第七章 シーズン

078 シーズン

 貴族たちの季節『シーズン』がやって来た。貴族学園である王立付属サルンアフィア学園は当然のように休学となる。ここから一月半後にある二週間ほどの「登校日」を除けば、三ヶ月に及ぶ長期休学の始まりだ。


 俺は休学初日にアイリを見送った。アイリは里親であるローラン家に帰っていった。本人が言っていたように貸切馬車での帰途である。一方、レティの方はシーズンで王都に残らなければならないため、寮暮らしになるという。寮からホテルを経てパーティーに出席すると言っていた。


 アーサーやスクロードといった貴族組は王都にある屋敷に戻り、リディアやクルトのように王都に家がある平民階級は実家に戻る。コレットやフレディのような地方に家のある生徒は乗合馬車で家に向かった。俺は、当然ながら寮で鍛錬、ピアノ、図書館暮らしを堪能することになる。


 俺は学園に入学が決まった後、入寮初日の朝に寮に入った。そのとき、本当に人がいなかった。人がいないロタスティで飯を食い、誰もいない鍛錬場で打ち込み、一人で風呂を独占した。そんな暮らしを春休みに俺は楽しんだ。それが今、再びだ。俺は閑散とした学園施設を存分に使い倒そうと改めて心に誓った。


 学園が休みに入ると同時に頻繁に出入りをするようになったのは、俺の姉リサ・アルフォードだ。リサは高級ホテル「グラバーラス・ノルデン」のスイートに陣取りながら、屋敷の改装の指揮を執っていた。その帰りに学園に寄って、ロタスティでメシを食って帰るのだ。そして今日もまた、当たり前のようにやって来た。


「グレン! 一期工事は終盤に入ったわ」


 ワインが注がれたグラス片手に機嫌よく話すリサ。学園の生徒ではないのに我が物顔でロタスティを占拠している。リサにも魔装具を持たせたので、このように一緒に晩飯を食べる局面が増えたのだ。


「ウィルゴットからの仕入れはどうなんだ?」


「ええ、大丈夫よ。しっかりした材料を入れてくれるから、心配無用よ」


 屋敷の改装工事は人員はモンセルから、材料はジェドラ商会から仕入れるようになっていた。普通は請け負った親方が調達するものなのだが、今回の屋敷の改装はリサがウィルゴットを通して確保している。


「まぁ、来週ぐらいには執務室とピアノ室は終わるわよ。私の執務室と寝室も」


「そうか。俺もピアノを確保しなきゃな」


「『hezendolger』のフルコンならすぐに手に入るそうよ」


 『ヘーゼンドレガー』という『ヤハタ』と同じく、パチもんくさい名前のピアノメーカーなのだが、音は確かだというリサの言葉を信じて購入することにした。


「調律は?」


「もちろん大丈夫よ」


「よし、そういうなら」


 本来、俺のようなレベルの人間がそういうピアノを持つということ自体がおこがましいのだが、ここがエレノ世界ということで勘弁して欲しい。


「あの、お願いなんだけど・・・・・」


「なんだ?」


「やっぱりやめておくわ」


「なんだ?」


「・・・・・私も使わせて」


 いいよ。俺は即答した。それより、この三顧の礼もどきの面倒な儀式をなんとかして欲しい。リサは昔からそうで、いちいちアリバイ工作を仕掛けてくる。失敗を嫌がるというか、恐れる人間なのだ。


「今度スクロード男爵家の帳簿を見ることになったわ」

「あと、デスタトーレ子爵家の帳簿も」


「誰なんだ?」


「ドーベルウィン伯爵夫人のご実家よ」


「そんなところまで手を広げたのか!」


 先日、ドーベルウィン伯の依頼を受けてリサが帳簿を確認しに行ったのだが、その際に借入金の利子を五〇〇〇万ラント以上圧縮し、経費も四〇〇〇万ラント以上節減したため、夫妻から気に入られたのだという。その縁でスクロード家とデスタトーレ家の帳簿確認も請け負う形となったらしい。


「もうドーベルウィン一門じゃないか」


「そうよ。陪臣の家もお願いされたわ」


 ドーベルウィン家には一つの子爵家、四つの男爵家が陪臣として仕えている。話によるとデスタトーレ家にも一家男爵家が陪臣としてあるそうなので、計九家の帳簿を見なければならなくなる。


「大変だな、リサ」


「ううん。新しい事業よ、これ」


 貴族へのコンサルみたいな仕事はルーチンワーカーの俺には向かない。ここはリサに任せよう。俺は明日の鍛錬に備え、ワインを一杯飲んで部屋に帰った。


 休学期間、俺は鍛錬に五時間割いた。商人剣術の研究結果から『立木打ち』流派を選んだ俺は、改めて立木打ちに即した練習法を行うようにしたのである。『実技対抗戦』でカインに苦戦したこともあって、一日六〇〇〇回の打ち込みを行い、同時に「型」の稽古も行うように改めた。


 対カイン戦は俺にとって自身がモブにすら及ばぬ種族であることを思い知らされた戦いだった。いくら商売で大商いをしてレベルをチート上げしたところで、根本的な部分、剣技で圧倒的なまでの力量の差を見せつけられた。クリスもそうだが、ゲームで名のあるキャラとそうでないキャラには、圧倒的なまでの力の差がある。


 それに対抗する為には、商人剣術の剣技を高め、商人剣術に合わせた装備を用意しなければならない。特に刀。商人剣術に合った刀が必要だ。しかし原料は現地調達、クラウディス地方の奥。今は屋敷改装の一期工事の最中で動けない。二期以降の打ち合わせがあるからだ。行けるとしたら長期休学後半だろう。


 しかし学園には殆ど人がいない。生徒らしい生徒と会わないのだ。朝も昼も晩も会わない。そんな中、たまに会う知り合いがいる。レティだ。レティは会う度に「面倒くさい」「面倒くさい」と呪文のように唱えていた。よっぽど『シーズン』というものが大変なのだろう。


 ある日、レティと顔を合わせると、少し何か考えているような仕草を見せたので、どうしたのかと問うと、意を決したのか話しだした。


「グレン。前にも話したウチの出入りが王都に来るから会ってくれない」


「会ってもいいがどうしたんだ?」


 レティによると、リッチェル子爵家に出入りする商人が俺を紹介して欲しいと書いてきたらしい。ただ、レティが珍しく微妙な顔をしている。


「どうしたんだ。引っかかりがあるのか?」


「実はウチの出入り、レジドルナのギルドに入ってるのよ」


「リッチェル子爵領はレジドルナに近かったんだな」


 レジドルナ。ノルデン王国第二の都市は王都ギルド三位を占めるトゥーリッド商会の本拠地。トゥーリッドはレジドルナギルドの会頭も務めている。王都ギルド五位のアルフォード商会がモンセルギルドの会頭であるのと酷似した、いわば商売仇中の商売仇。レティにはそう思えたのだろう。


「いいよ、レティ。リッチェル子爵家と誼を結んだのだ。出入りに対し恥をかかせる訳にはいかんからな」


「グレン・・・・・」


 レティにしては珍しくしおらしい。出入りの名前を聞くとドラフォル商会の当主ドラフォルという人物らしい。俺はレティが帯同しないこと、ロタスティで会うことを条件として受けると伝えた。もしも話が不調だった場合、レティのメンツに関わるからだ。レティは了解した。


「分かったわ。ごめんねグレン」


「商人には商人にしか分からない事だってある。いい話になる事も多いんだ。相手はリッチェル子爵家を頼ってきた。相当な覚悟があるはず。レティ気にすることはないよ」


「ありがとうグレン。後はお願いするわ」


 レティは安堵の表情を見せた。そして用事があるからと俺の元から立ち去った。ドラフォルがレジドルナでどのような地位にあるのか、トゥーリッド商会との関係がどうなのか、なぜわざわざ俺と接触を試みたのか、色々考えるべきことがある。だが、一度会ってみないと何も分からない訳で、後は当日になってからの話だろう。


 俺は快適な長期休学を堪能していた。そもそも学ぶために来た学園じゃない。よく分からぬ授業を受けるため、時間を自由に使えない不自由から開放された俺は、存分に自分のために時間を使った。ピアノに時間を三時間割いたのもそのためである。


 ただ楽譜があるわけでもなく、先生もいないので、この程度の練習で止めてある。ピアノは教える人がいないと技倆が上がらないのだ。元々技倆がないから、上がるといってもしれてはいるのだが。だから現実世界にいたときには月一回だけだが教室に通っていた。


 これまでクラシックばかり採譜していたが、現代曲の採譜を始めたのだが、どんな心境の変化なのか自分でも測りかねる。現代曲は短いしアレンジしやすいので、採譜が楽だ。

 採譜しているのは昔友人に頼まれて弾いたアニメの挿入曲。要塞か何かが出てきたと思うが、どんな内容かちゃんと見てないので覚えていない。ただ曲だけは嫌というほど聞いたので覚えている。後は単発ドラマの主題歌。ほとんどの人が知ってるような曲などだ。


 俺は平穏な日々の中、淡々と同じスケジュールを過ごす日々を送っていた。だが、たまにイレギュラーな事が起こる。その一つが悪徳商人ワロスからの返事だ。ホテル『グラバーラス・ノルデン』で会おうと書かれている。おそらく「レスティア・ザドレ」を使うのだろう。


 確かに「信用のワロス」近くの歓楽街は今や俺たち三商会と対立するといっていいだろうガリバー、フェレット商会の縄張りシマ。『エウロパ』や『カリスト』といったフェレットの息がかかったホテルなんてのは、利用できない。


 そういえば最初ジェドラ親子と会った時も『グラバーラス・ノルデン』。王都三商会協約も『グラバーラス・ノルデン』で結んだ。もしかすると今後、三商会陣営の会合は歓楽街や繁華街といったトラニアス中心部から少し離れた『グラバーラス・ノルデン』で行われる事が多くなるかもしれない。


 そんな事を思いながらワロスに了解の返事を書いた。

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