059 始動

 クラスの決勝リーグを何とか勝ち上がった俺たちは、各クラスの代表パーティーの一つと戦うことになった。今日は闘技場に客を入れ、一年から五年までの計二十五試合が組まれていると事前に説明される。どうもこの世界、戦いを見世物にするのが好きらしい。ノルデン王国は百年以上戦争がなく、軍隊らしい軍もないというのに。これもエレノ世界の謎の一つだ。


 俺が鍛錬場で立木打ちを打ちこんでいると、魔装具から反応があった。ウィルゴットだ。俺は鍛錬場を離れ、人影のない場所に移動する。


「まいど!」


 商人式挨拶を交わすと、ウィルゴットが直球で本題に入ってきた。


「おい。例の屋敷半値になったぞ!」


「なんだって!」


 どういう事だ。ウィルゴットに聞くと、レグニアーレ候に俺が会いたいと言ってると伝えると、どういう人物かと問われたので正嫡殿下やノルト=クラウディス公爵令嬢と親しいと答えたら、態度を一変させたのだという。いやいやいや。クリスはいいとしても、正嫡殿下は違うから。


「それ、殆どハッタリじゃないか!」


「同じ学園に通っているんから、同じようなもんだ!」


 悪びれる様子もなくウィルゴットは答えた。ただ新たな条件があるのだという。


「レグニアーレ候がお前との面会を『なし』にしてくれと言ってきてるんだ。それだったら半値の六億ラントで譲ると」


(色々裏がありそうだな)


 そう思ったが、物件を譲ってくれるのであれば別にいいだろう。レグニアーレ侯の件は後日調べることにする。


「よし分かった! その条件を飲もう。後は手数料だ」


「おう。五〇〇〇万ラントでどうだ」


「それで行ってくれ。合わせて六億五〇〇〇万ラントか。頼むぞ!」


「ああ、すぐにまとめるぜ!」


 ウィルゴットは今から動いて早々に話を纏めると説明した後、話題を切り替えてきた。


「来週、いよいよ『金融ギルド』が立ち上がる。結局二一〇〇億ラントで始まるそうだ!」


「おい、一〇〇億ラント増えてるじゃん!」


 そうなんだよ。と言いながら事情を説明してくれた。あれから王都ギルドの業者と幾つかの職業ギルド、貸金業者が出資に名乗りを上げたりして増えたらしい。ジェドラ父は興奮して夜も眠れない状態だという。


「ところで物件の話、ジェドラさんはご存知なのか?」


「いや、まだ言ってないんだ」


 ウィルゴットは楽しそうな声を出している。ああ、これは成約してから言うつもりだな。


「ジェドラさんにまだ始まってないんだからと伝えてくれよ」


 ああ分かったとウィルゴットが応え、会話は終わった。よし、物件が手に入る。上々の気分で鍛錬場に戻ろうとすると、途中でばったり従者トーマスと会った。


「おおトーマス。昨日は大変だったな」


「いや、グレンにこそ迷惑をかけてしまって・・・・・」


 トーマスが恐縮して頭を下げてきた。


「クリスは元気になったか?」


「ええ。大丈夫です。ちょっといいですか?」


 トーマスが案内を始めたので、これは、と思った。トーマスの主、クリスが呼んでいるのだ。俺は分かった、とトーマスの後についていく。


「お嬢様はああいうところがありますので」


 道中、トーマスは昨日の無茶、クリスの事について話した。


「でも、そんな所を含めて好きなんだろ、お前ら」


「え、まぁ・・・・・」


 二人の気持ち、トーマスとシャロンの気持ちは、クリスと絡んでいくと分かるような気がする。まぁ、一途で情熱家なのだ、クリスは。


「グレンは本当に僕らの気持ちが読めちゃうんですね」


「いやいや、付き合ってたらなんとなく分かってくるもんでな」


 そんな会話をしながら歩いていくと、人影のない場所にクリスとシャロンが立っていた。見るとクリスは元気そうだ。問題はないのだろう。近づくとクリスとシャロンが頭を下げてきた。


「グレン。昨日は私を助けていただきありがとうございました」


 クリスは改めてゆっくりと頭を下げた。


「私からも本当にありがとうございました」


 シャロンが俺に頭を下げてくる。本当にクリスの事が好きだなシャロンは。俺は大きく頷いた。


「良かった。元気そうで何よりだ。大丈夫か?」


「はい。全く問題はありません」


「でも無茶はするな。二人が悲しむ」


 俺がシャロンとトーマスに視線を向ける。クリスは目を伏した。悪いと思っているのだろう。


「・・・・・どうしても勝ちたくて・・・・・」


 クリスの負けず嫌いが頭をもたげてくる。こういうムキになるところが、二人の従者が惹かれる部分なのだろう。気持ちは分かる。俺も多分同じだから。


「しかし命を懸けてまでやることじゃない」


「ごめんなさい」


 クリスが妙にしおらしい。もしかすると二人に言われたのかもしれない。まぁ、一緒に育ってきたようなものだろうからな、三人は。


「ところで一つ聞きたいのですが・・・・・」


「ああ、なんだ」


「【結界解除ブレイキング】が効かなかったのですか?」


「クリス、それは違う。結界は全部溶けたぞ」


「えっ! でもダメージが・・・・・」


 クリスから見れば俺たちの【魔法結界】が破られず、【炎の爆弾ファイアーボム】が効いていないように見えていたようだ。


「クリス。違うんだ。あれは商人特殊技能【防御陣地ディフェンシブ】だ。魔法じゃない。だから【結界解除ブレイキング】では解除されなかった。しかし魔法の【魔法結界】と【防御の盾】は解除された」


「ということは・・・・・」


「こちらの防御陣が多重化されていたということだ」


「あ、そこまで・・・・・」


 クリスも多重化は想定外だったようだ。今度は俺も疑問に思っていた事を聞いた。


「ところで【結界解除ブレイキング】なんて聞いたこともないぞ。初めて見た。あれは一体・・・・・」


「あれは私が編み出した術です」


「クリスが!」


「ええ」


「凄いじゃないか!」


 まさか自己開発魔法だったとは。そりゃゲームで出てくる訳がないよな。リアルのクリスはゲームを超越していた!


「結界形成を反転させたら結界解除ができるのではないかと思って」


「そんなこと思ってできるもんじゃない。凄いなクリスは!」


「そんなに言わないで下さい」


 クリスが頬を赤らめている。案外恥ずかし屋なとこがあるようだな。


「すまんすまん。だが本当の事だ」


「そのように受け止めさせていただきます。今日の試合頑張って下さい」


「ありがとうクリス。いい機会にまた話そう」


 俺は闘技場に向かうため、クリスらの元を離れた。しかし新たな魔法まで創り出したクリスに勝った俺って、存在自体がチートなんだな。改めてそう思った。この一年εイプシロン組の椅子は本来クリスのものだった。それをモブ外のチートな俺が奪ってしまったという形。だから俺は責任をもってこの最終戦、勝たねばならない。

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