065 帰郷

 お目当ての『守りの指輪』も手に入り、ダンジョンを引き上げたのだが、全くモンスターが現れなかった。おそらく二人の魔法によってモンスターが全滅してしまったのだろう。ダンジョン内が二人のヒロインの力で完全浄化されてしまっていた。しかも二人のレベルがそれぞれ四つも上がっているし、色んな意味でヒドイ。


「ダンジョンって怖いと思ったけれど、全然怖くなかったね」


 ゲームで二人を組ませたら、ゲームバランスが完全崩壊だ。そんな事を思っていたら、レティが拍子抜けしたという感じで話した。俺は言う。


「いや。アイリとレティが組んでいるから、こんな感じなんだ。前の時はそうじゃなかったよな、アイリ」


「はい。あのときは大変でしたよ」


「そうなんだ・・・・・」


 多分、俺とレティ、あるいは俺とアイリだけだったら、こうは行っていない。レティとアイリがいることで、相乗効果のようなものを生み、魔術が大きな力を持ち得たのだろう。でなければ、いくらおかしなエレノ世界と言えども、天井からカネが降ってくるような無茶は起こらない。俺は今回、二人のヒロインという組み合わせの恐ろしさを思い知った。


 予定より早くホテルに戻った俺たちは、風呂に入って食事を摂ると、さっさとスイートルームに引きこもった。レティがレストランではなく、部屋で飲みたいというので、ルームサービスを頼み、リビングにワインを持ってきてもらうことにした。出てきたのはワインとチーズと生ハム。これだけあれば十分だろう。俺はチビチビとワインを飲み始める。


「グレン。今日は本当にありがとう」


 レティがかしこまって俺に頭を下げてきた。


「いや、レティ。礼ならアイリに行ってあげてくれ。アイリが言わなきゃ、今日のようにはなってないから」


「いえ、私なんてお願いしただけで・・・・・」


「アイリス。誘ってくれてありがとう」


 レティは謙遜するアイリにも礼をする。レティはワインを少し飲んでから言った。


「なんだか凄く嬉しくてね」


「良かったなレティ」


 しおらしく頷くレティ。いつもの小悪魔モードは引っ込んでしまっていた。こうして見るとレティは綺麗なんだよな。長身でスレンダーだし。アーサーやスクロードがやられてるのを見ると、この世界の美意識、特に貴族男子の美女基準は長身痩躯なんだろう。確かに長身だとドレスが似合うからな。


「あの、私やレティシア以外の人にも、同級生に私たちのような人がいるのですか」


 アイリは右手中指に輝く『癒やしの指輪』を見せ、俺に聞いてきた。いるよ、と答えると誰なんですかと聞かれてしまったので、俺は一人の女子生徒の名前を挙げた。


「クリス」


「クリスティーナさんですか?」


「そうだ。クリスには『女神ヴェスタの指輪』がある。しかし・・・・・」


「何かあるのですか?」


「ああ」


 あのクリスの性格では『女神ヴェスタの指輪』を持った場合、我が身を焼いて、自身が不幸になりかねない。この部分、アイリの『癒やしの指輪』やレティの『護りの指輪』とは全く異なる。ヒロインのアイテムが「守り」に対して、悪役令嬢のそれは「攻め」なのである。レティが理由を訊いてきた。


「どうしてなの?」


「クリスの一本気な性格が仇となって、クリス自身が不幸になる可能性があるからだ」


「それって・・・・・」


 アイリが何か言いかけて止めた。俺が言いたいことが分かったのだろう。


「クリスは勝つためならば、命を投げ出すことも厭わない。そんな奴に攻撃魔法を強める指輪を持たせたらどうなるか・・・・・」


「この前の『実技対抗戦』の話ね」


「そうだ。クリスは俺との戦いで敗北が決まりかけた時、大技を使って俺を倒そうとした。自分の魔力をゼロにしてもだ」


「・・・・・そこまでやったの? 死ぬじゃない!」


「はい」


 アイリが答えた。


「クリスティーナさんは「負けたくなくて、やってしまった」と言ってました」


「・・・・・」


「だから渡すのはどうなんだと」


 しかもその場所には強力な守護獣がいてだなぁ、倒すのも一苦労するはず。ゲーム上のクリスはそれを意地で倒し、強大な力を得てヒロインの前に立ちはだかる展開となるのだ。クリスはその定めを知らない。今、ヒロインと争っている訳じゃないんだから、知らせずにそっとしてやるのが、本人にとっても周りにとってもいいのではないか。


「そう言えば『実技対抗戦』のときに貴方が狂っていたのを、クリスティーナさんが「あれは攻撃力を強めるため自身に魔法をかけた」と説明してくれたわ」


「そうです。レティシアと一緒に聞きました」


 ほぅ、クリスが。レティとアイリに説明を。意外な話に驚いた。


「【狂乱】の話だな。あれをやらないと相手に勝てなかったんだよ」

「攻撃力が相手の方が三倍あるから、あのままやったらジリ貧で負けてた」

「【遅延】で相手の動きを遅め、【機敏】自分の動きを速め、【狂乱】で攻撃力を上げた」


「似たような事をクリスティーナさんが言ってたわ」


「そうかぁ。ところで何で名前呼びなの?」


 さっきから二人共「クリスティーナさん」と言ってるから何故だろうと気になっていた。


「クリスティーナさんから言われてたんです。「お互い名前で呼びましょう」って」


「そうなんだ」


 アイリの説明に内心驚いた。そんな事を言うんだなクリス。


「まぁ、不思議な感覚だけど、これもグレンが繋いだ『縁』というものよね」


 レティはグビッとワインを飲み干す。その日、俺たちはワイン片手にアルフォード家のこと、リッチェル家のこと、アイリス自身のこと、そして他愛もないことを夜遅くまで語り明かした。


 ――次の日、少し飲みすぎたのか、アイリとレティはグロッキーになっていた。どうも二日酔いになってしまったようである。確か『エレノオーレ!』は全年齢対象だったよな。ヒロインが二日酔い、みたいなのはあり・・なのか? これはアカンやつじゃないのか、おい。


 しかし、それでもなってしまったものは仕方がない。まずは二人に水を飲ませ、俺はフロントにかけあって「はちみつレモン」を作ってもらった。レシピは佳奈が二日酔いになった時に作ってやったものだ。時々、二日酔いになってたんだよなぁ、佳奈は。俺より飲んでたから。


「あ、これおいしいですね」

「『はちみつレモン』じゃないの!」


 俺が二人に勧めると、アイリとレティはゴクゴクと飲んだ。しばらく横になっていると共に二日酔いの症状を脱して回復したようだったので、二人にはサラダチキンやヨーグルトなどで軽い朝食と摂るように進める。とにかく胃に入れないと症状は良くならないからな。因みにアイリにとってのヨーグルトは、初めて食べる不思議な食感の食べ物だったそうだ。


「ごめんね。今日大丈夫なの、グレン?」


「ああ。問題ないよ、ゆっくりすればいい」


 レティは今日の予定について心配そうに聞いてきた。まぁ、早く動いてもニーナの顔を長く見なければならなくなる訳で、体調不良は時間を短くする格好の口実。悲しい顔のニーナを見るのがとても辛いのだ。


「ちょっと、飲み過ぎちゃいました」


 えへっ、とアイリは照れ笑いをした。そもそも俺とレティがワインを勧めた訳で、悪の道に引き込んだ側としては、なんだか申し訳ない。


「ごめんね、アイリス」


「ううん。昨日は自分の気持ちも言えて楽しかったですよ」


 レティも俺と同じ気持ちになったのだろう。アイリに詫びたが、本人の方は酒盛りでウサが晴れたという感じで、楽しそうに笑っている。今後は水を飲みながらといった感じで、二日酔いにならないような飲み方を教えてあげればいいと思う。俺たちは一休みすると出立の用意をして、ホテル『モンセル・ディルモアード』を後にした。


 二頭立て馬車でモンセル中心街の馬車溜まりに到達したのは、昼過ぎの事である。そこで妙な話を耳にした。


「どうも今年の出来・・が悪いらしい」

「何がだ?」

「作物がだよ・・・・・」


 俺が二人の男の会話に気を取られていると、アイリがトントンと肩を叩いてきた。ハッとして二人の方を振り向いた俺は、「行こうか」と声をかけると、皆と一緒にアルフォード商会へと向かう。


「けっこう大きいのね」


 商館の前に立ったレティは建物を見上げた。事務所や倉庫、アルフォード家の居住スペースが一体になっているので、商館そこそこの大きさがあるのだ。


「さぁ、入ろう」


 建物の中に入ると、アルフォード商会の馴染みの面々がいた。みんな口々に声をかけてくれる。わずか数カ月前の事なのに、何もかもが懐かしい。みんなに挨拶しながら中を進むとニーナとリサ、そしてジルが俺たちを待っていてくれた。


「グレン!」


「ニーナ!」


 ニーナは俺を抱きしめ、俺はニーナを抱きしめた。俺の腕の位置と、ニーナの腕の位置が前とは違う。多分、俺の身長が伸びたのだ。


「ごめんよ。リサを連れて行くことになって」


 抱きしめながらニーナに詫びると、涙が止まらなくなった。だから会う時間は短くなければいけないのだ。


「いいえ、ジルがいるから安心をし。グレン」


 気丈な言葉とは裏腹に震えた声質から泣いているのが分かる。俺は何度も「ごめんよ」と詫びることしかできなかった。

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