051 鑑定

 週末、ドーベルウィン伯と約束した骨董品を中心とする買取の為、馬車で宮殿近くにあるドーベルウィン伯爵家の屋敷に向かっていた。貴族の家を馬車で訪ねる際には、貴族の紋章を掲げた馬車でないと訪れることができないのが、このエレノ世界ノルデン王国の常識。俺が乗る馬車にはリッチェル子爵家の紋章を掲げている。


 身分の低い俺が貴族の紋章を掲げる馬車に乗ることができるのは、俺の向かい合わせに座るイエローが鮮やかな正絹のアンサンブルを着る女子生徒、レティシア・エレノオーレ・リッチェルのおかげだ。いつもと違って今日はヘアーを整え、バッチリメイクを決めている。この前のカジノのときもそうだが、十五歳とは思えぬ妖艶さだ。


「貴族の人に会うだけでも、こんなに準備しなければいけないのですね」


 そう呟いたのはレティの隣に座るアイリス・エレノオーレ・ローラン。平民なのだがなぜかミドルネームを持つ、プラチナブロンドの髪と青い瞳が特徴の美少女。今日はグレーの上下にオフホワイトのブラウスを身に纏い、ミディアムの髪を束ねている。


「大変なのよ、本当に。準備ばかりで」


 レティは嘆いた。全くその通りで、貴族と会うという一つでさえ、おいそれとはいかない。単に慣例や伝統だけが原因ではない。これは周りの目であるとか、同調圧力の強さが影響しているのだ。


「レティのおかげで、問題なく会えるんだよなぁ。そうでなきゃ・・・・・」


「だからグレンは私たちの服を買ってくれたのよ。お金に代えられないから」


「そうだったのですね」


 レティの答えにアイリは頷く。身分低き者が名誉とか体裁をカネで買うのは大変なのだ。それが服の代金で得られるなら安いものだとレティは言っている。アイリは平民暮らしなのでイマイチ分かりにくいだろうが、カネは持っていても権威のない商人と、権威はあってもカネのない貴族のコラボが、俺とレティの関係だ。


 ドーベルウィン伯爵家の屋敷に到着すると執事が出迎えてくれた。俺たちの方が身分が下で、ドーベルウィン伯が上なので、この対応となる。これがレティではなく、アーサーならば、ドーベルウィン伯の方が出迎えてくることになるだろう。何から何まで面倒なのが、この訳の分からぬエレノ世界の貴族社会なのである。


 執事の案内で部屋に通されると、男女の貴族がいた。一人は先日会ったドーベルウィン伯。もう一人は・・・・・


「ジョアンナ・エミリー・スクロードです」


 ああ、この人がスクロードの母上か。気の強そうな感じの人だな。そりゃ、みんなねじ伏せられている筈だ。


「レティシア・エレノオーレ・リッチェルでございます」


「グレン・アルフォードです」


 アイリは俺たちのお付きという設定なので挨拶は抜きである。ドーベルウィン伯より、ソファーに座ることを進められたので、お互いに座ると早速スクロード夫人がレティに問うてきた。


「リッチェルさん。ご関係は?」


「はい。学園の同級生で、当家の出入りの指導をお願いしております」


 スクロード夫人の威圧に全く臆していない。レティは堂々と作り話を言ってのけた。


「ほう。どう言ったご指導を?」


「買値が適正であるかの査定であるとか、出入りの仕入れ値の指導であるとか。実家のアルフォード商会は、このほど王都ギルドに名を連ねる事になった実力ある商会。その商会に連なる者の力を使わぬ手はないと思いまして」


 いやぁ、ハッタリ上等じゃないかレティ。カジノの勝負根性ってのはこういう所に繋がっているのか。スクロード男爵夫人も頷くばかりで圧されている。


「当家も王都の屋敷を売り払い、ようやく均衡が保てましたゆえ、これからは貴族も身分に拘らず実力ある者と誼を結ばねばと考えに至り」


「まぁ!」

「なんと屋敷まで!」


 スクロード男爵夫人もドーベルウィン伯は驚いている。そりゃそうだ。俺も最初聞いた時驚いたもんな。暫くの沈黙の後、ドーベルウィン伯が口を開いた。


「・・・・・恥ずかしながら、当家も人の事は言えませぬ」


 ドーベルウィン伯はここ数年の経緯を語った。ドーベルウィン伯は先代が亡くなるまで近衛騎士団に出仕していたため、伯爵家を継承するまで領国経営の知識が皆無であったそうだ。それが父の急死に直面し、いきなり当主として事に当たらなくてはならなくなってしまい、実姉スクロード男爵夫人とドーベルウィン伯爵夫人の支えで、なんとか維持していると。


「領国経営は非常に難しい。手探りの上、数年の経験ではとてもおぼつかない」

「先日の君との顔合わせで、所有物を高値で売るという発想を得てな。この際、売れるものは売ってしまおうと思った次第だ」


「なるほど。では早速ご条件を」


 俺は条件はこうである。取引単位一〇〇ラント未満切り捨てとする。査定値の七五%までは全額保証、つまりそれ以下で売られることになったとしても、不足分はこちらが見る。それ以上の額で売れた場合、ドーベルウィン伯とこちらで七五%以上の額を折半とする。


「そんな好条件でよろしいの、貴方は?」


 スクロード男爵夫人は戸惑い気味に聞いてきた。


「大体半値か、六割値よ。それを貴方は・・・・・」


「能力が低いのですよ、その商人自体が」


「まぁ」


 スクロード男爵夫人が笑った。そしてレティの方に顔を向ける。


「貴方が誼を結びたいという気持ちはよく分かったわ。お願いね」


 スクロード男爵夫人がドーベルウィン伯に目をやって頷いた。


「これから、売却品が置いてある部屋に案内しましょう。こちらです」


 一同、別室に移動した。そこには武器防具や絵画などの装飾品、貴金属が所狭しと並べられていた。俺は早速鑑定を始めた。手筈は俺が鑑定をした品物に番号札を付け、出した値をアイリが記帳していくというもの。事前に番号札を作っていたので、作業はまたたく間に進んでいった。


「これは・・・・・」


 俺が手を止めたのは、イヤリングとネックレスのセット。ピンクのサファイアが散りばめられているものである。粒も揃っており、相当高価なものだ。ドーベルウィン伯にこの品物の謂われを聞いた。


「母上が嫁入りする際に渡されたものだと・・・・・」


「いけません。これは売ってはいけません」


 俺の言葉にドーベルウィン伯とスクロード男爵夫人はハッとした顔になった。


「家のものは売っても必要ならば買い戻せばいいですが、人に託され家に持ち込まれたものを安易に売ってはいけません」


「ですが・・・・・」


 ドーベルウィン伯の言葉を俺は制した。


「これは残しておいて下さい。これはドーベルウィン・・・・・ ドーベルウィン卿の未来の夫人に託すべきでしょう」


「分かりましたわ。こちらの品はそのように致します」


 スクロード男爵夫人は恭しく一礼した。どうやら意図が伝わったようだ。世の中、さっさと処分してもいいものと、そうでないものがある。家に嫁いできた者は相応の覚悟で来ているわけで、そうしたものを安易に手を付けるべきものではないのだ。手を止めていた俺とアイリは、再び作業を進めた。


 鑑定した品物は『エレクトラの剣』を含めて四二六点に達した。査定金額は三億六二五四万一五〇〇ラント。査定を終えると品物を全て【収納】で仕舞ったのだが、初めて見るドーベルウィン伯とスクロード男爵夫人は品物が次々消えるので呆気にとられていた。


「いつも思うけど凄い能力よね」

「私もそう思います」


 レティとアイリは感心している。俺個人の能力じゃなくて商人属性の力なんだけどね、【収納】は。全ての作業が終わると、全員で別の部屋に戻った。


「まずは査定額の七五%、二億七一九〇万六一〇〇ラントの買取保証を致します」


「おおっ!!」

「そんな金額に!」


 ドーベルウィン伯とスクロード夫人は驚いている。レティもアイリも言葉こそ発していないが、驚きを隠せないようだ。まぁ日本円換算、八一億五〇〇〇万だから驚くのも無理はない。


「あと、売り先の交渉でそれより高値になれば、双方折半でお支払いする形となります」


「まだ増える可能性があるというのですね」


 スクロード夫人の問いかけに頷くと、明るい表情で微笑んだ。実家の状況をずっと気にしていたのだろうと推察できる。後は私の腕次第ですよ、と伝えると「お願いしますわね」と笑顔で返してきた。


 査定額が書かれた物品リストと契約書を作成すると、レティがここは私がするからと紙に【転写】してくれた。そんな能力あったのね、レティ。この紙で双方サインを行い、契約が成立。全てが終わると紅茶を出してくれたのだが、一番良かったのはアイリにも椅子を用意してくれた事だった。


「彼は聖戦士なんですよ」


「えっ!」

「なんと!」


 歓談中、ドーベルウィンの話になり、属性を伝えると二人共驚いた。


「黒騎士から生まれた聖騎士という事で本人も気付かなかったのでしょう」


「私も知らなかった。家の事も子供の事も全く知らないとは・・・・・」


 ドーベルウィン伯は自己嫌悪に陥っているようだ。その気持ちは俺にも分かる。剣士一筋に生きたドーベルウィン伯と、社畜一筋に生きた俺。レベルは違うが状況は同じだ。家のことも子供のことも全く知らないのだから。


「今はボルトン卿のアドバイスを受けて、熱心に取り組んでいますんで、レベルは高まっていくでしょう。近い目標として『実技対抗戦』がありますので。今日も鍛錬していましたから」


 俺から近況を聞くとドーベルウィン伯は少し安心した顔になった。俺と同じ子供との接し方に困っている親の顔だ。明日売却を行い、その足でドーベルウィン家に立ち寄る事を告げると、俺たちは席を立って屋敷を後にした。

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