050 悪役令嬢の矜持

「ク、クリ、クリス!?」


 アーサーが驚きの声を上げた。あ、まずい! 俺は追及をかわすため、すぐさま言葉を発した。


「いや、さすが公爵令嬢だな、と」


「そういえば、この前の時も公爵令嬢の事をそう呼んでたような」


 クルト、今ここで思い出すな、それを! もう修正しても無理だな、これは。


「そう言えば、前に生徒会に来られた際に令嬢から『アルフォードさま・・』と呼ばれてましたね」


 グリーンウォルド。今言わなくてもいいだろ、それを。


「アルフォード『さま・・』!!!」


「グレン! アイリスがいながら、公爵令嬢ともよろしくやってるの?」


 スクロードが発した驚嘆に、レティが冷ややかな視線をこちらに向けて言い放った。隣のアイリは困惑している。


「何を言ってるんだ君は。別に普通だよ、普通。特に関係はない」


 俺は平静を装って反論する。


「普通、ねぇ・・・・・」


「普通です」 


 レティの言葉をメゾソプラノの声がピシャリと制した。


「今日ここにおられる皆さんはグレンに興味がある、面白いと思われているのでしょう。それは私も変わりません」


 両脇にいる二人の従者は主の言葉に息を揃えて頷いた。みんなクリスを見ている。


「グレンお話している中で、お互いに呼びづらいとなり、私はグレンと、グレンは私をクリスと、そう呼び合うことにしたのです。私はとても普通の事だと思いますわ」


 事実をハッキリ言い切るクリスに、流石のレティもぐぅの字も出ない。凄い、あの小悪魔レティを黙らせている。一方、アーサーに目を転ずれば、こちらの方は固まってしまっている。有無を言わせぬクリスの振る舞い。こういうときに、悪役令嬢の本領が発揮されるのだろうか。俺は機を逃さず、話題を戻す。


「どうして空白を作らないためだと?」


「作ると生徒会長が、居座り工作を行うからです」


 俺の質問にクリスは説明した。仮に会長が選出されなかった場合、トーリスは元生徒会長だからと会長選出までの暫定会長の椅子に座るだろう。後はあれこれ理由をつけて会長選出を引き伸ばし、永遠の暫定会長となる、と。


「でも解任された会長が、その椅子に座る事ができるのかしら?」


 レティの疑問に俺が答えた。


「アークケネッシュ会長代行の期限が今日までだったんだよ。明日からは代行権者がいない。アークケネッシュは副会長、トーリスは元会長。だからトーリスが座る。クリスはそれを見越して、動きを予想しているんだよ」


「レティシアさん。そこまで読み切って罠を仕掛けたグレンを褒めてあげて下さい」


「いやぁ、本当に悪辣よねグレンは」

「これぞザ・悪党。選出されていないのに選出された事にするってどんなにヒドイの!」


 ワインを飲み干したレティの悪態に、全員が爆笑した。ヤメロ、レティ。その言い方は。それを「レティシア様~♪」と羨望の眼差しで見る、アーサー、クルト、スクロード。君たち、もう目を覚まそうや。そいつ単なる酒呑みだから。そのレティを同じく羨望の眼差しで見ていたグリーンウォルドが、俺に向かって言ってきた。


「これからは令嬢と同じ様に、私をコレットと呼んでくださいね。代わりに」


「グレンと呼んでくれたらいいよ」


 俺が返すとコレットはよしっ! と拳を握った。君はそういうキャラだったのか。


「これが『せいきょく・・・・・』なんですね。凄いです」


「まさに政局ですわ。相手の動きを封じて自身の意図した人事を行わせたのですから」


 アイリが感心していると、クリスがそれに答えた。まぁ、そうなんだが。俺は聞いてみた。


「君たちはこんな話が面白いのか?」

 

「もちろん!」「そうだぜ!」「ええ!」と言った声が続く。マトモか、君たち。


「このお話もグレン本人も面白いと皆さん、お思いですわよね」


 にこやかに話すクリスに、全員が頷いている。なんなんだこれは。


「そりゃ母上が言うはずだ。『どうしてグレン・アルフォードに賭けなかったのか?』って」


「どういうこと?」


 スクロードの話にレティが食いついた。


「いや、貴族が売ったケンカを平民が買った時点で、平民の方が勝つに決まってるでしょ、って。そんな事もわからないのかと・・・・・」


「厳しい母上だなぁ」


 アーサーがあんぐりしている。スクロード男爵夫人、確かにツワモノそうだ。


「私だったら全額、平民に賭けるわ。それができない貴族なんかと付き合っちゃダメ、と言われてしまいました」


「まぁ、凄い方ねぇ」


「仰っている事はとても正しいわ」


 レティとクリスが感心している。というか、君等、スクロード夫人と同じ部類の貴族だぞ。


「確かに俺もグレンに全額行ったよ。二三万五〇〇〇ラントだけど」


「私は八九万ラント」


「母上と同じだね。でも僕はドーベルウィンに一一万ラント・・・・・」


 アーサーとレティの掛金話にスクロードが自嘲した。


「お前はドーベルウィンの従兄弟だからしょうがないだろ」


「いや、それとこれとは別に振る舞えるようにするのが貴族の嗜み、と怒られました」


「厳しい御仁だな、スクロード男爵夫人は」


 俺は独語した。明日訪問するドーベルウィン邸で会うかもしれないスクロード男爵夫人、なかなかの剛の者。心してかからないと俺も飲み込まれそうだ。


「ここにいる人はみんなアルフォードに賭けたんでしょ?」


 スクロードがみんなに聞いた。クルトとアイリは頷いだ。


「コレットは学年代表だから賭けられないよ」


 俺が説明するとスクロードは「そっかぁ」と納得している。その時、アーサーが声を上げた。


「グレンは自分に二〇〇〇万ラント賭けたからな」


「えええええ!」


 事情を知らないクルトとスクローズ、グリーンウォルドが仰け反った。


「そうだったんだ・・・・・ 勝ち方もだけど、賭け方も凄いよ、アルフォード」


「レティが煽るから賭けたんだよな」


「私は賭けろとは言ってません! ね、アイリス」


 いきなりレティに振られたアイリは困った顔をした。そのとき、メゾソプラノの声が聞こえた。


「私も賭けましたわ」


 声の主、クリスに視線が集中する。


「えっ。令嬢も?」


 レティがギョッとした目でクリスの方を見ている。


「ええ。二人もです」


 クリスが左右を見ると二人の従者は揃って頷いた。


「もし、よろしければ賭金は・・・・・」


 いや、アーサーそれは聞くな!


「三〇〇〇万ラントを」


「えっ?」


 俺と従者以外の全員が固まっている。だから聞くなと・・・・・


「ええええええええ!」


「ちょ、ちょっと、それ」

「桁違いだ・・・・・」

「グレン以上の額を」


 みんな口々に驚きの声を上げた。クリスはみんなに話した。


「今、グレンの好意で、私の配当とグレンの配当を一つにして預かっております。このお金を学園のため、生徒のために使いたいと思いますので、みなさん妙案あれば是非教えていただきたく思います」


 頭を下げるクリスにみんな恐縮気味に頭を下げた。上座に座るクリスがリーダーであるかのような風景。ヒロインをも従わせているようにも見えるその姿は、悪役令嬢の能力の高さという奴か。多分、これは天性の才能だろう。


「せっかくの機会だ。また今度、このお金の使い方についてみんなで考えようや」


 色々あったが、なんとか無事にグリーンウォルド報告会を終わらせることができたのであった。

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