077 父娘の関係
クリスもトーマスもシャロンも全員ポカーンとしている。俺に娘がいることが、よほど衝撃的だったのか?
「君等よりも年齢が上だからな。今年で二十歳になるか。娘は」
三人とも硬直したままだ。仕方がないので椅子から立って給仕を呼び、コース料理とワインを持ってきてもらうように頼んだ。食事が運ばれてきたのでみんな食べ始めたのだが、全員心ここにあらず状態で、誰も口を開かず、黙々と食事をしている。俺はワインを
「宰相閣下とはどれくらいの間隔で会っているんだ?」
「月に二回ほどです」
「偉いな、宰相閣下は」
俺の言葉に驚くクリス。
「俺なんか娘とは十年近く喋ってないんだぞ」
「そんなに!」
思わずだろう、黒髪のシャロンが声を上げた。
「ああ。娘が十歳くらいになってからかなぁ。話した記憶がないんだよ」
「それに比べて宰相閣下は、クリスと話す機会を設けて努力されている。俺なんか全部嫁任せ。今まで何もやってこなかった」
「何かあったのですか?」
トーマスが訊いてきた。いや、全く記憶にないんだよな。突然というかパッタリ口を利かなくなったんだ、と答えた。
「その後、娘と話す場を設けようとはしなかった。という点が宰相閣下とは違う部分だ」
「しかしあのように言われてしまいましては・・・・・」
クリスが解せぬという顔をしている。それは分かるし当然だ。
「場を設けたはいいが、どう話していいか分からないからだよ。これまでクリスとそれほど喋ってはないだろうし」
「どうしてそこまで・・・・・」
事実のようだ。というかそれは貴族の家、まして宰相家という大きい家だから尚更の話。
「だって宰相閣下は国政から離れられないからな。想像がつくよ」
「ま、宰相閣下にしても、ドーベルウィン伯にしても、仕事で生きてきた人間はどうも子供との交流が上手くないよな。まぁ俺もだが。ウチのザルツとは大違いだ」
俺はザルツのやり方について話した。どんなに仕事が忙しくても、一旦仕事を切り上げて一家団欒の時間を過ごす。それが終わってから残務を行う、と。
「親ならば、そこまでしなければいけないのですね」
トーマスが感心している。全くその通りだ。
「ああ。経験者の俺もそう思う。男親にとって子供と接触するのは難しい。特に娘はな」
「クリス。納得できないのは分かる。だが宰相閣下は閣下なりにクリスの事を大切に思っているってことは理解して欲しいな」
「分かりました」
クリスは素直に返事をした。俺の話を聞いて少し落ち着いたようだ。トーマスが訊いてくる。
「しかし驚いた。グレンは一体何歳なんだ?」
「向こうで四十七歳。こっちで五年暮らしているから合計五十二歳か?」
「凄く年上なんですね」
シャロンが呆気にとられている。そりゃそうだよな。見た目、自分らと同世代で、中身は五十歳でござるなんてあり得ないからな。すると今度はクリスが訊いてきた。
「結婚されているのですか」
「ああ。上の子が二十三になるから、もう二十四年になるな」
「上にも・・・・・」
クリスが驚いているので、長男だと伝えた。突飛な話ばかりなのでクリスは少し戸惑っている感じだ。
「妻室とお会いになりたいですか」
妻室とは庶民の妻に対する敬称だ。これが貴族となると夫人となる。エレノ世界は身分社会なので呼称一つもいちいちうるさい。
「もちろんだ。恋愛結婚だしな」
恋愛結婚? そう言ってシャロンが首を傾げた。こちらでは考えられない結婚方法だからだ。
「俺の世界は家同士の結婚は少なくなってる。恋人同士でそのまま結婚というのが多い」
「こちらとは全く違いますわ・・・・・」
クリスは驚いたように感想を述べた。軽いカルチャーショックなのだろう。
「ああ。だから俺は帰るために学園に来てるんだ」
「違う世界に帰る事なんて・・・・・」
俺の言葉にトーマスが反応してきたので言ってやった。
「仮にだ。トーマスが俺の世界に来たとして、シャロンを置いたままにできるか?」
「で、で、できる訳ないじゃないか!」
シャロンが顔を真っ赤にしている。良かったなシャロン。トーマスとは一緒になれるぞ。
「だろ。それと同じだ。だから何とか方法を見つけて、どんな事をしても帰らなきゃいけない」
「しかしそんな方法があるのか?」
トーマスが心配そうに訊いてくる。俺は言った。
「ああ、できる。証拠はある」
俺は【収納】で『商人秘術大全』の写本を取り出して、みんなに見せた。
「『商人秘術大全』という三百五十年前に書かれた書物の写本だ」
「まるで魔術書のようですわ」
クリスは字面を見てそう言った。魔術書か。そういえばスクロードもそんなことを言っていたな。
「全く読めませんね」
「何が書いてあるかサッパリ」
シャロンが呟き、トーマスが困惑している。当たり前だが誰も読めない。俺は言った。
「俺はほぼ読める。なぜならそこに書かれている文字は俺の世界の文字。母国語だからだ」
「えええええ!!!」
三人が驚きのハーモニーを奏でた。
「つまりだ。過去に俺の世界からこの世界にやってきた人間がいるってことだな」
「来ることができるということは、出ることも可能のはず。だから帰る方法を調べるために学園に来た」
「どうして学園なのですか?」
「学園が物語の中心だからだ。『世の
シャロンの質問にそう答えた。しかし当たり前だが分かりにくかったようで、クリスが疑問を投げかけてくる。
「そう断言される根拠は?」
「ウェストウィック卿とアンドリュース侯爵令嬢の婚約が発表されただろ。あれだ」
「婚約話が無くなった筈なのに、婚約話が出た訳だ。まさに『世の理』のなせる業」
クリスは沈黙した。自分に関係のある話なわけで認めざる得なかったのだろう。俺はワインを呷りながら、これまで考えてきた現実世界とエレノ世界との関係について話した。飲み込みのいい三人でも中々理解が追いつかないようだが、それでも理解しようと努めてくれている。その辺り、非常に気が楽だ。
「まぁ、そういうことで帰ろうと思いながらも、手段自体は見えていない訳だ。だから今は自分の立場の仕事をするようにしている」
「だから『金利上限案』で動いたりしているのですね」
「成り行きで、だけどな」
シャロンの言葉にそう返す。するとクリスが真剣な面持ちでこちらを見てきた。
「グレンは父上についてどう思われましたか」
「有能だ。見る目がある。失政をする人のようにはとても見えなかったな」
「失政・・・・・」
「前に話した事があるだろう。没落の話」
クリスが頷く。トーマスもシャロンも真剣な顔をしている。俺は言った。ノルト=クラウディス公が暴動が起こった失政を問われ、宰相から失脚する話を。話を進めると全員が、より深刻な表情となる。話が終わるとトーマスが切り出してきた。
「グレンは実際のところ、本当に起こると思っているのか」
「ああ、起こるだろう。だが、それが本当に「宰相の失政」によって起こったものなのかが疑問だな。何かウラがあるんじゃないのか?」
「どのようなウラが・・・・・」
「今の俺には分からない。しかし遠からぬうちに見えてくるはずだ」
「そのときは、そのときは我が家の力になって下さい」
突然クリスが頭を下げた。
「もちろんだ。恩も受けたんだ。出来得る限りの事はさせてもらうぞ」
クリスは嬉しそうに「よろしくおねがいします」と、また頭を下げてきた。基本いい子なんだよな、クリスは。
「実は、コレットさんから提案がありまして・・・・・」
クリスが話題を変えてきた。学年代表コレット・グリーンウォルドが先日話していた『学園懇親会』の話だな。
「生徒間の交流を目的とした『学園懇親会』を生徒会と共に開催したいと思いまして、費用は基金から出したいと思います」
「いい話じゃないか。どんどん出すべきだ」
「はい、ありがとうございます。時期はシーズンの間にある二週間の登園日の中でと考えています」
シーズンか。あと二日でシーズン休みとなる。俺も一休みできそうだ。皆でグラスを交わし懇親会の成功を願って乾杯をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます