047 投資ギルド

 「レスティア・ザドレ」の個室に移動したジェドラ親子、若旦那ファーナス、ザルツとロバートと俺の六人は、ワインでの乾杯を終え、名物のノルデンコース料理を味わっていた。この会食のメインゲストであるラムセスタ・シアールは、もう少し後に登場ということで、今は雑談モードとなっている。話題はもちろん「フェレット商会」だ。


「フェレットは何を焦っているのか」


「我々がアルフォード商会を引き入れたと思い込んでいるのでしょう」


 ジェドラ父とファーナスが半ば呆れたように言った。王都ギルド加盟式の後、フェレットから「これから何をお始めになるのか」とジェドラ父が問われた事がきっかけとなったらしい。以前からあった、潜在的な対立関係が公然化したということであろう。フェレット商会の当主は思ったより耐性のなさそうな人物のようだ。


「お待たせしましたな」


 ジェドラ父と若旦那ファーナスの会話を遮るように、低いバスの音程で言葉を発する中肉中背、濃いブラウンの髪を整えた中年紳士が部屋に入ってきた。


「ラムセスタ・シアールでございます。お見知りおきを」


「ザルツ・アルフォードです」


 頭を下げたシアールにすぐさま立ち上がり挨拶するザルツ。続いてロバートと俺が続いた。


「君が『ビートのグレン』か。若いのにやるな」


 シアールはニコッと笑った。この人物、多分相当できる。俺の人生経験がそう分析している。そのシアールは着席するとすぐさま『金融ギルド』の進捗状況について説明を始めた。


「今現在、王都内の貸金業者の七割強が『金融ギルド』に賛同している。近く貸金ギルドが結成されることになり、そこを経由した出資となるだろう。およそ一四〇億ラントに達する見込みだ」


 貸金ギルドだと。今まで結成されていなかったのは、それぞれの権利意識が強かったからのはず。それが、ものの数週間で一変するとは。俺は『金融ギルド』の威力とシアールの力に感心した。シアールが状況報告をすると、今度はジェドラ父が口を開いた。


「王都ギルド加盟の商会の内、二十六商会が出資を希望しており、その額四二〇億ラント以上になる」


 若旦那ファーナスが続く。


「金属ギルド、宝飾ギルド、繊維ギルド、鍛冶ギルド、木工ギルド、服飾ギルドが加入を申し込んできている。こっちの方は合わせて一五〇億ラントの出資が見込まれる」


「貸金業者に低利融資を行って融資資金を安定化させるという発想は、長年俺が温めていた考えと同じ。だから私個人も六〇億ラント出資させて貰う予定だ」


 シアールは自身が営んでいた貸金業を畳んで、そのカネを『金融ギルド』に回すという、若旦那ファーナスの情報通りのことを明言した。


「これで合計一二六〇億ラントか。なかなかの額になったな。これでフェレットも大人しくなるのではないか」」


 ジェドラ父が満足げに呟いていると、ザルツが言葉を発した。


「今日のフェレットの振る舞いを見るに初動で一撃を与える必要があると感じます」


「うむむむむ」


 ジェドラ父が腕を組んで唸っていると、ザルツはシアーズにフェレット商会について訊ねた。ジェドラ父は暫く考え込んだ後、こう答えた。


「確かにフェレットが驚く金額ではあるが、一撃というところまでは・・・・・」


「いかないと・・・・・ 分かりました」


 ザルツが一呼吸置く。


「そこで私から提案があります。三商会で更に一五〇億、いや二〇〇億積みませんか」


「!!!!!!」


 これには全員が仰け反った。俺以外は。


「二〇〇〇億ラントにしようというのか・・・・・」


 ジェドラ父が呆気に取られている。日本円換算六兆円。高度に集積されていない経済世界であるエレノ世界のノルデンで、その額が与えるインパクトは果てしなくデカイ。


「実際の金額ではなく、今我々に必要なものは『数字』ではと」


「見せ金か・・・・・」


 ザルツの意見に貸金界の大物シアーズが呟いた。ザルツの言わんとすることに、まだ全員の理解が進んでいない。ここは俺が話した方がいいな、と思い口を開いた。


「要は一旦カネを入れ、その後に戻すことを考えてもいいということなのか、ザルツ?」


「ああ。今はカネ自体よりも『名』を取るほうが重要。二〇〇〇億ラントという数字がモノを言う」


「だったら三商会で一五〇億、俺が二〇〇億出すというのでどうだ。それで二〇〇〇億ラントはいく。三商会の出資は金額の多寡ではなく、均衡にしたほうがいい」


「ああ、俺はそれでいいぞ」


「アルフォード商会は凄いな。親子でとんでもない話をしているぞ。さすが『ビートのグレン』を擁する商会だ」


 俺とザルツのやり取りを聞いていたシアーズが、面白そうだと言わんばかりに顔を向けてきた。


「二〇〇〇億ならフェレットは呆気に取られるぞ」


 シアーズのその言葉に若旦那ファーナスとジェドラ父が反応した。


「やるなら今か」

「だったらやろうじゃないか」

「ジェドラさん、ウチは出しますよ」

「ああ、こっちも出す。同じ勝負をするなら確実に優位に立ちたい」


「決まったようですな」


 二人のやり取りを見たシアーズはそう決めつけた。背後の扉を閉めるような物言いなのは、この話を一気に進めたいからだろう。シアーズは続ける。


「定款に三商会とグレン殿に対し、無金利の特別融資枠設定の条項を入れましょう。それでなくても他の商会やギルドより出資額が多いのですから」


 『金融ギルド』の責任者になる男は事も無げにそう言った。さすが貸金業界の大物と言われる人物。頭の回転は相当速い。現実世界にいても大立者になっているのは間違いない。


「ただ、二〇〇〇億ラントとなると、積み上げた資金が有効に活かしきる事ができるか、という不安はありますが・・・・・」


「その点に関しては腹案がある」


 不安を口にしたシアーズに対し、被せるようにザルツが言った。何を言うつもりだ、ザルツ。一同の視線はザルツに集中する。


「腹案・・・・・」


 ギョッとしているシアーズ。場の空気を意に介さず、ザルツは腹案について話しだした。


「新たにギルド、『投資ギルド』を作って出資を募り、そのギルドが鉱山開発や設備投資などに対して投資する。そして投資で出た運用益を出資者に還元するのだ」

「『金融ギルド』は貸金業者に限定した融資だが、『投資ギルド』は事業に対する出資。『金融ギルド』が手綱を引いた投資なら、無茶な運用にはならない」


「投資信託か・・・・・」


 俺は思わず呟いた。ザルツが俺の方を見て頷く。この世界に投資信託なる言葉は存在しない。考え方そのものがないのだから。それを編みだしてくるザルツというのは、やはり只者ではない。


「金融ギルドに出資したくとも出資できない者や資産家個人の出資が見込める。投資信託か。非常に面白い。アルフォード殿、本当に心が躍る発想だ」


 シアーズはザルツに目を向け楽しそうに独語した。


「素晴らしい。私ははこんな話をしたかったのだよ。個人のカネを貸して商いをするには規模が限定される。小さいものになる。だが仕組みを作って集めることができれば、とんでもない大きさの仕事ができるんだ」


「できるのか?」


 愉快そうにしゃべっているシアーズにジェドラ父が聞いた。


「できるとも、できるとも。案は煮詰めるよ」

「ジェドラ。これからフェレットの度肝を抜くことをやろうぜ」


 その返答に驚くジェドラにシアーズが続ける。


「これで『金融ギルド』の骨格は決まった。そして投資ギルドという素晴らしいアイディアもいただいた。ただあと一つ、すべき事が残っている」


 全員の視線がシアーズに集まる。


「貸出金利の上限規制だ」


「上限規制、ですか・・・・・」


 若旦那ファーナスが困惑している。


「そうだ。せっかく低利で融資しても、高利が青天井なら意味は半減する。金利を三割程度に抑制し、貸し倒れを防いで、踏み倒しを規制しないと『金融ギルド』を活かしきれない」


「しかし、規制となると大きな力が・・・・・」


 ジェドラ父が眉をしかめ、一同に視線を回す。


「私には政治的な繋がりがないな」

「所詮は一介の商人ですので」

「有力貴族どころか貴族との繋がり自体が薄い」


 ザルツもファーナスもジェドラ父も答えを見いだせないという表情を浮かべている。そりゃそうだ。商人、たとえ高位の実力者であろうとも、おいそれと貴族と話ができる身分ではないのだから。静まり返った部屋にシアーズが言葉を発した。


「ここに貴族との繋がりを持てそうな人物がいるではありませんか」


 は? 誰だ? そんなヤツがいたか?


「貴族学園に通っている『ビートのグレン』という人物が」


俺にこの場にいる全員の視線が集まった。

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