038 リッチェル子爵家
リッチェル子爵息女・レティシア・エレオノーレ・リッチェルが語る実母、リッチェル子爵夫人は出たがりの見せたがり、行きあたりばったりで、前後の見境がなく、金銭感覚皆無。おまけに世間知らずで見栄っ張りの空っぽな女だという。
無学でモノを見極める目もないので、出入り商人の言われるままに服や調度品、貴金属などを無意味に買い漁り、子爵家の財政を傾けてしまっていた。また出入りの者も巧言令色で元値の二倍三倍で売りつける悪徳商人。話を聞く限り、ダメな奴とダメな奴の夢のコラボだ。
「だから悪徳商人に今後母親に売りつけても、リッチェル家は代金は一切払わないという念書を突き付けて、領内から叩き出したの」
「母親はバカだから、出入りが来なくなったから買い物ができないわ、とボヤくだけで終わりなんだけどさ」
それで出入りとやり取りしていたのか、君は。
「それだけじゃないの。うちの家は家族が基本バカなの」
父親であるリッチェル子爵は自分の
「救いがないな。リッチェル子爵家は」
リアルはゲーム以上の悲惨さだ。いや、ゲームは表層の部分しか描いていなかったのかもしれない。というか、このイカれた理不尽な家族に立ち向かう、年端も行かぬレティが不憫過ぎる。そりゃ、したたかにもなるわな。
「でしょ。ダメダメなのよ、全員」
レティはどうしようもない自分の家族に対して、次々と手を打った。まず兄に複数の私生児を不問にすることを条件に廃嫡を承知させ、事実を領内に周知。兄とリッチェル子爵家が事実上切り離された事を示した。これによって兄の所業に辛抱していた領民は、躊躇することなく兄を排斥した。
次に父に対してこの責任を問い、父にはレティシアの同意なくしてカネが動かさないという誓約書を書かせた。これによってリッチェル子爵家の采配権を奪い、同時に姉は無心の先を失ってしまう。その後レティに無心には来るものの、レティが当主じゃないから知らぬ存ぜぬと通していることで、姉の無心は
今はリッチェル家の押し込めにレティの力となった陪臣・ダンチェアード男爵を中心に、執事長、そして侍女長がレティの庇護のもと、屋敷運営と両国経営に当たっているという。みんな家が潰れて流浪したくはないので、一致団結してレティへの協力を惜しまないらしく、これはもう実質的にレティがリッチェル子爵家の当主みたいなものである。
「苦労してんだな、レティは」
「だから私の最後の希望は弟のミルだけなの」
「ミル?」
「弟のミカエルよ」
レティの一歳下のミカエルは、レティと仲がよく、他の家族と違って勤勉なのだという。レティの望みはこのミカエルに一刻も早く子爵を継承させ、家を安定化させること。
「来年に学園に入れて仕込むの。グレンという能力の高い人間の元で学ばせるのよ」
「おいおい、そんな冗談を」
苦笑してレティを見たが、相手の顔がいつになく真剣なので驚いた。
「本気か・・・・・ 商人だぞ、俺」
「本気よ。だって学園にはバカ貴族しかいないじゃない」
全員じゃないけどな、とは思ったが、大筋としては外れていない。
「貴族だぞ。貴族を商人が教えていいのか」
「いいわよ。私の弟ならいいわ。誰にも文句は言わせない」
レティはエメラルドの瞳をキリリとさせ、断言する。どうやら本気のようだ。俺はレティの肩を叩き、席を立つように促した。一旦、カジノを出て、別の店で飲み直す為である。意図を察したレティは、黙って俺の後についてきた。
カジノを出た俺とレティは、近くにある高そうな店に入った。この店もバーなのだが、バーはバーでも個室バー。部屋に案内されるとバーテンダーに高級ワインを二本頼んだ。頼んだものを持ってきた給仕は好奇の視線をかすかに出したが、すぐに部屋から出ていった。
「ここは・・・・・」
「まぁ、言ってはなんだが逢瀬をするところだ」
俺の解説にレティは少し恥ずかしそうな態度を見せる。その真贋は伺い知れぬが、そういうことは一番初めに言っていたほうがいいだろう。
「襲うつもり?」
「しねえよ!」
レティは相変わらずだ。俺はグラスにワインを注ぎ、レティに渡した。
「これから話すことは、あそこでは話しづらい事だから出てきたんだよ」
「どうして?」
「カジノの背後がウチの対立陣営になるところだからだ」
えっ、とレティが身を乗り出してきた。俺は説明した。王都ギルド二位のジェドラ商会と四位のファーナス商会が、アルフォード商会を王都ギルドに引き込んで加盟への地ならしを行ったこと。ジェドラ=ファーナス連合が一位のフェレット商会と対立関係にあること。そのフェレットが実質カジノを仕切っているということ。
「グレン、ちょっと待って。ここに来たのはわかったけど、話が大きくなってない?」
「いや、これはまだ序の口だ」
驚くレティを他所に話を続ける。フェレットとジェドラ=ファーナス連合が確執を深めた切っ掛けは、今三位にいるトゥーリッド商会の加盟問題。また俺たち三商会陣営が新たに作る『金融ギルド』に、フェレットと対立関係にある貸金業界の大物シアーズとその一派が加わることを付け加えた。
「凄く大きい話じゃない! 大きすぎるわ。それを私に話してもいいの?」
「君の弟を俺に教えさせると言ったのは、君じゃないか」
「だからって・・・・・」
「俺の立場はこの一週間ぐらいで随分変わった。変わってしまった。今のままでは王都ギルドを舞台として商人界を二分する抗争に発展しかねない。そうなったとき、既に一枚噛んでいるアルフォード商会は逃れることはできないだろう。だからこそ人脈が必要だ。使える人脈がな」
「でも私には・・・・・」
「いや、レティが後ろ盾となるリッチェル子爵家ならば大歓迎だ。商人に理解のある貴族というのはそうそう居ないからな」
リアルレティは、ゲーム『エレオノーレ!』のレティ以上にぶっ飛んでいる。だが、平民に対する侮蔑はないし、商人に対する偏見もない。何より「バカ貴族」を「バカ貴族」とハッキリ言える、貴族としては珍しい進歩性がある。そういう人間が実質当主の家なら心強い味方だ。
レティが真剣な眼差しを俺に向けてきた。
「グレン。いえグレン・アルフォード。貴方が我が弟ミカエルの協力者となるならば、我がリッチェル子爵家は家門を挙げて支援を致しましょう」
「そのお言葉、謹んで承ります」
こういうとき、レティがああ貴族の娘だ。ああ主人公だ。ああ気高きヒロインだ。と自覚させられる。普段は天衣無縫というか傍若無人な振る舞いなのに、ワインを
「今週中に王都ギルドへの加盟手続きのため、ザルツとロバートが上京してくる。そのとき改めて紹介させてもらおう」
俺はレティにアルフォード商会の当主と後継を紹介することを約束し、俺の家の内情を話した。するとレティもリッチェル子爵家の内情をより深く語りだす。その中でお互い、あまりにも環境が違うので驚くことも多かったのだが、同時に俺たちが置かれた状況が酷似してることにも気付いた。
つまり後を継ぐのが別の人間で、俺たちはそれを支える側の立場であるという点である。俺は次男で、商会はロバートが継ぐ。レティは次女で、子爵家は次男ミカエルが継ぐ。継承者が引き継ぐ目処がつけば、俺たちの役割が終わり、その後、変わっていくのも同じだ。
「気が合ったのは、それでかもね」
俺たちはお互い苦笑した。最初からそうなのだが、レティと話すのは全く気兼ねがない。不思議なのだが、気を使うことがないのだ。これは多分、レティのおおらかな性格のおかげだろう。俺にとってアイリが「癒やし」ならば、レティは「護り」だ。
「貴方、アイリスについてどう思っているの?」
レティは唐突に聞いてきた。俺は思っている気持ちを正直に吐き出した。
「もちろん大好きさ!」
「じゃ愛しているのね?」
絶句した。言葉が出ない。
「やっぱり・・・・・」
レティはため息をついた。何も言えない。
「こんな事を言うのはなんだけれど、貴方アイリスのこと、娘みたいに思ってるんじゃないの?」
頭の整理ができない。
「アイリスが本気になったら貴方どうするわけ?」
「そうなったとして後悔しない?」
何一つ言い返す事ができなかった。アルコールも手伝って思考が回らない。
「・・・・・大丈夫だ」
「何が?」
「アイリにはキチンとした相応しい相手が現れるから」
ゲームの設定上、そうなっている。そうなっているから大丈夫なはず。
「根拠は?」
レティの視線が冷ややかだ。暫くの沈黙の後、俺はなんとか言葉を絞り出した。
「いい子だから・・・・・」
俺の苦し紛れの答えにレティは呆れ顔を向けてきた。
「まぁいいわ。これ以上は聞かないから。でも心には留めていてよね」
レティはそう言うとグラスのワインをグビッと飲み込んだ。俺もそれに合わせて自分のグラスを呷る。なんなんだ、この感覚は。しかし、だからといってこの場が険悪なムードにはならなかった。俺たちは話題を変え、何事もなく語らい続け、結局、学園の寮には朝帰り、八時前になってのことだった。
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