029 緊急支援貸付

 生徒会から賭けに負けた生徒への融資を勝ち取る。少なくとも生徒会に掛け合うと約束した以上、その約束は果たさねばならない。席に戻った俺は、すぐさま【収納】で閉まってあった書類の中から、修正すれば使えそうなものを取り出して、精読修正を開始した。


 今回のプランは最初から内容が決まっている。先程の言い合いの中で思いついたものだ。今回の決闘相場でドーベルウィンに賭けた生徒に限定した無担保融資とし、融資上限は一〇万ラント。但し掛金がそれ以下なら掛金総額内。半年内の金利はゼロとし、それ以降は年利五%、手数料五%とする。手数料は生徒会側のもらい分、金利は貸金業者に支払う。


 この『緊急支援融資』は生徒会が主導し、必要資金は生徒会が貸金業者より資金調達する。俺は貸金業者にカネを貸し、生徒会側に斡旋と仲介を行う。これが俺が考えたプラン。昨日見たワロスの資金力を見て思いついたのだ。一億程度放り込んだら絶対ホイホイするはずだ、と。


 というわけで、後は必要書類を取り揃えるだけ。授業時間を使ってこれを作る。俺は基本、授業中は全て寝ている。役に立たない授業時間をそうやって活用しているのだ。正確には商人特殊技能【仮眠】を使って、授業を聞いているフリをしながら寝ているのだが。学生時代にこの技能があったらどれほど良かったことか。

 

 この【仮眠】は通常睡眠の四割程度の睡眠効果が得られるらしく、馬車での移動中などに使える技能だ。一般的には使えぬ技能かもしれないが、俺は重宝している。


 しかし今日は話は別。【仮眠】を使わず、授業時間を書類処理の為に費やした。多分、この学園に来て初めての措置だ。既存の書類を修正して借用書や賃借契約書、細目等を作った。それだけではなく、生徒会と俺の覚書であるとか、生徒会側の各種手続き要領も素案を作成しておく。


 午前中の授業時間である程度の用意が整ったので、昼休みに入ると急いで「ロタスティ」に向かった。さっさと食べて生徒会室に向かう為だったが、やはりというか当然というか、アーサーに捕まってしまった。


「よう、『ビートのグレン』」


 は? なに? ・・・・・まさか・・・・・


「今日の朝、レティシア様が凄かったんだぜ!」


 やはりレティか! というかレティシア様とはなんだ? アーサー、君の趣味はレティか? 


 話によるとアーサーの隣のクラスがレティのクラスで、生徒と言い合いをするレティの声が丸聞こえだったらしい。声が通るのは主人公補正だ。口論の理由は決闘賭博なのは聞くまでもない。


「それでさぁ。レティシア様が『ビート相場負け無しのグレン・アルフォードに、賭けなんかで勝てる訳ないのよ!』とか、『貴方達がグレンに勝とうなんて百年早いわよ!』とか言っちゃってさぁ。向こうのクラスの奴らも、こっちのクラスの奴らも皆黙っちゃって」


 ヒデェ! 酷いぞレティ。君、ただ俺に賭けてるだけやん。


「最後には『いいこと! 賭けでビートのグレンに勝てる訳ないんだから分かった!」だもん。痺れるぜレティシア様!」


「なんてこと言うんだ! 火に油を注いでどうする!」


「いやいやレティシア様は最高さ。『ビートのグレン』様々だよ! グレン大明神だ!」


 ピシャリと言い切るレティシア様最高だの、賭けた二三万五〇〇〇ラントが六八万ラントに化けたとか、一人興奮してテンションがおかしいアーサーにつける薬はなかった。正直、お腹いっぱいである。だから俺は生徒会があるからと、そそくさとその場を後にした。


 生徒会室を訪ねると、例によって長身だが何かひ弱そうな生徒会長トーリスと、目つきの悪い女性の副会長アークケネッシュが二人で俺に応対してきた。おそらく俺は要注意人物とされているのだろう。そんな事はお構いなく、すぐさま本題に入った。


「生徒会が窓口となり、決闘賭博で財産を失った生徒に緊急融資をお願いしたい」


 俺の提案に二人は呆気にとられていた。これは予想通り。俺は詳細を説明した。融資上限一〇万ラント、無担保、半年間無利子とすること。資金は貸金業者の融資を使い、俺が保証をする。これ以上ない条件なのだが、生徒会長は難色を示した。


「貸金業務をやるのが生徒会の仕事じゃない」


「じゃ賭博の胴元が仕事なのか?」


 図星だったようで生徒会長は沈黙する。そりゃそうだ。生徒会は今回の決闘賭博でおよそ一八〇〇万ラントを手に入れた。そのうち一〇%は取り決めで会内費、つまり自分らの飲み食いなど自由に使えるカネになる。濡れ手に粟とはこの事じゃねえか。


「賭けたやつは自己責任。そりゃ本人が悪い。しかしそれと困っているのは話は別」

「だいたい困った生徒を助けるのが生徒会の仕事じゃねえか」


 金策は全てこっちがやる。何か問題があるか? と俺は生徒会長に詰め寄った。


「生徒会業務に記されていない業務は、たとえ我々が必要だと思ってもできないのだよ」


 ほらほらほら。キタでキタで、官僚論法。生徒会は宮廷官僚の登竜門とされている。だからこのような論法を駆使する人間が上にくる訳だ。しかしこいつはまだ社会にすら出ていないガキに過ぎん。社会経験を積んだ大人をナメてもらっては困る。


「生徒会規約第六条にある生徒会業務によりますと『他、会長が必要と判断する業務』という一文があるが、この条文は無視か?」」

「つまりなんだ。お前は博打に負けた生徒は馬鹿だから切り捨ててやれ、って言いたいんだな」


 生徒会長の顔色が変わった。困窮する生徒の救援を自分の意思で退けていると言っている事に気付いたからであろう。顔面蒼白だ。しかしもう遅い。言う前に気付けよ。


「いや・・・・・ 君の決めつけは・・・・暴論だ!」


「では、規約に従い融資は必要とお認めになるのですな」


「そんな身勝手な論は通らない。ここは学園だ!」


「あの~、オレ、ここの生徒なんだが部外者か?」


「そんな言いがかりで丸め込めると思ったら大間違いだ!」


 生徒会長のトーリスは、ひっくり返りそうになるぐらい興奮しだした。構わず応酬話法で返すオレ。相手が断ることを目的に言っとる事は明らかなので、それを潰し続ければいい。そうやってやりあっていると背後から人の気配がした。


「なにをおやりになっているのですか?」


 言葉尻は柔らかだが、キツそうなトーンのメゾソプラノ。振り向くとそこにはスナップ写真と同じ姿勢で腕組みする女子生徒・公爵令嬢クリスティーナが二人の従者を従えていた。


「これは一体なんの騒ぎですの、アルフォードさま・・


 アルフォードさま・・! とな。ほほう、と思いながら俺はクリスに一礼し、事の詳細を説明した。決闘賭博で困窮した生徒の救済案を持ってきたのだが、生徒会側は頑なに拒否していると。するとクリスは生徒会長と副会長を正面から見据え、言い放った。


「生徒会は生徒の窮状を放置して良いとお思いなのですか?」


「いえ、そのような事は全く」


「では生徒会としての対策は?」


「現段階では・・・・・」


「つまり必要ないと! つまらぬ貴族子弟など放置して良いとお考えなのですね!」


 こ、これは! 背を伸ばし腕組みしてキリリと相手を睨みつけるそのお姿! 悪役令嬢クリスだ! 俺の脳裏に今の文言が素早くテキスト化されてメッセージ枠に表示される。


「アルフォードさま・・は一身をなげうつ覚悟で、『緊急支援融資』という救済策をお考えであるのに、生徒会の皆様はその必要は全くないと」


 クリスの言葉に生徒会長トーリスは顔を引きつらせ、顔面蒼白となった。副会長以下、部屋にいる生徒会のメンバー全員も凍りついている。クリスの言わんことをすることが理解できたのだろう。悪役令嬢補正がハンパない。こちらも悪の力に気圧されるくらいだ。


「そのようなお考え、宮廷で通用するとお思いに?」


 扇子があったら即パスしてあげたいぐらい、クリスのオーラは全開だ。アイリやレティとは違うこの存在感と破壊力。生徒会長は狼狽しすぎて完全死亡状態である。


「あの・・・・・その・・・・・」


「アルフォードさま・・の救済策を実施されますの?」


「・・・ただ・・・教官方の・・・了解が・・・」


「教官の皆さまが貴族子弟の救済策に反対されます訳がありませんわ」

「そのような方がおられましたらノルト=クラウディス家の者として、改めてお聞きしなければなりませんわね」


 いやぁ、力を見せつける見せつける。権力全開。宰相という宮廷権力者の娘という顔と、ノルト=クラウディス家という大貴族の顔を見事に使い分けるクリスの能力、というか政治力、あるいは政治的感性の凄み。権力を振るう、行使するとはこういう事なのか。これはじか・・に見ないと分からない。ゲームでは知り得なかった部分だ。


 そのクリスが俺に案の実行期日を訊ねてきたので「即日」と答えると、もはや従う以外に道がなくなった生徒会長にこう言った。


「明日の朝に出る生徒会の救済策。期待しておりますわ」


 この言葉によって『緊急支援貸付』は事実上決定したと言えよう。まさしく鶴の一声。政治に疎い俺でもわかる。おそらくこれがクリスの政治のやり方なのだ。クリスは俺に落ち着いたら報告を、と言いながら決闘賭博の配当金を受け取ると、亜麻色のロングヘアーをなびかせて、二人の従者を従え颯爽と立ち去った。


 一方クリスがいなくなった生徒会はお焼香状態だった。というのも学園の生徒会とは宮廷官僚の登竜門。役員一同、前途洋々の未来を描いていたはずなのに、クリスの言葉一つで絶望へと突き落とされたのだから。要約すれば「官僚なんてまず無理よね。宰相家としても公爵家としても」な訳で、全員が沈黙するのも無理はない。相手が悪すぎた。


「さぁ、これから打ち合わせをしようか」


 俺はポケットに両手を突っ込み、これからすべき事を示した。ある状況を利用するのが俺のやり方。明らかに乗り気でない生徒会一同だったが、それでも彼らはやらなければならなかった。応じなければ自分の未来が閉ざされるからで、目標がある人間には弱みがあるというのがよく分かる。力なく椅子に座ったトーリスは唯々諾々と俺に従うのみだった。

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