043 令嬢の食事会

 クリスとの食事会の為に学食「ロタスティ」の個室に入ったのは一七時半ぐらいのこと。個室には既にクリスと二人の従者、トーマスとシャロンが座っていた。確か食事会は一八時予定だったはず。それより早い時間に来たつもりだったのだが・・・・・


「待ちきれなかったのです」


 クリスは無表情で俺に説明してくれた。なんで無表情なのだ君は。すると黒髪の女子生徒、クラスの斜め前の席にいるシャロンが「個室はそれより前に確保してますからご心配なく」とフォローしてくれたので、場の空気が和らぐ。クリスの行動がなんとなくチグハグなのを二人の従者も承知しているのだろう。そう思うと何故か笑える。


 俺は席に座ると早速、ドーベルウィンの一件を話した。今日、ドーベルウィン伯がいきなり押しかけてきたのは、ドーベルウィンが王都の屋敷に逃亡し、学園からの要求書を握りつぶしていた為。それを知った叔母に当たるスクロード男爵夫人が激怒して、伯爵が急ぎ連れてきたからだと説明すると、全員が呆れ果ててしまった。


「ドーベルウィン家は恥を回避されたのですね」


 クリスの問いかけにそうだ、と答えた。ドーベルウィンが学園にいないことに気付いて、従兄弟のスクロードと相談。母親のスクロード男爵夫人に手紙を送ると、領内にいたドーベルウィン伯夫妻や親戚を集め、善後策を協議したようだと解説した。


「それで『伯爵家を賭けた』件はどうなったのですか?」


 トーマスが興味津々という表情で聞いてきた。


「それがな。ドーベルウィンを『あげる』と言ってきたんだよ」


「えっ?」


 一番初めに奇声を発したのはクリスだった。顔が吹き出しそうになっている。


「だから、ドーベルウィンが将来伯爵家を嗣ぐので、煮るなり焼くなりお好きにどうぞ、と渡してきたんだよ」


 一同、ドッと笑い出した。


「ヒドイ! 捨てられたみたいな感じ」」

「身から出た錆とはいえ、ドーベルウィンも気の毒だ」


 シャロンとトーマスは笑いながら思っていることを好き放題に口走った。おいおい君等、相手さんは貴族だぞ。


「それはドーベルウィン伯のご意向なの?」


「ドーベルウィン伯は真面目な武人。そんな事を・・・・・」


「考えるわけがありませんね」


 流石だ。クリスの読みはおそらく正しい。ちょっと話を聞いただけで読み取る事ができるセンスは天賦のものだろう。というか男だったら普通に宰相になるんじゃないのか。


「まぁ、ドーベルウィンもザビエルカットよりマシと納得してるんで」


「ザビエルカット!」


 またみんなで笑い出した。君等笑い耐性がなさすぎだぞ。本当にみんな楽しそうに話を聞くなぁ。食事が運ばれ、ワインで乾杯すると和やかな雰囲気で歓談が始まった。


「『緊急支援貸付』の元手は貸金業者からの融資とのことですが、金利は一体どうなっているのですか?」


 食事が終わった頃、クリスが切り出してきた。やはりそこが気になるのか。『緊急支援貸付』は無利子。なのに貸金業者から借りる金は高金利のはず。なのに無利子。この差分はどうなっているの? と疑問に思うのは当然だよな。


「もしかして、金利はグレンが・・・・・」


 少し不安そうな顔でクリスが見てくる。そんな感じで琥珀色の瞳をこちらに向けないでくれ。


「俺は一ラントも負担していないよ」


「では金利は?」


「心配しなくても貸金業者は半年は金利ゼロで請け負っていますよ」


 クリスからの質問に俺は答えた。首をかしげるクリス。すると今度はトーマスが訊いてきた。


「しかし貸金業者は利益がないと絶対に動かないといいます」


「それが金利ではない『利益』だとしたら・・・・・」


「そんな『利益』があるのですか!」


 利益という言葉に、間髪入れずクリスが身を乗り出してきた。聞きたかったのはこれだな。俺は説明した。貸金業者に俺が無金利でお金を貸して、業者はそのカネを生徒会に貸し出した、ということを。


「しかしそれでは、業者にどんな『利益』があるのか分かりませんが・・・・・」


「『差』なんだよ」


 シャロンの疑問に答えだが、今度は三人とも『差』が気になるらしい。しばらくしてクリスが尋ねてきた。俺が貸金業者に貸したカネと、貸金業者が生徒会に貸したカネの額を。


「俺が貸したのが一億五〇〇〇万ラント」


「・・・・・・・・・」


 全員固まっている。これは仕方がない。俺は続けた。


「貸金業者が生徒会に貸したのは七〇〇〇万ラント」


「・・・・・つまり八〇〇〇万ラントが貸金業者の手許に残ったということですよね」


 いち早く硬直から解き放たれたトーマスが答えた。


「しかし、それだけでは『利益』には・・・・・」


 困惑したといった感じで疑問を呈するトーマスに、クリスが諭すように被せてきた。


「そのお金を違う人に貸したとすれば?」


「『利益』になりますね」


 トーマスはハッとした顔で答えた。そういうことなんだよ。さすがはクリス。俺が貸したカネと生徒会に貸したカネの『差額』を運用することで、貸金業者はビタ一文出さずに商売をして『利益』を上げることができる。そう説明すると、みんな目を輝かしてこちらを見てきた。


「お金を払わず、仕事をさせるなんて・・・・・」


 シャロンが感心している。払ってやってもらったら、いくらでもふっかけてくる・・・・・・・からな。連中に考えさせる渡し方をしなきゃダメなんだよ、抜け目ないから。


「ちなみにこの業者の年間貸出が一億ラント未満。仮に金利3割ならば、三〇〇〇万ラント。一方『差額』を運用したならば二四〇〇万ラント。片や自腹、片や無金利の人のカネ。どちらが魅力的か」


「もちろん人のお金ですわ。負担ゼロでお金が入ってくるのですから」


 クリスはにこやかに答えた。クリスは基本無表情だが、それでも美しい。なのに微笑んだら、美しいのがパワーアップして本当に綺麗なのだ。まぁ、意識をしなければ普通に見惚れる。明るい顔なのは多分、疑問が氷解したので嬉しいからだろう。


「よくもまぁ、そんなテクニックを思いつくもんですよね」


「いやいや、こんなの序の口なんだよ」


 感心するトーマスに俺は現実世界の金融の話をした。一般人の預貯金を集めて、数兆ラントを貸す超メガバンクと呼ばれる業者がいくつも存在すること。金貨銀貨じゃなくて、紙のカネで取引をしていること。最近は紙もなくなり、数字だけで買い物や取引をしていることなどを話すと、はたまた全員が硬直してしまった。


「グレンの話はいつも超越していて刺激的ですわ」

「僕は楽しくて仕方がありません」

「考え方がまったく変わってしまいます」


 それぞれ目をキラキラさせて話の感想を述べる。三人とも若く、好奇心が旺盛な上に、しっかりした教育が施されているため、俺が言ってることが理解出来、「良い刺激」と捉えられるのだろうと思う。


「貸出金利も国策でコントロールする。直接介入する方法と、間接的に介入する方法でだ」


「直接的というのは勅令で金利を定めるという事だよね」


「ああそうだ。俺たちの世界では貸金業者に向けた法律で定められている」


 トーマスの答えに俺が説明した。いや本当に飲み込みが早いな。では間接的にどうするのか、とシャロンが聞いてきたので簡単に解説した。紙の通貨を発行できる独占業者が、特定の貸金業者にお金を貸し出す際の金利を弄る。政策金利という方法だ。これで業者の金利やお金の貸出量のコントロールができる。


「つまり命令に依らずして、業者を動かすということですね」


「そういうことだ」


「そんな方法もあるんだ」


 クリスの回答にトーマスが嘆息している。クリスは本当に賢い。政治センスがそれをさせるのだろう。現実世界に連れていけばリサと同じように活躍できるんじゃないか。


「我々にとっては異世界なのですが、異世界のお話そのものが異世界ですね。我が国でそのような施策を行えば、誰もついていける人はいないでしょう」


 クリスは俺の話の感想を述べた。全くその通りだ。クリスの考えは正しい。


「我々の世界の人間も少なからぬ人がついていけず苦労している。かくいう俺自身もついていけていない側の人間だから」


「え?」

「グレンが!」

「グレンでさえも?」


 全員が驚いている。しかしそうなのだ。でなければ社畜生活なんかに身を置いてはいない。


「大変な世界なのですね。グレンの世界は」


「ああ、そうだよな。こことは違った意味で大変だと思う」


 クリスの言葉に俺はそう返した。現実世界はストレス社会。こちらの時間の流れ方を見ると、あれで気を病まない方がおかしい。結局、俺たち四人はワイン片手にロタスティの閉店まで歓談を続けた。


 ――翌日、公爵嫡嗣ウェストウィック卿とアンドリュース侯爵令嬢の婚約が発表された。共にサルンアフィア学園に在校する一年生。俺と同学年だ。以外な形で『世の理』の揺り戻しが起こったのである。

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