055 『炎の爆弾』
『実技対抗戦』の予選リーグ一戦目。ディール組を下した事で分かったことがある。それは俺の
リズムがなっていない相手にはこちらがリズムを刻み、リズムがある相手にはそのリズムを狂わせる。そういった術が使えるようになるためには、武術を研鑽するだけでは難しい。やはり「楽」が必要なのだ。そう言えばピアノの先生が言っていたな。「祭りに音楽は不可欠」と。人間の暮らしにはリズム、音楽は必要なのだろう。
今、これほどピアノをやっておいて良かったと思ったことはない。これをやってなかったら、訳の分からぬこの異世界において、商人武術を身につけ、エレノ世界に対応しながら生きていく事が難しかったかもしれない。それを知ることができただけでも大きな収穫だ。
他にも判った事がある。「リング上のバトル」についてだ。リングの上で行われる戦いはゲームでのターン制バトルそのもの。ターン制バトルをリアルに再現するとああなるのか、と思った。そうではなく、リアルの戦いをゲーム上で再現した形なのか? 俺にはどちらなのかわからない。
しかしこのエレノ世界。全てがターン制バトルではない。俺とリディアとフレディの三人で稽古をした際は、普通にリアルタイムバトルだった。だが、リング上では見事なターン制バトルに変わってしまう。不思議なのは、それに全く違和感を感じないという奇妙な感覚。これはゲームとリアル両方体験したからこそ知り得たこと。この世界、妙なところで奥が深い。
次の対戦相手、イグレシアス組は騎士の息子コンテと男爵息女のベイクウェルが共に剣士ということで前方、イグレシアスが賢者属性ということで後方というフォーメーションを組んでいた。先程のディール戦を見て萎縮しているのか、それとも対応しようとしてくるのか、お手並み拝見とさせてもらう。
だが、俺の方が圧倒的にレベルが高いので、まずは俺が動くことになる。脳内にバッハのBWV 1052アレグロが鳴り続ける中、俺は刀を抜いて大上段に構えた。そして奇声を発しながら、コンテとベイクウェルの間を抜き、後方の賢者イグレシアスに刀を振り下ろす。
「キィィィィィィィィィヤァァァ!!!!!!!!」
イグレシアスは僅かに身体をずらした。俺の大刀をかわし切る事はできなかったが、ダメージを抑えることには成功している。
(やるな!)
俺は素早く刀を大上段に構え直し、奇声を発しながら振り下ろした。曲のリズムから推定して、この間十秒程度だろう。今度は対応できず、イグレシアスはダメージを受け、崩れて地面に膝を落とした。俺は大上段に構えを戻し、素早く元いたポジションに戻る。
「たぁぁぁぁ!」
「うぉぉぉぉ!」
ポジションに戻った直後、前方の左右から二人の剣士、コンテとベイクウェルが俺に襲いかかってきた。俺は素早く身体を後ろに下げ、二人の攻撃をかわしつつ、奇声を上げて稽古の要領で刀を何度も上下させる。四打目で両者は動かなくなったので、【鑑定】すると体力はゼロになっていた。
その間、リディアとフレディがイグレシアスを仕留めにかかっていたので、この戦いも俺たちが勝利し、二勝して本選に進むことになった。というか、リディアとフレディの動きが凄くいい。人はこうして経験を積んで成長していくのだろう。俺の脳内に流れていたBWV 1052アレグロは鳴り止んだ。
「よくやったな、フレディ、リディア」
リングを降りた俺は、妙に静かな周りの空気を無視して、リング上での慣れない事態に対応した二人を称賛した。
「いやグレンが凄すぎて」
「そうよ、私たちなんか」
「いやいや、間髪入れずイグレシアスを仕留めに行ったのはナイス判断だった」
「あれは、コンテとベイクウェルならグレン一人で対処すると思ったから」
「うん、だからやるならイグレシアスだと思った」
「それを言わずしてできるのがチームプレイと言うんだよ。これは大きいぞ」
俺がそう言うと、二人は嬉しそうにお互いの顔を見ている。俺と数日だけだがトレーニングをしたことも大きい。俺が発する奇声に対しての対抗感が少なくなり、俺の動きに完全ではないにしろ対応できるようになっている点が、今回の動きに繋がっている。休日の自主練で、自主性がつきはじめた事も影響しているのだろう。
「正直言ったら、最初グレンがディールに叫び声を上げて襲いかかった時、足が
「私もよ。あの叫び声聞いて固まっちゃった。怖いというか恐怖、恐怖なのよ」
無理もない。稽古であの声を聞くのと、本番で聞くのではプレッシャーが違う。
「でもグレンが動け! って言ったとき動けたのよ。あれで行けると思ったの」
「僕も言われてだけど、動けたから戦えると思った」
やはりあそこで言うべきだったんだな。リディアとフレディの言葉を聞いて確信した。やはり、言うべき時にはハッキリと言うべきだと。パーティープレイは、一人で戦うそれとは全く違っていた。相手も複数、こっちも複数。それぞれがそれぞれの動きをする訳で、パーティー間の阿吽の呼吸が必要だ。
フォーメーションが重要だというのも分かった。ゲームでは前列と後列で攻撃力やダメージが変わったのだが、それはリアルでも同じ。しかも、攻撃後、自陣営の立ち位置に素早く戻るという作業が実際にあり、それが体験できたことも大きい。ゲーム上の動き通りに自分がやっているのは驚きだ。この感覚は非常に斬新だった。
ディール戦も、イグレシアス戦も、ゲームであればモブとモブとの戦いにしか過ぎない。リディアもフレディも同じモブだ。だが現実世界で補欠は補欠なりの戦いがあるように、エレノ世界ではモブなりの戦いがあることが分かった。反面、俺の存在自体がいかにモブ外のチートであることを自覚させられる。やはり俺はこの世界の異物なのだ。
そんなことを思っていたら、背後から一番初めに戦ったディールが声をかけてきた。
「大丈夫なのか」
「ああ、結界の力は凄い。しばらくしたら全回復だ」
「全力で行こうと思う以前に潰されてしまったぜ!」
ディールは実体験を話しながら負けた悔しさを訴えたが、だからと言って俺に敵意を向けているという感じではなかった。ディール組とイグレシアス組の戦いは第四グループの戦いが終わった後に組まれているとのこと。
「実はな、お前に教えて欲しいんだよ。イグレシアス組に勝つにはどうしたらいいんだ?」
逆に俺はディールに尋ねた。
「君は自分のパーティとイグレシアス組、どちらが上だと思う」
「残念ながら相手の方が上だな。お前とイグレシアスの戦いを見てそう思った」
正しい分析だ。ちゃんとできるじゃん、お前。それだったら、さっさとバカ貴族から卒業しろよ。
「俺なりの意見でいいのか」
「ああ。是非にもご教示願いたい」
よし、俺なりの戦い方を教えよう。まずは自陣営のフリンを全力で守る。イグレシアス組は全員で前衛の剣士フリンを倒しに来る。それを男爵次女のテナントが回復魔法で、ディールが防御魔法で支援する。フリンは敵側の男剣士コンテを攻撃する。
「どうしてコンテなんだ?」
「コンテの方が実力が下だからだ。弱いやつから倒して相手の数を減らす」
「なるほど!」
俺の説明にディールは唸った。次にフリンの防御力を上げると、雷属性のディールが攻撃魔法でコンテの攻撃に加勢する。テナントは回復魔法でフリンを徹底支援。イグレシアスはコンテ支援に全力でディール組に攻撃魔法をかけてくる余裕はない。二対一の状況を作って、コンテを倒す。
次のターゲットは女剣士ベイクウェル。こちらもディールの雷撃魔法とフリンの剣技で攻勢をかけて倒す。テナントは回復魔法で全力だ。そして賢者イグレシアスに対し、三対一の状況に持っていき対峙する。そうすれば確実に勝利できる。
「忍耐はいるが凄い戦い方だ! でもどうしてその戦い方を考えられたんだ」
「男剣士コンテと女剣士ベイクウェルのコンビプレイさ。戦って分かったことだが、二人で一体となる攻撃の訓練をしている。だからそれを逆手に取る方法を思いついた」
「それは・・・・・」
「二人で一体だから、攻撃目標は一つしかない。だからその目標を守り通せば勝機が見えるって事。守り通せば逆にこちらが攻撃対象に一点集中できる」
「納得がいった、ありがとう。この戦いに勝って、順位確定戦に臨みたいからな」
なんだその順位確定戦って? 聞くと順位確定戦とは、グループの敗者の成績順で再度グループが組まれて総当たり戦が行われるらしく、それでパーティーの順位が決まるらしい。そんな設定までなされていたのか『エレノオーレ!』は。ディールは礼を言うと試合に出るため、俺の元から立ち去った。
リングの方に目をやると、クリスが立っていた。クリス組は第四グループ。予選リーグはもう第四グループまで来ていたのか。立ち位置はトーマス前方、シャロンとクリスが後方にいる。さてどう戦うのか。俺は模様眺めをしていた。
(こ、これは・・・・・)
開始早々、相手陣営の上部にいきなり炎の球形が現れ、そのままリングに落下した。
(「
炎属性上級魔法「
リングから
(圧倒的だな、クリス。これが悪役令嬢の力か)
レギュラーメンバーとモブとの違いをこれでもかと見せつけるような戦い方。俺は刀でモブを倒すのに二撃かかっているのに、クリスの攻撃魔法は一撃でモブを葬り去った。クリスのレベルが俺の半分以下であるにも関わらずだ。数字では現れない力の差、設定の差がそこにはあった。
実際、ゲーム後半で対戦すると、とにかくクリスは強かった。こっちが婚約者である正嫡殿下と組んでいようと、容赦なく炎魔法で殿下ごと攻撃を繰り出し、叩き潰されるパターン。情け容赦がないボスキャラとなる。ゆえにそこまで強くない前半部で潰しにかからなければならないのだが、リアルクリスはそれでこの強さ。
(こりゃ、ゲーム以上に厄介だな)
二戦目も同様に相手を「
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