053 特訓

 平日初日の朝、教室の椅子に座るとリディアがいきなり本を返してきた。


「本、全部読んだよ。これじゃ、授業なんか全然役に立たないじゃないの!」


「そうだよ。俺なんか全く役に立たないから、選択も取ってないんだ」


「グレンがなんで授業を無視しているのか、やっと分かった」

「もっと早く気付けば良かったわ」


 リディアは本を読んでご立腹のようである。無理もない。自分の適性に合わない授業を受けたって何の意味もないからな。ただ、選択授業でリディアは短刀術を取れば、役に立つ授業を受ける事ができる。


「ずっとこんな調子で、休みは二日ともトレーニングで潰れたよ」


 隣の席に座ったフレディはそう嘆いた。俺が商売で忙しかった間に、二人は相当頑張っていたようである。


「グレン。今日の放課後お願いね。頑張るから」


「リディア。心配しなくても大丈夫だ。頑張ろう」


 自分の属性を知ったリディアは闘志に火が付いたようだ。今までぼんやりやっていた事が無駄であると分かったら、誰だって悔しいもの。こういうガツガツ行く姿勢、俺は大好きだ。


 俺たちがそんな話をしていると、教官が入ってきた。あれ? いつもよりも早いな。と思っていたら告知があるという。


「『実技対抗戦』の日程だが、明後日から始まる事になった。急な話だが、みんな頑張るように」


 教室にどよめきが起こった。そりゃそうだ。今週の平日最終日からじゃなかったのか。リディアが声を荒らげる。


「こっちは準備できてないのに勝手に日程を変えないでよ!」


 リディアが怒るのも無理はない。自分の特性が最近になって分かった人間に向かって、予定が変わりましたので二日後となりました、なんていきなり言いわれたら誰だって怒るわな。だが、学校が一方的なのはこの世界も現実世界も同じ。ここは黙って引き下がるしかないだろう。


「リディア。少ない時間だけど、やるだけの事はやろう。俺も協力するから」


 後ろから小声で囁いた。するとリディアは前を向いたまま「わかった」と呟いた。声質から納得していないのは判るが、今回の場合は仕方ないだろう。後は本人がやったという気持ちになることができるかどうかだけ。そういう気持ちになるよう俺も努力しよう。


 三限目が終わると、今日はピアノに打ち込んだ。ピアノは三日弾いていないと感覚を忘れてしまうので、本当は開けてはいけないのだが、色んな予定が積み重なると仕方がない。どうしても武芸優先、器楽はあと、となるのは避けられない。だが現実世界にいた頃に比べ、弾く時間があること自体、素直に喜んでいいだろう。いかに社畜暮らしで時間を拘束されていたのかが、よく分かる。


 久々のピアノで気分は上々。闘技場横の訓練フィールドに着くと、フレディとリディアが既に到着していた。二人共素振りをしていて、先週とは一変、やる気十分のようだ。そして俺を見かけるなり、一緒に襲いかかってきた。


「たぁぁぁぁ!」

「ええいぃぃぃぃ!」


 リディアとフレディの気合いの入った声が俺に近づいてくる。つかさず【収納】でイスの木の枝を取り出して応戦した。


「ぎぃやぁぁぁぁぁ!」


 大上段の構えからフレディの棒を叩きのめし、返す太刀でリディアの短刀を打ち払う。急いで棒を取りに行ったフレディを追いかけ、棒を持った瞬間にその棒を打ち飛ばす。今度はリディアが短刀を握りしめたところでそれを打ち飛ばした。


「容赦ないな、グレン」

「もの凄く強いわ」


 フレディとリディアは口々に言った。だが、二人の目には闘志がみなぎっている。すぐさま、得物を握りしめ応戦してきた。


「気合が入ってるな。徹底的にやろうぜ」


 俺は二人に呼びかけた。言うまでもないという感じで、それぞれが再び襲いかかってくる。それを跳ね返す俺。何度かの休憩を挟んでひたすらそれを続ける。そして共に夜が更けるまでやりあった。


 翌日の放課後も同じ様にトレーニングしたのだが、明日は『実技対抗戦』ということで、ミーティングを兼ねてリディアとフレディを食事に誘った。というか、二人と食事するのは初めてだ。ロタスティで小さな個室が取れたので、三人でコース料理を取った。


「俺、個室に入ったの初めてだよ」

「私も」


 フレディもリディアも、どこかはしゃいでいる。そうだったのか。俺なんか比較的個室を使っている方なんだな。


「初めてなのか?」


「うん。入る用がないからね」


「グレンはよく使うの?」


「たまに使っているよ。話をするとき」


 リディアの質問にワインを口に含ませながらそう答えた。ワインを飲むかと聞いたのだが、二人とも要らないとのこと。だから今日は俺一人でチビチビ飲むことにした。


「そういえば公爵令嬢とグレンが個室に入ってたという話を聞いたよ」


「そうなの?」


 フレディの耳に入ってるのか! 隠したってしょうがないな、これは。


「ああ、何度か一緒に食事をしてるよ。二人の従者と一緒だけど」


「どんな話をしているの?」


「何度か世話になったからな。ドーベルウィンとの戦いの顛末とか、生徒会の件のやり取りとか」


「あの『緊急支援融資』の件か?」


「そうだ」


 リディアとフレディの質問を本当の事を言いながら巧みにかわしつつ、話題のすり替えを行う。


「ところで『実技対抗戦』での戦い方なんだが、俺が前線に立ち、二人には後方に下がってもらおうと思う」


 二人の気持ちが実技対抗戦に移ったところで食事が運ばれてきた。ゆっくり食事をしながら、話を続ける。


「リディアは後方に下がっても攻撃力も素早さも落ちない」

「フレディは神官。回復魔法が得意だ。後方でにいる事で受ける打撃を軽減しながら、みんなを回復させる」


「グレンは大丈夫なの? 前の決闘のときみたいに・・・・・」


 リディアが聞いてきた。不安があるのはもっともだ。あのときは必要なかったから最低防具だったんだよなぁ。でも今回はそうはいかない。


「キチンとした防具をつけるよ。一定レベル以上の装備をするつもりだ」


「どんな防具を装備するの?」


「ミスリル系で固めるのはどうだ?」


「えっ? ミスリル? グレンそんな防具持ってるの?」

「高価でしょう、ミスリルって」


 そうだよな。一式揃えるのに一〇〇〇万ラント程度はかかったよな、確か。二人の質問で大体の価格を思い出した。


「それ以上の防具を揃えるか?」


「いや、それ以上の防具を揃えるなんて」


 フレディは首を横に振った。余り高い装備を揃えても顰蹙を買いそうなんで、この程度に留めているのだが。


「でも、そんな費用、何処から出てくるの?」


「稼ぐんだよ、商人だから。実は戦うより稼ぐほうが得意なんだよ」


「確かにそうよね。商人だもの」


 リディアは納得してくれた。こういう所を一つ一つ潰さないとパーティーなんて構築できない。俺はワインを口に含ませて、作戦の説明した。


「俺の体力と防具を『盾』として、俺とリディアが防御魔法で防御陣を構築し、フレディがパーティーの回復を優先させる」

「次に俺とリディアが直接攻撃で相手を叩き、フレディは回復を優先しながら槍で攻撃する」

「これを基本パターンとして徹底する。これでどうだろうか」


「うん。それで異論はないよ」

「私もそれでいいわ」


 フレディもリディアも俺の案に賛成してくれた。俺はワインをあおった後、二人に告げる。


「マークする相手は実は限られているんだ。クラスでは公爵令嬢。他所では正嫡殿下、カイン、ブラッド、リンゼイ。この四組だけだ。後は問題ない」


「問題ないって・・・・・」


「まぁ、普通に勝てるってことだ。キチンと戦えばだが」


 フレディの疑問にハッキリと答えた。本当の事だから知っておくべきだろう。


「凄い自信よね。でも決闘の時も言った通りだったし、グレンを信じる」


 リディアが明るく言ってきた。そんなノリでいいんだよ。キッチリやっていたら、普通に勝てるんだから。『実技対抗戦』のミーティングは、パーティー内の意思疎通を図るという当初の目的はしっかり果たせた。後は明日の本番あるのみ。俺は残ったワインを飲み干した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る