第五章 モンセル

061 戦後処理

 『実技対抗戦』が終わった翌週の平日初日。クラスに入ると子爵三男のディールが、男爵次女のテナントと騎士家の長男フリンを伴って、俺の元に駆け寄ってきた。ディールと一緒にパーティーを組んでいた面々である。


「アルフォード。アドバイスありがとう。おかげで勝てたよ」


 予選リーグの対イグレシアス組、どうやら俺の意見を容れて勝利したようだ。


「あれで勢いがついてクラス五位になったのよ」

「チームワークの大切さがよく分かった」


 テナントとフリンが俺に言ってきた。一勝したことで、パーティーが固まったのだろう。ウチもディール戦の勝利で二人とも自信を持ったが、やはり一勝の力は大きい。


「お前のところには足元にも及ばないが、自分たちなりに戦えたと思う。お前のお陰だ」


「いやいや、一つのきっかけで誰もが変わる」


「そうよ。私だってあんな戦いになるなんて思っても見なかったし」


 俺の後ろから赤毛の女子生徒、リディアが声を上げた。そうなんだよな。リディアも頑張ったよ、本当に。


「パーティーの勝利はみんなのお陰だ。ディール」


「ありがとう」


 ディールらは礼を言うと、それぞれの席に戻っていった。俺たちと対戦して負けた後、自力で五位になったのが嬉しかったんだろうな。モブにはモブなりの戦い方、生き方があるというものだ。


 フレディやリディアに【狂乱】を使った後のカイン戦の状況を聞いてみたが、二人共あまり話したがらないので、昼休みにトーマスを捕まえて聞いてみた。


「いや、凄かったですよ」


「どう凄かったんだ?」


「一言でいうと無茶苦茶でした」


「!!」


 トーマスによると【狂乱】を使った後の俺は文字通り「狂人」のようになっていたらしい。カインと二人のヒーラーを見境なく攻撃し、倒れた後も狂ったように刀を振り下ろしまくっていて、最後にカインが倒れるまでそれが続いたそうである。そりゃ、言いたくないだろうな。


「お嬢様は【狂乱】を自分にかけて攻撃力を強めるなんて、と驚いていました」


「さすがクリス。わかってたんだな」


 何故か嬉しい。どうしてだろうな。なにか良き理解者という感じなんだよな、クリスは。


「僕もビックリしましたよ。でも狂ったように刀を上下し続ける姿は、正直言って怖かった」


 トーマスの説明でよくわかった。要は混乱状態で見境なく攻撃を続けていたのだろう。ゲーム上では気にならぬことでも、リアルじゃ狂人にしか見えない。いくら魔法のせいだと分かっていても、怖いものは怖い。


「だから闘技場は静かだったんだな」


「戦慄が走ってましたからね」


 トーマスは遠い目をして回想している。相変わらずやり過ぎたんだろうな。時として見境がなくなる自分の性格が嫌になる。俺は心の内で溜息をつきながらトーマスと別れた。


 俺は三限目が終わると急いで器楽室に向かった。決勝リーグで俺の脳裏から離れなかったバッハのBWV847ハ短調を弾く為である。実は休日二日間、合計十八時間をつぎ込んで脳内採譜に取り組んだのだ。おかげで楽譜そのものはできたのであるが、如何せん脳内採譜のため、もどき・・・になってしまうのが悲しいところである。


 俺のようなピアノ底辺な人間にとって、「平均律クラヴィーア」みたいなのは雲の上の曲。大体、一般に知られている曲の殆どは、弾けるやつが限られた曲だ。だが、この世界に来て、何故かそういう曲が弾ける不思議。本当に楽譜と先生がいないのが悔やまれる。この日、俺は器楽室が閉まる十七時まで三時間余り、大いにピアノを堪能した。


 ――ジェドラ商会のウィルゴットが会いたいと連絡が入ったので、昼休みに会うことになったのは四連休前日の事。ウィルゴットと俺は学食「ロタスティ」で一緒に食事をとった。


「いよいよ『金融ギルド』が立ち上がったぞ!」


 ウィルゴットによると王都ギルド加盟商会五十六のうち、結果として八割を超える四十四商会が出資したらしい。金属ギルドを始めとする職業ギルドも二十六ギルドが参加。貸金業者に至っては九割強が参画したとの事。それって業者の殆どじゃねえか!


「で、フェレットは?」


「いや、なんか対抗して集めようとしているらしいんだが・・・・・」


「いや、無理だろ、それ」


 だよな、とウィルゴットは笑った。まさかフェレット、事前に情報を掴んでいなかったのか?


「『金融ギルド』の規模のデカさに面食らっているらしいよ。シアーズさんが大喜びしていた」


「お前の親父もだろ」


「ファーナスさんもな」


 ザルツの読みは正しかった。あのとき六五〇億ラントの増資を決断していなければ、フェレットは間違いなく巻き返しを図っていただろう。規模をデカくするだけデカくして、相手フェレットの戦意を挫いたのだ。ザルツは戦略家で勝負根性がある。まさに経営者向きの人物。俺なんかのような小手先のルーチンワーカーとは訳が違う。


 しかしフェレットの動きはなんだ。ガリバーと言いながら全く動けていないじゃないか? どうしてなのだ?


「ホントにフェレットは知らなかったのか?」


「誰が自分の得になる情報を「無料タダ」で教えると言うのだ」

「みんな我が身が一番。フェレットに教えて得するならそうしただろうが、黙っていたほうが得ならみんな黙る」


「確かにそうだ」


 王都ギルドの加盟商会も職業ギルドも貸金業者も、誰もフェレットに『金融ギルド』の話を伝えなかった。確かにウィルゴットが言うのも間違いではないだろうが、それ以上にフェレットに良い感情を持っていない可能性が高い。ということは、フェレットが巨大商会の力を使い、何らかの強硬策に出て、応酬してくる可能性もあるということだ。


「ところで、宮廷工作の方はどうだ」


「今考えてるところだ」


 実は全く考えていない状態なのだが、そう言わなければ収まりがつかないだろう。おそらくシアーズからせっつかれているのだ。急がせろと。


「ウチの親父もシアーズも期待しているんだぜ。グレンの腕を」


 そんな腕なんか何処にもないのにな。あれば学園でこんなに苦労はしていない。ここ四日、ずっと器楽室に籠もり、夜は採譜作業に逃避しているヘタレだというのに。大体、宮廷工作みたいなものが簡単に進むわけがない。宮廷みたいなもんは一般社会とは別の次元、別の理屈で動いている世界だ。


「明日から四連休でな。その間に色々練ろうと思っている」


 実際は今日の夜からアイリとレティを連れ立ってのモンセル行きなんだけどな。しかしこのままでは冗談抜きで逃避行になりそうだ。


「そうか。俺も期待しているからな。それと・・・・・」


 ウィルゴットは書類を出してきた。これはあれだ。


「物件の譲渡契約書だ。レグニアーレ侯爵も了承している。後はサインとカネだけだ」


「カネは取引ギルドから取っておいてくれ。エッペル親爺に言えば通る」


「よし。なら、後は譲渡契約書だけだな」


 俺は【収納】でペンとペン壺を取り出すと、譲渡契約書を初めとする書類一切にサインした。一瞬「剣崎浩一」と書きかけてしまったのは、やはり俺がグレン・アルフォードになりきれていない証なのだろう。


「今から取引ギルドに行ってカネを受け取るよ。来週早々に引き渡せるように動く」


「どうして急ぐんだ?」


 俺はどう見ても心拍数が上がっているウィルゴットに聞いてやった。


「もちろん親父に報告するためさ!」


 満面の笑みでこちらを見たウィルゴットは、挨拶を済ませると早々に立ち去った。残された俺は一人、宮廷工作について考えていると、背後からアルトの声が聞こえてきた。


「どうしたの、真剣な顔をして」


 レティは先程までウィルゴットが座っていた席に腰掛けた。


「いやぁ、逃避行みたいなもんだな、と思ってな」


「なにそれ!」


 レティが訳が分からないといった顔で俺を見てくる。


「今の商人は誰なの?」


「ジェドラ商会のウィルゴット。当主の息子だ」


「王都ギルド二位の!」


「そうだ」


「だからグレンの所に来てたんだ」


 一人で納得したようにレティが言った。どういう事なのだ?


「なんでも『金融ギルド』というとんでもない資産を保有するギルドが誕生したと噂になっているのよ」


 君は一体何処からそんな話を仕入れて来たんだ?


「そこで私は思ったの。『犯人はグレン』だと。やっぱり大正解」


「おい、人を犯人呼ばわりするなって」


「もう分かってんだから、誤魔化したって無駄よ。他にも色々あるから、詳しいことは馬車でゆっくりと聞くわ。じゃ、夜ね」


 そう言うとレティは席を立ってしまった。しかし他にも色々ってなんだ? 嫌な予感しかしない。俺が来いと言ったが、結果として自爆装置を引き入れてしまったのか? だが、モンセルへは今日の夜に出発することになる訳で、今更逃れることなど出来はしない。もしモンセル行きを潰しなんかしたら、それこそアイリが許さないだろう。


(ここは素直に観念するしかないな)


 ごくありふれた結論を出した俺なのであった。

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