039 実技対抗戦

 休日初日はレティとしこたま・・・・飲んでしまったために酔いつぶれて終わってしまったが、次の休日は鍛錬、ピアノ、図書館の三本立てをみっちりこなして体勢を立て直した。特に鍛錬とピアノに三時間半ずつ割り当てたのは大きい。


 というか最近、ピアノの打鍵力が上がって、尖ったタッチができるようになってきた。鍛錬で握力が強くなっているからだろう。現実世界にいたときは、こんなにパワーがあってシャープな指の動きはできなかった。ただ悲しいのは、この世界に練習曲の楽譜がないことで、せめて「モシュコフスキ」ぐらいは欲しい。


 楽譜と言えばこのエレノ世界ではなぜか楽譜が少なく、「エレノオーレ!」全曲集やら、サントラ盤「エレノオーレ!」初級版みたいな、どこで売っているのだというおかしなピースしかない。こんな状況なら、嫌いなショパンの楽譜でもあった方が遥かにマシで、この日は結局、夜に脳内採譜作業をして終わってしまった。


 ――平日初日の朝、教室に入ると机の前に座っているリディアが話しかけてきた。


「ねぇグレン。パーティー、誰と組むか決まってるの?」


「いや。まだだけど」


 そうだ、そろそろ「実技対抗戦」の始まる時期だ。このサルンアフィア学園では、生徒が二、三人のパーティーを組んで、闘技場で「勝ち抜きバトル戦」を行う授業がある。というか、それ本当に授業なのか、というものなのだが。


 テストもない、赤点もない、追試もない、落第もない、この甘々な貴族学園。しかしこの実技戦は男女強制参加のガチ勝負。この成績は詳しく記録公表されるため、進路結婚就職に大きな影響を及ぼすということで、みんな真剣に取り組む。


 乙女ゲーム『エレオノーレ!』ではヒロインがランダムキャラと組んでランダムキャラのパーティーと五戦勝ち抜きし、決勝で男性攻略者の率いるパーティーや、悪役令嬢クリスティーナや悪役令息リンゼイと戦う。

 対戦相手はそのときによって変わるのだが、男性攻略者に勝利すれば負けた攻略対象者の親近感がアップするという信じがたい設定が盛り込まれていたり、悪役に勝利することで大幅なレベルアップが狙えたりする。


「だったら私達と組まない?」


 リディアがフレディに視線を送った。


「グレンは強いから、もう誘いが・・・・・」


「ないな」


 本当なのだ。というかあの一戦を見たからといって、俺と組みたいなんて思っているヤツはごく少数。貴族学園というものはそういうものだ。


「だったら組んでよ!」


 フレディが俺に迫ってきた。迫らなくても俺の返事は唯一つ。


「ありがどう。こちらこそよろしく頼む」


「よっし!」

「やったぁ!」


 俺の返事に二人は素直に喜んでくれた。フレディとリディア。この二人もこの学園では数少ない俺の理解者。偏見のないヤツを足蹴にする趣味は俺にはない。組むことを決めた三人で「実技対抗戦」の話をしていると、一限目の教官がいきなりクラスに入ってきて俺を呼び出した。「至急、職員室に行ってくれ」と。


 急ぎ職員室に向かった俺はある予感がしていた。そして職員室に入ると、その予感は的中している事を確信する。そこにはアーサーとクルトがいたからだ。


(ドーベルウィン伯が来校されたな)


 俺たちは学園応接室に通される。応接室に入ると、見るからに硬骨漢な壮年の人物が立っていた。その横にはやつれた・・・・ドーベルウィンとスクロード。この壮年の人物は間違いなくドーベルウィン伯だ。予想以上に武人然としている。俺たちは三人と向かい合わせに立った。もちろん俺の真正面はドーベルウィン伯である。


「事前の連絡もなく、諸君らをここに呼び出し失礼した。私はドレット・アルカトール・ドーベルウィン。ジェムズの父親だ」


 ドーベルウィン伯は俺たちに頭を下げた。慌ててドーベルウィンとスクロードが頭を下げる。ドーベルウィン伯は言葉を続けた。


「学園側より通告書で通知を受けているにも関わらず、我が家の不備により対応が遅れてしまい申し訳ない。すぐさま対応すべきと取り急ぎ本日来訪した。この点も合わせてお詫びしたい」


 そう述べるとドーベルウィン伯は再び頭を下げ、ドーベルウィンとスクロードがそれに続いた。やはりドーベルウィン伯は武人気質だったか。ドーベルウィンもスクロードも絞られたな、こりゃ。そんな事を思いながら俺は自己紹介した。


「私はグレン・アルフォードと申します。ドーベルウィン伯のお言葉、しか・・とお受け止め致しました。どうぞおすわり下さいませ」


 俺はドーベルウィン伯に着席を促した。


「皆さん、まずはお座り下さい」


 俺の言葉を察したのか、ドーベルウィン伯がまずソファーに座り、次に俺を含めた五人が全員座った。早速、ドーベルウィン伯が口を開く。


「我が息子、ジェムズが貴族の地位を笠に着て、クルト・ウインズ殿に理不尽な振る舞いを行った件、ドーベルウィン家当主として、率直にお詫びしたい」


「俺・・・・・ 私がクルト・ウインズ君に対して行った威圧的な行動を謝らせて欲しい。本当に申し訳ない」


 ドーベルウィン伯に続いてドーベルウィンも頭を下げた。そのドーベルウィン親子の行動にクルトは恐縮している。隣にいたアーサーが指で突いてクルトに返答を促した。


「ドーベルウィン伯とドーベルウィン君のお言葉を受け入れます」


 クルトの回答に、つかさず俺は口を開く。


「ドーベルウィン君は『ドーベルウィン伯爵家を賭けて』私に決闘を申し込みました。この点についていかがなされますか?」


 場の空気が重くなる。貴族の家を賭けて敗北した。この事実は重い。そこをドーベルウィン伯はどう扱うか。両手を組んでいたドーベルウィン伯は言葉を発した。


「我が子ジェムズが『ドーベルウィン伯爵家を賭けて』とアルフォード殿に宣告したのは事実。よってドーベルウィン家当主として、嫡嗣ジェムズ・フランダール・ドーベルウィンをアルフォード殿にお預けしたい」


 おお、そう来たかドーベルウィン伯。いや、この策は愚直な武人である伯爵では思いつかないのではないか。考えたのは別の人間、他の誰かだろう? しかし「賭けた」者自体ドーベルウィンを渡してきたこの手、侮れない。


「父上!!」


 ドーベルウィンが血相を変えて立ち上がった。だが、ドーベルウィン伯は身じろぎもしない。そして息子ドーベルウィンに顔を向けもせず、決然と言い放った。


「ジェムズ。お前が次期当主。今後、お前の動き一つがドーベルウィン家の生殺与奪を握ると思え!」


「し、しかし・・・・・」


「ドーベルウィン家を賭けたのは他ならぬジェムズ、お前だ!」

「貴族の誇りを重んずるならば、己の発した言葉に責任を持て!」


 父の怒気をはらんだ声に圧倒されて、ドーベルウィンは崩れ落ちるようにソファーにへたり込んだ。武人の父には覚悟があったが、ドーベルウィンにはまだ覚悟ができていなかったようだ。


 俺はドーベルウィン伯のこの気迫を拒否することはできないだろう。だが、平民の俺が受け入れるにはあまりにも問題が多い。第一ここは貴族学園。いくら伯爵家であろうと、その一存だけで決められる話ではない。俺は一計を案じた。


「ドーベルウィン伯のお覚悟、しかと受け止めました。ですが私は平民。ですので、こちらにいるボルトン伯爵家の嫡嗣アーサー・レジエール・ボルトン殿が引き受ける形でよろしいでしょうか」


「おい・・・・・」


 俺はアーサーを制した。同じ伯爵家であるボルトン家であるならば、ドーベルウィン家が傷つくことはない。またボルトン家は八家ある高位伯爵家『ルボターナ』の一つ。ドーベルウィンが風下に立っても表向き後ろ指を指されることはないだろう。ドーベルウィン伯は頭を下げた。


「了解致した。ボルトン卿には是非ともお願いしたい」


 父親から事前に通告されていなかったのだろう。ドーベルウィンは蒼白になっていて、毒気が完全に抜けてしまっていた。スクロードの方はといえば覚悟しているからか、下を向いたままだ。


 アーサーはいきなり自分が身元引受人となってしまった事で何か言いたげであった。事前の予測ではなかった想定だし、まさか自分がとの思いだろうが、よく抑えてくれている。後でフォローしなくてはいけないだろう。俺は次の話に移った。


「次に『エレクトラの剣』の伯爵家内での取り扱いについて、いかがするおつもりか」


「魔剣に関しては嫡嗣が振るう事ができぬことが明らかになったので、当家において売却処分を考えている」


 魔剣という認識があったのだな。


「差し支えなければお聞かせ願いたいが、なぜ魔剣を?」


「私が近衛騎士団に属していた頃、より効果的にモンスター退治を行うために買い求めた。一線を退いた今、もはや不要」


「わかりました。では売却処分。私めに協力させていただけないでしょうか?」


 俺の言葉にドーベルウィン伯がハッとする。自分が商人属性で鑑定能力を持ち、特殊技能【ふっかけ】で、通常よりも高値で売り払えることを説明すると、伯爵は身を乗り出してきた。


「実は不要家財の売却を考えていたところ。ご足労だが一度我が家にお越しいただき、他の物も鑑定いただけぬか。剣と合わせて売却依頼を行いたい。もちろん報酬は出す」


 以外過ぎる展開に驚いたが、乗りかかった船。俺は快く応じることにした。話し合いの結果、次の休日の午後、然るべき者を立てて王都のドーベルウィン邸に伺う形で話が進んだ、その直後。


「もし良ければアルフォード殿の剣術を見せていただけぬか」


 ドーベルウィン伯からのいきなりの申し出に戸惑った。見ても仕方がないように思うが・・・・・


「アルフォードの剣は商人剣術。我々騎士には習得できぬものでして・・・・・」


 アーサーが間に入ってきてくれた。俺以外で商人剣術に詳しいのはアーサーだけだ。モノを言う資格がある。


「なるほど。だから人が知らぬ剣術なのだな」


「ですので、今の使い手はアルフォードのみ。それをご覧になっても・・・・・」


「いやいや、私が術を習得したいから申しておるのではない」


 やんわりと静止するアーサーに、ドーベルウィン伯が苦笑気味に答える。


「いくら使い手が実力不足とはいえ、魔剣相手に木の枝で勝ち抜いたという術は並ではない。それを一剣士としてこの目で見たいと思ってな」


 なるほど。一剣士としてという言い回しが武人らしい。ドーベルウィン伯の人柄がよく出た言葉だ。俺が稽古だけとなってしまいますが、と確認するとそれで良いという事で、この場の一同は鍛錬場に移動した。

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