064 『護りの指輪』

 リサは俺がこの世界に来た時から「できる子」だった。よく気がつくし、俺とジルの面倒もよく見てくれた。いつもニコニコしているし、頭のキレも冴えもいい。非の打ち所がないのがリサである。ただ控えめに見えてその実、話を強引に進めるところがあって、それをザルツから小賢しいとたしなめられることが度々あった。


 俺はリサのそうした部分が全く気にならなかったのだが、父親であるザルツからしてみれば気に入らなかったのだろう。娘を見る親として、感覚の相違を感じたものだ。今回のアイリとレティへの「押し込め」に関しても、強引なことをとは思うものの、嫌な感じは全くしない。まぁ、自分がやられていないから、かもだが。


「わぁ」


 先に中に入った二人の溜息が聞こえたので何事かと中に入ると、そこは広いリビングルームだった。見ると、ドアが幾つもある。部屋の中に部屋が分かれているのか。俺はそれを見て思わずレティに声を掛ける。


「残念だったな、レティ。期待に添えなくてすまない」


「何言ってんのよ!」


 腕組みしてプイと顔を横に向けるレティ。よく見ると耳たぶが赤い。前もそうだったが、こういうおちょくりには弱いようだ。アイリの方はこっちを見て「はぁ?」という顔をしている。どこか間の抜けた、こういうアイリは可愛くて好きだ。


 リサがここね、ここねと部屋の割り振りをしたので、俺は【収納】で仕舞ってあったアイリとレティの荷物を出した。「便利よねぇ」と言ってきたレティは、明らかに話題を変えようとしているのが分かる。俺と一緒に寝るのを期待していたのだろうか。もしも同じ部屋だったら、弄くり倒すのも面白いかもしれない。


 リサが館内設備について、俺が明日の段取りについて説明すると、長旅で疲れたのか、アイリとレティは自分の荷物を持ってそれぞれの部屋に入っていった。


「リサは何処で寝るの?」


「もちろんグレンと同じ部屋よ」


 リサはニコニコしながら一室に俺を押し込んだ。いつもこの調子なのがリサだ。中に入るとツインルームでひとまずは安堵。もしもベッドが一つだったら、何の冗談かと思わず言ってしまっただろう。


「二人で話すには無駄がないでしょ」


 俺の向かいのベットに座ってニコニコと話すリサ。実はリサ、徹底した合理主義者なのだ。


「リサ。あのな・・・・・」


「行くわよ!」


「えっ!」


「王都に行くわ。連れて行ってね」


 さぁ、これから説得しようというところで、リサが同意してしまったので拍子抜けしてしまった。


「お母さんの事は大丈夫よ。手は打ってあるから」

「ジルもいるから安心して」


 どんな策謀を巡らせているのかについては、敢えて聞かないことにした。多分聞いても、ニーナに対して申し訳ない気持ちになることに変わりがないと思ったからだ。挙げ句、末弟ジルの名前まで出して大丈夫だと主張するリサ。ニコニコと笑顔を絶やさない顔とは裏腹な手段を選ばない合理主義者である。なので単刀直入に用件を話すことにした。


「やってもらいたい事が二つある。実は屋敷を買った。この改装の監督を頼む」


「分かったわ。業者はモンセルから出すけれど、いい?」


 どうしてだ? 俺は理由を聞いた。


「アルフォードの地盤のない王都で業者を雇ったら、良からぬラインから触られたくない腹を探られる可能性があるでしょ」


 サラリとリサは言う。リサは俺と違って猜疑心が強い。ゆえに警戒を怠らないのだ。屋敷はどういうものかと聞かれたので、学園隣にあったレグニアーレ侯爵の屋敷だと言うと、今度は少女のように目を輝かせた。


「学園の隣にある貴族の屋敷なの! いいわねぇグレン。よくやったわ。私頑張るから!」


 はしゃぐリサにもう一つの用件を伝える。ドーベルウィン家の件だ。


「ドーベルウィン伯爵家の帳簿を見てアドバイスをして欲しい。報酬は相手と決めてくれ」


「私でいいの?」


「俺よりいいだろ。というかリサを越えるやつはそうそうおらん」

「当面の間はホテル暮らしだ。『グラバーラス・ノルデン』というところのスイートを取っておくから、そこで寝泊まりを」


 頷くリサ。もう仕事があるのね。と喜んでいる。アルフォードの人間は基本、仕事命なんだろう。


「じゃ寝ようぜ、リサ」


 俺がそう言うと、お互い商人特殊技能【装着】で着替えて、それぞれのベッドに潜り込んだ。楽しみねぇ、とはしゃぐ・・・・リサと暫し雑談に興じた後、眠りについた。


 ――翌朝。起きてリビングルームに入ると、既にアイリが起きていた。


「グレン。おはよ・・・・・」


 挨拶途中でアイリの顔が固まった。どうしてかと思ったら、俺の後ろにリサがいた。


「同じ・・・部屋で・・・寝ていた・・・んですか?」


 アイリが戸惑いながら聞いてくる。なんだなんだ。


「姉弟ですから」


 リサがフォローしてくれた。しかしアイリの戸惑っている姿に変わりがない。なんだこれは?


「アイリスさん、心配しないで。私たちは【装着】で着替えているから、お互い体を見ることなんてないのよ。私だって素肌なんてさらすのイヤだし」


 そういうことか! 俺たちは商人特殊技能に慣れ過ぎていて、着替えが身体を露出させることをすっかり忘れていた。するとアイリの顔がパッと明るくなった。


「そういうことだったのですね」


 納得したのかアイリの顔に微笑みが浮かぶ。そうこうするうちにレティも起き、朝食が運ばれて来たのでみんなで食べる。今日はいよいよレティのアイテム『護りの指輪』をゲットする日。久々のダンジョンで俺の心も沸き立つというもの。リサとはホテルのフロアで別れ、俺たちは馬車で目的地のダンジョンに向かった。


 ホテル『モンセル・ディルモアード』から、モンセル郊外にあるダンジョンまではそれほど距離は離れていない。二時間程で目的地に到着すると、俺たちはさっさと最深部に向かう。


 このダンジョンは俺が一番初めに入ったダンジョンで、難易度はそれほど高くない。なによりもボスキャラが出てこないのだから、高いはずがない。それでも十三歳での初潜入の際には緊張したものである。だって本当にダンジョンなんて入ったことがなかったから。


「中は意外と明るいのね」


 ダンジョンに初めて入ったレティは驚いている。そう、ダンジョンの中は何故か明るい。これもゲーム設定の一つだ。俺たちがダンジョンに入って程なく、前も見た数体のジャイアントマウスが現れた。


 アイリはモンスターを確認すると、張り切って冷気魔法【階層氷結フロアフリーズ】を唱える。アイリの魔法がいつの間にかパワーアップしていたことに正直驚いた。俺は以前の段取りで凍ったモンスターを切り倒そうと刀を抜く。


「ちょっと待って!」


 そのときレティが俺を制止し、電撃魔法【雷撃稲妻ライトニングボルト】を唱えた。すると、チャリチャリチャリという音と共にあちこちから金貨が降ってきた。


(なんなんだ、これは!)


「わーい。金貨よ! 金貨だわ!」


 はしゃぎながら、レティはカネを拾い集めだした。そしてアイリにも声を掛け、一緒に拾っている。ヒロイン二人で金拾いという何ともシュールな絵面に、俺は呆気にとられた。先に進んでいくと、カネが転がっているだけでモンスターは全くいない。


 多分アイリの魔法で身動きが取れなくなったモンスターが、レティの魔法で全滅したのだろう。先ほどのカネの音は、天井に張り付いていたモンスターの卵の断末魔レクイエムだったようである。ゲーム『エレノオーレ!』のダンジョンでは、なんと天井からモンスターが生まれていたのだ。


 フロア内を詮索するとモンスターは完全殲滅されてしまっている。これではゲームにならない。レベル上げの意味もないではないか。一方、アイリとレティは「ガンガンやろうぜ」的に盛り上がってしまっている。大体ヒロイン二人のコラボ技なんてゲーム性皆無のチート。あまりにもシュール過ぎる展開に、俺は呆れ返るしかない。


 コラボ技に味をしめた二人は進むフロアで【階層氷結フロアフリーズ】と【雷撃稲妻ライトニングボルト】を唱え続け、魔力が減ると俺に【渡す】を求めた。こんなことなら二人で組んで『実技対抗戦』に出れば良かったねと言い合う姿を見て、いやいやいや、君等が組むの反則だと心の中でツッコむ。俺はいつの間にかカネ拾い要員となってしまっていた。


 こうして俺は戦い皆無で、ダンジョン最深部に無事到着。


「どこにアイテムなんかあるの?」


「これからグレンが探しますから」


 いぶかしむレティをアイリがなだめた。俺は壁に手をかざして動かし、商人特殊技能【探す】でくぼみ・・・を探す。程なくして隠し穴を見つけ、壁に手を押し付けると小さなくぼみが現れた。


「この前のときと一緒ですね!」


「ああ。隠し壁龕へきがんだ」


 俺は壁龕の奥に手を突っ込んで、小さな箱を取り出す。開けるとそこには鮮やかな緑色の指輪が入っていた。防御力を上げ、判断力を高めるレティだけの指輪。


(護りの指輪だ!)


「うわぁ。キレイね!」


 レティがその輝きを見て、純粋に感動している。俺はそのレティの左手を手に取り、レティはここだと中指に指輪をはめた。サイズはやはりピッタリだ。


「えっ、グレン!」


 レティが顔を真っ赤にしている。もしかして耐性ないのか?


「あ、私と逆だ!」


 アイリが自分の右手の甲をかざす。その中指には『癒やしの指輪』が輝いている。


「アイリスと逆・・・・・」


「そうなんだよ。左手中指にはめると一番効果がある。レティだけの指輪だ」


「私だけの・・・・・」


 俺が首を縦に振ると、レティは黙って頷く。こうして護りの指輪は主の左手中指に収まった。

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