062 モンセル

 俺とアイリ、そしてレティの三人でノルデン第三の都市モンセルに向かうため、学園から四頭立ての馬車で出発したのは十八時の事。授業が終わった直後、軽めの食事を摂り、それから用意しての出発だった。


 馬車は振動があるため、移動中はもちろん、その前後あまり食べられない。そのため乗車時間より空けて、少量を食べるようにしなければいけない。


 今回用意した四頭立ての馬車は、サスペンションもしっかりした高級仕様で、御者が二人付く。一台七〇〇万ラントらしい。日本円で二億一〇〇〇万円。これで夜間、中継地であるトルスデンの町まで一気に走破する。この四頭立てがこのエレノ世界で一番早い馬車なのだが、もちろん自動車には遠く及ばず、おそらく自転車にも負けるだろう。


 真っ暗な夜間に走行するのだが、これは「魔灯具」という魔装具をサーチライトのように使って走行する。便利といえば便利なのだが、どんな理屈で光るのかサッパリ分からない。ただエレノ世界の住人が電灯を見れば、仕組みが分からない光るものだと思うのと似たようなものなので、あまり深くは考えないようにしている。


 似たものといえば時間もそうで、時計はないのに体内時計が全員に備わっていて、各自時間が分かるようになっている。非常に便利なのだが、どうやって分かるのか仕組みが全く不明。このような仕組みのものが他にも数多くある。暮せば暮らすほど謎が広がるエレノ世界だ。


 夜の出発で幸いだったのは車中泊という形となった為、結果レティからの尋問を受けずに済んだ事である。二度の小休止で馬を繋ぎ変え、早朝にトルスデンの町に到着。胃にパンを少しばかり入れると、今度は別に用意した四頭立て馬車に乗り換え、目的地モンセルに向かった。


 この二台の馬車。四日まるまる借り上げしたため、乗ってきた馬車はこの地で逗留する。二台合わせて費用は五〇万ラント。日本円で一五〇〇万円だ。高いのだが、この世界には他に代替手段はない。


 普通王都からモンセルまで乗合馬車で四〇〇〇ラント、日本円で一四万円するのだが、片道四日かかる。昼間だけの運行の為、三泊分の宿泊代は別途。それをこの二台を使い一日足らずで到着するのだから、その価値は比較しようもないだろう。


「今日はこのまま『モンセル・ディルモアード』に向かって宿泊するから」


「お家に行かれないのですか?」


「ああ、市街だからね。入ると遠くなるんだよ」


 聞いてきたアイリの質問に答えた。アルフォード商会はモンセル中心街の一角にある。この大型の馬車では入りにくい場所だ。加えて宿泊するホテル『モンセル・ディルモアード』の方が近い位置にある。それに何よりも・・・・・


(ニーナに合わせる顔がなぁ)


 今回の旅の大きな目的の一つは実姉リサを王都に連れて行くことだ。それは母ニーナからリサを取り上げることと同じ。絶対に反対しない自信はあるが、悲しい顔を向けてくるに決まっている訳で、それが辛い。今日会えばニーナに長く向き合わなければいけなくなる。だから会うのは出立直前だけにしよう。


「代わりに向こうにはリサを待たせてある」


「お姉さんですよね」


 アイリの返しに俺は頷いた。リサとは今日の夜、王都行きを説得しようと思っている。だからリサの部屋も取るように頼んだのだ。


「どんなお姉さんなの?」


「賢いやつだ。俺なんかよりもな」


 どう賢いのかとレティが聞いてきたので説明する。一度言えば理解して自分のものにできる。計算が異様に速い。書面や帳簿の真贋や誤謬ごびゅうを見抜く力がある。俺はその三点を挙げた。


「『金融ギルド』を創り出すグレンが言うのだから本当なのでしょう」


はぁ? 何を言い出すんだ、レティ。


「『金融ギルド』ってなんですか?」


「グレンが創った貸金屋よ。噂では一〇〇〇億とか一五〇〇億ラントとかあるらしいわ」


「い、い、一五〇〇億ラントですか!」


 レティの説明に驚きの声を上げるアイリ。いやいや、それ全く違うから。


「創ったのは俺じゃないぞ!」


「でも絡んでるんでしょ」


「それは・・・・・否定はしないが・・・・・」


「ほら、深く絡んでるじゃない!」


 レティの誘導尋問はホントにヤバい。決めつけられるように聞いてくる。これは天性の才能だろ。レティの話を聞いて、これまでのパターン通りにアイリが乗り出してくる。


「グレンはどう絡んでいるのですか?」


「出資している」


「どのくらい出資しているの?」


 ここでつかさずレティが絡んできた。アイリが青い瞳を大きく広げ、こちらをじ~っと見ている。なんなんだ、このヒロインに追い詰められるパターンは。仕方がないので出資額を正直に言うことにした。


「・・・・・三五〇億ラント」


「は?」

「え?」


「だから合わせて三五〇億ラント!」


「ええええええ!!!!!」


 二人は声を上げた後、暫し硬直していた。


「バ、バカよ! バカじゃない!」


「何がバカなんだ!」


「金額も何もかもよ! おかしいじゃない!」


「何がおかしいんだ!」


「全てよ! 貴方も、お金も、何もかもよ!」


 レティは少し錯乱しているようだ。そりゃ日本円にして一兆五〇〇億円をポンと出す十五歳がどこにいるんだって話だからな。レティがおかしくなるのも分かる。アイリなんか別世界に飛んでいるようで、反応がまるでない。


「ザルツも三〇〇億出した。俺だけじゃない」


「アルフォード家もおかしいのよ! 合わせて六五〇億なんて完全におかしいでしょ!」

「大体何なの? どこからそんなお金が湧き出てくるの。ありえないでしょ。信じられない!」


「落ち着けレティ!」

「俺は相場で、ザルツは商売でその金を捻出している」


 もっともザルツの出したカネの半分は俺のカネなんだが・・・・・


「そ、それは分かるけど、金額が途方もないじゃない!」


「聞いたこともないような数字ですしね」


 意識が帰ってきたのか、レティを落ち着かせるようにアイリが言った。まぁ、普通は聞かない桁だからな。


「それに原案は俺だが、絵を描いたのはジェドラ父。具現化したのは貸金業界の大物シアール。話をデカくしたのはザルツだ。話がデカ過ぎて、もう俺の手からは離れてしまったんだよ。テンションが上がってるのは大人の方だ」


「そ、そうだったのね・・・・・」


 よく考えたらレティもアイリも、この話の取り掛かりの部分で関わってたんだな。それを思い出した俺は、二人にこれまでの経緯や意図について詳しく説明した。


「そういうことだったのね」


「複雑なんですね」


 二人は俺の説明を聞いて困惑していた。特に「『金融ギルド』は貸金業者にしか貸出を行わない」という部分の理解が難しかったようだ。焦げ付き問題や踏み倒し問題を抱える商人たちには容易に理解できることであっても、そういう問題と無縁の人にとっては理解しにくいということであろう。


「少し言い過ぎたわ、ごめんなさい」


「いいよ。気にしなくて。桁が違う話だし」


 レティは珍しく頭を下げてきた。さすがに暴走し過ぎだと思ったのだろう。今度は逆に俺の方から聞いてみた。


「レティはどこから『金融ギルド』の情報を手に入れたんだ?」


出入り・・・からよ。いつも封書でやり取りしてるから」


 なるほど、出入りが書いたんだな。リッチェル家の決済権は実質レティが握っている。だからレティに情報が集まるのは当たり前の話。成程、それなら理解できる。その後みんなで色々話すうちに目的地の『モンセル・ディルモアード』に到着する。時間は既に夕方になっていた。


「グレン~」


 馬車を降りるなり、リサが濃いオリーブブラウンのショートヘアーを揺らして駆け寄ってきた。俺とリサは同じ髪色。抱きついてくるリサに、俺も負けじと抱きつき返す。


「元気そうだな、リサ」


「グレンもね」


 俺はリサから手を離し、馬車から降りてきた二人に紹介した。


「姉のリサだ」


「リサ・アルフォードです。弟がお世話になっております」


 リサを見た二人はポカーンとしている。もしかするとリサがパンツスタイルだったからかもしれない。この世界では女性はスカートかワンピース。ズボンの系統は履かないからである。俺も今までパンツを穿いた女性はリサしか見たことがない。


 因みに今日のリサはショートジャケット、首元にスカーフを巻き、ブラウスにパンツという組み合わせだ。現実世界のそれと殆ど変わらない装いである。


「ア、アイリス・エレノオーレ・ローランです」


「レティシア・エレノオーレ・リッチェルです」


 少しばかり間をおいて二人は挨拶した。やはり驚いているようだ。


「長旅お疲れさまでした」


 リサが言う通り二十二時間ぶっ通しの強行軍。距離で言えば東京ー名古屋間ぐらいではないか。現実世界であれば車で四時間半、新幹線で一時間半程度だろう。だがエレノ世界でこの距離は本当に遠い。歩けば八日、乗合馬車で四日。その点、ぶっ通しであろうと一日足らずで到達する貸切高速馬車は画期的なのだ。


「さぁ、皆さんこちらの方へ」


 リサは俺たちを『モンセル・ディルモアード』内にあるレストランの個室に案内した。

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