041 エチュード
調子よくピアノの練習を終えた俺は、今日も図書館に入った。メンタルの状態が良くなったからか、ピアノの指の周りもいい。できうることなら練習曲の楽譜が欲しいところ。やっぱりメンタルは大切である。ドーベルウィンの件が片付き、暗殺者の話が立ち消えになったことで、俺もようやく元のリズムを取り戻せそうだ。
いつもの机、いつもの場所でいつものように通読しているのだが、最近は調べるべき内容を変えている。これまでは過去の事象を中心に調べていたのだが、
そこでやむなく古典的な伝説や神話、伝承や物語のラインを当たることにしたのだが、これまたよく分からぬ内容で理解するのに悪戦苦闘の日々だ。今日も一つの伝承を読んでいる。
【クラッセル伝説】
――昔、若い男女がいた。やがて二人は深く愛し合う。ところが男は遠い異国の生まれ。男は悩んだ末、故郷に帰る決断を下すに至る。そして男は意を決し、女に別れを告げて、故国へと旅立った。しかし女は男のことが忘れられず、我が身が滅びても、別の体に乗り移り、ただひたすらに男の帰りを待つ。だが、男が女の前に姿を現すことは二度となかった。
「何なんだ、この救いのない話は」
女の情念で憑依したまではいい。だが、その後に女がどうなったのか、といったオチがないというのはどういうことだ。こんなの寓話にも伝説にもならんがな。そんなことを思っているとアイリとレティがやってきたので、開口一番、二人に俺は重要な事を報告をした。
「おかげで殺し屋は解雇されたよ」
「良かったですね。これで一安心」
「ま、これから無茶はしないように」
アイリとレティが安堵の言葉をかけてくれた。学園内で俺に気をかけてくれる人は皆無なので、これだけでも有り難い。
「どうして殺し屋さんは解雇されたのですか?」
アイリは
「で、いくら貸したの?」
「いや、まぁ、そこまでの内容では・・・・・」
「い・く・ら・な・の・!」
表情は笑っているが、声のペースが落ちてトーンが下がった。
「グレン。何も言わないから、正直に答えてあげて」
なぜかアイリまでも参戦してきた。アイリに言われるとなかなかキツイ。
「・・・・・一億五〇〇〇万」
「まぁ! やっぱり普通じゃない金額動かしてるじゃない!」
「・・・・・凄いですね、いつも」
金額を聞いて呆れるレティと驚くアイリのコントラストが予想通りのテンプレ過ぎて泣けてくる。これではマズイので素知らぬフリを装いつつ、全力で話題を変えた。
「もう一つ。ドーベルウィン伯が謝罪に来た」
「今日も来てなかったわよ、ドーベルウィン」
「ドーベルウィン伯が連れてきた。家に帰ってたんだよ、アイツ」
「そうだったの!」
同じクラスのレティはドーベルウィンが家に帰っていた事を少し驚いていた。アイリが聞いてくる。
「それで話し合いの方は・・・・・」
「こちらも上々だったよ。ドーベルウィン伯は伯爵家として謝罪された」
ドーベルウィンと従兄弟のスクロードがアーサー預かりになった事も説明した。
「親のほうがマトモで良かったわよね。ウチとは大違いだわ」
レティの舌鋒は鋭くなった。家のことになると手厳しい。
「というわけで、レティ。ここは一つ、ドーベルウィンの事を遠巻きに見てやってほしい」
「はぁ?」
レティは何故ゆえという顔をしてきた。当たり前だ。そのうえで説明した。
「ドーベルウィンは今、自分でやらかした事に怯えている。だから周りの連中が手出ししないように、見てやって欲しいんだ」
「なんで?」
「『レティシア様』の魅力がデカイからさ」
「なにそれ!」
「アーサーもクルトもグリーンウォルドもみんな『レティシア様』って崇め奉ってるんだわ。イザという時、レティがモノ言えば全てが収まるみたいな空気なんだよ。だから助けなくていいから頼む」
そう言うと、アイリがそれ分かります、とレティの説得を始めた。
「レティシア。ここはグレンの言うことを聞いてあげて」
「ええー」
「何かあった時、レティシアが一言、言うだけでいいの。それで絶対終わるから」
「・・・・・分かったわ」
凄い!
「ありがとうレティ。ありがとうアイリ」
俺は二人に礼を言いつつ、もう一つの頼み事を口にした。
「実は・・・・・ 例の魔剣『エレクトラの剣』なんだが売却することになってな。そのついでにドーベルウィン伯の所有物の鑑定と売却代行を依頼されたんだ。二人にその手伝いをして欲しいんだよ」
「ええっ、貴方そんな仕事も請け負えるの?」
「ああ。鑑定能力あるし【ふっかけ】という交渉能力もあるから」
俺はレティの疑問に即座に答えた。レティの方は仕事に興味があるようだ。
「あのぅ、私は何をすれば・・・・・」
「アイリには、売却物件の記帳や査定額の記入のような、書類処理をやって欲しい」
「私にできるんでしょうか?」
「できるよ。それにこの仕事レティにはできないから」
「そうそう」
頷くレティは、イマイチ意味がわからないといった顔をするアイリに説明してくれた。私が貴族として出向くので、仕事をしたくてもできない。アイリは平民だからできる。それがこの国のしきたりなのよ、と。
「面倒でしょ。仕事したくてもできないって。バカじゃないって思うわ」
「はい、本当ですよね」
しかし、貴族邸に出入りする以上、貴族の
「でも、服が・・・・・」
「心配しなくてもいいわよ。仕事だから。作ってくれるわね、グレン」
「もちろん!」
「私も分もね」
「ああ。そのつもりだ」
アイリも納得してくれたようで、コクリと頷いてくれた。レティは自分の服が用意できるとあってごきげんである。
「では明日の放課後、ブティックで買おう。服についてはレティに任せるよ」
「ええ。分かったわ」
「あと、ついでに食事もね」
「ちょっとレティシア!」
珍しくアイリがレティをたしなめようとした。ねだりすぎだと言いたいんだろう。
「アイリ、いいんだ。俺も最初からそのつもりだったからね」
「でも・・・・・」
「こういうのは信頼できる人じゃないと頼めない案件だから。レティもその辺り承知で言ってくれてるし、おかげで気が楽なんだよ」
事実なのだ。レティも二人だったらそこまでねだらないだろう。アイリがいるから
「じゃ、明日みんなでいきましょう!」
レティはニッコリ笑ってそう言った。そのレティに俺は要件を伝える。
「明後日の昼、ザルツとロバートが来る。リッチェル子爵家を代表して顔合わせして欲しい」
「グレンのお父さんね」
アイリがザルツという言葉に反応した。俺が父親を呼び捨てにするという話のインパクトが大きいようだ。
「そうだ。もし良かったらアイリも顔合わせを・・・・・」
「はい!」
俺の言葉にアイリはすぐに返事をしてきた。レティも「こちらこそ」と頭を下げている。こうして明日は買い物、明後日はアルフォード家の当主と長男との顔合わせというスケジュールが決まった。
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