「宰相閣下の御令嬢を介したものではないかったのか」


「クリスを使うわけにはいかない。傷をつけるわけにはいかないからな」


「・・・・・ほ、ほう。愛称で呼ぶほど親密なのか」


 あ、しまった。いつもの癖で。まぁ、知られたところで面倒はないだろう。そこは素直に認めておくことにした。


「まぁな。ただこのルートで工作した場合、失敗すれば二度と使えない。貴族を使うのは案外難しい。だから官吏のラインで行ったんだ」


「確かにそれは言えますな。貴族のツテ・・で宮廷工作は難しい」


 グレックナーは黒いつぶらな瞳を見開き、そう言った。何かご経験でも、と聞くと昔騎士団に属していたと言うので納得した。予想以上の人物じゃないのか、このグレックナーってのは。


「やはりグレンにお願いをして良かった。これでフェレットは大きな打撃を受ける」


 出たなフェレット話。今日こそはフェレットの強さであるとか、シアーズとの関係を聞こうではないか。俺はどう打撃を受けるのかと聞いた。するとシアーズの前にワロスが説明しだした。


「フェレットがカジノの中で質屋と貸金屋に軒先を貸しているのは言いましたな」


 ああ、それは「信用のワロス」に言った時に聞いた。俺はワロスに頷いた。


「フェレットはそこで業者から利子の半分をピンハネしていたんだ。だから業者はハネられる分を上乗せし、客は五割から六割の利子で借りていたって事だ」


「いや。だったら一旦外に出てワロスの店に行けばいいじゃないか」


「そこにからくりがあってな。店で借りるとな、全てチップで渡されるんだ。そこから換金されても手数料がパクることができるって寸法だ」


「しかも借りる時、僅かばかりチップをサービスと言って別に渡して、お得感を演出する。だから高利でも皆借りるのだよ」


 ワロスの説明にシアーズが被せてくる。いやぁ、チップを使って客の感覚を麻痺させるのか。ワロスなんかと比べ物にならない悪徳ぶりじゃねえか。フェレットの金稼ぎのやり口は想像以上にエゲツない・・・・・


「それが勅令によって、これまでやれた事が全て出来なくなる。なぜなら金利の上限が定められた上、金利割合と額を明示するすることが義務付けられたからだ」


「チップで誤魔化す手が使えなくなっったって訳だよな、兄貴」


「そうだ。フェレットの稼ぎのからくり・・・・が全て使えなくなったからな。しかも訴えられたら罰則もの」


「金利の中でハネることも容易じゃないし、ハネても額が少ない」


 シアーズとワロスが愉しそうに語らっている。フェレットに対して相当思うところがあったんだろうな。


「貸金業者にとってフェレットとはどういう存在なんだ」


「寄生虫だ」

「ダニ以下」


 俺の質問にシアーズとワロスは断言した。そして、あそこは人の稼ぎを奪うことにしか興味のないぜとワロスは続ける。そしてシアーズは言った。


「一の矢の『金融ギルド』。二の矢の『金利上限規制』。どちらも上手く行った。次は『投資ギルド』だ。これでフェレットの客をこちらに引きつけ、三商会に回す」


 フェレットが取引している富裕層から『投資ギルド』を使ってカネを預かり、運用して信用をつけて客を剥ぎ、その顧客を三商会で山分けする戦略をシアーズは開陳した。これはまさに囲い込み戦略だ。シアーズもまた現実世界に来ても活躍できる人間なのだろう。


「そこでだ。この『投資ギルド』をワロスにやってもらおうと思っている」


「店はどうするんだ?」


 とっさに俺は聞いた。


「娘に譲ろうと思っている。俺は兄貴についていく事にしたぜ」


 ワロスは満足げに語った。なるほど、シアーズとどこまでも行動を共にする気だな。


「ワロスは元々開発事業に詳しい。見る目がある。貸金より向いているだろう」


 シアーズはそう説明してくれた。よく考えたらシアーズも五十代だろうから、相応の人生経験を積んでいる訳で、俺の知らないワロスがいても別に不思議ではない。経験を積んでいるはずだと言えば元殺し屋のグレックナーも同じだろう。俺はグレックナーに声をかけた。


「突然で済まないがグレックナー。俺に雇用されないか?」


「は?」


 グレックナーは絶句している。まさかガキからそんな事を言われるとは思っても見なかったのだろう。


「やって欲しい仕事がある。シアーズとワロスの警備だ」


 シアーズとワロスがギョッとした目でこちらを見てきた。


「今日、話を聞いて改めて思った。フェレットは危ない。連中を追い詰めて戦おうとするなら、相手が手段を選ばぬ可能性が高い」

「グレックナーは騎士団の勤務経験があるという。ならば人を動かす経験もあるだろう。人を集めてもらって組織を作り、屯所とんじょを設けて運営を担ってもらう」


「なるほど。グレックナーならうってつけだ」

「よく考えたな。その発想はなかった」


 ワロスとシアーズは感心している。俺の目的は最初、別のところにあったのだが、話を聞いて色々な仕事をやってもらえるように屯所を設け、任せた方が良いのではないかと思ったのだ。二人はグレックナーに熱心に仕事を受けるように勧めた。それを受けて、しばらく考え込んでいたグレックナーだったが、つぶらな瞳をこちらに向けて俺に言った。


「一度手合わせをしてから返答させていただく形でどうか」


 グレックナーは俺との勝負を申し出てきた。

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