第四章 実技対抗戦

048 間者属性

 新たに創設される『金融ギルド』の責任者になる、貸金界の大立者ラムセスタ・シアールが「金利上限規制案」を実現させるため、宮廷工作の責任者に『俺』を指名したことに驚愕した。ちょ、ちょっと待ってくれ。俺か、おい。「貸出金利の上限規制」をこの国の政策とせよ、なんて十五歳だぞ、俺。そんな小僧に任せる仕事か。まぁ、この世界で、の話だけど。


「おお、確かにそうだ」

「確か貴族学園には正嫡殿下も通われているはず」

「宰相閣下の御令嬢も在校なされているという」

「学園には宮廷の子弟も多くいる」


 ジェドラ父と若旦那ファーナスは好き勝手に言い始めた。いや、君たち俺は正嫡殿下なんて遠巻きに数度しか見たことないぞ、あの群青色の髪を。それにクリスは公爵令嬢とはいえ女の子。この世界での女の立場は低いだろ。だいたいノルト=クラウディス家におけるクリスの立場が分からぬのに、安易に頼める訳がないではないか。


「確かにそうだ。貴族子弟の友人もいる事だし、いい機会なんじゃないか」


 ザルツまでがニヤけた顔をこちらに向けて言い出した。いやいやいや、親じゃないだろ、その態度。アーサーやレティでは無理だからな、こんな話。


「という訳で、グレン殿。ここは一つ、宮廷工作をよろしく頼む」

「頼みましたぞ」

「よろしく頼む」


 シアーズ、ジェドラ父、ファーナスが頭を下げてきた。とても逃げられそうもない。


「我が子グレンが必ず成し遂げてくれることでしょう」


 他の面々に対し、ザルツが勝手に返事をした。逃げ道を塞いでどうする!


「グレン。いい機会だ。皆さんの期待に応えるように」


 ザルツはこの話をいつの間にか引き受けたことにしてしまっている。なんてことをするんだ、ザルツ。既成事実を積み上げられ、逃げ場を失った俺は承諾するしかないような状況に追い詰められた。


「ご期待に添えるよう努力します・・・・・」


 結局、そう答えなければならない空気になっていた。


「グレン殿、成果を期待しておりますぞ」


 シアーズは俺に満面の笑みを向けて、そう言った。話し合いが終わったと考えたのか、ジェドラ父が一同を促し乾杯の音頭を取り、最後にはなぜか一本締めで会食はお開きとなる。俺には大きな宿題だけが残った。


 シアーズから与えられた課題「貸出金利の上限規制」が、翌日になっても頭から離れない。まず基本的に庶民の声を届けるというか、貴族の声すら届いているのか不明な、この国のあり方、というか体制下で、どのように案を提示していくかという基本的な問題がある。


 次に仮に案を示せる場ができたとして、聞いた人間が実行したくなるような魅力的な案になるのかという問題もある。ここは案をキチンと練りながら、交渉窓口を探る手に出たほうが良さそうだ。しかしそれにしても厄介な宿題だ。まぁ、この船を造った俺が一番悪いのだが・・・・・


 ――次の日。近々行われる「実技対抗戦」でパーティーを組むことになったフレディ・デビッドソンとリディア・ガーベル、二人のクラスメイトと放課後に打ち合わせをすることになった。だが、場所はなんと「スイーツ屋」。リディアよ、俺ら男だぞ。というかよく見たら、店の屋号自体が「スイーツ屋」やんか。どこまでも適当だよな、この学園の設定。


 店に入ると女子生徒だらけなのだが、ポツポツと男子生徒もいる。中には一人で座っている猛者もいるので、男にとっては俺が思うよりも敷居が高くはなさそうだ。フレディは平然と座っている。


「よくリディアと来るんだよ。行きたい行きたいって言うから」


 なんだ、それで慣れてたのか。


「フレディもここのクレープ好きじゃないの」


 つかさずリディアが突っ込む。君等本当に仲がいいな。


 リディアは大きな苺パフェを、フレディはチョコバナナクレープを注文している。多分定番なのだろう。俺はシンプルにクリームケーキと紅茶にした。


「それでどう戦うの?」


 能天気に聞いてくるリディアにそこからの話か、と心のなかでボヤいたが、悪気はないので聞かぬふりをする。フレディは神官なので、回復系の魔法が使える。ではリディアの属性は、と俺は【鑑定】で覗いてみた。すると以外な単語が出てきたので驚いた。


(「間者」ってアンタ)


「リディア。君は自分の属性を知ってるの?」


「ううん。知らないよ」


 リディアは首を左右に振って否定した。間者とは密偵とか諜報員とかスパイとかそういった属性で、身のこなしが素早く、遠隔からの攻撃に長けている。が、近接戦はあまり得意ではない。もちろん使える魔法は補助魔法がメインだ。


 確か『エレノオーレ!』ではその属性を持ったランダムキャラが登場するはず。やはりリディアはランダムキャラだったのね。これ、やっぱり正直に言ったほうがいいよなぁ。


「間者なんだよなぁ。リディアの属性」


「ええっ!」


 フレディが驚きの声を上げた。だが言われた本人はキョトンとしていて、俺が言ったことがイマイチ掴めていないようだ。


「スパイとか、そういうものに向いているんだが」


「えっ! そうなの」


「だから魔法の取得がイマイチだったんじゃないの?」


 リディアが頷いた。多分、今のカリキュラム自体がリディアには合っていない。「実技対抗戦」までに時間がないが、今からでも属性の長所を活かすため、属性に合わせたトレーニングを行う必要があるだろう。


「それでリディアは参加に問題はないのか」


 フレディが心配そうに聞いてきた。


「大丈夫、心配するな。ただトレーニングしなきゃいけない。遠隔攻撃と補助魔法の訓練だ。リディアはやったことがあるか?」


「そんなの初めて聞いたわ。私にできるの?」


「できるできる。そういう属性だから身につくよ」


 少し調べなくてはいけないが、適正なトレーニングをしたら取得まで時間がかからないはずだ。それは明日にでも調べておこう。


「じゃあ、やり方教えてね。私頑張るから」


 そう言うと、パフェの残りを全て食べきった。スイーツ別腹というか、リディアは華奢なはずなんだが、大きな苺パフェを余裕で平らげてしまい、俺を驚かせる。女の子は皆そうなのかな考えていると、ふとアイリの顔が脳裏に浮かんだ。


 ――次の日。いつもならピアノの時間に割り当てている三限目終了後の時間。俺は図書室でリディアの属性とトレーニング法について調べてみた。「今日から始めるスパイ」とか「やさしい間者の手引」といった、タイトルが何気にヤバそうな本に目を通したのだが、中身の方は至ってマトモ。非常に読みやすいので正直安心した。


 読んでいるものを要約すると、間者属性はナイフや小刀といった武器を扱うのが得意で、普通半減する後方からの攻撃力も前方に立ったときの攻撃力と変わらないと書かれている。魔法に関して言えば、攻撃魔法も回復魔法も使えないが、防御魔法が強力で、特殊技能【隠れ身】とか、【張り付き】とかがあるらしい。商人に近い属性か?


 ただ特殊技能はレベルが高くないと取得できないので、今のリディアには無関係。ここは短期間に防御魔法を習得してもらおう。防御魔法と遠隔攻撃。いいじゃないか、この組み合わせ。本を見繕って借り、集合場所の闘技場横の訓練フィールドに向かうと、既にフレディとリディアが先に来ていた。


「さぁ、頑張ろうぜ」


 俺が声を掛けると二人は緊張した面持ちでこちらを見てくる。二人は訓練用の防具一式を装備しているのに、俺はドーベルウィンの決闘時に着ていた黒の道衣服のみ。フレディは木製の長棒、リディアは訓練用の木製の小刀で、俺は鍛錬用のイスの木の枝。二人共、決闘を見ているので、これから何をやるかは理解できているはず。俺は言った。


「さぁ、どこからでも来い。無制限勝負だ」


 俺は脇に枝を差した。二人は躊躇しているのか、その場から動かない。おそらく実戦形式の訓練は初めてなのだろう。暫く待ったが動いてこない。ならばこちらが動くしかないか。


「きぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!」


 俺は一気に間合いを詰めると、前傾姿勢で木の枝を抜き、フレディの長棒を打ち払った。


「うぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーー!」


 返す刀でリディアの木製小刀をふっ飛ばし、木の枝を脇に戻す。


「やらなきゃ、やられるぞ! いいから得物を持ってかかってこい!」


 得物をふっとばされた二人の顔は真剣なものに変わる。それぞれ飛ばされた得物を持つと、すぐさま俺に襲いかかってきた。


(よし、躊躇がなくなったか)


 俺は間合いを取りながら木の枝を抜いて、二人の得物を吹っ飛ばす。また二人は急いで得物を拾って、俺に向かってくる。それの繰り返し。俺と二人の間には隔絶するレベルの差がある。しかも両方剣士属性ではないので、戦いにすらならない。だが、それでは二人のレベルが上がらない訳で、どんどん立ち向かって来てもらってしごく・・・しかない。


 フレディとリディアが俺に襲いかかり、それを俺が薙ぎ払う。ただひたすらそれを繰り返して一時間以上経ったか、二人の足は完全に止まってしまった。


「よし、今日は終わらせようか」


 唯一息を切らせていない俺はそう告げると、二人に汲んできた水を差し出した。


「はぁ、蘇ったぁ」

「授業の方がずっと楽だわ」


 コップの水を一気に飲み干した二人は、本当に一息ついた感じとなった。


「グレンは決闘で本当に抑えていたんだね。手加減してもらってこれだもん」


 フレディが息を切らせながらそう言った。まぁ、内容は全て事実だ。


「いやいや、あれは魔剣がヤバかったからああいう戦い方になったんだよ」


「凄いよね、グレンは。相当鍛錬してたのね」


 リディアが感心しきりといった目で俺を見てくる。


「まぁ、これからはリディアの番だ」


 俺はそう言うと、リディアに図書館で借りた本を渡した。


「来週の夕方、またここでやろう。それまでにしっかり読んで来るようにね」


「そんなぁ~」


 ため息をつくリディアと、まだ動けないフレディに先に行くと告げ、俺は風呂場に向かった。

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