052 買取取引

 ドーベルウィン伯の屋敷から学園への帰途の馬車。みんな集中力が切れたのか、俺を含めた全員が黙り込んでいた。緊張したというか、馬車に乗ってから、なにか疲労感が襲ってきた感じだ。多分、レティもアイリも同じなのだと思う。しかし本当によく頑張ってくれた。


「貴族の暮らしって本当に大変なのですね」


 アイリがポツリと言った。そうなんだよ。体裁と体面を維持するのに、見栄を張らなきゃいけないからな。


「あれが実情よ。普通にやっていてあれ。やれている所は財があるか、強欲か、どちらかなのよ」


「レティシアが普段言っていたことが、少し理解できたような気がします」


 レティはちょこちょこアイリにこの手の話を言っていたんだろうなぁ。こんな話、滅多な人に言える話じゃないし。


「でもグレンが、イヤリングとネックレスのセットの買取を拒否したとき、グサッと来たわ。男爵夫人の気持ちが分かる気がする」

「私もミカエルが後を継いだら、男爵夫人のようになるのかしら」


 レティは誰に言うともなく呟いた。スクロード男爵夫人とレティの立場、ドーベルウィン伯とミカエルの立場は同じなのだ。ドーベルウィン家で自分の未来の姿を見たと表現しても過大ではないだろう。


「ところで明日、売りに行くのでしょ。一緒に行ってもいい?」


「いいけど、大丈夫なのか。用意も大変だろうに」


「大丈夫よ。買取なんかに立ち会える経験なんて、なかなかできないし」

「アイリも行くよね」


「ええ。私も一緒に行くわ」


 アイリはニコッと微笑んだ。二人とも慣れない仕事で疲れているだろうに。そう思いながらも同行してくれるのは正直、心強い。率直に言って嬉しい。俺は言った。


「じゃ、明日も頼むよ。今日より少し早く出よう。その方が早く帰ることができる」


 学園に帰るなり二人と別れ、風呂と食事をさっさと済ませると、俺は寮の部屋で買取リストの整理に入った。明日、売却する品物の査定額と買取最低額を表記し、次に実売価が書けるようにした。査定額の七五%が総額計算ではなく、個別計算だからだ。ドーベルウィン伯らに総額計算を示したのはその方がわかりやすいからに過ぎない。


 ――翌日、早い昼食を取った俺たちは馬車で取引ギルドに向かった。


「まいどっ!」


 商人式挨拶でギルドの中に入ると、モシャモシャした白髭を蓄えた男ドワイド・エッペルが「まいど!」の掛け声と共に出迎えてくれた。


「おう、まだ生きてたんだなグレン」


「そう簡単に死ねるか!」


 これまた憎まれ口を叩きあう商人漫談でやり取りしてると、エッペル親爺が俺の後ろに目を移した。


「こりゃまた、別嬪べっぴんさんを二人も連れて」


「こちらはエッペル。取引ギルドの責任者だ」


 俺は二人にエッペルを紹介した。声だけはうかがっておりますとレティは挨拶し、アイリはニッコリ頭を下げた。エッペルは二人を気に入ったようで「よくお越しいただいた」と喜んでいた。


「早速だが、今日は買取を頼みたい。武器、貴金属、宝飾品だ」


「おうよ、奥の部屋で担当の奴とやりあってくれ」


 俺たち三人は奥の部屋に入った。アイリには昨日の夜に作ったリストを渡し、実売価を書き入れるように頼む。打ち合わせをしていると、ギルドの武器担当者がやってきた。挨拶も抜きにして、早速売却取引が始まる。


「これは三九〇万しかできねえよ!」

「違うだろ! 四八〇万だろうが!」

「何言ってやがる。どう見たって四三〇万が限界だ!」

「値を上げるんだったら、ちゃんと四八〇万で買い取って見ろや!」

「分かった分かった、だったら四六〇万にしてやるよ」

「よし、だったら許してやる!」


 万事、そういう感じで取引交渉が行われていくので、アイリとレティはドン引きしてしている。そりゃそうだよな。交渉じゃなくて怒鳴り合いみたいなもんだからな、この世界の買取交渉って。


「ケンカが始まると思ったわ」

「凄いですよね。迫力満点で」

「これを見れば、私の所が高値で売れないはずよ」

「グレンさん。こんなことやっていたのですね」


 レティとアイリは武器取引が終わって一息つくと、それぞれ感想を話しだした。それまでは一言も発せる空気じゃなかったと二人は語った。そりゃそうだ。高く売りたい、安く買いたい。こっちも向こうも真剣勝負。空気が張り詰めるのは当たり前。そんなことを話していると貴金属担当がやってきたので、買取交渉を再開させる。


 宝飾品担当との交渉を終え、ドーベルウィン伯から預かった四二六点の売却を済ませると、俺たちは部屋に残って差額計算を行う。一四点ほど買取価格が査定額の七五%に達しなかったが、最高で査定額より一二二%越えの品物があったので、十分すぎるほどの埋め合わせができた。


 結果は査定額七五%を差し引いた金額三三三五万三八〇〇ラント。これをドーベルウィン伯と俺が折半するという形となる。一六六七万六九〇〇ラントが俺の手許に転がり込んできた計算だ。


「本当に凄いですね、グレンは」

「グレン。貴方、お金を作り出せる天才だわ!」


 計算を終えて驚く二人。それは俺の能力じゃなくて、商人特殊技能【ふっかけ】の力だ。相手の【値切る】能力よりも格段に強いからこうなったんだよな。今日の取引のカネは全てギルドの口座に入れるように告げ、俺たちは一路、ドーベルウィン邸に向かう。


 ドーベルウィン邸に着くと、ドーベルウィン伯自らが出迎えてくれた。


「いや、よく来てくれた」


 無骨なドーベルウィン伯がにこやかに応対してくれたのを見ると、昨日のスクロード男爵夫人の感触が相当良かったのだろうということは察しがつく。部屋に入ると早速取引内容を説明した。


「つまり、君は三〇〇〇万ラント以上高値で売ったと。本当に凄いな」


「取り決めで決まっていた金額と合わせて二億八八五八万三〇〇〇ラントをお支払い致します」


 俺は収納してあったその額を出した。ドーベルウィン伯はいきなり現れる金貨とその量に驚きながらも屋敷の者を呼び、手分けして確認作業を行った。


「売却金額、確かに受け取った。しかし本当に凄いな」

「ところで、君の能力を見て頼みがあるのだが・・・・・」

「我が伯爵家の帳簿を評価してもらえないだろうか」


 帳簿か。領国経営を進める上で適正であるかどうかを確認したいのだな。だったら、俺よりも・・・・・


「分かりました。ですが私よりも優れた者がおります故、その者に任せたいと思いますがよろしいでしょうか?」


「ああ、構わないよ。今すぐという訳ではないからな。してその方は?」


「その者は私の姉でして、今、アルフォード商会の事務責任者をしております。帳簿を見る能力は私よりも上であります」


 リサは本当に帳簿に強いので、ドーベルウィン伯の期待に応えられるだろう。


「近々王都に呼びたいと思っておりましたので、その際にでも」


「ああ、構わないよ。来られた際にはよろしく頼む」


 俺はドーベルウィン伯にリサの訪問を約束して、屋敷を後にした。


「あのぅ。モンセルに行かれるのですか?」


 学園に帰る途上、アイリが俺に訊ねてきた。


「そうだ。来週の四連休のときにリサを呼びに行こうと思っている」


「だったら、私達も連れて行ってもらえませんか?」


「私達??????」


 アイリの言葉にレティが困惑している。


「え? 私も? なんで?」


「グレンの話によると、モンセル近くのダンジョンにレティさん専用のアイテムがあるそうなのです。私の指輪と同じように」


 そう言うと、アイリは右手の甲を俺とレティに向けて『癒やしの指輪』を見せた。そういえば『癒やしの指輪』を取りに行ったとき、レティにもアイリと同じようにアイテムがあると言ったよなぁ、確か。覚えていたんだ、アイリは。


「レティシアのアイテムを取りにいけるチャンスなのです」


「ああ、俺はいいよ。今回の稼ぎもある。費用も全部出すよ」


「私、報酬の方が・・・・・」


 あまり乗り気ではなさそうなレティに俺は言った。


「もちろん報酬は出すよ。一人三〇〇万ラント。それとアイリの話は別枠だ」


「そんなにくれるの!」

「グレン、出しすぎですよ」


 目を輝かせるレティと抑えにかかるアイリ。対照的な二人。そりゃそうだ。十五歳の学生にポンと九〇〇〇万円の報酬なんか出したら狂気の沙汰と言われるだろうからなぁ。


「こんなカネ、俺が独り占めしてもしょうがないだろ」


「でもグレンが一番働いて・・・・・」


「二人に渡して、経費を引いても、俺の手許には七〇〇万ラント残る。心配するな」

「一時的に受け取って、必要な時に使えばいいよ、アイリ。未来のために受け取ってくれ」


 俺の言葉に納得せざる得なかったのか、アイリは頷いた。


「分かりました」

「そういう事ですから、レティシア。安心して行きましょう」


「ええっ~」


「まぁ、費用は全て持つからさ、レティ。行こうぜ」


「そうよレティシア。行くしかないわ。行きましょう!」


「・・・・・分かったわ。行くことにする」


 根負けしたレティはアイリの言葉に従った。こういう時のアイリの押しは本当に強い。かくして来週の四連休、三人でモンセルに旅立つことになった。

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