054 予選リーグ

 俺は鍛錬場でいつもより長い時間、打ち込みを続けていた。今日は『実技対抗戦』当日ということで授業がなく、朝の鍛錬を延長して続けていたのである。大体打ち込み五千本に達した頃だろうか? 背中からこの場所では聞かぬメゾソプラノで声をかけられた。


「恐ろしいやり方で稽古をしているのですね」


 ハッと振り返ると、クリスと二人の従者トーマスとシャロンが立っていた。全員、ギョッとした目で俺を見てくる。多分、俺が集中している時の闘気を見て、引いているのだろう。


「どうしたんだ?」


「私たちも鍛錬していたのですが?」


 そうだったのか。気付かなかったよ。


「これが稽古法で?」


「ああ。これでもセーブしながらやっている。本気でやったらみんな気が触れたと勘違いするからな」


 奇声を発して叫びながら、気が狂ったように打ち込みを続ける。そんなものを脇で見ていて、心地よい訳がない。


「今日初めて見ましたが、どうりで強いわけだ」


 トーマスが感心している。


「もし当たれば全力で行く。この前の決闘のようにはしないからな」


「ああ。分かった」


 俺とトーマスが話をしているとクリスがいつもの落ち着いた調子で言った。


「そろそろ集合時間です。私たちも闘技場に向かいましょう」


 クリスの言葉に俺たちは頷き、一緒に闘技場に向かったのだが、闘技場に近づくと何やら人だかりができていた。『実技対抗戦』の為、既に多くの生徒が集まっていたのである。俺は【装着】で防具一式を身に纏うと、呼びかける声が聞こえてきた。


「グレン、こっちだよ」


 闘技場に着くと赤毛のショートヘアの女子生徒が俺を呼んだ。リディアだ。俺はクリスらと別れ、リディアの元に駆け寄った。そこにはもちろんフレディもいたので、パーティー揃い踏みといったところか。ちょうどオリエンテーションが始まるところだというので、声をかけてくれたクリスのフォローに感謝した。


 そのオリエンテーションの内容だが、俺は軽い衝撃を受けた。ゲームの描写と違うところがあるからだ。まず総当たりではなく、クラス内を四グループに分けたリーグ戦であること。グループ一位同士で再びリーグ戦を行い、グループ一位のパーティーが他クラスのグループ一位と戦うという形式だったのである。


 確かに五戦勝ち抜きで決勝というゲームのスタイルと戦う回数や構図自体は同じだが、中身が違う。この微妙なニュアンスをどう捉えればいいのか困惑した。しかし、俺は受け身の立場。モノ言える身分ではないので、黙って受け入れ、まずは予選リーグというべきものを突破することに専念すべきだろう。


 予選リーグは3つのパーティーで争われる。基本的に戦う二つのパーティーに勝利すれば上のリーグに行くための切符を手に入れることができるという仕組み。仮に三パーティーとも一勝一敗ならば、再試合となるとアナウンスされている。まぁ、二戦全勝ならば問題はあるまい。


 一方、試合内容は全ての体力を失った側が負け。つまりパーティー全員のHPが〇になった側が負けるという至ってシンプルなものだ。皮肉なことにこれはゲームと同じ。しかしリアルで見ると、ボロボロになっても負けとはならないという、なかなか過酷なルールである。


 注意事項もあった。まずリング外の格闘の禁止。場外乱闘ご法度ということである。リングの結界を外れた場合、ダメージをマトモに受けるため、生命の保証はないとの事。後、魔力を使い切らないようにすること。俺には関係ないが、一時的にでも枯渇すると生命の危険が伴うとのことで、魔力を使う際には気をつけるようにとの警告があった。


 乙女ゲーム『エレオノーレ!』では、古典的RPGゲームの戦闘であるターン制のバトルだった。これがリアルだったらどうなるのだろうか、と思ってドーベルウィン戦に臨んだら、実際はリアルタイムだがターン制に近い動きを相手も自分も取っていた。体力も魔力も数値化されており、戦い自体は意外なほどゲームのそれと近い。


 しかし、一方で実際に戦闘を体験してみると、死にはしないが精神的な疲労感など、ゲームでは見えない、あるいは描写されていない部分も多々あり、リアルでは特にメンタル的な強さを求められる。所詮ゲームはゲーム。リアルとは違う。


 一年εイプシロン組での予選リーグの組み合わせの為にくじ引きが行われ、ウチのパーティのくじは代表であるフレディが引いた。だからウチはデビッドソン組。結果第一グループ。対戦パーティーは、ディール組とイグレシアス組と書かれている。誰と誰がいるかはわからんが、全員モブのランダムキャラだ。別に問題ないだろう。


 ディールは子爵家の三男で決闘博打に親から借金してまで入れ込んだ大バカ野郎だ。イグレシアスは平民組で宮廷官吏の息子。代々官吏の家であったらしく、εイプシロン組の平民序列はトップの位置にある。だがそんな知識、このリングでの戦いには無意味。普通に叩くだけでいい。


 何度もゲーム上で戦った『実技対抗戦』だが、実際に体験するとなると知り得なかった事が多い。アイリやレティが志願した「ヒーラー部隊」の存在とか、『実技対抗戦』当日は昼食抜きとか、クラス内で予選的な事が行われていたとかである。ゲームとリアル。世界は同じでも細かな部分で違いがある。


 そんなことを考えていると、俺のクラスの予選リーグが始まる時間が近づいたらしく、闘技場の中に入ることになった。俺は決闘以来二度目だが、他の者はみんな初めてだから、ザワザワしている。リングでは隣のδデルタ組の予選リーグが行われていた。このクラスには確か、攻略対象者である剣豪騎士カインがいるはずだ。


 フィールドを見渡すと・・・・・ いた。ブラウンの短髪にイカツイ体をした男子生徒、カインが。カイン・グリフィン・スピアリット。スピアリット子爵家は代々、王国騎士団の剣撃師範を務める家柄で、カインはその子爵家の嫡嗣。剣に生きることを生まれた時から定められた男カイン。それがゲーム上で語られるカインの姿だ。


 だが、実際のカインがどういう人間なのかは全く知らない。話したこともないのだから知りようがない。それにゲームとリアルでは違うのは、アイリやレティ。クリスで証明済みだ。ゲームは所詮ゲーム。ゲームに必要とされた人格にしかスポットが当たらない。多重的な要素があるリアルのそれとは異なるのだ。


 そうこうするうちにδデルタ組の戦いが終わり、俺たちのクラスの番となった。試合は第一グループからはじめるということで、まず俺たちの組と子爵家の三男ディール組との戦いから始まる。


「リディア、フレイル。ここは魔法を使わず勝てるから、好きなようにやってくれ」


「えっ?」

「いいの?」


 二人とも俺の話に驚いている。ディール組は、魔術師属性のディールの他に剣士属性のフリンという騎士家の長男、そしてディールと共に決闘賭博でドーベルウィンに入れ込んだ男爵次女のテナントという組み合わせ。テナントはヒーラー担当のようである。鑑定を使う必要もないだろう。ウチの組はみんな好き勝手に戦えばいい。


 俺のパーティーは俺は前方、リディアとフレディが後方に位置するフォーメーション。対するディール組はフリン前方、ディールとテナントが後方である。


「アルフォード! 今日は存分にやらせてもらうぞ!」


 リングに立つと、相手側であるディールが俺に向かってそう宣言した。俺は黙って刀を抜く。他の人間は両刃の剣だが、俺は片刃の刀。商人剣術に見合った刀はないので、それに近い刀を見繕って使っている。最近バタバタして用意できなかったのだ。この実技戦が終わったら、商人剣術に見合った刀を用意しよう。


 不意に脳内にピアノの音が流れてきた。JSバッハのBWV 1052第一楽章アレグロだ。一般には聞かれることが少ない曲か。本来チェンバロ協奏曲だったものだが、今は使い手が少ないのでピアノで弾かれることが多い。その音を聞きながら俺は刀をまっすぐに天に向け、大上段に構えた。おおおおお、というどよめきの声が聞こえる。


「キィィィィィィィィィヤァァァ!!!!!!!!」


 俺は奇声を発し、刀を振り上げたまま走り出した。そして素早くディールとの間合いを詰め、奇声と共に一気刀を叩き下ろす。ディールはそのまま崩れ落ちたようだが、確認する間もなく、刀を再び大上段の位置に戻し、すぐ側に居た男爵次女のテナントに向かって奇声を発して振り下ろす。


 俺はすぐさま刀の位置を大上段の位置に戻し、自分のポジションに戻った。会場がやけに静かだ。目の前を見ると目の前のフリンが震え上がっている。


「リディア! フレディ! 動け!」

「う、うん!」

「え、ええ!」


 俺の号令より一瞬遅れて、フレディが槍を突き、リディアが短剣で刺した。だが二人の攻撃だけではフリンは倒れない。というか刺された部分に血が流れていない。冷静に周りを見ると、先程俺が倒したティールもテナントも思いっきり切ったはずなのに流血していない。


(これがリングの結界ってやつか)


 恐るべき設定だな。相手側の三人の状態を【鑑定】すると、フリンはもちろんディールもテナントも体力はゼロにはなっていない。ただステータスに『混乱』という表記があり、身動きができない状態のようだ。じゃ、躊躇なく打ち付ければいいんだな。曲のリズムに合わせて俺の身体は動いた。


「キィィィィィィィィィヤァァァ!!!!!!!!」


 俺は奇声を上げて、目の前のフリンに刀を振り下ろした。そして刀の位置を大上段に戻して、今度は倒れているディールに向かって奇声を発し、膝を付けて打ち下ろす。更に身体を戻し、刀の位置を大上段に戻すと、奇声を発しテナントにも振り下ろした。


(終わったな)


 刀を大上段に構え、元のポジションに戻って【鑑定】すると、全員体力はゼロ。三人とも動きはしない。勝負はあった。俺は刀を下ろし、鞘に戻す。脳内で流れている曲の流れから考えて、半分程度だから試合が始まってから四分もかかっていないだろう。


「存分にやらせてもらったぞ」


 俺は独語した。周辺が静かなので見回すと、全員の表情が硬直している。変わらぬのはクリスとトーマス、シャロンくらいか。この辺り、さすがだ。振り返るとリディアもフレディも固まっている。戦い慣れしていないから仕方がないか。


「おい教官!」


「・・・・・デビッドソン組の勝利!」


 俺の呼びかけに気付いた教官が、判定の声を上げた。俺は教官に言った。


「次! イグレシアス組だ!」


「あ、イグレシアス組。リングへ」


 教官の声が闘技場に通る。ヒーラー部隊と救護班がリングに上がり、ディール組を撤収していく。相手に後遺障害がないと分かれば躊躇なく戦えるというもの。イグレシアス組は俺たちの立つリングに上がってきた。

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