060 クラス代表戦
今日の本決戦に挑むべく、ミスリル製の防具一式を装備して闘技場に到着すると、防具を纏った赤毛のショートヘアーが特徴の女子生徒が手を振って呼んでくれた。
「グレン、こっちよ~」
俺はリディアの元に駆け寄ると、フレディが対戦相手を決めるためのくじを引きに行ったと教えてくれた。
「昨日の戦いはホントに凄かったよねぇ」
リディアが回想する。君らだけじゃなくて、ゲームで何度も戦っている俺も凄いと思うぐらいだから、よっぽどだと思うぞ。
「それで公爵令嬢の方は大丈夫だったのかしら」
「ああ、心配ないそうだ。さっき従者と本人に礼を言われた」
「令嬢にとったらグレンは王子様みたいなものだもんね」
はぁ? いやいや、それはないだろ。俺が苦笑すると、リディアが言ってきた。
「だって聞いたよ。グレンが倒れた令嬢を見るなり、名前を叫びながら抱きかかえたって」
「いや、魔力がゼロになっていたから思わず駆けつけただけだよ」
「妬けるわぁ~♪」
リディアは上目遣いで俺を見てきた。これは何か勘違いしていそうだ。急いで話題を変えたほうがいいぞ、これは。そう判断した俺は【収納】で小太刀を取り出し、リディアに渡した。
「リディア。今日はこれを使うといい」
「えっ。でも」
「ドーベルウィンと俺の戦いを覚えているだろ。あの時のドーベルウィンの剣を見たな」
「うん。見た見た」
俺はリディアに説明した。この小太刀『スミストルの剣』は、付加魔法をかけると威力が強まる特性があって、ドーベルウィンと同じようにフレア剣のような事ができる、と。
「今日の戦いで、これに雷属性をつけるから、ぶん回せばリディアも雷撃できるようになる。ただ、雷撃できるのはその試合中だけだがな」
「えええ! 凄いじゃない!」
リディアが目を輝かせている。それを見て、やはり攻撃魔法は魔法の花形なのだと感じた。これは魔法が使えるどんな世界でも同じなのではないか。そんな話をしているとフレディが戻ってきて、対戦相手について伝えてくれた。
「対戦相手は
「クラスの中から勝ち上がってきた連中だ。みんな強いよ。俺らもな」
興奮気味に話すフレディに俺は答えた。カインか。乙女ゲーム『エレノオーレ!』の攻略対象者の一人、カイン・グリフィン・スピアリット。強い。剣豪騎士という称号があるぐらいなんだから。ゲームでは確か、二人のヒーラーを連れて登場してきたはず。後方にいる二人のランダムキャラが前衛のカインを徹底回復させる戦法だった。あれと同じか?
ゲームのカインは打撃力が強かった。なのでアイリの時には【氷結】で、レティでは【感電】でショートさせて、カインの動きを遅らせて戦った記憶がある。また大きなダメージを受けるのでアイリよりも、回復魔法が強力じゃないレティのときの方が大変だったような・・・・・
これを俺たちの状況に当てはめて見ると、俺が【遅延】でカインの動きを遅らせ、フレディが回復呪文で俺を回復させるやり方ということになる。加えて俺の【
俺はこのことを二人に告げ、皆の了解を得る。リディアが防御陣を構築すると、付加魔法で後方のヒーラーに雷撃攻撃することも合わせて伝えた。そんな打ち合わせをしていると担当者が試合が近いと俺たちを呼んだので、急ぎ闘技場の通路を通ってフィールド上に立ち、パーティーの出番を待つ。
観客席は多くの生徒で埋まっていた。ドーベルウィンとの決闘の時よりも多い。あの時と違って出席義務だからだろう。リングの方に目をやると試合が行われていた。群青色の髪の毛、正嫡殿下アルフレッドだ。陪臣フリックと侍女エディスもリングにいる。ここはクリスのところのトーマスとシャロンの組み合わせと同じ。違うのはフリックも攻略対象者という部分。相手側の方はもちろんモブだ。
(勝負の結果は見なくても分かる)
主役級とモブが戦えば、主役級が勝つに決まっている。それはエレノ世界の常識。そんなことを考えていたら案の定モブ側が全員倒れ、正嫡殿下の側が勝利していた。普通はこうなる。この世界の必然。だが俺はその常識をクリス戦で覆してしまった。だからカイン戦でもその常識を覆さねばならない。
リングが整備されたので、俺らデビッドソン組とカイン組はリングに上がる。攻略対象者との初めての遭遇。相手側はテムズとローソンという二人の
(俺、こいつを口説いてたんだよなぁ)
冷静になるとゲームの記憶が甦る。よくよく考えたらおっさんが十五のガキを口説くってのは地獄絵図以外に何者でもないよな、これ。俺はゲームの不条理に強烈な違和感を抱いた。
「『ビートのグレン』よ。いざ参るぞ!」
そんなしょうもないことを考えていたら、カインが言葉を発した。リアルカインの声、テナーだったんだ! しかしイカツイ体をしていながら、まさかのテナーだったとは。すっかりバリトンだと思っていたぜ。そのせいか今日は曲が聞こえないじゃないか。新たなる発見に驚いていると、試合開始のコールが発された。
改めてカインを【鑑定】すると強い。レベルが俺の四割しかないのに、どうして攻撃力が三倍近くあるのだ、君は? これじゃ普通のモブがいくら努力しても報われない。恐るべしだなエレノ設定。そんな事を思いつつ、商人特殊技能【
「キィィィィィィィィィヤァァァ!!!!!!!!」
闘技場がどよめいた。カインには相応のダメージを与えている。俺が刀の位置を大上段に構え直し、定位置に戻ってくると今度はカインが斬り込んできた。
(おおおおおお、これは!)
【防御陣地】が効いているはずなのにトーマスの倍以上の打撃を受けた。これは正直言って打撃力がエゲツない。ゲームバランスが悪すぎるぞ。リディアが急いで【防御の盾】を展開すると、相手側の魔法術師テムズがカインを回復させ、もう一人の魔法術師ローソンが【防御の盾】を展開する。そしてフレディが俺に回復魔法を唱えた。
俺は自身に【機敏】を複数回唱え、【浮上】で全員の体を浮かせると、奇声を発して刀を大上段から振り下ろした。カインを斬りつけるが、決まった的な手応えは全くない。トーマスはサブキャラ、カインはメインキャラ。その部分が全く違うのか。暫くするとカインの剣技に襲われた。先程の打撃より少ないが、やはり効く。攻撃力がまるで違う。
シャロンが【魔法結界】を築くと、魔法術師テムズが地面に杖を突いた。【
俺は【遅延】をカインに複数回唱えつつ、商人特殊技能【渡す】でフレディに魔力を渡す。そしてこれまでと変わらず奇声を発しながら、大上段から刀を振り下ろし、カインを斬りつけた。しかし手応えは余りない。打撃自体を与えてはいるのだが、ダメージが俺がカインから受けたものの三分の一程度のように感じる。
リディアが小太刀を振り回し、電撃波をヒーラーの一人に叩きつける。ここで闘技場がどよめいた。ドーベルウィンの時のフレア波もそうだが、こういう「大技」がみんな好きらしい。二人の魔法術師、テムズとローソンは共に回復魔法を唱えて、カインと自身を回復させる。フレディは俺を回復させてくれた。
カインの動きが明らかに遅くなっている。俺の唱える【遅延】のお陰だ。俺は【遅延】を複数回カインに唱え、奇声を発してカインめがけて斬りつけた。リディアが電撃波で後方のヒーラーに打撃を与える。テムズとローソンは回復魔法を唱え、俺たちから受けたダメージを回復させた。ここでカインが俺に斬り込んできた。動きは遅くとも剣の打撃は大きい。
フレディが俺に回復魔法を唱えて回復させてくれた。俺の方は自身に【機敏】を唱え続け、奇声を発しながらカインめがけて斬りつける。そして、今度は刀の位置を大上段に戻してもう一度斬りつけた。リディアが電撃波でローソンを攻撃し、テムズとローソンは自陣営の打撃を回復させる一方、こちら側ではフレディが俺の打撃を回復してくれる。回復魔法フル回転だ。
「お、重い。体が重い・・・・・ これがドーベルウィンが体験したものなのか・・・・・」
カインがいきなり呟き出した。ああそうだ、なんて優越感に浸りながら言う余裕なんて俺にはない。俺は【遅延】をカインに、【機敏】を俺に唱えた。もう限界一杯の所まで俺の動きを早め、カインの動きを遅める。いつもそうだが【
「キィィィィィィィィィヤァァァ!!!!!!!!」
俺は刀を大上段に構え、カインに一気に振り下ろし、再び刀を元の位置に戻して、もう一度振り下ろした。リディアが電撃波でローソンに打撃を与える。テムズとローソンは回復魔法を唱え、俺たちから受けたダメージを回復させた。そしてフレディが俺に回復魔法をかけて体力を全快に戻してくれた。時は満ちたな。よし、やるか。
「フレディ、リディア。俺は今から正気を失くす」
「え!」
「どういうこと?」
「そうしないと勝てない。後は頼んだ」
二人の疑問の声にそう答えると、俺は背中に商人特殊技能【
(・・・・・・・・・・・・・)
次、俺が見たものは眼前にカイン陣営全員が倒れていた。剣豪騎士カインも二人の魔法術師テムズとローソンも倒れている。会場はやけに静かだ。
「勝ったのか?」
「・・・・・グレン」
「勝ったよ・・・・」
フレディとリディアが戸惑っているような感じで答えてくれた。俺は「そうか」と返し、刀を下ろして鞘にしまった。
「正気になったのか?」
「ああ、試合が終わったからな。【狂乱】はそういう呪文だ」
フレディに振り向き、俺は答えた。二人の顔を見ると、意識を失っていたときの俺の狂乱ぶりは相当危険だったようだ。
「【
「そうだったのねグレン。本当におかしくなったと思っちゃった」
「元々おかしいから、心配しなくてもいいぜ!」
そう言うと、リディアが「まぁ!」と言って笑顔になった。それを見たフレディも笑っている。勝った俺たちは悠々とリングを降りて、フィールドを去った。
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